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 仲直りのしるしにカカシにお好み焼きをおごらせるという、その場の思い付きで開催されることになったお好み焼き会は、各々の都合でその日の夜すぐ行われることになった。
 アスマが分身を使って、待機所にいるという夕日紅なるくの一に連絡を取ると、彼女もそれで構わないという返事だったようだ。


 日が暮れ始めてから、任務を終えたカカシが迎えにきた。
 職人街の中にあるその店へは当然私のいる処─クロガネからの距離が一番近く、迎えなどは必要無かったし、そもそも現地集合だとばかり思っていたので少しびっくりしてしまう。
 慌てて簡単な身支度をした。
 一応鏡を覗いてはみたけれど、いつも通りの自分。特におかしなところは無いことだけを確認。
 出掛ける前の戸締まりをしようとサビついて言うことをきかないシャッターを力いっぱい引き降ろそうとしていると、背後からカカシの手がすっと伸びてきて、片手で易々と降ろしてくれた。
 細く見える腕は、よく見れば実際には意外に逞しい。
 見慣れてはいるけれど、その男っぽさが彼のイメージとは少しだけギャップがあって胸がむずむず変な感じになった。

「シャッター...いい加減手入れしなさいよ」

 私の顔を覗きこむようにしてそう言いながら、やれやれと笑いかけてくるので、思わずそっぽ向いてしまった。
 昨日の今日でのふたりきりは、やっぱり緊張が拭えない。
 出来るだけ緊張を見せないように振る舞おうと思うと、どうしても視線を合わせるのが難しかった。
 夕闇に染まりかけている道を言葉もなく歩き出す。
 カカシが、少し前。
 背中ならばなんとか見つめることができた。
 猫背でポケットに手を突っ込んで歩く後ろ姿。
 三ヶ月前に見たそれと同じはずなのに、すごく遠くにあるような不思議な錯覚。
 私はたまらずに一歩を踏み出して、彼の真横に並んだ。こうして並んでまっすぐ前を見ていれば視界には彼がほとんど映らないから。
 突然横に並んだ私に、カカシが「ん?」と小さく疑問符を投げたけれど、気付かない振りをして前だけ見て歩いた。
 クロガネのある脇道から、職人街の大通りに踏み入れる。まっすぐ百メートルほど先にお好み焼き屋があるが、大通りに入って一歩も歩き出さないうちからカカシがあ、と声を上げた。

「あいつら、もう着いてるや」

 そう言いながら人差し指で店の方を指差すが、確かに人影らしきものはあれど、それがアスマなのかどうかまでは、距離と薄闇のせいではっきりとはわからない。
 これも忍の能力なのだろうか。

「目がいいんだね」

 片目なのに、とは思っていても言わなかった。
 私は彼の左目を見たことがない。
 その目が見えるのか見えないのかも知らないし、わざわざ隠しているものを暴いたり興味本意に聞き出す気にもならなかった。
 でも、その額宛の下を見てみたいな、とは時々思った。
 単純に、彼の顔をすべて見てみたいと。








「こいつは、麦野サキホ。オレの馴染みの鍛冶屋」

 店内のテーブル席につくと、カカシが紅にそう私を紹介した。
 真向かいに座った紅に、ぺこりと頭を下げてはじめましてと挨拶をすると、彼女はふわりと微笑んだ。

「ええ。あなたのことアスマから聞いてるわ。クロガネ、ね」

 その声はやや低めだけれど女性らしい艶やかさがあって、どきりとさせられる。
 ゆるく波打つ髪や化粧ばえのする華やかな顔立ち。
 美しい女性だった。
 あんずの容姿も可愛らしいと思ったけれど、それとはまた違う。ただいたずらに飾り付けた美しさではなくて、持ち前の顔立ちを引き立たせるような化粧や髪型。嫌味の無い美しさだと思った。

