松川とのやり取りは、一、二日に数回ほどのペースでゆったりと続いた。

言葉の行き来の間隔は長い。半日越えなど余裕である。文字は少なく吹き出しは短い。究極二文字だけで会話したりもできた。無理のない気楽なやり取りを億劫に思ったことはまだない。
それが出来るのは初めに互いのライン事情を正直に告げ合ったからだ。割と既読無視するタイプだというのを最初に謝れば、俺も確認するだけで返事しないことが多いと返され、返事が面倒でスタンプだけで返すこともあると言えば、ああそれもすげぇわかると共感された。初めての意気投合でちょっと盛り上がった。なんせ連絡無精、むやみに気を遣わず済むのは有難い。

初めは好きな食べ物の話。苦手な教科と次のテストの範囲。休みの日の過ごし方。どちらかが話題を振って、それに沿って展開させる会話は、今読み返してもお見合いかとツッコみたくなるようなぎこちなさだった。けれどそれによってそれまでほとんど知らなかった彼のことを幾らか知れるようになったのだ、決して無駄だったとは思わない。

最近ではお膳立てしたトピック設定なしで雑談できるようにもなってきている。ある時私が送った明け方の空の写真をきっかけに、ちょっとした写真の送り合いが始まったのだ。
私は空や近所の猫の写真を、松川は教科書に描かれた落書きや今日のお昼ご飯の写真を。そこに頻繁に混じる牛乳パンとぐんぐんヨーグルに、カルシウムマニアでもいるのかと聞けば珍しく爆笑された(大草原が出現した)。パンは及川くん、ヨーグルは岩泉のお供なのだという。そこも阿吽なのかと驚けば再び大爆笑を貰った。なんだ違うのか。

『牛乳パンは完全な好み、ヨーグルは身長のため』
『あれだけ長身でまだ必要なの…』
『岩泉が聞いたら喜ぶな。でもアイツレギュラーじゃ一番小さいから』

彼は四人の中で唯一170センチ台だそうだが、去年同じクラスだった私としては結局見上げるしかない対象だったので、何とも言えない心地がした。

松川とのやり取りは楽しい。単語単位の返答でもスタンプだけの応答でも互いに気にしないし、既読無視のあとでも何事もなかったように会話を再開できるのも良い。下手すると女子同士より楽だと言うと、俺も及川のが断然メンドイと返された。その比較対象ってどこらへんのランクなんだろうか。イマイチ喜んでいのか悲しんでいいのかわからないが、間違いなく言えるのは及川くんの方が私より女子力が高そうということである。

「そのニヤニヤ顔は出来立て彼氏サマとのやり取り故か?リア充爆発しろ」
「背後から確認したところ写真のやり取りも豊富な模様。リア充滅亡しろ」
「何あんたら実は二卵性双生児?」

前後から攻めてくる友人二人に思わず半眼になったのは放課後である。ここで変に返答に手間取ってはじわじわと込み上げる照れに呑み込まれかねない。しかしそこはそれなりに付き合いの長い親友たちである、渾身の呆れたフリはお見通しらしい。

「とか言って話逸らして?実は照れてます的な?やあだカワイーこれだからリア充は」
「いやーホント私らナイスアシストだったね。なでしこ入れるくらい華麗だった」
「なんだこれ壮絶にウザい。とりあえず全日本に謝れ」
「ちょっと、連絡先獲得の功労者に向かってその態度はどうなわけ?」
「…その節は大変お世話になりました」
「わかれば宜しい」
「で、最近どうなの」
「どうって…ラインしてるけど」
「いやそうじゃなくて、それは当然でしょ。デートしたりとかそういうのはないわけ?」
「…あのさ、お宅ら私に何の期待を?」

好奇心全開の表情で身を乗り出す友人たちに今度こそ本気の呆れ顔を作る。私が干物とは言わずともそこそこな乾燥帯女子だということは彼女らが一番よく知っているはずだ。甘酸っぱい青春物語なら別に、ああ例えば最近くっついたという隣のクラスの素敵カップルに期待してほしい。
なんだっけ、名前はちゃんと覚えてないけど、癖っ毛の可愛い女の子と、似たように色白な運動部だろう背の高い男の子。そういや前に廊下の角でぶつかった子もそんな感じだったな。天然パーマめっちゃ可愛かった。

「え、何、展開なし?これっぽっちも?」
「だから連ら、」
「それは最低ラインでしょ。むしろ付き合う前のカップルですらやってるわ」
「うわあもう松川くんこんな子の何が良くて告白とかしたんだろう」
「うん、それは深刻にわかんない」
「…」

