cosmic dust

恐怖か武者震いかよくわからないが、ぞわりとのえるの背筋が震える。キョロキョロと周りを見渡すがまだ大きな化物は見えない。
「のえる、プロテクトドレスを起動しておくんだ」
「あ、うん。でも……」
「プロテクトドレスもグラナダのアプリで起動できる。この前と同じ方法で大丈夫だ」
 グラナダのアプリ内のドレスマークを触ると、きらきらとのえるは光に包まれ昨日の素敵な洋服になった。心なしか体も軽いような気がする。
「アズは……?」
「私もそろそろそちらに向かおうか。その前に端末を見てくれないだろうか?」
「……スマホないの」
 スマホは着替えたときに、きらきらと輝く水色のティアドロップがついた腕輪となってしまった。のえるが困っていると、アズールヴェルが優しい声で教えてくれる。
「腕輪を端末に戻すイメージをするだけでいい」
 言われた通りにイメージすると、腕輪は一瞬だけ光りのえるの手の中にうさぎカバーつきのスマホになった。腕輪になったり、スマホになったり、どういう仕組みなのか疑問に思ったが、スマホを見る。グラナダのアプリ内の地図上に赤い丸と、緑の丸が点滅していた。
「これは?」
「緑が人で、赤はエネミーだ」
「大変!すぐに助けに行かないとなの!」
 のえるは駆け出して巻き込まれた人のもとに行く。怪我していないことを祈りつつ走ると軽やかで、いつもより早く走れた。
「大丈夫ですか?」
 住宅街の端っこで膝を抱いて怯えている女性に手を差し伸べた。
「ひっ……!」
 怯えてはいるが、おずおずと女性は手を伸ばしてのえるの手を掴んだ。怪我はないようでのえるはほっと胸をなでおろした。
「のえる、端末を見てほしい。被害者を亜空間から脱出させるための魔術が組み込まれているのだが……」
「この扉のアイコン?」
「そうだ。のえるが脱出させたい人に触れるか、端末を向けるかすれば逃がすことができる。もちろん、ここでの出来事は記憶を消してな」
「そっか……じゃあ……」
 早速のえるが扉のアイコンに触れると、女性の足元に魔法陣が浮かび上がり、あっという間に消えてしまった。
「問題はのえると濃い繋がりだと記憶は消えにくいというのは説明したと思う。被害者が出る前にのえるが亜空間を見つけるのが一番だ」
 見られてはいけないという制約に引っかかるが、知り合いに見つからずに亜空間を先に探すというのが実際やってみて難しいことに気づいた。
「う、うん……なるべくがんばるの」
 そう答えたが、実際に授業中とかどうやって抜け出そうか悩む。だが、今は敵がどこにいるのかを探さなくてはいけない。
 スマホをアルマタップの腕輪に戻してキョロキョロと周りを見渡すと、音もなく忍び寄ってきた巨大な全身機械のネズミ。その辺のビルの2倍の大きさがあり、ところどころコードが飛び出している。
「ネズミ……!」
 のえるが気づいた瞬間、ネズミがのえるに向かって突進して来たので、とっさに跳んで逃げた。空中で体を捻り、のえるは両手を上げて氷塊を空中に作り出して投げつけた。
「……!」
 頭に投げつけたのだが氷は無惨にも砕け散っただけだ。
「か、固いの……」
 仕方ないのでのえるは落下しながら次の手を考えていると、ネズミの機械が絡まったような尻尾がしなりのえるに直撃した。
「ひゃうっ!!」
 のえるは咄嗟に腕で庇うが壁に叩きつけられた。まともに受け身も取れず痛みが走る。しかし耐えられるくらいの痛みなので、しっかり前を向きネズミに向かっていった。
「アンブルジュエルに戻るの!」
 のえるはネズミに拳を真っ直ぐ突き出し、ネズミの後頭部にパンチを叩き込もうとしたが目の前に紺色の何かが落ちて来た。
「待たせた」
 低いノイズ混じりの声。ネズミの頭を巨大な手、それも片手で抑え込んでおり、ちらりとのえるを見た。
「アズ……!」
「のえる、とどめを刺すといい」
「でも氷効かないみたいなの……」
 困った顔して言うと
「腹に突き刺すような鋭い氷を」
 冷静に返されたので言われた通り、空中から鋭い氷柱をいくつか作る。アズールヴェルに当たらないよう配慮しながら、四方八方からネズミのお腹を突き刺すと、金切り声が響き渡る。金属が擦れたようなネズミの鳴き声にのえるは耳を塞いだ。
 しばらくしてそっとのえるが耳から手を離すと、アズールヴェルはネズミから手を離し、大きな手のひらにはキラキラとしたアンブルジュエルが転がっていた。
「のえる、回収を」
 のえるは跳んでアズールヴェルの手のひらに乗る。素手で回収しようとするとアズールヴェルが止めた。
「アルマタップを近づけるだけでいい」
 アンブルジュエルにアルマタップの宝石部分に近づけると、アンブルジュエルがアルマタップの中に吸収された。
 意外と呆気なくて、そして戦いが終わってホッとしたのかのえるはアズールヴェルの手にへたり込んだ。
「お疲れ様。そろそろ亜空間ももとに戻るはずだ」
「あ、そっか……アズ、ありがとう」
 アズールヴェルにお礼を言うと、のえるはプロテクトドレスから制服に戻した。
「学校に戻るといい。お疲れ様」