「サキホ、こっちは夕日紅。さっきも話したけど、アスマの同期で─」

「あー...、俺の彼女、ってやつだ」

 紅を紹介する言葉を、アスマが遮った。

「!」

 遮られたカカシが思わず言葉を詰まらせて右目を数度瞬いて硬直する。
 そんなカカシのリアクションを見て私もぽかんと固まってしまう。
 お好み焼き屋までのほんの少しの道すがら、カカシは紅について話してくれた。
 アスマと同期。中忍くの一で、気が強いけれど物静かでオトナっぽい性格だということだった。
 今しがたアスマがさらりと補足した"彼女"という情報は、そこに含まれていない。
 要するに、カカシにとってもそれは初耳だったらしい。

「もう、アスマ...!余計なこと言わないでよ恥ずかしい」

「この期に及んであーだこーだ噂立てられんのはウンザリだからな。ハッキリさせといた方がいーだろが」

「え、ちょ、何お前らいつの間に...?いや、いつくっついてもおかしくは無いと思ってたけど...、えぇー?」

「昨日な」

 アスマは面倒臭そうに煙草を燻らせながらそう吐き捨てたけど、そのぶっきらぼうな態度は明らかに照れ隠しだった。
 普段は物腰の優しい彼だからこそ、それがはっきりとわかる。
 紅もアスマの隣で恥ずかしそうに頬を染め、唇を尖らせていた。

「へー、昨日の祭りで?それはそれは、へえ、いやめでたい」

 からかうような言い方だけど、カカシの目はふにゃりと下がり、この上ない嬉しさが隠せないでいるみたいに見えた。
 彼らの関係の深さを知らない私にはあまりピンときていないが、二人の友人であるカカシにしてみればきっと嬉しいことだろう。
 鉄板を挟んで向かいの席に並んだ彼ら二人を見た。
 成る程、そう言われればすごくお似合いの二人に見える。
 並んでいるのがしっくりくる、付き合いはじめというよりはもう随分長く一緒に居るみたいに。
 この人がアスマの彼女...恋人...。
 ということは。

「えっと、じゃあ、紅さんはアスマのお嫁さんになるの?」

「!」

「!!」

「!!!っ、ぶ、ゲホッ...!!!」

 煙草の煙で盛大にむせたのはアスマ。

「おい何でイキナリそうなるサキホ...!」

 え?

「だって好きだから恋人になって、恋人ってことは出来るだけたくさん一緒に過ごすってことで、それはつまり最終的に」

 結婚、となるのでは。
 と言うと先程まで硬直していたカカシが今度はマスクの中で息を吹き出した。

「あははは!正論正論!直結しすぎだけど」

「オメー話が飛びすぎだろ!お、およめ...さん、とか!!」

 お嫁さんという単語をアスマがしどろもどろ口にするのがまた可笑しかったらしく、カカシがさらに高く笑い声をあげた。
 そんな二人を呆れた目で見た紅がふとこちらに視線を移して、困ったように微笑んだ。

「こいつらって本当しょうもないわね。...ま、貴女もなかなか個性的だけど」

 恐らく私の言ったことは否定されることでもないけれど彼らの感覚とは少しずれているようだ。
 狼狽えたり笑い転げたりする男性陣をしょうもないと一蹴しつつ私に対して個性的だと評価したのは、私へのフォローであり、紅という女性の聡明さとやさしさそのものだった。
 短いやりとりでわかる。
 アスマがこんなに素敵な女性を選んだことを嬉しく思うし、兄のような存在の彼がこの人に選ばれたことを誇らしくも思った。
 途端に、ふわふわと楽しい気持ちになった。
 紅が私にお酒をすすめてくれた。
 嬉しかった。
 彼らとの食事はちょっとだけ騒がしくて、でもちゃんと気遣いがあって、すごく居心地が好い。
 カカシと二人きりの食事ともまた少し違う楽しさ。
 それは自分がいままで経験したことの無かったもので、友だちというのはこういう存在なのだと身をもって知った。
 心地好さに飲み込まれて、ちょっとだけお酒を飲みすぎた。



式日