ただならぬ関係 (2/3)
カカシには謎が多い。
というか、名前以外のほとんどが謎と言ってもいい。
どうやらかなり強いようだということは肌で感じるけれど、経歴だとか、どんな忍術を使うのかもよくわからない─というのも、演習やDランク程度の任務では、ほとんど体術か武器攻撃でこと足りてしまうから。
パーソナルなことはもっとわからない。
趣味嗜好...これは、いかがわしい小説を愛読しているということだけは判明している。隠すつもりはないらしい。最低だと思う。
好きな食べ物とか、家族とか、それから恋人、とか。そういった話は一切しない。
私としてはとりわけ色恋関係が気になっている。
人が多い時間帯にアカデミーの受付にいくと、そこかしこでキャアキャアと黄色い声を上げるくのいちが居ることに気付いたからだ。
私やいのがサスケに向けるような視線や声色を、大人のくのいちたちが向けるのはこの謎の人、はたけカカシであった。
全く私のタイプではないしサスケの方が百倍カッコいいけれど、カカシが女性にモテるというのは、わかる。
背が高くてスタイルがいい。
それに実力のある上忍。たぶん収入もいい。
性格は私の知る限りは任務外では温厚柔和。
それだけで、たとえあのマスクの下の素顔が多少残念だって、いくらでも言い寄ってくる人はいるのだろうなと想像できた。
けれどカカシはそれらを全く鼻にかけていないし、むしろ相手にもしていないように見えた。
これはひょっとしてひょっとすると、二次元以外に全く興味がないか、すでに特定の相手がいるのかどちらかではないだろうか。
しかし、後者の方はどうしても想像が付かなかった。
こんな謎だらけの人を好きになって付き合う女性がいるのか。いるとすれば、かなり達観した思考の持ち主なのだろうと思う。
「ねぇねぇ先生」
カカシは"忍具のプロ"の元へ私たちを連れていくと言う。
未だ見ぬ目的地へと歩いて向かう道すがら、また飽きもせずくだらない悪態を吐き合う男子二人は放っておいて、私はかねてからの疑問をカカシにぶつけてみることにした。
「先生ってカノジョ居るの?」
「.........」
「ねえってば」
「んー...今は、居ない」
「!!」
答えた。
答えてくれた。
そう簡単に聞き出せるものとも思っていなかったから、これには少し驚いた。
しかも"今は"と気になる情報付きである。
「そうなの!?先生モテるのにね!いつまでカノジョ居たの?振った方?振られた方?いない歴何年?どんな人が好みなの?やっぱり歳上?キレイ系とカワイイ系だったらどっち?スタイルはイチャパラ的なグラマーな感じ?」
これまで知り得なかった疑問に答えてくれると思うと、ついつい、矢継ぎ早に訊いてしまう。
そんな私に呆れたように深く深くため息を吐くと、着いたぞ、とカカシは言った。
演習場からのんびりと歩くことしばらく。いつの間にか件の目的地に辿り着いていたらしい。
着いたと言われてぐるりと辺りを見渡すと、あまり見慣れない風景。
里の中であることは間違いないけれど、アカデミー周辺の里中心部とは少し違った雰囲気の路地だった。
カカシへの疑問で頭がいっぱいで辿ってきた道をぼんやりとしか覚えていないけれど、ごちゃごちゃと入り組んだ路地を歩いてきたような気がする。
「なぁカカシ先生、ここって何処なんだってばよ」
「職人街。...お前らはまだ来たことなかったか」
「職人街?」
「鍛冶屋、武器商、薬屋に忍服の仕立て屋。そーゆーのが密集している区画なんだよ、ここは。ま、オレも初めて来たのはお前らくらいの歳だったな」
成る程。言われてみると私たちが立ち止まった目の前のその店はどうやら鍛冶屋らしい。
"クロガネ"と文字をくりぬいただけの素っ気ない鉄製の看板が戸口に立て掛けてあり、中からはカンカンと鉄を打つ音が響いていた。
忍具のプロ、とカカシが言っていたのも合点がいった。造っている人ならば、そりゃあプロに違いない。
「鍛冶屋に忍具の手入れを習うってわけか」
サスケがそう呟くと、あーそういうことか!と勘の鈍いナルトもやっと理解したらしく、そうと分かれば早く入ろうと急いた。
「こら待てナルト。お前ら三人に忠告しとくが、ここの親方の機嫌を損ねるなよ。
親方はあんまり人付き合いをしない人でな、作業場で騒がしくされるの嫌がるから」
「えー...なんか面倒臭そうな人だってばよ...」
口には出さないけれど、ナルトに同感。
きっとテンプレ的な職人気質の頑固親父に違いないと想像できた。
カカシの口振りから察するに、騒いだりしたら怒鳴られ、殴られ、つまみ出されるかも知れない。
「ま、そう言うな。"クロガネのバク"といったら木ノ葉一の鍛冶屋。気に入ってもらえたらいずれオーダー忍具を造って貰えるかも知れない。木ノ葉の忍にとっちゃかなり名誉なことだぞ。
ただし嫌われたらそれまで。今後一切出入り禁止になるから覚悟しとけ」
私たち三人はそれぞれに固唾を呑んで、慣れた風に入り口の戸の敷居を跨ぐカカシに続いた。
カラカラ、という戸の音に、中で作業をしていた人物が振り向く。
頭に巻いたタオルと口元を覆っマスクで顔のほとんどが隠れていたけれど、目元や肌の感じで若い人だとわかる。
