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「おはよう、岩泉くん」
「、はよ、名字」
「朝練おつかれさま」
「おう、サンキュ」

淡々とした声音で簡潔に、けれど一音一音丁寧に紡がれるおはようの四文字は、溶け込むように鼓膜に馴染む。自分でも気付かない心の緊張を緩めるこの短い遣り取りに慣れるには、もう少し時間がかかりそうだ。

手元の文庫本に視線を戻した彼女の斜め二つ前、微妙な距離を保つ自分の席に向かう。チャイムが鳴る少し前にあわただしく教室に駆け込んで来た友人を迎えた名字は、やっぱりあの丁寧で柔らかい「おはよう」を紡ぎ、息を切らして席につく友人を嬉しそうに破顔一笑させていた。

そのさりげない笑みだとかいつも真っ直ぐに伸ばされた背筋とか、何気ない気遣いや仕草が一度意識し始めるととにかく気になるのがどうしようもない。
焦れったく疼くこの感情がなければ、きっとあの挨拶も何でもない日常の一コマに収まっていたのだろう。このどうにもならない面倒な、けれど手放しがたい感情を抱えてしまった今となっては、どちらの方が良かったかなんて考えるのも無意味な話なのだが。


及川の前で俺を好きだと宣言し、その後それを俺自身の前でファン宣言に繋げた名字とは、あの一件以来ちょくちょく話すようになった。
きっかけがきっかけなため初めこそどう転んでいくかてんで予想のつかないトンデモ展開だったが、落ち着いて普通に話してみれば名字は実に付き合いやすい人間だった。他と若干テンポがズレることがあり、友人として付き合うのに万人受けするタイプではないが、人格や素行に関しては彼女を知る者がほぼ例外なく一定以上の信頼を置いている。

「あ、あのね、名前!」
「うん?」
「今日私、バレー部さんの見学に、行きたいんだけど…!」

その意気込みたるや決戦前夜。決死の覚悟の如く申し出たのは名字の友人で、椅子に横座りしていた俺は顔を少し向けて様子を伺ってみる。確か友人の方は及川のファンだったか。

「その、名前も一緒に…」
「あ、及川くん?」
「!!う、え、あの」

相変わらずトーンにアップダウンの少ない声音であっさり言い当てられ、友人の方が一気に赤くなった。そんな彼女を見やった名字は目元を緩めて笑うと快く頷いた。

「うん、いいよ。一緒に行こうか」
「ほ、ほんと?でも名前、退屈しない…?」
「、」

気づかわしげに尋ねる友人を見ていた名字が、不意にこちらに視線を向けた。
ばちり、視線が絡み、思わず固まったその瞬間、自然に目を逸らすタイミングが完全に遥か彼方に過ぎ去ってゆく。
最悪だ。このタイミングじゃ傍から見れば盗み聞きしてたも同然じゃねぇか。今から偶然を装うには少し、いやかなり無理がある―――…。

手でもあげて誤魔化しておくか。どう考えても何の誤魔化しにもならないそんな案が頭を過ったその時、名字の方がぱっと視線を友人に戻した。そうしていつもの目立たなくて落ち着いた、けれど耳を傾けようと思う人間にとっては不思議と良く通る声が言う。

「ううん、全然」

言葉少なに応じた名字に友人の方が驚いた顔をする。かく言う俺も少し驚いた。
あの件以来確かに名字は時折見学に訪れるようになったが、正直彼女が俺たちの練習風景を楽しんでいる様子は思い出せない。
及川と違いギャラリーの方に気を遣う習慣は全くない俺だが、名字が来た時は及川は勿論花巻や松川まで目ざとく気づいて何かとちょっかいを出してくるため、普段よりは多少意識して応援席の方を見ていると思う。
そしてその俺の記憶が正しければ、名字は他の女子のように声援を送るでもなく、まさに文字通り「見学」するばかりだった。少なくともわかりやすく楽しげな様子というものは伺えなかったはずだ。

