07 (4/3)


 
 バクは彼女の子供の頃からの愛称であること、性別を勘違いしていた件もあって再会してからは本名で呼んでいるということをかいつまんでテンゾウに話した。

「成る程。なんとなく、本名じゃ無いのかなとは思いましたが」

「...もう、バクとは名乗らないと思ってたんだけどね」

「何故です?」

「オレが、変だ、全然合ってないって言ったから」

「......」

「...今更何でだろうね、あいつの考えてること、時々よくわかんない」

 オレがそう言うと、テンゾウは少し黙って、地を蹴っていた足をぴたりと止めて進行をやめた。
 追っ手か、と身構えて気配を探るが、それらしきものは何も感じない。
 鼻に頼っても、深く続く森の木々と側にある死体の匂いだけ。
 テンゾウを見る。すると彼は、うーんと言いながら首を捻った。

「先輩、」

「?」

「ボクには少し、わかる気がします。彼女の気持ちが」

 彼はどうやらその言葉を繋ぎたいがために、足を止めたらしかった。

「先輩はあまりコードネーム使いませんよね」

「あぁ、」

 便宜上コードネームは設定されるが、ほとんど使わない。というか、使う意味がない。
 忍びとしてそれが良いことか悪いことかわからないが、白い牙の息子として、こどもの頃からはたけカカシの名は知れ渡ってしまっているのだ。
 それにいくら面を着けて名前を偽ったところで、この髪色や忍術のいくつかを見た時点ですぐにはたけカカシだと気付かれる。隠してもしょうがないと思い、今ではコードネームは煩わしくて使っていない。傲っていると説教垂れる大人もたまにいたが、上層部さえオレには何も言ってこなかった。

「名前っていうのは、単なる記号でもあるけれど、アイデンティティでもある。
 先輩。ボクは時々それが壊れてしまいそうに感じるんです。
 任務のたび、チームが変わるたび、新しい名が与えられる。
 ボクの本当の名前は何だったか。
 今のこのテンゾウという名は、真実か、偽りか。
 自分はいったい何処の誰なのか。
 ...与えられた名前を演じて生きるというのは難儀なことです」

 彼の言うことが決して解らなくは無かった。
 暗部に長く居る者の中には、そうした自我の崩壊に精神を蝕まれるものが少なからず居ることも知っている。
 いつも冷静で飄々としているように見えるこの後輩にしたって、そうして苦しむ日々を歩んできたことも。

「...サキホも、同じだと?」

「暗部のそれと全く同じだとは言いません。...ですが...彼女は名を名乗ったあの瞬間、スイッチを切り替えたんだなって、今先輩の話を聞いたらそう思えたんです」

 スイッチとは自分がいつも胸中で使っている表現で、名前と共に自己の立場を切り替える瞬間のことだ、とテンゾウは説明を添えた。

「彼女はボクやあんずさんや紺の前では、本名を名乗りたくなかった...というよりは、"バク"というキャラクターを印象付けようとしたんじゃないでしょうか。
 カカシ先輩が変だと言った。
 あんずさんが変わっていると言った。
 そういう人間を、演じた─」

「そうすることに何の意味がある?」

「うーん、正直、そこまでは分からないです。ボクは彼女のことをよく知りませんし。─ただ、」

「......」

「先輩の意見には賛成ですね。サキホさん─本名のほうがずっと女性らしくて可愛い」

 可愛い、という言葉がやわらかに響く。
 面の向こうで笑う顔が見えるようだった。

「テンゾウお前、サキホをいやらしい目で見るんじゃないよ」

「な...何を!そういう意味じゃありません!!先輩こそ...!」

「おしゃべりおしまい。死体が腐る前にさっさと帰るよー」




 里へと戻る足を早めながら、テンゾウとの会話を反芻する。

 ─"バク"というキャラクター。

 性別すら曖昧だった、あの頃。

 彼女はあの頃の自分にスイッチした。

 あの瞬間。

 女という性別を有した自分が、邪魔だったのだろうか。

 不器用にも名前を使い分けてまで、何を守ろうとしたのか。

 すべては理解しきれないけれど、何だか、オレは。

 そんな風にオレの前で振る舞わせてしまったことを悔しいと、思ってしまった。







式日