帰宅すると部屋の前で凛子と顔を合わせた。
「おかえり。松風さんどうだった?」
「は……誰から聞いた」
「総悟くん」
「……」
「総悟くんが誰から聞いたかは知らない」
「そうかよ……」
 心の中を読まれ、苦々しい心持ちになる。
 昨晩、松風の様子を見るため登楼した。事件後、松風の妹であるおさちはなんと伊勢屋の夫婦――つまりおふみの両親――が買い戻し、さらには伊勢屋の奉公人にした。そのあたりの詳しい経緯は知らないが、おふみが両親を説得したという。
 その話が吉原内でどこまで噂になり松風の耳に入っているかわからないので、それを伝えるための登楼だ。もちろん、事件の事後処理の一環として経費を使えたからそうしたのだ。自費で行くには松風はランクが少々高いし、何より俺はそれほどお人よしではない。
 だから前回と同じように、酒を飲み松風にそれを伝えてただ眠っただけなのであるが、一度総悟の口を通ったとなると、どんな風に伝わっているのか知れたものではない。
「べ、別にあれだぞ、妹の話を伝えるのと、多少あいつの借金返済の足しになればと思って行っただけで、そういうことは……」
「何に対する何の言い訳?」
 凛子が呆れたように言う。
「いや、そりゃ……あんなもん見た直後に平気でそういうことする奴だと思われんのは……何か、気分悪いだろうが。しかも経費で」
 男に対してもそうだが、凛子に対しては特にだ。女にそういう類の軽蔑をされたまま今後顔を突き合わせるなど、たまったものではない。
「へえ、そういうもん?」
「ああ。それくらいの分別はあるからな」
「はいはい」
 本当にわかっているのか不安になるが、これ以上の弁解は逆効果になりそうだ。
「……松風が、凛子に謝ってくれだと」
「私? ああ、切手盗んだこと?」
「それと、下衆なこと言ったって」
 凛子が口をわずかに開けたまま目を見開く。
「……男目当てで真選組に入ったとか、どうのこうの言われてただろ」
「ああ、そういえば」
 凛子が笑った。
「気にしてないよ……って、伝えるためにまた経費使えるね」
「あのなあ」
「ごめん冗談」
 思わず、胸元に拳を作り一歩踏み出してしまった。その拳を凛子がそっと押し下げる。
「私も昨日伊勢屋に行ってきたよ」
「行くっつってたな。おふみは元気だったか?」
「うん。幸吉さんとは正式に破談になったんだって」
「じゃあ伊勢屋はまた跡継ぎ探しをするのか」
「それがね、絶対に男に継がせたい旦那さんと、自分が継ぎたいおふみちゃんで揉めてるみたい。おふみちゃん、これまでは諦めてたけど、今回のことを機に旦那さんと戦ってみるんだって」
「へえ、あの娘が」
 うん、と凛子が声のトーンをわずかに下げた。
「……女だてらに警察やってる私見て、頑張ろうって思ってくれたらしいよ」
「……嬉しくねえのか?」
「嬉しいよ」
 口元に笑みをたたえたまま、凛子が視線を下げる。
「でもね。幸吉さんのひどい女遊びを、商才がありそうってだけで見て見ぬふりできる旦那さんでしょ? それだけ男に継がせることに強くこだわってるわけだから、結局跡を継げなくておふみちゃんが傷つかないかなって」
 そこまで凛子が気にする必要はないだろう、と言おうとしたが、日課である早朝ランニングに出ると凛子はばたばた屯所を出ていった。