まああの友人と違って感情が表情に直結しないタイプだから、名字は名字なりに楽しんでいたのかもしれない。なんせ彼女を知る大抵の人間に、あの害はないが面食らうには十分な地味な奇行を「まあ名字だしな…」の一言で容赦させてしまうヤツだ。関わって日の浅い俺が完全に解釈するのは難しいに違いないし、もし楽しんでいたというならそれはむしろ良いことだ。

目が合ったのも気にした様子はないし、ついでにこのまま有耶無耶にしてしまおう。
そう考え体を前に向けようとしたその時、不意に名字が再び、そして今度は意図的とわかる眼差しでこちらを見た。そしてこちらが反応するより早く、ふわり、淡く笑んで、

「すごく楽しみだよ」
「っ、…!」

……ンの野郎、

「え、そうなの?ならいいけど…?」
「うん」

(わかってやってんならマジでシバくぞ…!)

ゆるく波打つ黒髪の下、持ち上がった唇から告げられた言葉は明らかに俺に向けられたもので。
顔にカッと熱が集まるのを誤魔化せない。がばり、身体を前に戻しSHRが始まるのも構わず机に突っ伏した。

いいや良く解っている。名字のアレには確かに何の打算も悪意もないのだ。しかしだからこそあの言動に呆気なく振り回され、未だに慣れることなく一気に速度を上げるこの心臓の鼓動が情けない。

及川の言葉を借りるならまさしくこういうヤツを「厄介」と呼ぶのだろう。ファンという肩書のもと向けられる眼差しに下心や打算はなく、わかりにくい上に前触れなく投下される爆弾のような言葉にも何ら悪意はない。むしろ本人すら時折ハズれたことを口走ったことを自覚し、本当に申し訳なさそうに謝ることすらあるほどだ(実際あの時も謝られた)。

だがわかってほしい。ファーストコンタクトからしてラブかライクかもわからない「好き」を差し向けられ、タチの悪いことにそれが無自覚で、しかも結構可愛い女子で、ファンなんぞというものに収まってからもこんな風に無差別テロ的に爆撃をかましてくるのだ。健全な男子高校生に対しそれを意識するな余裕であしらえと言うのは無理難題もいいところだろう。

「あーくそ…」

ぜってー今顔赤ぇ。



「名前、あのさ…それわざと…?」
「うん?」
「…ううん、なんでもないよ…(ごめんね岩泉くん…!いや私が謝っても仕方ないんだけど…!)」






※友人視点



「岩泉ー、なんかお前に用だってよ」
「ああ?」

昼休みが始まって15分ほど、教室の入り口でクラスメートの男の子が声を張って岩泉くんを呼んだ。今し方花巻くんたちとお昼を食べ終わった岩泉くんは、紙パックのお茶のお茶を片手に眉を潜める。
私はちらちらと彼へ視線を送る他のクラスメートたちに混ざって彼を伺いつつ、何だろうかと首を傾げた。いつもなら目の前でお弁当を広げているはずの名前は、係の仕事で職員室に向かったっきりまだ帰ってきていない。そのため開けた視界からは岩泉くん達の様子はよく見えていた。

「誰だって?」
「知らね。多分後輩の女子」
「後輩だァ?」

ストローをくわえ、ぐしゃり、大きな手のひらで紙パックを握り潰した岩泉くんは怪訝そうに聞き返しながら立ち上がる。
そんな岩泉くんを見上げた及川くん達はまるで新しいオモチャを見つけたような顔をし、口々に彼をはやし立てた。

「え、なに岩ちゃん、もしかして告白?ひゅー!」
「うらやま、結構可愛いコじゃん。お前ってホント年下にモテるよなー」
「ああ?っせーな、お前らにゃ言われたくねぇ」

顔をしかめて放り投げるように言った彼は、けれどその威勢のいい口調に反して少し気まずげな様子で廊下に向かう。その視線が、多分無意識にだろう、一瞬こちらに―――正確には名前が座っているはずの席に向かうのがわかって、私は慌ててお弁当箱に視線を落とした。岩泉くんはクラスメートの視線を浴びながら教室を出てゆく。視線が四散した教室のあちこちから、男子の冷やかしやうわさ好きの女の子たちの囁き声が聞こえてきて、私は当事者でもないのに身を小さくして誰の目にもつかないよう俯いた。

