トシの部屋から、アニメらしい音楽や声がする。
副長の部屋、見るたび美少女アニメのフィギュアやらDVDが増えてんすよね。この間誰かがそう言っていた。トシの部屋といえば、吸殻の山盛りになった灰皿だけが人の生活する気配を漂わせていて、私も人のことは言えないけれど、空き部屋かと思うほど殺風景だったはずなのに。
アニメに傾倒しすぎておかしくなったとか? あのトシが、そこまで骨抜きに?
いい歳して仕事をほっぽり出してアニメに夢中なんて呆れる話だけれど、私はそれよりも、トシのことが心配だった。
覗き見するように障子を少しだけ開くと、すぐにそれに気付いたトシが振り返った。人里離れた山奥で人間とばったり出会ってしまった動物みたいな警戒たっぷりな目で私を見てくる。だというのに、私はやっと目を合わせてくれたことに少しほっとした。
「私も、一緒に見てもいい?」
「え」
トシは私の申し出の意図を探るように様子を窺いながら、けれど黙ったまま身体を少しずらしてテレビの前にスペースをわけてくれた。私がそこに座ると、そわそわと落ち着かなさそうに、アニメを見ながらちらちら横目でこちらを見てくる。
さっきまでの拒絶はまったく感じないけれど、これはこれでまた違った種類のよそよそしさがある。隣に座ったはいいものの、私はどうすればいいのかわからなかった。だって様子がおかしいというより、まるで別人みたいなのだ。
「凛子氏は、トモエちゃん好きでござるか?」
とりあえず邪魔をしないように大人しく一緒にアニメを見ていると、CMに入ったところでトシの方から遠慮がちに話しかけてきた。さっきはちらちら見てきたくせに、いざ話すとなったらまた目が合わない。あぐらをかいて交差する脚の上で忙しなく組んだり離したりしている自分の指を見ている。
「うん。って言っても見てたのは子どもの頃なんだけどね。私の世代は多分みんな好きだよ」
私はアニメには全然詳しくないけれど、今見ているトモエ5000は奇跡的に知っていた。まだ両親が生きていた頃、変身グッズをねだり、友達とごっこ遊びをし、毎週放送を楽しみにしていた女児向けアニメだったからだ。
トシは、へえ、と目の合わないまま嬉しそうにもじもじとしている。
「初期シリーズのDVDを持ってるんだけど、この放送が終わったら一緒に見ないか」
「えっ、懐かしい、見たいな……」
こんな状況でもなければ非番を合わせて上映会でもしたいくらいだけれど。
「でも、先に仕事……近藤さんとの話に戻らない?」
私がそう言うと、にやけていたトシの顔がすっと真顔に戻った。
「何だ……凛子氏、それを言うために来たのか……」
そうだよな、じゃなきゃ女子が話しかけてくるなんて、と縮こまりながらもにょもにょと言いはじめる。
やっぱり、こんなのトシじゃない。もじもじうじうじするとか、いつもと違う名前の呼び方をするとか、突然アニメにはまるとか、そういうのはトシにだってしたくなることはあるかもしれない。でも、ここ最近のように隊内をかき乱したり、士気を下げたりすることは、トシは絶対にやらない。少なくとも私の知っているトシは。自分が悪者になろうが、誰にどう思われようが、真選組を第一に動くのがトシだったはずだ。
そう喝を入れるべきなのだろう。目を覚ませと。
でも、そんな風だったトシがこうなった理由を私は知りたかった。ちゃんと対話がしたい。アニメにはまったからこうなったというより、こうなってしまったからアニメに逃げているような気がするのだ。じゃあ、こうなったのはどうして?
私は、トシの横に忠犬のように佇む刀に目を遣って、トシに視線を戻した。
「……ううん、違うよ」
違う、と私は自分自身の気持ちを確かめるように重ねて言った。
「トシのことが気になったから。心配してきたんだよ」
相変わらず目の合わないトシをじっと見つめて言った。
今まで、トシがこんな風に私に歩み寄ってくれた。土方スペシャルをおごってくれたときも、いきなり役職持ちになって不安になっていた私にフォローを入れてくれたときも、毎晩背中の薬を塗ってくれたときも、京之介の騒動のあとご飯に連れ出してくれたときも。
私とトシの関係において、アクションを起こすのはいつもトシだった。そもそもの悩みの種を作ったのもトシだったりしたけれど、でも、私はそれに助けられてきた。
だから、私もトシが困ってるなら力になりたい。
「あと、この間のことも謝りたかったから」
「この間って……」
「意地張ってるって、嫌な言い方しちゃったから。ごめん」
「……」
トシはしばらく黙ったまま自分の手を見つめていた。私はそれをずっと見つめて、トシが何かを言うのを待った。
そのままCMが終わってアニメの後半が始まった。今っぽくアレンジされた、でも昔と同じトモエちゃんの変身BGMが流れる。
「俺も……イライラしてて、悪かった」
ふいにトシの声のトーンが変わった。そしてようやく顔を上げ、目が合った。
「なあ凛子」
トシが自分の刀を掴み、こちらへ少し身を乗り出す。
「この刀――」
けれどその瞬間、唐突に電源の落ちた家電のようにトシが動きを止めた。私を捉えていた切迫した視線も、漠然と目の前を映すだけになった。
「トシ?」
呼びかけると、視線はゆっくりとまた私にピントが合う。けれど、すぐにテレビの方へ向いた。
「あ! 凛子氏! トモエちゃんが覚醒後初めて必殺技を使うところでござるよ!」
「トシ、今何て言おうとしたの? この刀が何!?」
肩を掴んで強引にこちらを向かせると、トシは困ったような顔をした。中途半端な友達に、迷惑だと言いづらいような、そういう微妙な顔だった。
「……ごめん」
手を離すと、トシはすぐ画面に向きなおって、もう私の方は見てくれなかった。
今、一瞬いつものトシだったような気がした。名前の呼び方もそうだったし、顔つきも、話し方も。でも気配はずっと一貫してトシのものなのだ。もう何が何だかわからない。
でも、刀のことで何か伝えようとしていた。やっぱり、この新しい刀に何かがあるんだ。
トモエちゃんがトシの言うその必殺技で敵を倒した。昔よりきらきらした画面の中で、私の知らない仲間キャラクターと喜んでいた。