物音を立てないように後を追い、裏口から庭に出るところでたった今外に向かっていた伊東さんたちがもう折り返してくるのが見えた。咄嗟に近くの空き部屋に身を隠し、息を潜めて彼らが通り過ぎていくのを見送る。
伊東さんたちを追うか一瞬迷って、けれど裏口を先に確認することにした。他の気配がないことを確認し私は裏口へと向かった。
広い砂利道の真ん中で、男がひとり地面に刀を突き立てて立っていた。男はその刀を抜いて歩きだし、するとその足下に隊士が倒れているのが見えた。気付かれることに構わず私が走り寄ると、男はちらとこちらを一瞥しただけで、同じ足取りで去っていった。
「ザキ!?」
倒れていた隊士に近寄って顔を確認して、頭が真っ白になった。ザキは目の焦点が合っておらず、見れば腹のど真ん中を貫かれている。
私はすぐに上着を脱いでザキの腹を押さえ、携帯電話を取り出した。が、ザキがその手首を握って遮った。
「早く……伊東、を、追って」
「だめ、先に救急車を」
「きょくちょ……が、あぶ、ない」
「え?」
「伊東、が、裏切っ……局長、の、電車」
「電車?」
すぐに近藤さんが新隊士募集のために今から武州へと向かうことに思い当たった。
「伊東さん派閥が、武州に向かう途中で近藤さんを暗殺しようとしてるってこと……?」
ザキは震えながら頷いた。
「俺は、だいじょ……だか、ら」
「大丈夫じゃ……」
思わず声が震えてしまった。ザキが私の手首を握る力を強める。
「ぜった、い、死な、ない……や、くそ、く」
ザキはなんとか私に焦点を合わせ、途切れ途切れの息で、けれどはっきりとそう言った。こんな瀕死の人間に気を遣わせて、私は何をやっているんだ。
「死亡フラグだよ、それ」
私は手首を掴む手をザキの腹の上に乗せて立ち上がった。ザキは弱々しく笑ってくれた。
「追いながら救急車呼ぶからちゃんとそこにいてよ!」
救急車を呼びながら玄関の方に引き返し、ちょうど携帯を切ったところでいきなり刀が振り降りてきた。私は刀を鞘から抜ききれず咄嗟に刀の柄の尻でそれを受け止め、後ろに飛び退いて体勢を整えた。攻撃してきた以外にもぞろぞろと男たちが現れすぐに私の周りを取り囲んだ。それは全員伊東さん派閥の真選組隊士で、待ち伏せされていたらしく既に戦闘態勢だった。
「ちょっと待ってよ……って言っても聞いてくんないよね」
少し冗談めかして言ってみせても顔色ひとつ変えず隊士たちは斬りかかってきた。
ざっと眺めた顔ぶれから実力差は歴然だった。そもそも私は総悟くんと斉藤くん以外に負けたことはほとんどないし、一般隊士なら一撃も入れさせない。だから、それがたかだか十人程度が集まったところでどうということはない、はずだった。けれどどうにか――そう、どうにか――全員を返り討ちにした頃には私は左腕を負傷し、時間も思った以上に食ってしまっていた。要はかなり手こずってしまったのだ。
パトカーに乗り込み左腕の袖をちぎって止血していると、突然無線が入った。
『もしもーし聞こえますかーこちら税金泥棒』
思わず手を止めた。ゆるっと掴みどころのない話し方と声。誰だっけ、聞き覚えはある。
『伊東派だかマヨネーズ派だか知らねえがすべての税金泥棒どもに告ぐ。今すぐ今の持ち場を離れ近藤の乗った列車を追え』
ぎゅっと強く布を結び、エンジンをかけてスピーカーからの声を聞きながらパトカーを発進させた。誰の声だったっけ。今の内部の状況を把握している。隊士? いや――。
『てめぇ誰だ!』
『真選組副長土方十四郎だコノヤロー!』
声の主に思い当たった瞬間、音割れするほどの叫び声とともに無線が切れた。銀さんだ。間違いない。でもどうして銀さんが?
