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「それにしても、随分久しぶり」

「あれから何かと立て込んでね。...本当に、遅くなっちゃったな。もっと早く来ていれば...」

 言いながらカカシは視線を外し、壁の飾り棚に置いた写真立てに目をやった。
 鉄製のフレームは私のお手製だ。写真でも飾ってやろう、と思い立ったはいいが、気の利いた写真立てなど持っていなかったから、慌てて造った。急ごしらえにしては洒落ている、と自分では思っている。決して可愛らしい物ではないが無骨なシンプルさが親方にはよく似合っていた。
 フレームの中で親方が歯を見せて笑ってる。居心地が良いといいのだが。

「遂にクナイの一本すら造ってもらえなかったな、親方には」

「顔、見せてくれればよかったのに。あれでも親方あなたのこと気にかけていたよ」

「へぇ、ホント?」

「急に来なくなったから、『あいつ死んだんかな』って、独り言みたいにさ」

 端から聞いたらそれは縁起でもない言い草だが、忍の世界というのはそれがあながち冗談では無いのだと、私も親方の手伝いをしていて知った。
 オーダーして出来上がった忍具を、三ヶ月経っても半年経っても依頼主が受け取りに来ない。
 そういうことが、時々あった。
 そしてそういう時のために前金を受け取っているから、親方は『受け取りに来ることができなくなった』依頼主については、何も言わない。
 だから親方がふとカカシのことを口にした時のことは、珍しいなと思いよく覚えている。

「なーんて言ってたらあの人、自分の方が先に死んじゃったけどね」

「酒好きが祟ったって聞いたけど」

「要はアル中。手が震えちゃってさ、この一年くらいは新規の注文はほとんど請けてなかったの。リペアや簡単な複製ばっかりで」

「...そっか。でも、これからはアンタが継ぐんだろう?いつ営業再開するの?」

 さも当然のように問われ、息がぐっと詰まる。動悸が速まる。
 それは今最も私の杞憂する問題だった。

「......」

「...え、まさか辞めるの...?」

 首を、縦にも横にも振ることが出来ず下唇を噛んだ。

「ちょっと、迷ってるっていうか...」

「何で、」


 何で、なんて聞かないで。
 聞いてどうする。
 十年も姿を見せなかったあなたが。
 私の世界から消えていたあなたが。


 カカシは私を真っ直ぐに見つめて、問いの答えを待っているように見えた。
 何をどう話せばいいのかまとまらないまま、私はポツリポツリと言葉を紡いだ。


 私の世界は職人街のクロガネという小さな店で、そこには私と親方しかいなくて、他者とのかかわりや触れ合いなんて必要としていなかった。
 とても住みやすい世界だったけれど、親方が亡くなった今、突如として均衡を保てなくなってしまった。
 叩き込まれた鍛冶の技術も、忍具の蘊蓄も、私のそれを見定めてくれる唯一で最大の存在である親方が居なくなってしまったから。
 親方の教えの元で何百と試作を造ってはきたけれど、それが客の手に渡ったことは未だ無い。
 果たして私の造った物が実戦に耐えうる物なのか、全く自信が持てなかった。
 誰かに助けを求めたくても、同業者はクロガネが潰れるのを今かと待っている。職人街はそういう処。
 いっそのこと店を畳んでまったく別のことをして生きていこうか、と考えたけれど、そちらはさらに輪を掛けて自信が無かった。
 鍛冶屋以外の仕事のことなど何も解らない。ツテも無い。社会的常識すら、やや怪しい。
 私はあまりに外の世界を知らなすぎる。
 今のこの状況は、知らない場所に置き去りにされたようで、怖いのだ。


 途切れ途切れにそう紡ぐのを、彼はただじっと聞いていた。



式日