02 (2/4)
思い出はたった一本のクナイだったけれど、それだけで充分に胸が一杯。
親方が死んで、葬儀にもその後にもたくさんの人が弔問に来てくれた。
勿論すべてありがたかった。
でも、今日こうしてはたけカカシが来てくれたことが私は一番嬉しかった。
ほんの小さな思い出すらも、語らうことができるのは彼ぐらいのものだった。
それくらい、私の世界は狭かったのだ。
私が十一になるかならないかの時に、両親は自然災害に巻き込まれて死んだ。
そして遠い親戚だという鍛冶屋の男に引き取られることとなったわけだが、その男が住むのは忍の隠れ里。
隠れ里と聞いたときにはその言葉の意味合いからするに、ひっそりと静かな場所なのだろうと勝手に想像していたから、初めて木の葉に足を踏み入れた瞬間は驚きでまばたきを忘れてしまった。
ただでさえド田舎の山村に生まれた私は、両手両足の指の数よりもたくさんの人間がひとつの視界に収まっていることが信じられなかった。
そしてそのほとんどが忍と呼ばれる人間で同じような格好をしていることも。
そこはとんでもなく発展した里で、自分はとんでもなく世間知らずのこどもだった。
さてどうする、と親方はまず聞いた。
どうやって生活していきたいか、その意思をある程度は尊重してやろうと言う。
今思えば、親方も不安だったのかも知れない。
何せ妻子すら居ない中年の職人男が、異性のこどもを引き取って面倒を見るはめになってしまったのだから。
私は自分の身の上はわきまえているつもりでいたので、当然働かせてほしいと言った。
木の葉にも一般人のこどもが通える学校がひとつだけあると言われたが、勉強は嫌いだからと断った。
本当はただただ、食いぶちも稼げない居候が学校に通うなんて申し訳ないと思ったからだが、親方は、そうか、と笑っていた。
かくしてクロガネで弟子という名の雑用係として仕事を手伝い始めた私であった。
雑用係の立場に、初めは不満などなかった。何も知らない、何もできない自分がちょっとでも意味をなすならば存在していても許されるだろうと。
それが葛藤に変わっていくのに、そう時間はかからなかった。
見た目は豪胆でガサツっぽい酒好きのおっさんだというのに、間近に見る親方の技術は繊細で、緻密で、仕上がった忍具は美しい芸術品のように見えた。
私は魅了されていた。
私もこういうものが造りたい。雑用じゃなくて、本当の弟子になりたい。
口で訴えても親方には百年早いと一蹴されるばかりだったが。
その時期と重なって、件の少年、はたけカカシがたびたびクロガネを訪れるようになった。
彼も私と同じように親方への嘆願を一蹴され続けていたが、めげずにまた来るので、そのたんびに諦めかけていた私ももうちょっと粘らなければと気合いが入った。
初めて造ったクナイは、今見てみれば自分でも"クナイの形を模した鉄クズ"だということはよくわかる。
その頃の私は、「やったー形成出来たぞー!クナイ造れるじゃん!」と勘違いしまくっていたわけで、そうでなければあんなものを人に見せるわけもなかった。
少年は言った。
軽すぎる、ガタガタ、歪んでる、ザラついてる、強度もない、犬一匹殺せないゴミだと。
当たり前すぎる話だが、クナイの形をしているだけでは駄目だということだ。
しかし当時の私は精神の幼さも相まって、非常にポジティブだった。
要は彼の言った問題点をひとつずつ潰していけば良いと考えた。
もっと重く、滑らかに、中心をきちんと図り、よく研磨し、強度を上げればそれなりの物には成りうると。
私が礼を言うと、カカシという忍の少年は「また何か造ったら見てやるよ」と言ってくれた。
辛辣な意見とは裏腹にその言葉はやさしくて、私は嬉しくて、ふわふわと浮き足立った気持ちになった。
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