深い夜 (2/2)


 首筋に這わせた舌を上昇させていき、形の良い愛らしい耳朶に到達する。
 覆い被さる形の自分の下にいるサキホが、びくりと身体を震わせた。
 意識的に息を吹き掛けているつもりはないのだが、もうとっくに呼吸は荒く、彼女の耳孔を刺激してしまう。
 つつつ、と耳の外側の縁取りを舐め上げる。
 小さく唸る声。
 その声は幼ささえ感じさせるのに、いやに扇情的に欲情を駆り立てた。
 シャツの上から胸に手を置く。
 そのままなぞるように脇腹まで手を遣って、裾をたくしあげた。
 今度は直にそこへ触れると、やわやわとした肌の感触が脳の奥にまで刺激を与えて痺れるようで、思わず一瞬手を引いた。

 ふるえている。
 彼女がじゃない。
 自分の、手が。

 女の肌とはこんな風に柔らかで、皮膚はこんな風に薄いものだったろうか。
 今まで幾人もの女に触れてきた。それなのに、不思議とそれらの感触を思い出すことが出来ない。
 まるで初めて女を知るような感覚に陥ってしまう、そんな自分が情けなくて笑えた。
 動きを止めたオレを、不安げに見上げる瞳。
 どんな風に触れればこの愛を正確に届けられるだろう。
 この手は彼女に恐怖や痛みを与えるだけになってしまわないか。

「...カカシ...?」

 ようやくか細く言葉を発した彼女に、眉を下げて苦笑いを投げた。

「見て、手、震えてるんだ。かっこ悪いよね」

 やれやれと自嘲しながら眺めた手に、そっと彼女の手が重なる。
 オレの手を握ったままゆっくりと彼女の顔のところまで誘導されて、その唇に、ふに、と指先が触れた。

「...いっしょ、だね」

 さっき、震えながらキスをくれた唇。
 特別な日のプレゼントとして重てくれた唇。

「カカシの手、好きだよ」

「いやらしいことしても?」

「好きだよ」

「すっごく痛いかも」

「............我慢する」

「いまちょっと躊躇ったね」

 思わず互いに吹き出して笑っていて、頬の緩みと一緒に指先まで支配していた緊張がやわらいでいくのを感じる。
 唇に軽いキスを落として、それからもう一度はだけた胸に触れた。
 胸元に顔を寄せるが、そのまま愛撫を続けようとするには、着けたままでいた額宛が邪魔なことに気付く。
 彼女に触れる以外の余計な動作がひどく煩わしく思えて、ほどいた額宛をなかば投げ棄てるように畳の上に落とした。
 そういえば彼女はこの左目を初めて見るはずだ。
 サキホは暗闇でも鈍く光って見える赤に少し驚いたように目を丸くしたけれど、何かを言葉にする前にオレが構わず胸の頂に舌で触れると、その驚きも甘い喘ぎに呑み込まれていった。

「...っん、あ、んん、」

 吐息を混じらせ、躊躇いがちだけれど、抑えられない声を漏らす。
 口に含んだ片方の頂はきゅうと硬くなっていく。もう片方は外側からゆっくりと揉みしだいていたけれど、やはりたまらずこちらの頂も指先で摘むと、一層高く愛らしい声を響かせた。

 中途半端にたくし上げていた彼女のTシャツも、ボトムもあっさり剥ぎ取って下着一枚にしてしまうが、そこに手を掛ける前にとりあえず自分も丸裸になった。
 思わず目を反らす彼女の恥じらいがあどけなくて、愛しさと一緒にわずかな嗜虐心も湧いてくるのは自分の悪癖だ。
 息を荒くする唇にもう一度指先で触れ、薄く開いたそこに第二関節まで射し込む。

「...んんっ、」

 突然口内に侵入してきた指に彼女は目を見開いた。

「オレの手、好きだって言うから」

 舐めてみて?
 そう囁きながら熱い舌をくすぐるように撫でると、戸惑いがちにゆっくりと、彼女の舌がオレの指の腹をちろりと舐め上げた。
 たったそれだけで、腰までびりびりと電流が走り、全身の表皮が粟立つ。
 今度は指の付け根まで押し込めば、懸命に舌を絡めてしゃぶりついてきた。
 まるで目の前で口淫を見せつけられているのと同じ。
 あまりに卑猥で。なのに、いじらしさもあって。
 サキホがみたらし団子を食べている姿にさえ同じ様に欲情していたことを、彼女自身は知らない。
 自分がどれ程オレに刺激を与えているかなんて、考えたことも無いのだろう。
 オレのことだけしか考えられなくしてやりたい。
 オレのことだけ。
 嗜虐心、支配欲、こんなにも醜い想いばかり渦巻いているこのオレの。
 指を、彼女は、拙くも丁寧に舐めている。