告白。及川くんが興味津々に口にしたその言葉が頭の中でぐるぐる回っている。岩泉くんモテるんだ…いや、何もおかしな話じゃない。確かに及川くんと並べば目立ちはしないけれど、彼の男前具合は男子の間でも定評がある。岩泉くんに憧れや好意を抱く女の子が私の友人である名前以外にいたとしても何ら不思議ではないのだ。
そうして黙々とお弁当を片づけることに集中し始めた矢先、不意に斜め前から宣戦布告抜きの爆撃をかまされた。

「あれ、ていうか名字さんは?」
「(Oh my god…!)」

嘘でしょう松川くん、教室の空気がいつも通りに戻ったこのタイミングで名前の名前を出すなんてなんということを。いやいないけど。本人此処にはいないけど。でもいないってことはその視線は全て一人寂しく弁当をつつく私に向けられるわけで、私はこういう時に名前みたく超然とポーカーフェイスを保てるタイプでもないわけで、私が変な焦り方をすればそれは即ち名前が何がしかを岩泉くんに対して抱いていることを間接的に伝えかねないというわけで。つまり何かってものすごく気まずい。お願いだからカムバックスーン名前…!

「(あーあまっつん、今のタイミングは駄目でしょ。お友達ちゃん超焦ってるじゃん)」
「(うわ、ホントだ。あんな漫画みたいに冷や汗かく子リアルにいるんだな)」
「(ちょ、やめてやれ…っマジかわいそーじゃん…!)」

いや前も思ってたけど聞こえてるからねあなたたち…!むしろ隠す気とかないでしょ、特に花巻くん笑いすぎだからね…!
今の流れに何の関係もないはずの私なのに顔は熱いし居心地悪いどころの心境じゃないし、もうなんか泣きそうだ。思わず涙目になったその時、がらり、教室の引き戸が開いて皆の視線が再び一か所に集まった。
くしゃり、風に揺れる緩いくせっ毛と、しゃんと伸びた背筋。ちょっと変わった、けれど決して不快ではない独特の空気を纏う私の友人が戻ってきたのだ。
彼女はその一身に集まる皆の視線に少し驚いたようだけれど、それも一瞬のことで、いつもと何ら変わりない落ち着いた様子でこちらに歩み寄ってくる。助かった…!

「名前…っ!!」
「…ただいま」
「おおおかえりぃぃ…!」
「どうしたの、卵焼き落とした?」
「違う!違うけど…!」
「誰かに何か言われた?」
「エッ」

思わず泣きついたその直後、席についた名前が、す、と目を細めて確かめるように問うてきた。あ、これ、ダメなやつ。しんと凪いだ瞳に浮かぶ色、何より纏われる空気が変わるのが分かる。刀の鯉口が切られる瞬間に似た緊張感はきっと彼女の肩越しに見える三人にも伝わったんだろう、一瞬身を固くした彼らを見て私は大慌てで首を振った。

「ううん全然!何にもないよ!」
「…ほんとに?」
「ホントホント!」
「……、ならいいよ」

安心したように笑んだ名前に私は胸をなでおろした。怖いとか怒らせちゃだめだとか、私にとって彼女はそんな存在ではないけれど、名前は時折唐突かつ無意識に発する静かな威圧感で場を沈黙させてしまうことがある。それは彼女の信念に反する事が目の前で行われている時だったり、彼女が大切に思っている人が何か良くないことに遭っている時限定であって、決して悪い事ではないし、私自身そんな名前の正義感あるところが好きだ。けれど今はそれほど重大な出来事が起きていたわけではないし、私が勝手に焦ってテンパっていただけである。無用なことで彼女に周りとの軋轢の種を撒かせてしまうことは避けたい。

「そ、それより名前、結構遅かったね?仕事大変だったの?」
「ううん、話はすぐ終わったよ。ただ、…帰りに廃棄プリントを棄ててくるよう頼まれて」
「…?そうなんだ…」

