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 軟禁と言っても、それなりの場所に閉じ込められているのであろうと勝手に想像していた。
 たとえば地下室とか、隠し部屋とか、それこそ石牢の独房のようなものさえイメージしていたから、その想像を華麗に翻されて拍子抜けした。



 大きな屋敷の裏手に回り、さてどこから侵入しようかと見上げると、五階の一室の窓が開け放たれており、その窓から顔を覗かせ、そわそわと辺りを見渡している女がいる。
 よし、と女は何かを覚悟したように小さく呟くと、スカートの裾をたくしあげ、膝上の位置でぎゅっと結び、あろうことかその曝された白い脚を窓枠に掛けて身を乗り出した。
 なんとなくスカートの奥がちらりと見えたような見えなかったようなもどかしい部分はさておき、そのとんでもなく危険な場所に身を置いているのはオレが奪還しにきた彼女その人ではないのか。
 探す手間は省けたが、それにしても─。

「...何やってんだ、あいつ」

 いや、わかる、脱走を謀ろうとしているのだということは。
 しかしあまりに無茶だ。
 彼女は忍じゃない。壁を垂直に走ることも出来なければ、木の枝を蹴って跳ぶことも出来ないのだ。
 それが出来ないのは自分でよくわかっているはず。正直なところ、一般人のものさしで計ったって、身体能力はそう高いほうだとは思えない。
 見ろ、真っ青な顔で地面を見つめて、脚もがくがくと震えているじゃないか。
 早まるな、早まるな、と祈りながら部屋の窓に一番近づける木をかけ上った。
 ちょうどよく窓の高さに程よい太さの枝があり、そこに立った。
 もはや互いに手を伸ばせば触れられそうな距離まで近付いていたのに、目の前に居るオレにサキホは全く気付きそうになかった。
 地面を見つめて深呼吸を繰り返している。
 極度の緊張と恐怖と対峙している。


 ああ、今すぐ抱き締めたい。


 サキホ、


 そう名前を呼ぼうとして、遮られた。







「カカシ」







 彼女の方が先にオレの名を呼んだのだ。
 決意を込めてぎゅっと目を瞑って。
 命の危険と隣り合わせの中、何を想ってオレを呼んだ?
 その声が、
 その響きが、
 どうしようもなく切なくて愛しい。

「呼んだ?」

 ここに居るよ。
 すぐ側に。
 そう知らせたくて声を発したのだが、反射的に顔を真正面に上げた彼女の視界を、相変わらず伸びたままにしてある前髪が覆った。
 反射的にそれを振り払おうとした手が、掴んでいた窓枠を離してしまう。

 ぐらりとバランスを失って落下しかける彼女が、スローモーションに見えた。
 ゆっくりと、だけど確実に重力に引き寄せられていく。
 咄嗟に自分も身体を宙に預け、彼女を腕の中に収めながら同時に身体を反転させ、屋敷の外壁を蹴って浮上した。
 ふわ、と髪を風にそよいでさっき隠された目元や白い額があらわになると、ぎゅっと瞑っていた目を彼女が開いた。
 目と目がしっかり合う。
 さっきよりももう少し高い位置の枝木に舞い降りるとほぼ同時、その目からぼろぼろと涙がこぼれていた。

「か、」

 嗚咽に阻まれて今度は名前すら口にできずにいるが、そこには安堵がある。
 オレの力を、助けを、必要としてくれていた。
 求めてくれていた。
 涙に濡れた顔がぐしゃぐしゃになって、身に着けている高貴なドレスとは些かアンマッチで、それでも愛しくて。
 張り詰めていた胸がふわりと弛緩していくのを感じて、自然と微笑んでいた。

「なぁんて顔してるの、花嫁さん?」

「...っふ、うぅ、...っく、」

「マリッジブルーってやつかねぇ」

 あまりに自虐的な冗談が口をついてしまったなとオレは思わず自分に向けて苦笑いを浮かべたが、マリッジブルーも、まぁ悪くないんじゃないだろうか。
 逃げ出した花嫁はそう、確かに、花婿になる予定だった男とは別の男の名を口にしたのだ。
 死をも覚悟しながら、自分の力だけでそこから逃げようというのはさぞ勇気がいる決断だっただろう。

「でも大丈夫」

 おまえが名を呼んだ奴がちゃんと此処へ来たのだから。
 ねぇ、花嫁さん。

「オレがおまえをさらってやるよ」

 サキホは拭っても拭っても涙で濡れてしまうその顔を隠すようにオレの胸元へ埋めた。
 それに応えるようにぎゅっと抱き締めると、いつかみたいに彼女の髪が頬をくすぐって、その感触の懐かしさに心臓が跳ねた。



 何分でも何時間でもそうしていられそうな気がしていたけど、屋敷の中がにわかに騒がしくなるのが聞こえる。
 上忍チームが潜入して交戦が始まったらしい。
 響きだした派手な破壊音と人の呻き声にサキホも埋めていた顔を上げ、濡れた瞳で不安げにオレを覗きこんだ。

「ん、大丈夫だよ、こっからすぐ離れよう」

 里に帰ろう。
 おまえがいなけりゃ、まともでいられないんだ。



式日