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 翌日の昼過ぎに退院の許可が出た。
 意識が無いままに担ぎ込まれて来たから当然ではあるが手ぶらで、私は現金を持っていない。
 看護師に相談すると、後日支払いに来る旨を会計窓口に伝えればいいと言うので言われた通りに窓口へ行ってみて、驚いた。

「315病室の麦野さん...あぁ、精算は昨日お付き添いの方が済まされてますよ」

「...それって、」

 訊くまでもなくカカシだ。
 なんてこと。治療費を立て替えてくれていた。
 昨日の不機嫌な様子が脳裏によぎる。本当に迷惑を掛けすぎてしまったと思い知った。



 外に出ると、陽射しは心地好いを通り越してじりじりと突き刺すようだった。
 思わず手のひらを翳して真上の太陽を睨んだ。
 昨日もこんな陽気だったのだろうか。倒れて担ぎ出されるまで外には出ていなかったから分からないが、そうだとしたら、そりゃあ熱中症にもなるはずだ。
 窓を開けて換気した覚えも無ければ、起きてからろくに飲食をした記憶も無かった。
 作業場は炉の熱でひどく蒸し返していたに違いないが、それすらも気に留まらないほどに私は作業に没頭していたのだ。




 半年前のあの時、営業再開までに自己研鑽の時間が欲しいと告げると、カカシはそれに協力してくれると言った。
 時間がどれだけ必要かわからないから迷惑を掛けられないと断ったけれど、半年やってみよう。半年で駄目なら、そういうことだ。と事も無げに微笑む彼の力強さに背を押されていた。
 そうだ。恐らく彼ら忍という生き物は、皆そういった局面を越える経験をしてきているのだろう。
 私も、忍具を造る以上、その生きざまに倣う必要があるんじゃないか。そう思えた。
 半年間、数十の試作を造った。造ったものを彼に見せ、批評させ、造り直す。その繰り返しの日々。
 任務もあって忙しいだろうに、週に一度は必ず顔を出してくれた。
 良しと言われることもあったし、めちゃくちゃに扱き下ろされることもあったが、彼の批評はいつだって的確だったから素直に聞けた。
 どう造ったらいいか二人で一緒に考えていて夜が明けたなんて日もあった。
 彼は私にとって最高のアドバイザーだった。


 だから彼には一日だって早く、完成品を見せたかった。
 昨日はやけに指先まで感覚が研ぎ澄まされている感じがして、集中が途切れなくて、気付いたら仕上げの研磨まで休むことなく突っ走っていた。
 クライマーズハイとかランナーズハイというのを聞いたことがあるけれど、鍛冶屋の場合は何て言うんだろう。とにかくその類いの一種のトランス状態だったのだと思う。
 仕上がった一本のクナイは自分の目で見ても美しく、やっと、初めて、自分自身の納得のいく物となった。



式日