千年越しの告白

初めて直接見たバレー部の練習風景は、想像を遙かに超えて、ただただ私を魅了した。

力強い踏み切りと弓なりに反る体躯、描かれるのは磨き上げられた綺麗なフォーム。宙を舞った一瞬、最高点に達するその刹那的な瞬間に上がるボールと振り下ろされる腕。

コートのどこで何をしていても、私の目は岩泉くんだけを追い掛けていた。気づけばあの理由のわからない焦燥も姿を潜めるほど、夢中になった。
レシーブする真剣な眼差し、スパイクを打つ時の気迫溢れる横顔。妥協の無いプレーの傍ら、しかし決して仲間に目を配るのを忘れない。

私からすれば十分長身の岩泉くんは部内では小柄な方で、けれど一際鋭い迫力を纏ってコートに立っていた。指示を出し檄を飛ばす姿は副主将に収まるには勿体無く見えて、けれど彼よりずっと普段とのギャップが大きい主将の及川くんの姿を見れば、なるほど岩泉くんが副主将なのが納得出来るから凄い。

さしてバレーに詳しくないはずの私の、全ての神経が緊張してゆくのがわかる。音で、色で、感じる熱で、彼らの一瞬に共鳴して心が騒ぐ。

「「「っしゃあ!!」」」

紅白戦の最中、綺麗に噛み合った連携が決まる。選手たちが声を上げるとギャラリーも沸き立った。

「ねーね、」
「うん、にーに、格好いいね」
「ん」

視界の端で莉子が頷く。けれど私は岩泉くんから目を離すことが出来なかった。くしゃり、こぼれる笑みは見たことのないほど生き生きして輝いている。

これが青春というものか。眩しい、まぶしい。
憧憬と羨望。岩泉くんがまたスパイクを決めた。心臓がいつもよりずっと速く脈打つのがわかる。この人たちの、彼の努力が、一滴も残らず報われて欲しい―――…

「、」
「!」

不意打ちだった。ぱ、と目が合った瞬間取り留めなく言葉を散らしていた思考が停止した。あの意志の強い綺麗な瞳が、私の姿を映している。

気のせいかと周りを見るけれど、端っこで見学していた私の傍には幼い妹しかいない。早く応えないと、彼はきっとすぐにコートへ視線を戻してしまう。

「っと…莉子、」

とっさに腕の中の莉子の手を取って小さく手を振る。岩泉くんがちょっと驚いたように目を瞠くから、少し緊張が和らいで笑みが零れた。
声を張るのは少し恥ずかしくて、口パクで頑張れの四文字を伝える。意味を察したらしい岩泉くんは照れたようにぱっと視線を泳がせ、それからまたこちらを見やって片手を上げた。

「っ…!」

今のは、ズルい。反則だ。
遠目に見てもわかる少し緩んだ目元と、唇をきゅっと持ち上げつくられる笑み。
完全にやられた。見ればすぐわかってしまう。あんなに様になる男前具合なのに、きっと本人は何の格好も付けるつもりのない自然体なのだ。それがまた何と罪作りで心臓に悪いことか。

「…?」
「…う、わあ…」

二年の頃から彼の男気溢れるエピソードはかねがね聞いてはいたけど、実際の彼はその三倍格好いい。誇張じゃなくリアルな数値である。
怪訝そうにする莉子の小さな頭を撫でて呻く。再び練習を再開した彼を見れば、案の定胸がぎゅっと掴まれた。じわじわ頬が熱くなり、やっと収まったはずの熱は簡単に戻ってくる。

心の柔らかいところの疼きを持て余して、深々とため息をつく。
ああどうしよう、見学中に落ち着いてから余裕を持って、この後一緒に帰るはずだったのに、これじゃ一からやり直しじゃないか。





