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 何日が経っただろう。

 しらはね邸の一室に閉じ込められ、窓の外を眺めるばかりの日々。
 ここは市街地から少し離れた郊外の森の中に位置しているらしく、木々が鬱蒼と繁っていてあまり遠くまでは見渡せない。
 道も無く、当然外に人影を見ることも無かった。
 静かで決して悪い景色ではないけれど、あまりに変化に乏しくて、思考がだんだんと鈍くなっていくのを他人事のように感じている。
 食事や着る物の用意はあの老紳士が世話してくれたが、しらはね翔鏤も毎日必ず私の様子をうかがいに来ていた。
 日々とっかえひっかえ、着せ替え人形の衣装のような服を着せられ、その姿を見て翔鏤はいつも満足そうにして似合っていると褒めた。
 彼はあれからもずっと紳士的で優しい態度は崩さない。
 笑顔の裏の、狂った考えも崩さない。

「今日のドレスも凄く似合ってて可愛い」

 ご機嫌とりのためのお世辞なのか、誰にでも簡単にこういうセリフを吐ける人間なのか。
 そういえば木ノ葉の大門の前でカカシに会ったとき、彼はワンピースを着た私を、可愛いだとか似合うだとかそういう褒め方はしなかったなと、思考の遠くのほうでぼんやり思う。
 もちろん、彼にそんな言葉を期待してたわけではないけれど。
 どこぞのお姫さまの輿入れみたいだなんて冗談を言っていた。
 笑えない冗談だ。
 だってまさか、その通りになってしまうなんて。

「...いつまでこんなこと続けるの」

「ああ、退屈させて済まないね。もうすぐきみの為の作業場が完成するから」

 いつまで、なんて聞いたって意味が無いことくらい解っていた。
 この部屋から出られたところで、その私の為の作業場とやらで密売目的の武器を作らされるのだ。
 それを抜け忍や盗賊が使う。
 もしかしたらその武器で、木ノ葉の忍と戦うかも知れない。
 戦いの中で、木ノ葉の誰かを傷付けるかも知れない。
 私の造った武器で─。
 武器とは基本的にそうした物と解ってはいるけれど、でも、やっぱり、そんなのは耐えられない。
 私は私の信じた人たちのためだけに忍具を造ってきたのだ。
 彼らを傷付ける為じゃない。護る為だ。


 私が消えた後の木ノ葉を想像する。
 あいつどうしたんだ、何処へ行ったんだ、と少しの間は人の口の端に上がるかも知れないけれど、そう長くはないだろう。
 里を出て何処かの誰かと結婚したらしいなんて話になって、ああそうなのか、と大した興味も抱かれずに噂話はふわふわと消えて行くはずだ。
 少しは心配もされるだろうか。
 数少ない友人と呼べる人達は─。
 カカシは─。
 私が結婚したって聞いたら、おかしくて、笑っちゃうかな。
 大丈夫なの?おまえが結婚生活なんてできるの?自分ひとりの面倒も見れないのに?って口喧しく言いそうだなぁ。
 彼の口振りを想像したら、すごく懐かしくて、悲しくて、泣きたくなった。
 ─否、泣きたい、と思った瞬間には既に一滴がこぼれていた。

「...どうしたの?気分でも悪い?」

「悪いに決まってる、ここへきてからずっと」

 言わなくたってわかるでしょう。
 翔鏤はやれやれと溜め息を吐き、珍しく笑顔を消し、私をひょいと抱え上げるとそのまま移動してベッドの上にやや乱暴に落とした。
 スプリングの衝撃で少しだけ身体が弾んで、咳き込んだ。
 翔鏤が半身覆い被さる。

「どうにかきみがその気になってくれると嬉しいんだけどな」

「......」

 上から覗きこんでいる彼の視線を、じっと見据えた。
 力で敵わないことはわかっているけれど、怯んだら相手の思う壺だ。
 私はあんずが店に来たときのことを思い出していた。あの時私が毅然とした物言いをすると、彼女は思いがけず本性を垣間見せた。
 あの時に学んだような気がする。せめて泣きわめかずに冷静に対峙することが、力を持たない私が自分の身を護る唯一の術だと。

 スカートの裾から侵入した手のひらが、太股を撫でた。

「僕はきみのことを可愛いと思っているし、嫌いじゃないんだよ」

「私はあなたが嫌い」

「そう?」

「......」

「......」

 数秒間無言のまま見つめあい、先に視線を逸らしたのは翔鏤の方だ。
 にらめっこは苦手なんだ、とおどけるように言った彼の表情は、いつの間にかまた笑顔に戻っていた。

「わかった。こういうことはもう少し仲良くなってからにしよう。きみに噛み殺されそうだ」

 あっさりと身体を離した翔鏤は何事も無かったようにひらひらと手を振って部屋を出た。
 重たいドアがバタンと音をたてて閉じ切るまで、私はただただベッドに落とされたままの体勢で天井を見ていた。

 ─噛み殺されそう?

 そうか、私が彼を殺す、という選択肢もあるようだ。
 その逆に、私が下手に動けば彼に殺されるということも。
 危険な状況に身をおかれていると解っていたつもりで、具体的な暴力や殺意についてはちっとも考えていなかった。
 今になって手足が震えている。
 それが、命を握られている恐怖への自覚だった。



式日