物々しい隊服姿の自分にやっと見慣れたと思えば、試用期間の終わりとともに制服が変わった。スカーフのちょうど良い巻き加減がわからずに、さっきから鏡の前で何度もやり直している。
 このたびめでたく真選組に正式採用となり、副長助勤という配属を言い渡された。配属というよりは序列と言った方がいいかもしれない。私のポジションは各隊の隊長と同列、いや、隊長そのものを想定しているらしいけれど、まだ隊にはせずひとりで動くため、便宜上副長助勤という呼称になっているとかなんとか。役目は遊軍、要は局内の何でも屋に配属された、ということだ。
 いきなり役職付きだなんて有難い話ではあるけれど、好意と期待で百二十パーセントの笑顔を見せる近藤さんを前に、実は内心手放しでは喜べなかった。
 両手の上に乗った新品の制服に視線を落とすと、相変わらず高圧的に見える態度で―具体的に言うと、煙草をふかしながらこちらを見下ろして―副長が言った。
「不満か?」
「え? いやいや、有難く頂戴します」
 慌てて、時の権力者に貢ぎ物を献上するように、制服を顔の前に掲げ頭を下げた。顔に出したつもりはなかったのに。
「不満なんじゃなくて、不安なんだろう」
 近藤さんが、仕方ないなという風に副長の肩を叩いた。
「あまり気負わず、今まで通りで大丈夫だから。な、トシ」
「ああ」
 ありがとうございます、と私は局長室を後にした。

 副長助勤となった日、私の歓迎会という名目で飲み会を開いてもらった。
 普段朝礼を行う広間に膳や酒瓶がずらりと並び、上座に並んだ三つの膳のうち端のひとつが私の席だった。残りの二つは、真ん中が近藤さん、残りはもちろん副長だった。その他の席も初めはきっちり序列通りに着席していたので、堅い雰囲気なのかと思いきや、少し酒が入るとたちまちに皆思い思いの場所に移動し始めた。近藤さんも、早々に一番盛り上がっている集団に呼ばれていった。
「副長は皆と交ざんないの?」
「大勢で飲むのは苦手でな。お前も行きたいとこ行けよ」
「もうちょっとしたら行こうかな」
 一応主役である私なんてそっちのけで騒ぐ広間の中央に目をやった。
 副長は小さくため息をついて、近藤さんの座っていた膳の前に移動してきた。手酌しようとしたので、私が酒を注いだ。
「まあ、歓迎会なんて銘打っちゃいるが、飲んで騒ぐための口実だ、いつも」
 副長も私の分を注いでくれ、改めて乾杯する。
「一応訊くけど、もしかしてフォローしてくれてんの?」
 野暮ったらしく訊いてみると、副長の口元がみるみるきまり悪そうに歪んだ。
「……事実を述べただけだ、事実を」
「ありがとね、別に気にしてないよ」
「そうかよ」
 副長は何かを誤魔化すように杯を傾け、音量の大きくなってきた広間の中心に視線を向けた。
「それはそうとお前、いつの間にタメ口きいてやがる」
「だめ? 同い年なんでしょ、仲良くしてよ」
「仲良く……それはまあ、そうするつもりだが、それとこれとは」
「だったら私のことお前って呼ぶのもやめてほしいなあ」
 わざとらしく、じっとりとした視線を投げると、副長は言葉に詰まった。
「そもそも副長、私の名前知ってる?」
「当たり前だ」
「言ってみてよ」
「北川凛子だろ」
「あ、本当に知ってた」
「馬鹿にしてんのか」
「だって呼んでくんないから」
「……悪かったよ、次からは気を付ける」
 副長が当たり前のように懐からマヨネーズを取り出し、膳に残っていた天ぷらにかけた。かけるというよりは埋めると言った方がふさわしそうな様子を、静かに見届ける。
「ねえ私もトシって呼んでいい?」
「……今の流れで何でその質問が出てくんだ」
