近藤さんを助手席、凛子を後部座席に乗せ――今の凛子が運転する車に乗りたくなかったからだ――、途中で総悟を拾い、攘夷浪士の指定した湾岸沿いの倉庫へ向かった。
 その車中で、凛子は京之介の話をした。それでようやく過去の話の穴が埋まっていき、俺は様々なことが腑に落ちた。
 ぽつぽつと紡がれる言葉を黙って聞き、近藤さんが一言、
「辛かったなあ」
 と言ったあと、車中にはエンジン音と雨粒が窓を殴りつける音だけが響いた。
 倉庫がいくつか並んでいるのが見え、少し離れたところで車を降りた。ちょうど一番隊と二番隊の他の面子も集まってきたので、辺りを警戒しながら指定の倉庫へ近づいていく。
 一帯ひどい塩害で、倉庫は近くで見ればどれも塗装の剥げた外壁が赤茶く覆われ、屋根も端が強い力で引きちぎられたように錆び落ちていた。それらを通り過ぎた、一番端の倉庫が件の場所だ。
 ゆっくりと様子を窺いながら近づいて、全体の行進を止めた。倉庫の扉が全開になっていたからだ。雨のせいで曇って中の様子はわからない。
「罠ですかねェ、ちょっくら見てきやす」
 総悟が隊士をひとり連れて中に入っていった。そしてものの数分で、
「どうやら一杯食わされたみてえですぜ」
 やけに呑気に戻ってきたのだった。

 ✳︎

 北川さんと会わせてほしいと言った京之介さんに銀さんはまずこう言った。
「その女とはどういう関係で?」
「姉です」
「家族なら、何で自分で会いに行かねえ?」
 京之介さんは「少し込み入った話ですが聞いていただけますか」と話を始めた。

 僕と九歳上の姉には両親がいません。そう言うと決まって苦労したんだと思われるんですが、僕にはそういった記憶は一切ありません。金銭面で困ったことはなく、いつも僕を一番に考えて育ててくれる姉とふたり、両親がいないこと以外他の人と変わりなく幸せに育ちました。
 僕はたったひとりの家族である姉のことが大好きでした。姉も僕のことを愛してくれていました。
 子どもふたりの暮らしで金銭的に余裕があったのは、おそらく姉があまり表立って言えない内容の仕事をしていたからです。変な時間に出ていくことも多かったし、尋ねてもいつもはぐらかされていたから。姉からは親の遺産だと聞いていましたけど。
 姉がどんな仕事をしようが大切な人には変わりません。でも、もし僕のために気の進まない仕事をしているなら、辞めさせてあげたかった。そうでなくとも、ずっと僕を育てるために奔走してきた人だから楽させてあげたかった。
 だから僕は勉学に励みました。元々興味のあった薬学の道に進み、去年他の星に弟子入りしました。自立して、稼いで、姉上に恩返しをしたい。これからは何不自由なく幸せになってほしい。そう思って。
 それが、先日休暇で地球に帰ってきたら、姉が消えていたんです。こんな手紙を残して。

 京之介さんが差し出してきた手紙には、先日北川さんから聞いた話と同じことが書いてあった。京之介さんは拾い子であること、本当の家族が別にいること、詳しくは書かれていなかったけれど、汚い金で育ててしまったこと、そして、それに対する謝罪と、別れの言葉。
 そしてもう一通、京之介さんが手紙を出してきた。それは伊勢屋からの手紙だった。内容は、是非会いたいこと、望むのなら今からでも跡継ぎとして戻ってきてほしいこと。
「ショックでした。姉と血が繋がっていないことが。だって、まったくの赤の他人の僕のために、姉が諦めてきたものが大きすぎるじゃないですか……」
 俯いた京之介さんにつられて、僕と神楽ちゃんも目を伏せる。その横で銀さんは、伊勢屋からの手紙をぽんと机に投げ、少し投げやりにも聞こえる調子で言った。
「その諦めたものとあんたを天秤にかけて、あんたを取ってきたんだろ」
「ええ、そうです……だから、その僕を捨てたら姉に残るものがないじゃないですか」
「……なかなか図太えこと言うんだな。けど、そのうえで姉貴はあんたから離れることにしたんだろ? その決意を踏みにじって会いにいくのはあんたのエゴじゃねえのか?」
 随分厳しいことを言う。けれども京之介さんはまっすぐ銀さんを見据えて言った。
「そうです、僕が会いたいから会いにいく。このままさよならなんて絶対に嫌だ。姉が僕に後ろめたさを感じてるなんて知りません。いけませんか?」
 銀さんが、小さく息を吐いた。