 目の前にあるその光景だけで、射精してしまいそうだった。



  空いていた左手で最後に一枚残されていた下着を取り払うと、彼女の唾液にまみれた指をその秘部へと侵入させた。

「っひぁ...!!」

 反射的に膝をぎゅっと折って身体を小さく丸めたけれど、そこは思いの外はっきりと濡れそぼっていて、指は付け根まですんなり埋まる。
 数回抜き差しを繰り返す、その度に跳ねるような声が上がって、何度目かで自らの甘い声に気付いた彼女は恥ずかしそうに口許に手の甲を当てた。
 自分ももう限界だった。
 視覚、聴覚、嗅覚、すべてが下半身の血流に直結しているみたいに感じる。
 もう、早いところ、彼女の中に入りたくてたまらない。
 入ってしまって、さっさと果ててしまいたいくらい、熱くなっていて苦しい。
 充分にほぐれたのだろうかという不安があったけれど、指を引き抜き、代わりに自身をあてがった。
 ぐ、と先端を擦り付けると、その新しい感触に、彼女の太股や下腹部の筋肉がきゅっと収縮して緊張の色をはらむ。

「力、抜いていて...」

 それだけ言ってあげるのが精一杯。
 気遣う余裕がほとんど無いことを心底申し訳なく思うけど、もう─。



 痛い、と小さく叫んだその声をキスで受け止めながら、下半身は胎内の熱に包まれた。
 熱く、狭く、暗い空間。
 ああ。
 こんなところに溺れたら、何分と生きていられない。
 窒息する。
 苦しい。
 それなのに、幸福感で涙が出そうだ。
 死にたい。
 このまま死にたい。

 死に急ぐように、それでも極力はゆっくりと腰を揺らす。
 彼女の口から漏れる声が、痛みへの反射のそれと明らかに違ったものへ、少しずつ変わっていった。

「サキホ、サキホ…」

 訳もなくうわ言のように名前を呼ぶ。
 彼女もそれに応えるように、喘ぎの合間に苦しげに掠れた声でオレの名を呼んだ。
 声と、呼吸音、水音、衣擦れ、それから外で鳴く虫の声。
 いつになく騒がしい秋の夜。












 服を着る気力がまったく湧いてこない。
 涼しい夜風が肌にあたって風邪でもひいてしまいそうな気はしたが、そんなことよりも行為後の気怠さがまさる。
 何より、狭い布団でぴったりと裸の肌を合わせているのがこの上なく幸せだった。

 行為中は極力閉じていた左の瞼に、サキホがそっと触れた。
 縦に走る傷跡を、人差し指でつうっとなぞる。
 それが眼球の上を通過し終えてから、瞼を開いてみせた。

「左目、初めて見た。赤いんだ」

「うん」

「見えているの?」

「見えすぎて、ちょっと困っちゃうくらいね。...目、怖い?」

「怖くない。...けど、なんか。違うひとに見られてる、みたいな変な感じ」

 違うひと、と言われて思わず苦い笑いを浮かべてしまう。
 ときどき、彼女はなかなかにするどいことを言う。
 確かにもとは自分の眼球ではないのだ。

「これはね、オレの友だちの目なんだ」

 死んでしまったから、この目を通して彼に未来を見せてやる約束をしてる、と言うと、彼女はふんわりとやさしく笑った。

「カカシの友だち、私のことも見てるかな?」

「そうねー、たぶん…」

 見てるかもしれない、と言いかけて、ぱちりと瞼を閉じた。
 そう考えてみたら、あいつにサキホのあられもない姿やらオレと彼女のあんなことやそんなことを一部始終見られていたらたまらないなと思ったのだ。
 見せるわけになんていかない。
 思わず布団を彼女の肩までしっかりと掛け直した。

「これじゃ暑いよ」

「風邪ひいちゃうでしょ」

「じゃあ服着る」

「…それは、だめ」

 彼女が布団の外に放り出されていたTシャツに手を伸ばすのを、瞬時に阻止する。
 わけがわからない、と言いたげな彼女をぎゅうっと抱きしめて動きを封じこめた。
 抱きすくめられて服を着るのをあきらめた彼女も、オレの腰のほうへゆるりと腕を絡ませて、そのまま眠ってしまった。

 やがてオレにもじわじわと眠気が訪れる。
 ゆめうつつの狭間で、彼女の身体を抱きながら、死にたくなるほどひどく幸せな先刻の情事が脳裏に浮かんでいた。
 こんなに幸せな誕生日プレゼントをもらっては、彼女の誕生日には何をしてあげたらいいのかわからないな。
 そんなことを考えながら、深く甘い眠りに静かに落ちていった。







おしまい

カカ誕2014



式日