拝啓
 いかがお過ごしですか。そちらはそろそろ暖かくなる頃ですね。以前お話したように、こちらは四季がなく雨季と乾季が交互にやってくるというような気候で、この手紙を書いている今は雨季です。宇宙には不思議な気候もあるものだと思っていたら、地球にもそういう気候の国があるそうです。地球だけでも知らないことはたくさんあるものですね。
 さて、先日姉上から窺った土方さんの別人格問題について、僕なりに薬学の観点から調べてみました。
 結論から申し上げると、それらしい薬物は見つけられませんでした。別人格になるような薬物は数多存在しますが、やはり以前お伝えしたように薬物は時間経過とともに効果がなくなります。土方さんの症状と合致しそうなものはいずれも効果が短く、効果が長期に渡るものは土方さんの症状と合致せず、師匠や周囲の研究者たちに尋ねてもみましたが、お力になれそうにありません。刀から土方さんへ常に何らかの薬物が供給されているのでもなければ薬物が原因ではないと思います。ご期待に添えず申し訳ございません。
 ところで、人格が変わる薬物といえば、こちらでも違法薬物がたくさん出回っています。覚醒剤のように乱用によって昂揚するものから、本来鎮静剤である薬を改造して気分が落ち着くようなものまで様々です。
 こちらは薬学では最先端の星ですので、違法薬物が出回ってはいても、対策や教育を含む制度がきっちり整っており、対処できる知識の豊富な人材もたくさん揃っているため、薬物による犯罪は割合少ないです。
 しかし、それらの薬物が環境の整っていない場所へ持ち込まれると同じようにはいきません。残念ながら他の星へ開けて間もなく科学力の低い地球はその対象となりがちです。
 姉上はお仕事柄薬物に関わることもあるかもしれません。どうかお気を付けください。もし僕でお役に立てそうなことがあれば何でも相談してください。(土方さんの件で何のお役にも立てなかったばかりですが)
 それでは、また姉上や周りの皆さんのお話も聞かせてください。お返事待っています。お仕事くれぐれもご無理なさらぬよう。 
 XXXX年XX月XX日 北川京之介
 愛する姉上

 京之介へ返事を投函した帰りのことだった。屯所の前で誰かが若い女の子と話し込んでいた。その誰かは後ろ姿から察するにおそらくトシで、私はそちらをあまり見ないようにしながらこっそりトシの後ろを通って中に入ろうとした。
「だって家の前にもいるかもしれないし……もしかしたら中に入られてるかも。ドアを開ける瞬間も危ないって言うし、私本当に怖くて」
「他に頼める奴いねえのか? いるだろ、ひとりくらい」
「いませんっ、いたとしても、警察の人の方がより安心だし」
「警察ってんなら同心に言ってくれ。真選組は対テロ特化の組織で、そういうのは管轄外だ」
 聞こえてきた会話がプライベートな話ではなさそうだったので、私は振り返った。
「あの、横入りしてごめん。どうしたの?」
「ストーカー被害に遭ってんだと。怖いから俺に一緒に家まで来てくれって」
 内容の重さにしては、さらっとした答えだった。
 行ってあげればいいのに、と言いかけ、けれど咄嗟に口を噤んだ。むやみに一般女性とふたりきりにならないようにしているのかもしれないと思ったからだ。副長であるトシとの関係を攘夷浪士にでも疑われれば、もっと悪質な事件に巻きこまれるかもしれない。
 それなら。
「それじゃ私が一緒に家までついてってあげるよ」
 トシと女の子、両方から「えっ」と視線が注がれる。
「ストーカー被害から逃れるためにまた別の男性とふたりきりになるのも怖いでしょ? 同心にしたって男性ばっかりだし、警察の人間が心強いなら私と帰るのが一番いいんじゃない?」
 女の子が眉をひそめるので、
「大丈夫、安心して。私刀があればこの人より強いから」
 ね、とトシに投げかけると、ふん、と鼻息を吐いた。
「まあ、それが一番合理的だな。じゃあ後は頼んだ」
「うん、任せて。ちゃんと無事に家まで送り届けるから」
 トシが中に入ったのを見届け「じゃあ行こうか」と声をかけた途端、肩を突き飛ばされた。
「あのさあ、ばかにしてんの!?」
 さっきまで垂れ下がった困り眉だった女の子の表情が険しく一変し、弱々しくか細かった声は何オクターブも低くなった。
「な、何……?」
 まるで別人みたいな様子に私が呆気にとられていると、女の子は怪訝な顔でまじまじと私を見つめたあと「嘘でしょ」とため息をついた。
「わかってて邪魔しにきたのかと思ったけど。あなたまさか本気でさっきの話信じてお節介焼こうとしてたの?」
「えっと……?」
 混乱する頭をどうにか整理する。
「さっきの話、嘘ってこと?」
「当たり前でしょ」
 女の子が目を細めてようやく、私は事態を理解した。この子が嘘をついてトシを家に連れこみたかったところ、私が邪魔をしたのだと。
 けれどそれを理解して、私はまた呆気にとられてしまった。世の中にそういうことが起こりうるというのは知っていた。でも目の当たりにしたこともなければ、まさか身近な人間に起こることだとも思っていなかった。だから、
「だから送ってくれなくていいの」
 それだけ言って踵を返す女の子に、
「偽計業務妨害になっちゃうかもしれないから、もうしないでね」
 それしか言えなかった。女の子は無視して帰ってしまった。
 女の子が見えなくなってもしばらく、私は立ちつくした。女の子は二十代になったばかりか、下手をするとなっていないかもしれない、京之介とほとんど変わらないくらいに見えた。私からすれば子どもだ。そんな子がこんな手を使うことに、そしてそれにあっさりと騙されてしまったことが、少なからずショックだった。
「さっきの話、嘘だったんだって」
 トシの部屋に報告に行くと、トシは目を瞬かせた。
「え? 凛子、お前気付いてなかったのか?」
「え?」
 今度は私が目を瞬かせた。
「何だよお前、てっきり俺に助け船出してくれたのかと思ってたら、本気でさっきの奴のこと心配してたのか?」
 トシが珍しく声を上げて笑うものだから、私はかっと顔が熱くなった。
 トシは気付いていた。ということはさっきあの場で、私だけがそうと知らずにばか真面目にいらぬお節介を焼こうとしていたのだ。ふたりから見ればまるで道化だっただろう。
「だ、だって本当に困ってるかもしれないじゃん」
「考えてもみろよ。警察の人間がいいっつってわざわざ俺を選ぶのも変な話だし、お前も言ってたようにストーカーに怯えながら親しくもねえ男とふたりきりになろうとするなんざ矛盾してんだろ。よくある拙い手管じゃねえか」
「よく、あるんだ」
「あんだろ」
 トシが煙を吐き出した。
「街中で絡まれてるの助けてやったりすると、それだけでもう俺のことが輝いて見えるようになるらしくてな。さっきの女もそのクチで、適当にあしらってたらさっきのだ。しつけーんでどうするかと思ってたんだが、もう考える必要ねえかもな」
 お前のおかげで、とトシが喉の奥でくっくっと笑う。抑えようとして抑えきれないような意地の悪い笑い方のせいで、私はますます居心地が悪くなる。
「あー、まさかお前にそういう弱点があったとはな。でも考えてみりゃそうか、男ばっかの中で生きてきたから、女のことをあんま知らねえのか」
 トシは私のずれた行動がよっぽどお気に召したらしく「いいもん見た」などと言って上機嫌に煙草を吸っている。私はその空気に耐えきれなくなり、
「そう。お役に立てて何よりです」
 と逃げるように自室に戻った。