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「さて、そろそろ行かねぇとな」
言いながら、アスマは短くなった煙草の火を消して立ち上がる。
そもそも彼は私に依頼していた忍具の調整の仕上がりを受け取りに来ていたのだ。
彼がくだらないお喋りだけをしに来るということは、まず無い。理由や目的が必ずある。
私から受け取った調整済みの忍具をひとつひとつ確認して丁寧にホルスターに収めると、ごそごそと胸やズボンのポケットを探って、眉をひそめ舌打ちをした。
「...いけね、財布忘れた」
「いつでもいいよ。ていうか、しつこいようだけどこのくらいお金なんて...」
今回の依頼は、既存の規格品を削って刃の角度や長さを少しばかり調整するだけの、そこらの鍛冶屋でも短時間ですぐにできるものだった。
本来なら完全オーダーメイドしか請けないクロガネではやらないことだが、気心知れたアスマの頼みだったので快く請けた。
まさか、彼に向かって他の鍛冶屋で頼んでくれなどと言うはずもない。
日頃世話になっている彼へのサービスのつもりだったから、お金を受け取る気は最初から無かったというのに、彼は支払いをすると頑として譲らなかった。
「こっちもしつこいようだが、そういう訳にはいかねぇよ。悪ィ、午後に時間が空くはずだからまた来るわ」
「わかった」
「じゃあまた後でな」
「アスマ...!あの、」
「ん?」
新しく出した煙草に火を付ける前に、それをくわえたまま顔だけをこちらへ傾けて、呼び止めた私を見る。
「あの、さ。...カカシ、ほんとに今日来るかな...」
自分の聞いていることが凄く恥ずかしいことのような気がにわかにしてきて、思わず俯いてしまう。
自分でもどう形容していいかわからない。会いたいような会いたくないような、こんな複雑で情けない心情を見せられるのは、今のところアスマしかいない。
「と思うぜ」
アスマは口角を上げて苦笑した。
声には決して出さないけれど、「なんだやっぱり来て欲しいんじゃねぇか」と言われているみたいで、恥ずかしさで顔を覆いたくなってしまう。
「サキホ。いいこと教えてやる」
「?」
「あいつが来たら"おかえり"って言ってやれ。忍が任務の後でいちばん嬉しい言葉だから」
陽がぐんぐん高い処まで昇っていき、昼過ぎ。たぶん今が今日の最高気温。
戸や窓は全開にして扇風機も回しているが、汗は容赦なく吹き出して作業着を湿らせていた。
一段落ついたら一度着替えよう、と思った瞬間、コツコツという音が私の手を止めさせた。
鎚を持つ手に一瞬だけ力が入って、そして、一気に力が抜けていきそうに感じる。
引き戸の木枠を叩く乾いた音。
忍は相手の姿を見なくても、気配だとかチャクラだとかでそれが誰なのかを感知することもできると言うが、私は忍ではないのでそうした力は無い。
残念ながら勘もにぶい方だ。
それでも、ノックしたのはカカシだと確信していた。
木枠に触れる指の関節まで、しっかりと思い浮かべることができる。
後ろから視線を受けた背中がひそかに粟立った。
彼がそこに居る。
ゆっくりと振り向くと、外からの逆光で銀の髪のふちどりがきらきら眩しかった。
「......」
「......」
振り向かなくたってそうと分かっていたのに。髪も、目も、腕も、指先も、猫背の姿勢も、間違いなく彼のものだとこの目で確認すると、喉の奥が詰まるみたいに苦しくなって、言葉が出てこなくて、なんだか泣きたくなってしまった。
「...よっ。ただいま」
「久しぶり...」
アスマに言われていたはずの"おかえり"が、何故だか素直に言えなくて。
だって、それじゃまるで、ずっとずっと待ち焦がれていたみたいに思われないだろうか。
そんなのは、何だか悔しいじゃないか。
どうしてこういう気持ちになるのか分からない。
それでもやっぱり、ちゃんと会いに来てくれたことが、こんなに嬉しくて。
嬉しくて。
手にしていた鎚と忍具を冷却棚に置いて、炉の火を消した。
「ずいぶん繁盛しているようで」
そこに並んだ受注品を見てカカシがわずかに右目を大きくして言う。
三ヶ月前は顧客が彼とアスマだけだったのだから、驚いても不思議ではない。
「うん、お陰さまでね」
あなたが紹介してくれた人たち、皆来たんだよ。アスマもよく来てくれるし、それから誰々さんと誰々さんと誰々さんも新しく紹介されて、あと、昔の親方のお客さんも少し。
私がんばっているよ。
全部カカシのおかげだよ。
"お陰さま"に籠めたたくさんの想いがよぎって、でもたくさんすぎて、言葉にするのは留めた。キリがない。
「そりゃあ良かった」
のんびりと言うその声の柔らかさと、世間話にもならないような短い会話が、私を支配しかけていた緊張感を拭ってくれているようで自然と微笑んでいた。
彼も右目を細める。
大丈夫、だ。
私も彼も三ヶ月前から変わっていないように思う。
差し出された手土産に一層気をよくしてしまった自分は心底ゲンキンだな、と思うが、その手土産というのがあの銘菓で有名なあじさい堂なのだから許して欲しい。
親方の生前、ときどき差し入れで持ってきてくれるお客さんがいて、それで味を知って大好きになった。
親方も強面に似合わず甘いものには目がなくて、その差し入れがあると二人で諸手を挙げて喜んだものだ。
もちろん、仕事の士気を高めるのに非常に効力を発揮する差し入れだった。
あじさい堂では季節の水菓子や練りきりなど色々な和菓子を扱っていてどれも絶品だったけれど、やはりなんといっても一番は定番の串団子。
鍛冶屋にも通じるものがあるが、シンプルな定番商品ほど作り手の腕が試されるのは言うまでもない。
木の葉にある他の甘味屋の団子も食べたことがあるし、それらも充分おいしい。しかしあじさい堂と比べると差は歴然だった。
カカシから受け取った包みを開けると、つやつやの琥珀色が目に入る。
「みたらしだ。うれしい、大好き」
彼に自分の好物を話したことがあっただろうかと考えてみたが、そんな記憶は無かったので、どうやらたまたま選んだだけのようだ。
カカシは勘がいいんだなぁ、と思ってまた嬉しくなった。
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