カカシを見て少し目を丸くして、それから私たち三人をちらりと見て怪訝そうに眉間を寄せた。
次の瞬間その人はタオルとマスクを取り払い、顔を晒したが、その顔立ちを見て女性だとわかって思わず「あれっ」とナルトと同時に声を上げてしまった。
よくよく見れば薄汚れた作業着からちらりと見えている首筋や手首は華奢で、間違いなく女性であるが、なんとなく、鍛冶屋という職業の先入観から、男性と思い込んだフシがある。
「…久しぶり、カカシさん」
「わー、それ皮肉?」
女性のあっさりとした態度と、カカシのおどけた口調がいやにちぐはぐだ。
二人とも目元は微笑みあっているけれど、空気がピリリと引きつったように感じるのは気のせいだろうか。
「どうしたの?下忍くんたち引き連れて」
「ああ、ちょっとね。お前ら、挨拶は」
振り向きながら、まだ戸口のあたりでたじたじとして様子を伺っていた私たちに、カカシは挨拶を促した。
「あのさ、オレってば!うずまきナルト!」
「うちはサスケだ」
「春野サクラです、はじめまして。今日はこちらに忍具の手入れを教えて頂きに来ました」
私がそう言うと、女性は少し困ったように腕組みをして小首を傾げ、またちらりとカカシを見る。
「あらそうなの?聞いてない」
「さっき決めたところだから」
こっちの都合も聞かないで─と彼女は大きくため息を吐きながら、それでも私たちの顔色を見たのか、続く言葉を飲み込んだ。
「─ま、いいけど。ちょうど作業が一段落したとこだし」
「ありがとね」
そう言ってくれると思った、とわかりきったようにカカシは笑って、それとは逆に女性は少しだけ唇を尖らせた。
「なーカカシ先生ェ?″親方″ってのはどこなんだってばよ」
ナルトのその言葉に、自分もはたと作業場を見渡してみる。
そう広くはないから見渡すまでもないのだけど、念のため。
そういえばカカシが先ほど礼を欠くなと忠告していた、おそらくは職人気質で頑固でコワモテな親方さんらしき人物は見当たらない。
ここにいるのは目の前でカカシと微妙な均衡のやりとりをするこの女性だけ。
見る限り若いし、お手伝いかお弟子さんだろう。
そう考えながらカカシか彼女の次のアクションを待っていると、カカシは人差し指をぴっと立てて、それで迷いなく一つの方向を指し示した。
迷いなく―不機嫌そうに腕組みをしている彼女のことを。
「だからー、このヒトがそう。"クロガネのバク"。ここの店主だよ」
「えっ?」
「な、」
「はぁ!?嘘ぉぉー、こんな若けぇ姉ちゃんがぁ?木ノ葉一の鍛冶屋ァ?」
「ナルト。失礼なこと言うなっつっただろ。お前―」
冗談だろうとげらげら笑いながら煽るナルトに、にわかにカカシの目つきが変わる。
その手がナルトの首根っこを掴むと同時に、彼の強さを知っている私とサスケは思わず一歩引いてしまった。
普段一緒に任務をしている私たちでさえそうなのに、怒気をはらむ彼に、ためらうことなく彼女は細い腕を出して制した。
「あーもう。やめてやめて。いいの。子供は素直なもんだわ。昔のカカシだってそうだったじゃない」
そう言うと、彼女は先ほどまでの不機嫌そうな表情をふっとやわらげてナルトに微笑んだ。
「私がここの店主、バクだよ。よろしくね、下忍くんたち」
優しげな笑顔が私の勝手な先入観と想像を打ち砕く。
バクと名乗ったこの人が、カカシの言う木ノ葉一の鍛冶屋で間違いないらしい。
研ぎ石とヤスリを使ってクナイを研磨する。
研ぐときの道具の持ち方からはじまり、角度、力加減、研磨の止め時まで、細かに指導される。
切っ先が特にむずかしく神経を使う。
只まっすぐに研げばいいというわけでもなく、曲線的に仕上げることで切れ味が違ってくるらしい。
言葉での説明はひどくシンプルに思えるけれど、実際にクナイをこすりつける手はうまく言うことを聞かなかった。
思っていたよりもずっと繊細な作業だ。
どれほど作業に没頭していただろう。
何度かやり直しを繰り返し、比較的よくできたように思える仕上がりを見せたのは五本目のクナイだった。
横を見遣ると、サスケも汗をぬぐいながら真剣に取り組んでいる。
集中力の無いあのナルトでさえ、褒められていたサスケへの負けん気からか、作業の手を休めてはいなかった。
「っだぁぁあー!うまくできねぇ!!細かい作業は苦手だってばよ…」
「少し休憩したいわね。私もバクさんに仕上がりを見てほしいし…」
そう思って顔を上げたが、当の彼女の姿は無かった。
なぜか、カカシの姿も無い。
「あの人ならお茶を淹れにいくって中に入ってったぜ」
サスケが言う。
そういえばあまりに没頭していてスルーしてしまったが、お茶を淹れてくると軽く声を掛けられたような記憶がある。
「カカシ先生は?」
「さあな」
作業場から奥へ上がっていく引き戸がある。
戸の奥の方から、シュンシュンとやかんが蒸気を上げる音が響いているので、そちらがキッチンなのだろう。
彼女はおそらくそこにいる。
カカシはわからないが、もしかしたら一緒にいるかも知れないし、そうでなくてもどこか他の場所でいかがわしい本でも読んでいるに違いない。
「私、バクさんに声を掛けてくるね」
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