恋文 (1/3)
拝啓、鍛冶屋クロガネ店主様
突然このような手紙を送りますご無礼をまずお許しください。
自らの内から溢れる感情をお伝えしたく、筆を執りました。
先日初めて貴女様の工房に伺いました折、一瞬にしてわたくしの心は捕らわれてしまいました。
唯一無二のその美しさ、繊細さがわたくしの脳裏からひとときも離れないのです。
お慕い申し上げております。
敬具
サキホが仕事場から帰宅すると、ただいまの挨拶もそこそこに何かをレターボックスにしまいこもうとしていた。
不自然な素振りが気になって取り上げてみれば、彼女が手にしていたのはそのような内容の手紙である。
「ラブレター…だね」
拝啓、鍛冶屋クロガネ店主様、とあるからには、何処かの誰かがサキホに宛てたものだ。
「ラブレターだなんて、そんな大袈裟な。お世辞だよ」
「いやいや、"お慕い申し上げております。"っておもいっきり書いてあるけど。これマジなやつでしょ」
質の良い便箋、一文字一文字丁寧に書かれた流麗な文字の流れ、シンプルだけれどはっきりと意思を示す言葉選び。
オレもこれまでに貰った経験は幾度かあったが、過去の経験からすると、こういう感じの手紙はそこそこマジなやつである。
そうなると問題は─。
封筒の内側やら、便箋の裏表、端から端までじっと観察してみたけれど、差出人の名前や痕跡になるものがひとつも見つからない。
そこが一番の問題だというのに。
さてはて、うちの嫁さんにこんな不届きな恋文を寄越す命知らずはいったい何処のどいつなのか。
「相手の心当たりは?」
「……よくわかんない、工房の方を戸締まりして帰ろうとしたら、裏口の戸に挟んであった」
よくわからないと言うものの、隠そうとした素振りからすると、オレの目に留まるのはマズいと思ったらしい。
まぁ、自分の旦那にラブレターなんぞ見られたら気まずいのは確かだろう。
オレだってそういう類いのものはサキホの目に留まらないように棄てている。彼女に余計な心配をかけないための配慮だ。
「先日初めてクロガネの工房に来たって書いてあるけど?」
「うん。私も思い返してみたんだけど…最近って新規のお客さん居ないんだよね。だから誰なのか全然わからなくって」
彼女は腕組みをしてうーんと唸りながらもう一度記憶を辿ってみたようだが、やっぱりわからない、と肩を落とした。
どうしたものか。
確かにこれは心中穏やかでない事態だが、相手がわからない以上、こちらから何かアクションを起こすことも出来ない。
「…ま、無視しとくか。名前も書かないってことはただ伝えたかっただけって感じみたいだし」
「そ、そう。こういうの初めてもらったから。何かの間違いかと思った。私なんてどこがいいんだろうね」
「それ、オレに向かって言う?」
一応きみの連れ合いなんだけど。
「カカシはほら、変人だから」
「そんな変人を受け入れたおまえも大概でしょーよ」
そうだねぇ、と悪びれずに微笑まれれば、こちらだって笑ってしまう。
冗談なのか本気なのか曖昧なところではあるが、どこがいいんだろうなんて聞かれたらオレはいくらだって答えられるのに。
顔だって好みだし、肌の白さなんてそこらのくの一の誰にも負けないし、生真面目なくせにちょっと抜けてるところとか、素直なとことか、あと、たまに不意に見せる女らしさなんかはもう。
そんな彼女だが、着飾ったり気取った態度をとらないのであまり他の男の目に留まらないらしい。
オレとしてはありがたいことだ。
今回ラブレターを送ってきた謎の人物はそういう意味では非常に見る目があると評価したい。
何にせよ、オレにしてみれば大した脅威ではない。
悔しくもないしヤキモチなんかも妬いていない。
…と、言い聞かせながら、彼女の見ていないところで手紙は火遁の術で灰にしておいた。
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