ただ猫を探していただけだったのに、どうしてこうなったんだろう。
 僕は今、いかにも悪い奴ですという風体の男三人に、路地裏の袋小路に追いつめられている。持っているものといえば、猫とその飼い主の写った写真一枚。せめて剣の代わりになりそうなものでもあれば、と視線を辺りに彷徨わせてみるけれど、そう都合よく棒状の物なんて落ちていない。
 視線を上げ、眼鏡越しに男たちを見る。一歩近づいてきたのに合わせて一歩下がると、壁に背中がぶつかった。

 真選組の幽霊事件―実際は幽霊ではなかったけれど―から数日。相変わらず閑古鳥の鳴く万事屋で、他にやることもないので床掃除をしていると、ソファの上で顔にジャンプを乗せて眠っていたはずの社長様がのっそりと上体を起こした。
「……暇だな。おい、新八、お前ちょっと外出て仕事探してこい」
「探すって、どうやって」
「あのー、あれだ、あー……何かあんだろ。適当に困ってそうな奴見つけてこい」
「無茶言うな! ていうか、この間適当に真選組引っ掛けてえらい目に遭ったの忘れたのか! 結局報酬ももらえなかったし!」
「お前なあ、人生長いんだから一度の失敗くらいで二の足踏んでたらこの先やってけねえぞ?」
「そうアル、だからお前はいつまで経っても新八なんだヨ」
 どうしてこの人たちは、こうも他人が悪いように演出をするのが得意なんだろう。いっそ感心すらしてしまうほど口の回る彼らに、一応ツッコミの体で抗議はしたものの、結局強引に言いくるめられてしまった。
 そもそも、銀さんが原因で僕は職を失ったからここで働いているはずなのに、どうしてタダ飯喰らいの神楽ちゃんにまでこんな扱いをされなければいけないんだ。まさか、新八だから? いやそんな馬鹿な。
 とりあえず外に出たはいいけれど、何も持っていない。正真正銘の手ぶら、身ひとつ。見るからに困っていそうな人だってそうそう見つからない。だったら、僕にできることなんて呼び込みくらいしかなかった。
「犬の散歩から地球の平和を守るまで! 何でもやります! 万事屋銀ちゃんです!」
 通り行く人たちがちらちらと振り返る。けれどそういうことは気にならない。いちいち気にしていたら万事屋なんて務まらないし、何より寺門通親衛隊隊長の名折れだ。
 そうしてスナックお登勢の前でしばらく叫んでいると、一人の女性が「あのう……」と遠慮がちに話しかけてきた。これだけ大きな声で宣伝しておいて、まさか本当に客が来ると思っていなかった僕は一瞬固まってしまった。
「なっ、何でしょう!?」
 慌てて用件を聞く態勢になると、女性は一枚の写真を差し出した。
「何でもって、猫探し、なんていうのも受けていただけるんでしょうか?」
「もちろんです!」
 すぐに二階の万事屋へ案内した。さすがなもので、僕たちが玄関から応接間に向かう間に、銀さんはさっきまでの自堕落な空気を消し去って見事に客対応をした。
 依頼内容はさっき言っていた通り猫探し。一ヵ月ほど前に飼い猫が忽然と姿を消したので探してほしい、とのこと。名前は藍乃助、五歳くらいの元気な雑種のオス。灰色に黒模様の入ったサバトラ柄、人懐っこくてよくトカゲや虫を捕まえてきては持ってくる。そういった必要事項を一通り訊いたあと、報酬や連絡先の確認をして依頼者を見送った。
 依頼者の置いていった写真を三人で覗き込んだ。依頼者と、依頼者に抱かれた藍乃助が写っている。
 雑種のサバトラなんてかぶき町内だけでも相当数いる。その中から特定の一匹を探し出すのは至難の業のようだけれど、万事屋には一応ざっくりとした猫探しのノウハウがある。かぶき町内とその周辺の野良猫が集まる場所や、よく野良猫に残飯を与えている店の一覧があるので、その辺りを手分けして回ると見つかることが多い。ペットの捜索依頼は案外多いのだ。
「私は散歩がてら公園の辺りを見てくるアル!」
