恋文 (3/3)
あの馬鹿みたいな貼り紙をクロガネの戸に貼り出してから、数日が経過した。
ラブレターはふつりと途絶えていた。
たまたまなのか、それとも、貼り紙の効力だろうか。
あれを見た手紙の主が、どうやらコピー忍者のはたけカカシを敵に回すことになりそうだと悟って身を引いたのかもしれない。
なんというか、折角なのでそうであって欲しい。
あの恥ずかしい貼り紙はさっさと剥がしてしまいたい。
今日は七班に見合った任務は無く、下忍たちには課題を与えて自主鍛練を命じた。
オレは待機処で本を開く。
たまには、ぴーちくぱーちくと小うるさい部下と離れてまったりと読書に興じよう。
と、思った矢先であった。
ガチャ、と待機処のドアが開き、入ってきた人物は迷い無くまっすぐにこちらへ歩を進めてきた。
オレの前まで来てぴたりと足を止める。
女の子だ。
気の強そうな瞳。
頭の高い位置におだんごが二つ。
誰だっけ。
「えーっと…あ、ガイんとこの」
下忍の子。名前は…。
「こんにちは、はたけカカシ先生。テンテンといいます」
そうそう、そんな名前だった。
テンテンはにこりと微笑んだ。
「ガイなら此処には来てないよ?」
「ええ、カカシ先生に用があって」
「オレ?」
「実は…あの、これ、」
言いながら、頬を赤らめもじもじと恥ずかしげに、彼女は懐から取り出した物をオレに向けて差し出した。
手紙のようだ。
オレに?
人前で、なかなか度胸のある子である。
下忍が上忍待機処に入ってくるのだって、普通は躊躇するだろうに。
つまり、彼女にとってはそれくらい真剣で差し迫った用件ということか。この手紙をオレに渡すことが。
待機処の中で耳をそばだてていた数人の視線が注がれるのがわかった。
これはきちんと対処しなければ明日には良からぬ噂が立てられてしまいそうだ。
「悪いけどこれは…受け取れないな」
「そんな。わたし、すごい勇気出してここまで来たんです」
「でもオレ、結婚してるから」
「は?そんなことどうでもいいんです!」
なんと。見かけ通りに気の強い子だ。
それとも近頃の子は皆こうも積極的なのか?
しかし既婚者でも関係ないなどと、さすがにいきすぎている。ガイはどういう教育をしているんだ。あいつのことだから「それもまた青春だ」とか言いそうで恐ろしい。
「わたし知ってますから。──カカシ先生の奥さんが、クロガネのあの人だって」
「へ?知ってるの?」
「好きな人のことだから、ちょっとは調べました」
「そ、そう…」
好きな人、とさらりと言われてこっちがたじたじになってしまう。
「だからこれ!!奥さまに渡してくださいね!!」
「……え?」
「個人的な用件があればカカシ先生に、って貼り紙してたじゃないですか。
だからわたし、これはチャンス!って思って。直接お話するのは恥ずかしいしィ、間に入ってくれる人ができて本当ラッキー!」
奥さま…って、サキホのこと、だよね。
あの貼り紙を見てオレの所に来たって、つまり。
「この手紙、サキホにってこと…?」
「?当たり前じゃないですか、他に誰が居るんですかぁ?」
ぐ。
勝手に自分へのラブレターだと思い込んだなど、口が避けても言えない。
恥ずかしい。恥ずかしすぎる。
「わたしィ、この前任務で初めてクロガネに行って。噂には聞いてたんですけど、工房に並んでる忍具見てもう感動しちゃって。
あの美しく繊細な造形!
なめらかな仕上がり!
も〜、一目見て虜になっちゃったんです、クロガネの忍具に!!」
とにかく憧れで、どうにかしてクロガネの敷居を跨ぎたくて、とキラキラと潤ませた瞳で語り出す少女テンテン。
まっすぐすぎるその想いは恋する乙女そのものと言えなくもない。
とにかく彼女のこの言動で、何やら色んなことが一本に繋がった。
そういえば今差し出されている便箋にも見覚えがあるじゃないか。
サキホへのあの手紙の犯人は、こいつか。
そういうことなのか。
しかも美しいだの繊細だの触れたいだのという言葉はどうやらサキホに宛てたものではなく、彼女の造った忍具に宛てた称賛の言葉である。
そういえばこの子は忍具使いだとガイから聞いている。どうやら相当の忍具マニアだ。
つまりあれはラブレターでもなんでもなく、忍具愛をこじらせた果ての、鍛冶屋への猛アピールらしい。
「ガイ先生ってば嫌われてるみたいだったからコネにはなりそうに無かったし、でも旦那さまのカカシ先生がコネになってくれれば間違い無いですよね!」
はいじゃあコレよろしく!と改めて手紙を押し付けられ、呆然としてしまい、今度は突き返すこともできずに受け取ってしまった。
テンテンは颯爽と踵を返し、スキップなんてしながら去っていった。
押し付けられた手紙にはこう記されていた。
◯月×日のご都合は如何でしょう。
貴女と二人きり、初めての逢瀬を楽しみにしております。
高鳴る想いが抑えきれません。
だから、紛らわしい言い回しやめろっての!!
ぐしゃりと手紙を丸め込むと、ぶはっ、と何者かが堪えかねた笑いを噴き出す。
アスマである。
「とんだ恋のライバルだなァ、カカシ」
「あーまったくだよ!!」
いつからそこにいてこのやり取りを見ていたのか。
間違いなく紅に伝えられ、またネタにされて笑われるだろう。
おまけ
その日、妻の表情はいつになく艶々としていた。
「ねぇカカシ、テンテンちゃん、いい子だね!
あのね、歴代忍具大全っていう本があるんだって!今度見せてくれるって!」
どうやら物凄く話が合ったらしい。
会う前は、グイグイ系は苦手…と気が進んでいなかったくせに。
「古物商で買った先代親方の忍具も持ってるんだって、すごいよねぇ!!ねっ!!」
これでも結構焦ったしおまえのこと本当に心配したんだ、と文句の一つでも言いたかったが、飲み込んだ。
そんなに楽しそうな顔見せられたら、文句なんてとても言えやしないじゃないか。
「……ともだちできて良かったね…」
「うん!」
おしまい。
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