 作戦はこうなった。
 京之介さんが攘夷浪士の人質となり、強引に北川さんをおびき出す。その際京之介さんの身に危険がないよう万事屋が護衛をする。これなら北川さんの依頼を守りつつ、京之介さんの依頼も受けられる、あくまで護衛の依頼をされただけというスタンスを保てるというわけだ。
 そうしてうまく真選組を呼び出したあと攘夷浪士を捕縛し、真選組の到着を待った。攘夷浪士を捕縛するのは、京之介さんの安全のためと、ちょっとグレーなこのやり方を真選組に咎められたとき、捕縛に協力したことで許してもらおうという安直な狙いのためだ。
 待つこと二十分程度。最初に入ってきたのは沖田さんだった。
「こりゃ一体どういうことでィ」
 真選組からすれば、攘夷浪士が人質を取っているはずの倉庫内で攘夷浪士は端に積み上げられ、京之介さんの足元にも気を失ったまま男がひとり転がっている。そして想定外の僕たちに、無傷の京之介さん。沖田さんは順に視線を移して状況を把握する。
「あんたが人質になったっていう?」
「ええ。でもたった今こちらの万事屋さんに助けていただきました」
 沖田さんが丸い瞳を細め、訝しげに僕たちを見つめた。
「本来なら偽計業務妨害なんですが……」
 積まれた攘夷浪士の顔をひとりひとり確認する。
「手配中の奴らですねェ。まあこいつらがありゃ切腹くらいは回避できるかもしれやせんぜ」
「あァん!? もっと融通利かせろヨ、コノヤロー!」
「頑張って土方さんに交渉しやがれ」
 そう言って、北川さんと近藤さんたち他の隊士を連れてきてくれた。
 北川さんは、京之介さんよりもまず僕たちを見て眉をひそめた。どういうことだ、と。そりゃそうだ。でも北川さんの依頼は「北川さんの依頼を口外せず知らないふりをすること」なので、約束は破っていない。ごめんなさいと心の中で謝って、成りゆきを見守った。
「……何してんの」
「それはこっちの台詞です。僕のことよそに売って消えて」
 会ってからずっと好青年風の笑顔を崩さなかった京之介さんが、すっと真顔になって遠慮なく声に怒りを滲ませた。
「……私がここにいるって、どうやって調べたの」
「姉上の働いてた事務所に行って尋ねました」
「えっ……!?」
「姉上の職場知ってましたから」
「そんな危ないとこに……!」
「だってそれしか姉上の手がかりがないんですから。弟だって言ったら組長自ら出てきてくれましたよ」
「……そう」
「事務所に乗り込んでいく心意気を買って、姉上の居場所を教えてくれました。いい人ですね、組長さん」
「……」
 北川さんが目を伏せた。僕たちと真選組の面々は黙ってふたりを見つめる。
「手紙ちゃんと読んだんでしょ。私がいなくなった理由理解できなかった?」
「全然」
 北川さんは小さくため息をついた。
「……姉上、手紙の内容撤回してください」
「撤回するもなにも、事実だから。私が誘拐して育てたようなもんで、元の家族に返して関りを絶つのが道理なの」
「返すって……物みたいに言わないでください。僕の意思はどうなるんです、僕は姉上と離れる気はありませんよ」
「お願い、言うこときいて。いつかわかる日がくる」
「一生きません、そんな日」
「あんまり困らせないで。こんな風に呼び出して色んな人に迷惑かけて……手紙に書いたことがすべてで、撤回する気はないから。もうずっと前から決めてたの」
 しばらく姉弟で睨み合った。風がごうごうと呻いて、雨が倉庫を叩くリズムが変わった。
 ふと京之介さんの肩から力が抜けた。
「……わかりました」
 え、と僕は小さく声を漏らしてしまった。だって、ここまで来てこんなに呆気なく諦めてしまうなんて。
 けれど京之介さんは懐から注射器を取り出した。
「要は、姉上のせいで僕にいちゃもんつけられるのが嫌なんですよね?」
「……何するつもり?」
「これ、人体への使用は禁止されてる薬品なんですけど」
 京之介さんが足元に転がっている男を覗き込むようにしゃがみ込んだ。
「僕自身が前科持ちになれば、姉上の過去がどうあれ、姉上が僕から離れる理由はなくなるんですよね」
「は……、馬鹿じゃないの!? やめなさい!」
 京之介さんは無視して注射器を男に近付けた。北川さんが走り出し、その手を掴む。けれど京之介さんは軽々とそれを払って彼女を倒してしまった。北川さんが驚いて京之介さんを見上げた。
「姉上が自衛のために教えてくれた体術、初めて使いました。皮肉なことですね」
 また男に注射器を近づける腕に、北川さんがしがみついた。
「やめて、わかった、わかったから!」
「何がわかったんですか!」
「手紙のことは撤回する!」
「僕のこと弟だって認めて、これからもずっと家族でいて、もう姿を消さないって約束しますか?」
 北川さんは躊躇いながらも首を縦に振った。
 それを見届けた京之介さんは、注射器をその場で手放した。注射器がコンクリートの床にぶつかって転がる。
 北川さんがゆっくり京之介さんから離れ、注射器を拾った。
「めちゃくちゃして……」
「どっちが」
「わがままばっかり言わないでよ……」
「そういう風に育てられましたから」
 さっきまで強気だった京之介さんの声が、途端に弱々しい調子に変わった。
「ひどいじゃないですか、やっと自立して姉上に恩返しできると思ってたのに……」
「……だって」
「だってじゃないですよ……。姉上は、僕と二度と会えなくても平気だったんですか?」
 北川さんは注射器を見つめたまま黙っている。
「僕のことなんか忘れて、江戸の生活楽しんでたんですか?」
「……」
「……姉上の人生に、僕は邪魔ですか?」
 だんだん泣き声になる京之介さんの声に、北川さんは耐えかねたように叫んだ。
「そんなわけないでしょ! ずっと京之介のこと考えてた……元気かなとか、向こうの水とか食べ物は合うのかなとか、友達できたかなとか……さっきだって、雷が鳴って怖がってないかなとか、ずっと考えてた。拾ったあの日からずっと、京之介のことばっかり……」
 声が震えはじめた北川さんを、京之介さんが抱きしめた。
「やっと名前で呼んでくれましたね」
「……」
「おかしいんですよ、僕。十八年間毎日、姉上が僕の名前を呼ぶのを鼓膜が擦り切れるほど聞いてきたはずなのに、この数カ月会わなかっただけで……恋しくて仕方なかった……もうどこにも行かないでください」
「……何その喩え」
 京之介さんの腕の中で、北川さんは一度だけ鼻をすすった。
「新八ィ」
「ん?」
「鼓膜も擦り切れるアルな」
「……それ言っちゃ野暮だよ、神楽ちゃん」