恋文 (2/3)



 というのが一週間前の話である。



「へー、サキホにラブレター」

 紅がさも楽しそうにニヤニヤと笑う。
 アスマは聞いているのかいないのか相変わらず気だるそうに紫煙をくゆらせ、ガイは青春だとか言いながら暑苦しく白い歯を見せた。

「それがさぁ、ちょーっと困ったことになってんのよね」

 オレは懐からある手紙を取り出した。
 三人の視線が集まる。






拝啓

今日もクロガネの前を通りました。脚が自然と引き寄せられます。

貴女はわたくしに気付きませんでしたが、貴女の後ろ姿を横目にその場を通りすぎるだけで、私の胸は高鳴り、よもや心音が聞こえてしまうのではないかと思うほどです。

わたくしはまだ鍛練の足らぬ身分ゆえ、クロガネの忍具を手にすることも叶いません。

今はただ、遠くから見つめております。

いつの日か貴女がこの視線に気付きますように。

敬具。







拝啓

先だってはあのように書きましたが、遠くから見るだけで、果たして満足出来るものでしょうか。

触れたいという衝動がいつまで抑えられるのか、わたくし自身にもはかり知れません。

ひんやりとして滑らかな肌触りを想像するだけで、身体の奥が熱を持つのです。

勇気を出して、近いうちに直接お会いしたいと考えております。

敬具。





 これは件のラブレターの二通目、三通目だ。この一週間で新たに届いたものである。
 その内容を見ると、興味が無さそうだったアスマもさすがに眉をひそめた。

「何だこりゃ、素性は明かしていないくせに、会いたいだの触れたいだのって」

「ほんと…徐々に距離を詰めてくる感じがストーカーみたいね。なんだか気持ち悪いわ」

「ふーむ、確かに些かアツすぎる恋文だな」

 三人の感想がそのままオレの感想だった。
 一通目のものより、二通目、三通目と徐々に異常な色を帯びていっている。
 そこに触れたい会いたいという欲求まで加わっては、何か手を打ったほうが良さそうだと思い、仲間に意見を求めるに至った。
 ちなみに、手っ取り早く匂いで忍犬に探索させようとしたところ、『私用お断り』と冷たくあしらわれた。

「見覚え無い筆跡だな」

「んー。若い中忍か下忍だと思うんだよね…鍛練が足らずにクロガネには手が出ないって書いてる。それに、サキホの名前すら知らないようだし」

 クロガネは特別上忍以上の能力のある忍からしか注文を受けない。
 クロガネの忍具は木の葉の誉れの証。若い忍のあこがれだった。

「そうなるとサキホが既婚者ってことも当然知らないんだろうな」

「まぁそうだろうね」

「あ、そうよ!はたけカカシの嫁ですってことをハッキリさせとけば、相手もビビっちゃうんじゃない?」

「えぇ?ハッキリさせるって、今更…。オレたち結婚して何年経ってると思ってんの」

 仲間内では一番の早婚だった。
 確かに、オレはその事実をあまりオープンにはしていない。
 こういう稼業をしているので、オレの身内というだけで彼女が危険に晒されることもあるかも知れないから、特別仲の良い数人を除いては、不必要に広めることはしなかった。
 はたけカカシが結婚したらしいと初めは嘘か誠かわからない噂話としてじわじわと広まり、親密度に関わらず、知っているものは知っているし知らないものは知らないという状況である。

「でも、それが一番効くわよ。
 大体カカシは今まで恋のライバルなんて居ないとたかをくくっていたんじゃない?
 アナタが気付いているか知らないけど、あの子出会った頃より随分女らしくなったわ。性格もいいし、モテたって不思議じゃないわよ。ちゃんと守ってあげてなさいよね」

 紅のお説教は耳に痛い。
 すべてが、もっとものように聞こえた。

「恋のライバル!いい響きだなカカシ!!
 そうそう、オレも先日久し振りに会ったが、熱血職人ぶりに磨きを増して美しくなっていたな」

 ガイという人間は女性を評価するポイントも熱血なのか。というツッコミはぐっと飲み込んだ。
 先日サキホに会った?それは初耳だ。
 結婚した頃にガイにせがまれて紹介はしたが、鍛冶屋にほとんど用事がないであろう彼が、ほとんど作業場から出ないサキホに会う場面などそうそう無いはずだ。

「ガイ、最近サキホに会ったの?」

「ああ、任務だよ、Dランクのな。里外から資材の鉄板をクロガネまで運んだんだ。数百キロはあったが、なーにオレの班にしてみれば朝飯前だ!」

 ぎらり、といちいち白い歯が眩しい。
 ガイの班といえば、日向の分家と、ガイの分身みたいな体術オンリーと、忍具使いのくの一だったか。
 忍具造りに使う鉄材をサキホの細腕で運ぶのは不可能であるから、忍に任務として依頼し、その任務はこういう体力自慢の班に割り振られるわけだ。

「へぇ、クロガネの任務請けてたんだ」

「ああ、しかし彼女、相変わらず態度はシャイすぎてイカンな!もっとこう熱く!語らいたいものだがなぁ!まぁその孤高の職人という感じがナウかったりするんだが…」

 サキホはガイに苦手意識がある。
 人見知り気質の彼女はこのグイグイ遠慮なく来るのがダメなのだ。
 その時の光景が目に浮かぶようだ。




「これでよしっ!」


 オレとガイの会話を断ち切るように、紅の声が響いた。
 その手にはいつの間にか一枚の紙が。
 墨でデカデカとこう書かれていた。


 クロガネ店主に個人的な用件のある者は
 上忍・はたけカカシまで申し出たり。


 わざわざ上忍という文字を太くして強調している。
 まさか本当にこんな貼り紙で相手を牽制しようというのか。
 いくら愛する妻のためとはいえ、自分の名前を大きく書いた貼り紙は恥ずかしい。これはいかがなものだろうか。
 絶句していると、今度はアスマが動いた。

「インパクト足んねーよ、紅」

 そう言うとアスマが筆を取り、さらさらと文言を書き足した。
 はたけカカシ、という文字に波線をうち、さらに括弧書きで (あのコピー忍者でおなじみの!!) と煽り文句を付けたのだ。
 まるで商店街のセール品のポップさながら。
 これで完璧、と目の前のバカップルはげらげらと笑った。
 こいつら、完全に面白がっている。



式日