あれ、どうしたんだろう。私はお弁当箱を片づける手を止めて首を傾げた。さっきまでテンパってて気づかなかったけれど、なんとなく名前の声のトーンがいつもより低い気がする。饒舌な方ではないけれど、名前はひとたび思考がまとまれば淀みなく話すタイプだ。沈黙して考える時と話をする時がはっきり区別できるから、こんな風に躊躇い、どこか言い辛そうに話すことは稀にしかない。

「…名前、どうかした?」

恐る恐る尋ねてみると、名前がお箸を運ぶ手を止める。綺麗に並んだ卵焼きに視線を突き刺したまま、彼女はもぐもぐと口の中のものを咀嚼して、飲み込み、そしてそのまま再び沈黙した。きっと今彼女は自分の感情や思考を整理して、一番いい言葉をあてはめているに違いない。
私はじっと待ち、待って、そしてついに名前は視線を上げて私を真っ直ぐに見た。私は驚きで目を瞠った。それなりに付き合いの長い人にはきっとわかるであろう、滅多になく思い詰めた顔をして、名前は口を開いた。

「あのね、私」
「う、うん」
「私、岩泉くんのファンじゃないのかもしれない」
「……ワッツ?」

がやがやがや。
普段と変わらぬ騒がしさを保つ教室の片隅、私と名前の向き合う空間、ついでに言えば斜め前に座るバレー部さんお三方だけが世界から切り離され宙ぶらりんになるのがわかる。相変わらず耳ざとい方々である。
ああいや今はそんなことは二の次だ。えーとつまり、これはだから、…今度は一体何が起こったんだ…!

「…えーと、と、いいますのは…?」
「プリントを棄ててくるよう頼まれて、ゴミ捨て場に行ったら」
「え、う、うん」
「岩泉くんが、一年生の可愛い女の子に告白されてたのを見たの」
「…!!」

第二次無差別爆撃を堪え辛うじて繋ぎ止めていた思考回路が、今度こそ大気圏外の遥か彼方に吹っ飛んでいくのがわかった。なんてこった。それじゃあ名前は岩泉くんが告白されるシーンを直に見たというのか。ああでも名前の「好き」は今もラブかライクか未知数で、岩泉くんは多分名前のことを意識していて、でも進展とかそういうのは未だ皆無だから、傷つくとかいうことはなくて…いやあるのか…?あっダメだショートしそう。脳味噌が煙を上げて停止しそう。

「そ、それで…岩泉くんは、なんて…?」
「その女の子は付き合って欲しいって言ったんだけど、岩泉くんは断ってて」
「!断ったんだ…!」

なんだ、それなら万々歳じゃないか。いや、名前が岩泉くんのことをどう思っているかは私にもはっきりわからないけれど、この反応を見る限り彼が告白されたということを淡々と処理できるほど彼に対し他人行儀な感情を抱いているわけじゃないはずだ。だったらきっと。
けれどそんな私の思考に反し、名前はぎゅっと眉根を寄せて、ますますすっきりしない顔をして俯いた。一体何が名前を悩ませているのかわからなくて、私はただ彼女の思いつめた顔を伺って待つことしかできない。

「その断るときに、岩泉くんが、好きな人がいるから付き合えないって言ったんだ」
「ぅえっ!?」

ごふっ。
斜め二つ前の席周りで盛大に噎せる音がして、次いで各々ゲホゲホ咳き込む声が聞こえてきた。いやもうそうなりますよねそうですよね。聞き耳を立てる三人に今だけは心の底から共感と同情を覚えつつ一緒に噎せたいのを堪えて、私はショート寸前の脳味噌を必死に叱咤し言葉を探した。

「そ、それで、どうしたの?」
「プリント棄てて帰ってきた」
「そこ!?い、いやそこじゃなくて、なんでそれでファンじゃないかも宣言に至ったのってことで!」
「あの子は岩泉くんの恋人になりたいって言ってた」
「お願い文脈破壊しないで、そろそろ理解力限界値…!」
「でも岩泉くんは"好き"な人がいるからってそれを断ったんだ。それは、岩泉くんには恋人になってほしいと思う人が別にいるって意味だよね」
「え?あ、うん?…うん。そう…だね?」

