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「─というわけで、僕と結婚しませんか?」



「......ふぁっ!?」






 連れ込まれたサロンとかいう部屋の、ふかふかすぎるソファに腰を沈みこませながら私は、すっとんきょうな声を上げた。

 結婚?

「なななななな何でそうなるます!?」

「...僕の話、ちゃんと聞いてた?」

 わざわざこうして別室に二人きりにされたのはやはりビジネスの話をするためだった。それは予測できていた。
 そう、この直前までは確かに仕事の話をしていたはずである。
 武器製造業の一元化を〜とか、クロガネの技術のノウハウが〜とか、そんなことをさっきまでこの男は切々と語っていたのだ、確かに。
 その流れで全く同じ男の口がこう宣った。
 ─僕と結婚しませんか、と。
 この突拍子も無い話の飛躍についていける訳がない。

「...ちゃんと聞いていたつもりですが、全く理解できません...」

 翔鏤は頭の鈍い相手を厭うように溜め息を吐いたが、今の流れで、ああ良いですねそうしましょう!と二つ返事できる人間の方が頭のネジが飛んでいると思う。
 少なくとも私の知る狭い世界の常識では、結婚というものは好いた人同士がするもので。
 それ以前にお付き合いとかそういう過程があって然るべきで。


 頭を抱えてしまった私に、もう一度説明しますねと翔鏤はティーカップを置いて、長い脚を組み直した。


 シラハネ鐵鋼所が考えているのは、武器製造販売業の一元化。
 つまり、鉄鋼材の調達から製造、販売まですべてを自社で行うということだ。
 利点は、中間コストを抑えられる点だ。販売側の利益も保ちつつ、客には安価で販売することが出来るようになる。
 しかし、安価で売るつもりは毛頭無い。
 付加価値を付けることで、値段はどうにでも吊り上げられると考えている。
 その付加価値として欲しいのは、クロガネの技術とネームバリュー。
 要するに、低コストで造った品物をクロガネブランドの銘を打って高く売り付けることを目的とするらしい。

 良いか悪いかはさておき、そこまでは、金儲けの方法として理解出来るのだが。

「それがどうして...け、結婚、なんて話に」

 翔鏤は少しだけ目を細めて薄く笑むと、ここからが本題、と潜めた声で囁いた。

「実はこの事業の客層はちょっと特種でね。...抜け忍、って知ってるね?」

「...!!」

 抜け忍。
 属する隠れ里に謀反の意思をもって、里から離れた忍のこと。
 その多くは凶悪犯罪者である。
 鍛冶屋としてその呼称は当然知っていた。
 何故なら、危険分子である抜け忍に対し、武器を販売することはかたく禁じられている。それを知らない鍛冶屋など居ないからだ。
 禁を犯した者は厳しい処罰が与えられるという。
 ─が、その危険性の反面、抜け忍はかなりの高額で武器を買い取ってくれるらしく、密売が後を断たないとも聞く。

「密売、」

「平たく言えばそういうことだね。今までも細々とやっていたのだけれど、忍に嗅ぎ付けられて中断したり、調達に時間がかかってどうにも効率が悪い。
 効率を上げるには、鍛冶屋を丸め込むのが手っ取り早いと思ったわけ。家族になってしまえば、秘密が外に漏れにくくなる」

「お断りします...!そんなの、承服できるわけがない!」

「でもね...サキホさん、この話を聞いてしまった今、あなたをもう木ノ葉には帰せない」

「私が何日も帰らなければ木ノ葉の忍が必ず気付く」

「そうだろうね...。
 そこでまたしても、結婚という美しいたてまえが役に立つ。
 僕たちはたまたまパーティーで知り合ってたまたま恋に落ち、すぐさま結婚を決めたってことにしたらいいんだ。
 若い男女には不思議なことじゃない。
 誰に咎められる筋合いも無い。
 すべて合意の上。あなたは片時も離れたくないほど僕を愛している。
 ─どうかな、筋は通っているし、何より美しい話ではないかな?」

 互いの合意があって私が木ノ葉へ戻らず彼と結婚する道を選んだのなら、それ以上は追及されるはずがない。
 そういうことか。
 秘密は漏らさないから帰らせてくれと頼んだところで、素直に聞いてくれる雰囲気でもない。

 ...つまり。

「あなたに選べる答えなんて始めから無い。僕に従って下さい」

 なぁに、きっと楽しいさ。
 お金は自由に使って構わないし、この屋敷の好きな部屋をきみにあげるから。
 歌うようにそう言いながら翔鏤は立ち上がり、ソファに深く沈んだまま身動きのとれない私の前に立ちはだかり、そしてそっと顎に触れた。
 ゆっくりと顔が近付いて、唇が触れるか触れないかのところで止まってにやりと歪む。

「そうして暮らすうちに、いつか互いに情も湧くかも知れないし」

 あり得ない。そんなこと。
 どんな天変地異が起こったってこいつのことを好きになるはずもない。
 感情の無い冷たい唇が微かに触れて、全身が粟立った。




 ─カカシのキスは。
 あの時触れた唇は、あったかかった。
 頭が真っ白になったけれど、こんな風に恐怖を感じたわけじゃなかった。
 お互いにひどく戸惑ってた。
 カカシも、泣きそうな顔してた。
 今なら解る。
 あれは、私を傷付けるためのキスじゃなかった。


 他の誰かのキスと比べて、それがやっと解るなんて、馬鹿みたい。



式日