大通りに出てアクセルを踏み込み、道を空ける車の間を駆け抜ける。後ろに続々と他のパトカーも見えた。その中のひとつが私の車の横につけてきて、一瞬横目で見ると原田が窓を開けて何か叫んでいたので私も窓を開けた。
「一体どうなってやがる!? 局長が危ねえって……凛子さん何か知ってるか!?」
「伊東さんが裏切ったの。近藤さんが武州に向かう列車の中で暗殺するつもりだってザキが」
「暗殺!? で、その山崎は!?」
「……」
「おい、まさか……」
「伊東さん一派に刺されて重傷。今病院に搬送中、のはず」
「だ、大丈夫なのかよ」
「だと、思いたい」
交差点で左右を確認しながら赤信号も突き抜けて走る。ようやく近藤さんの乗る列車の線路と並走しはじめた。これに沿っていけばそのうち列車に追いつくはずだ。
「副長は!?」
「……そっちも大丈夫だと思いたい。とにかく早く近藤さんの列車に追いつかなきゃ」
住宅も途切れ林道に出たところでさらにアクセルを踏み込んだ。エンジンが苦しそうな音を上げる。
さっきの無線から考えるに、トシは、トシでない状態で銀さんと一緒にいる気がする。いつものトシなら銀さんと一緒にいようとするわけがないし、意地でも自分で指示を出すはずだから。だとすると、無事だけれど、無事じゃない。
もしトシが元に戻らなかったら。いや、そもそもそれ以前の問題で、この事態は収集がつくのだろうか。私は全容すらまだいまいち把握できていないし、だから何をどうすればどうなるのか全然読めなくて、そんな何もわかっていないまま流されてこんな状況になってしまっている。伊東さんは、総悟くんは、ザキは……。
いや、とハンドルを握りなおす。とにかく今は近藤さんを守らないと。近藤さんに何かあったら事態が収拾したって真選組はもう真選組でいられなくなってしまう。
そのときだった。大きな爆発音がして前方から煙が上がり、続けざまに何発か同じような音がしてそのまま煙の中に突っ込んだ。線路の脇に隊服を着た男たちがごろごろと転がっているのを通り過ぎ、煙が晴れて私はあっと声をあげた。トシがいた。
けれど次の瞬間、後ろから荒波に呑まれるような衝撃を受けた。身体が宙に浮いてエアバッグの中に突っ込み、ロックされたシートベルトに固定されたまま激しく揺れて上下左右がわからなくなった。
揺れが収まって目を開けたとき、私の乗っていた車両は運転席側を下にして横転していた。車体ごと転がりながらあちこちにぶつかったせいで痛む身体を起こそうとしたとき、助手席側の窓から刀が勢いをつけて突き刺さってきた。すんでのところでなんとか避けたそれは、私と背もたれの間をきれいに抜けてまた戻っていった。敵の刀だった。
まずい。こっちは刀を抜ける体勢じゃない。次は刺される。
息を呑んだ。
けれど数秒経っても刀は降ってこなかった。代わりに叫び声がして、一瞬あとに助手席の窓から覗いたのは、見知ったはげ頭だった。
「無事か⁉」
「原田! ありがとう!」
助手席のドアが開かれ――剥ぎ取られたと言った方がふさわしかったかもしれない――、伸びてきた手に引っ張り上げられどうにか車内から脱出した。
「おい、凛子さん無事だったぞ!」
原田と同じ車両に乗っていた面子も助けにきてくれていた。原田と私を守るように襲いかかる敵を斬り伏せる。私も刀を抜いて参戦しようとして、そこであることに気がついた。
「ねえ原田。もしかして、敵側に外野の人間がいる?」
「みてえだな。てっきり敵は伊東派閥の背信隊士だけかと思ってたが……こりゃあただの内紛で収まる話じゃなさそうだ」
原田と背中合わせに敵と対峙する。じり、と睨み合って一瞬の静寂。
『あーあーヤマトの諸君』
私が乗っていた車両からまた無線が入った。
『我らが局長近藤勲は無事救出した』
「なあ、この声」
「うん……トシだね」
「よっしゃあ! 局長が無事ならあとはただ暴れてこいつら片付けりゃいいってことだな!」
「そうだね」
刀を構えなおして一呼吸。敵が踏み込んできた瞬間応戦し、私たちを取り囲んでいた敵を斬り伏せる。
他の面子もあらかた敵を片付け、全員で原田たちの乗っていた車両に乗り込んだ。
最大速度で林道を駆け抜ける。エンジンが普段聞かないような音を立て、ほんのわずかにでこぼこしたところを走っただけで車体が大袈裟に浮く。
近藤さんが無事とはいっても、前方からはまだ断続的に爆発音がするし黒煙は上がり続けている。さっき止血した左腕をぎゅっと握ると原田がそれをちらりと見遣ったけれど、何も訊いてはこなかった。
道が林道から川にかかる橋へと変わり、ようやく列車のお尻が見えてきたとき、ヘリコプターが列車に激突した。墜落というよりは振り落とされたような軌道と勢いだった。
「おい! 局長が中にいるんじゃねえのか!?」
車体が前転するかと思うくらいの急ブレーキで車を止め私たちは外に飛び出した。
「総員に告ぐぅ!」
それと同時に発せられた指示の方を向くと、近藤さん、トシ、総悟くんが三人並んで立っていた。
「一気にたたみかけろォ!」