むしろ私も知りたいと頷けば、友人二人は一気に揶揄いや呆れの表情を引っ込め顔を見合わせる。え、そんなシリアスになる場面じゃないだろう。そう思ってなぜか私がフォローに入ろうとすれば、友人の一人が手を差し出して言う。

「やりとりは?どんな話してんの」
「ん」

見た方が早かろうとスマホを差し出す。なんだ、結構話してんじゃんと言いながらスワイプする友人に、最近は写真メインだけどと返した。暫くじっと画面を見ていた友人が、不意に指の動きを変える。表情はまるで変わらないが長年の付き合いにより培われた勘は騙せない。

「ちょ、返せ、何勝手にメッセージ送ろうと」
「ちょっとお待ち」
「待てはこっちの台詞、」

奪い返したチャット画面には案の定覚えのない吹き出しが一つ。やられた。「いきなりなんだけど、明日一緒にお昼ご飯食べない?」。あの数秒でこれだけの文字を打つ友人のフリック技術に殺意が湧いた。

「うわもう余計な世話過ぎる…!」
「失礼な、せっかく人が気を遣ってやった名案に」
「何が名案だ!」

彼はお昼は部活仲間の皆と一緒に食べていると言っていたのだ。それがミーティング込みの可能性だってある。ブラウニーを渡しに行ったあの時の一瞬膠着した空気を思い出し、割と真面目に怒って言えば、友人は眉根を寄せて何か言いたそうにした。
だがその瞬間、私は吹き出しの横に浮かんだ既読の文字に今度こそ凍り付く。

「やば…!」

急いで弁明の文字を打つ。『ごめん友達が』。とりあえずそこまで送ればあとは察されるはずだ。送信ボタンを押して浮かんだ吹き出し、しかし安心する間もなく真下に現れたメッセージに言葉を失った。
コンマ数秒、タッチの差で浮かんだそれは恐らくほぼ同時送信だ。『いいよ』。

「…ゆづる?どうかした?」

流石に心配そうな顔をし始めた友人にも言葉を返す余裕はない。既読の速さから言って彼もまた今スマホを見ているはずだ。続けて送ろうとしていた『勝手にしただけだから気にしないで』の文字が行き場を失う。ここで送れば彼に恥をかかせかねない。

彼からの返答はない。画面上の沈黙に焦りが募る。黙り込むしかない私に、二人が画面を覗き込んだ。一瞬の間ののち、さっき食い下がろうとした友人が真面目な顔をしてスマホを取る。そしてフリック。

「あのさ、松川くんがあんたのどこを好きになったのか、私らにもわかんないけど。でも好きだから告白したのは確かなんでしょ」
「…」
「ゆづるに悪気がないのはわかってるけど、あんたの態度はたまに無意識に無神経だ。―――人の好意ってね、他人が思うよりすごく繊細なんだよ」


『友達が勝手に送ったんだけど』『もし用事なくて迷惑じゃないなら』『お願いします』
彼女の手によりさくさく増やされる吹き出しに次々と既読がついてゆく。私は何も言えずそれを見ているしかなく、突っ返されたスマホを受け取り項垂れた。普段へらへらしている友人の有無を言わせぬ忠言はきっと、今の今まで黙っていた分も含めてのものなんだろう。

お情けで付き合ってるつもりは毛頭ない。でも友人が言いたいのは多分、私の態度は向けられた好意の上に胡坐をかいているようなものだと、そう捉えられてもおかしくないということだ。
『ごめん』と打ちたくなる指を押しとどめて返事を待つ。吹き出しが浮かんだ。

『なんとなくそうかなって思ったから平気』

これは断り文句だろうか。不安が募る一瞬、けれど追記は早かった。

『俺は大丈夫。屋上前階段でどう?』

ぽつぽつと返事を打つ。

『うん、そこで良い。ありがとう』

返事にはスタンプが一つ。会話の終了を感じて、友人二人にスマホを差し出した。真剣な顔して経過を追った二人の目元が和らぐ。

「どうする?ここは愛妻弁当作ってく?」
「…」
「そのゴミ見るような目!ごめんってば!」

けたけた笑う二人にようやく頬を緩めれば、もういつも通りの空気だ。でも明日はおかず交換くらいのハプニングには対応できるよう、念入りにおかずを作らねば。その程度には女子でいようと宣言すると、友人二人に「唐揚げな!」「春巻きな!」と当然の如く要求された。なんであんたらがリクエスト、と言いたいところだが、それで借りを返せと言うことだろう。明日が楽しみになってきた。

160611
ALICE+