…なんだか雲行きがおかしくなってきた。いや、というよりはこう、話の展開が予想していた方向とは全く別の方向に転がっていっている気がする。
名前はますます眉間にぎゅっと力を込めて、綺麗な桜色の唇を噛み締める。いったん話すと決めた彼女は自分の言葉に忠実だ。けれどそれゆえに、彼女は本当は言葉にするのが辛い感情も、強いてでも口にするまで話を終えようとしない傾向がある。きっと今はその時だ。ふとした瞬間に覗く名前の自分に対する厳しさにも似た拘りは、今回もやはり彼女自身に沈黙を赦しはしなかった。

「…私は岩泉くんが好きで、だからファンで、それなら岩泉くんを応援するべきなのに」
「…、」
「岩泉くんの、好きなひとのこと。応援できそうにない」

これじゃ私、ファンでいられない。

…何を言おうか考えるどころじゃない。大抵のことは伸びた背筋と曲げない言葉で乗り越えてゆく名前の、実に滅多にない萎れた姿に、私は言葉が出なかった。それは年に一回か二回聞くか聞かないかの、半ば泣き出しそうなか細い声だった。とうとう俯いてしまった彼女の顔が、くしゃりと波打つ黒髪の下に隠れて見えなくなる。

そしてその瞬間私は気づいた。むしろ今まで気づかなかったことの方が信じられなかった。
名前の頭が項垂れたその向こう側、先程まで彼女の顔によって見えなかったそこに、片手で目元を覆って立ち尽くす、"彼"の姿に。

「…あ…あのね、名前?」
「……」
「その、ね、あの」
「……」
「…そこは、多分…応援しなくて、いいといいますか」
「…どうして?」

じとり、眼を上げこちらを見やる名前にさっきとはまた違う変な冷や汗が背中を伝うのを感じる。どうしても何もない。何度も言うが実のところ当事者じゃない私の心臓が爆発しそうな猛烈な勢いで脈打っている。もしかしてこれ、私、世紀の大事件の真っただ中にいるんじゃないだろうか。

「それはその、つまり…」
「オイ」
「!」

がたん。

机が音を立て、教室からざわめきが消えた。名前は席を立っている。けれどそれは彼女の意思によってじゃない。
彼女の腕を掴む大きくて武骨な手のひらが、名前を椅子から引っ張り上げたのだ。

今にも泣きそうな顔をしていた名前が、驚きで目を瞠って自分の腕を掴む男の子を見上げる。声もなく自分を見つめる名前の瞳を頑として見ようとしないまま、彼は、岩泉くんは、耳まで赤くした顔を目一杯そらし、怒ったような不機嫌なような、でも決してそんな感情から来るものじゃない苦々しい声でぶっきらぼうに一言言った。

「コイツ、借りんぞ」
「え、あ」

返事を待つ間もなく踵を返す岩泉くんと、彼に腕を引かれて同じく遠ざかってゆく友人。
水を打ったようにしんと静まり返る教室に、二人分の足音が不揃いに響いて、引き戸が開いて、そして閉じられる。

一瞬の間。革命的沈黙。それを越えて解凍された教室がざわめきと歓声の大爆発を起こし、一拍遅れて私も解凍されて、何が起こったんだとびっくりした他クラスの子たちがやってきて、よくわからないまま皆で騒ぎ立て。

チャイムの鳴るギリギリ一分前に何でもないような顔を繕って帰ってきた岩泉くんがバレー部さんのお三方にさんざんからかわれ、やっぱりマイペースにそれを見て笑っている名前が私の傍にやってきて、「あのね、岩泉くんの"すき"と私の"すき"、一緒だったんだ」とちょっと染まった頬で嬉しそうに笑って、それを直に聞いてしまった岩泉くんがその直前まで堪えていたのにとうとう真っ赤になって黙り込んでしまったとき、私は思った。

このちょっと変わり者で、けれど優しい私の友人は、それでもやっぱりその"すき"がラブかライクのどっちかだなんて拘ることはないのだろうと。


141123
たくさんの方々から続編希望を頂き、ありがとうございました。
これで一区切りつけられたかと思います。
ALICE+