 番傘片手に、神楽ちゃんが定春を引き連れて走っていった。
「じゃあ新八は商店街の方な」
「わかりました」
「俺は……あ、あそこが怪しいな。行ってくるわ」
 どのエリアのことだろう、と脇目も振らずに歩き出す銀さんの後姿をしばらく見送っていると、まっすぐにパチンコ屋に入っていった。
「オイィィイ! そこ絶対猫いねえだろ!」
 引きずり出そうと追いかけていくと、十八歳未満は入場禁止だと逆に店員に引きずり出されててしまった。その様子に気付いた銀さんは、これ以上ないほど憎たらしいにやけた顔でガラス越しに手を振ってきた。そして、すぐに台に向き直った。
 やっぱり今度こそ万事屋を辞めてやろうかと思ったけれど、辞めたってすぐに他の仕事が見つかるとも思えない。渋々言われた通り商店街の方に向かった。
 商店街近辺で万事屋が把握しているすべてのスポットを回ったけれど、有力な情報は得られなかった。他にも塀の上やゴミ捨て場、路地裏など、周囲を隈なく探してみたけれどどこも外れだった。
 さて次はどうするかと考え、神楽ちゃんの向かった方向とは別の住宅街エリアに足を向けることにした。銀さんは、今日はきっと探す気はないだろう。
 その移動の途中、通りがかった路地裏にふと妙な雰囲気を感じた。
 そっと覗き込むと、僕と同年代くらいの男とおじいさんとが向かい合い、何かの受け渡しをしていた。
「孫が、本当にご迷惑をおかけしました。何卒よろしくお願いいたします」
「いえ、こちらこそわざわざ出向いていただいて。これだけあればなんとかなります」
 男は、今しがたおじいさんから受け取ったらしい厚い茶封筒を顔の横に掲げた。おじいさんは改めて「よろしくお願いします」と深々とおじぎをして、路地裏から出ていった。
 これはもしかして、拙者拙者詐欺か何かの、お金の受け渡し現場なんじゃ――。
 直感的にそう思ったけれど、確証はない。とぼとぼと通りを歩いていくおじいさんの背を見つめ、もう一度路地裏を覗く。
「あ、木村っす。金受け取りました。……ああ、全然疑ってなかったっすよ。普通によろしく頼まれました」
 木村と名乗った男は、電話に向かって軽快に笑った。
 だからといって、それが証拠になるわけでもない。ほぼ、限りなく、黒であっても。
 疑わしきは罰せず、とは言うけれど、僕には人を裁く権利なんてない――つまり、間違っていたらごめんなさいと謝ればいいだけだ。
 路地裏に飛び込んで、茶封筒を持つ木村の腕を掴む。弾みで彼の持っていた携帯電話がかしゃんと落ちた。
「そのお金、おじいさんに返してあげてください」
「な、何だよ、お前」
「それ、詐欺か何かで受け取ったお金ですよね」
 体格は相手の方に分がありそうに見えたけれど、実際は彼が手を振り払おうとしてもびくともしなかった。僕だって侍の端くれだ、日々鍛えている。それにひるんだらしい木村は、目線が泳ぎ始めた。
「何を根拠に……俺はただ頼まれて受け取っただけで」
「それでもばれればあなたが捕まります。そうなったら、指示をした人はあなたに全責任を押し付けて知らんぷりして逃げちゃうんですよ」
「……っ」
 木村の瞳が揺れた。そういう常套手段を知らなかったのか、知っていて今更不安になったのか。どちらにしろ、まだ間に合うかもしれない。
 一緒におじいさんのところへ戻りましょう。
 そう言いかけ、通りの方から差していた光が遮られた。振り向くと、木村とは明らかに違う、堅気の人間ではなさそうな男が三人、通りへの道を塞いでいた。僕がそれを認識したと同時に、木村の腕を掴んでいた手を捻り上げられた。木村は三人の男を盾にするように後ろに回り込んだ。そのときに、木村が拾った携帯電話がまだ通話状態だったのを見て、僕はこの男たちが都合よく現れた理由を悟った。
「木村、さっさと指定場所に金持ってけ」
 木村は不安げに僕を一瞥したあと、通りへと走っていった。