「…アレは反則だろ」

脳裏にちらつく桜色の頬と、はにかむような淡い笑み。わかってしまえば見分けるのは簡単だ。あれは普段他の奴らに見せる姉の名残を残した表情じゃない。年相応の、ただの女子としての顔だった。
それを引き出したのが自分だということへの気恥ずかしさと、一抹の優越感を胸に、熱くなる頬を誤魔化しボールを受ける。

「…いーわーちゃんっ」
「あ?何だよ気持ち悪ィな」
「見ちゃったよー今の!名字でしょ?しまりのない顔しちゃってさあ」
「…あァ?」

面倒なのに捕まった。余計な詮索はすんなという思いを込めて睨み付けるが、逆効果だったらしく及川はますますニヤニヤしながら俺を小突く。やべぇ超ウゼェ。

「てめぇと一緒にすんなボゲ。つーかどっちがしまりねぇ顔だよ」
「ひっど!でも否定はしないんだ?」
「はァ?見に来いって呼んどいて放置するワケいかねーだろ。…おい金田一!ボール見てからブロック入れ!勿体ねーぞ!」
「っはい!」

「…え、アレで無意識とか?」
「いや、アレは多分そーいうカオだったろ」
「マッキーもやっぱそう思うよね!うっわー面白くなってきた!」
「俺ホントお前とだけは恋バナとかしたくないわー」
「松川に賛成」
「なんで!?」






「悪い名字、待たせたろ」
「ううん、全然。お疲れさま」
「おう」
「あれ、莉子ちゃん寝ちゃったの?」
「そうなの、かつてなくはしゃぎすぎて疲れたみたい。さっきまで『にーにに会う』ってねばってたんだけどね」
「えっ、岩泉がにーに…?」
「花巻うるせぇ」
「妹さんだよな。ちっちゃいね、幼稚園?」
「うん、莉子っていうの」
「へー…可愛いね」
「ありがとう」

あどけなさ全開で眠る寝顔を見た松川くんが、物珍しそうな顔をするのが少し可笑しい。彼がそうっと頬に触れると、莉子はむぐむぐと身じろいで私の首もとに顔をうずめてしまった。
自己紹介はまたの機会になりそうだね、と松川くんを笑った及川くんに、私もつられて笑みを零す。

さっきの今で果たして自然に話せるかとハラハラしたが、存外普通に会話ができてホッとする。見学中の妹の静かなはしゃぎっぷりを話すと、岩泉くんは珍しそうに、そしてやっぱり照れくさそうに聞いてくれた。
今度は莉子がバレーしたいって言い出すかもしれない、と笑うと、その時は教えてやっから言いにこい、と彼は当然のように言うから、なんだかまた泣きたくなってしまう。
優しいひとだ。まるで当たり前のように、私やこの子のことまで懐の内側に入れてくれる。

「改めて今日は本当にありがとう。監督にもまたお礼をお伝えください」
「別に何もしてねぇから気にすんな。むしろ監督がすげぇ感心してたぞ、あんな丁寧に見学頼んできた生徒は初めてだって」
「そうかな、言うほどでもないと思うけど…」

寄越された視線が尋ねている。なんとなしに無言となるのを止められなかった。

彼はきっと意識していない。岩泉くんは言葉にして何かを尋ねてくることは決してなかった。踏み込むべき線を見極めるのがきっと上手な人なのだ。
けれどだからこそ、不意に過ぎる怪訝な瞳の色は無意識的で純粋だ。悪意のない純然たる怪訝。私はそれに気づかないフリをしてきた。けれどそれは、誰しも抱くはずのちょっとした違和感だと私自身がよく知っている。

「…莉子ね、本当に楽しそうだった。ありがとう」

幼い妹の表情を一つ一つ確かめるように口にする。私を見下ろす岩泉くんの視線を感じた。
それ以上は言葉が出なくて莉子の頭を撫でる私の横を、岩泉くんは何も言わずただ歩幅を合わせて歩いてくれた。

150429
*prevnext#
ALICE+