 そう呼んでいいのは近藤さんだけだ、とマヨネーズ天ぷらを頬張りながら副長が言う。この間一緒にご飯を食べたときもそうだったけれど、この人は意外と食べ方が豪快で、一口に口いっぱい食べ物をかき込む。誰が呼んだのか鬼の副長という二つ名を持っているらしいけれど、両頬を膨らませた今の姿はただの子どもみたいだ。
 頬が元に戻って、続いて喉が波打つように動いた。酒がそのあとを追う。
「……そういや、朝のことだが」
「朝?」
「配属の話したときの」
「ああ」
 新しい制服を渡されたときの話だと合点した。
「お前――」
 とん、と小気味よく煙草が灰皿の淵を叩き、灰が落ちる。するとそれが合図だったかのように、隊士のひとりがこちらに声をかけてきた。
「お二人、ついに和解したんすね!」
 近くにいた他の隊士も一緒になって寄ってきて、あっという間に囲まれた。さあさあ、とまだ飲み終わっていないところになみなみと酒が注がれ、あれやこれやと言葉が投げかけられる。どうも、遠巻きに私たちの様子を窺っていたみたいだ。
 さっきまでが別空間だったようににわかに場が騒がしくなって、副長が立ち上がった。
「じゃあ、俺はそろそろ戻る」
「あ、さっき何か言いかけてなかった?」
「大した話じゃねえ」
 何の未練もなさそうに広間を出ていく副長を見送ると、隊士たちは口を尖らせた。
「いつものことだけど、つれねえな、副長。歓迎会だってのにさっさと出てっちまって」
 その副長はさっき、主役お構いなしに盛り上がっている君たちのフォローを入れてたんだけどね。
 この間猫に餌をやっていたときに、副長が憎まれ役を買ってくれているおかげで上手く回っているというようなことをザキが言っていた。どうもあの人は、見る角度によって正反対の印象を受けるのかもしれない。しかも、良く見える角度は極端に狭い。
「あんなんでももてるんだから、見た目が良いってのは得だよな」
「えっ、副長ってもてるの?」
「近藤さんの迎えなんかでキャバクラに顔出すだけでキャーキャー言われてるぜ」
 いきなり、思いもよらなかった角度が出てきた。
 悪い人でないのはわかった。けれど、基本姿勢は不愛想で、積極的に相手を楽しませようというタイプではないし、わかりやすく優しいわけでもない。寡黙な男が好きな女には受けがいいのかもしれないけれど、それでも黄色い声を浴びるほどというのは想像できなかった。よっぽど、近藤さんがもてると言われた方が納得がいく。
 それとも、私が隊士という特殊ケースだっただけで、女の子の前だとまた違うんだろうか。
「そりゃあの顔だからな」
「平凡な俺たちが女の子楽しませようと頑張って百の力で喋っても、色男の何気ない一言に負けるんだからな。世知辛い話だ」
「……」
「凛子さん、どうした黙って?」
「いや、めちゃくちゃ意外だったからびっくりしてた」
「そうか? あ、凛子さんは好みじゃなかったか」
 好みがどうこう以前の問題だった。さっきから皆があまりに褒めるので、改めて副長の顔を思い出そうとしているけれど、はっきりと思い出せるのが眉間の皺くらいしかないのだ。考えてみれば、入隊時からずっと不機嫌で近寄り難い印象ばかりが先行して、未だにちゃんと顔を見たことがない気がする。先日昼ご飯を食べに行ったときは、向かい合っていたけれど土方スペシャルのインパクトにすべて持っていかれた。総悟くんのように、見た瞬間に圧倒されるような、わかりやすく日本人離れした美形なら一度見れば忘れないけれど。
 副長の残していった、角にマヨネーズの溜まった小皿を見る。いくら顔が良かったとしても、そこから「もてる」なんていう単語はどう考えても連想できなかった。