 アズールヴェルの大きな指がのえるの頭を軽く撫でた。優しく指で撫でられるとのえるも笑顔だ。
 大きな手からそっと降ろされるとアズールヴェルはそのまま消えてしまったと同時に亜空間も消滅し、いつもの光景だ。青空が広がっているが、ビル街の裏側。ここからのえるは猛ダッシュで学校に戻る。本日最後の授業ギリギリ間に合った。
 最後の授業は眠気を誘う数学の時間。のえるは数学苦手なので、授業はしっかりと聞いておきたかったのだが、疲れからか授業中にうとうと。先生に注意されつつの授業で当然ながら頭の中に入ってこなかった。
 それから放課後、のえるは教科書を鞄に詰めていると直助が声をかけてきた。
「途中抜けて何処行ってたんだ?」
「えっと……お、お散歩?」
「お散歩ねぇ……」
 直助は怪訝な顔をするが、これ以上の誤魔化しはのえるに思いつかず、慌てて話題を逸した。
「そういえば、あおちゃん漫画書くって言ってたけどどこ行ったのかな?」
「先帰ったんだろ」
「そっか……あとで連絡入れてみるの」
 ふとスマホを見るとアズールヴェルからメッセージが入っていた。
『お疲れ様。怪我はなかっただろうか?今日はゆっくり家で過ごすといい。何かあればグラナダに来るか私に話しかけてほしい』
 そんな気遣うメッセージにのえるは笑顔。ありがとうと一言返して、ポケットにスマホを仕舞った。
「直助、今日は真っ直ぐ帰るの?」
「店の手伝いあるからな。買い物あるなら付き合うがどうする?」
「お願いするの!」
「おう」
 直助と一緒に学校から出る。もう空はオレンジ色に染まっており、のえるはゆっくりと歩く。直助ものえるのペースに合わせて歩いた。
「そういえば樹の原稿手伝わなくて良かったの?」
「手伝うとしても明日だな」
「今ごろ直助探してたりして」
「そうかもな。探してる暇あるなら原稿書きゃいいんだが」
 いつもの帰り道。お買い物を挟むがいつもと変わらない日常に、さっきまで戦ってたのが嘘のようにのえるは感じてしまう。けれどもスマホを見ると、グラナダのアプリの魔法陣アイコンで嘘は否定された。
「今何時だ?」
「えっとねぇ……4時くらいなの」
「その時間って確かタイムサービスじゃないか?」
「ほんと!?急がなきゃなの!」
「朝のチラシに書いてたような……」
「直助、急ぐのー!」
 のえるは主婦ではないが生活費をなるべく抑えている。母親に連絡取れない事が多いので生活費がなくなったら大変だからだ。直助の手を掴み、走ってスーパーに向かった。
 全力疾走後のスーパーは涼しいを通り越して寒かった。呼吸を整えながらカゴをもってお買い物。タイムサービスには間に合ったようで、野菜等が少々安くなっていたりしたのでぽいぽいとカゴの中に入れていく。魚の切り身や、お肉も今のうちに。それからちょっとしたお菓子と、忘れてはいけないりんご。
「今日は何作ろうかなぁ……?面倒だからパスタにしちゃおうかなぁ」
「ちゃんと食えよ」
「パスタは具沢山にするから大丈夫なの」
 ミートソースに野菜をたくさん入れたら野菜も取れるし作るのが楽だから……と思ったけれど、ミートソースはこの前食べたのでスープパスタにしようかなーとぼんやり考える。
「これでいいの。お買い物終わりなの」
 一通り食材を入れてしまうとレジに並ぶ。直助とおしゃべりして待てるのは嬉しくて、のえるはほわほわと笑顔を浮かべていた。
 そして買い物したものも袋に詰めると直助が荷物を持ってくれたので帰路につく。
「大丈夫だよ?持つの」
「重たいから持つ。帰るぞ」
「ありがとう。なんかお礼にジュースでも」
「いらん。それよりのえる、何か隠してないか?」
「えっ……」
 隠し事は基本的に苦手なのえるは顔が自然と俯いた。それにしても気づかれるのが早くて誤魔化し方がわからず、どうしようかと頭を抱えた。
「か、隠してないの……」
 そう言うのが精一杯で、直助の顔を見る事が出来なかった。悪いことはしていないのに、背中から冷や汗が流れる。
「一応聞くが、悪いことしてないか?」
「悪いことはしてないよ?」
「……ならいい」
 直助はそれ以上追求はしてこなかった。ほっとしているのもつかの間、直助は足を止めた。
「もし、のえるがこそこそと悪い事していたら、俺は全力で止めるし叱るからな」
「それは嫌なの……」
 直助は怒らせると滾々とした説教になるので非常に 面倒だ。考えるだけでげんなりしてのえるの肩が落ちた。
「のえるに悪い事できるとは思っていないが、ここ最近変だからな」
「へ、変じゃないの!」
「そうか?そういうことにしといてやるよ」
「むむむ……」
 最近ののえるの挙動についてはこれ以上の追求はなく、のえるはほっと胸を撫で下ろす。直助と他愛もない会話をしながらそのまま家に帰った。直助から荷物を受け取り、すっきりとした冷蔵庫の中に食材を詰めていく。
 ぽんぽんっと誰かに背中を叩かれた。
「直助?帰ったんじゃないの?」
 直助はのえるの家の鍵を持っているので、急用があるときは普通に入ってきたりする。のえるは特に振り返る事なく食材を冷蔵庫に詰め込んでいた。ぽんぽんっとまた叩かれる。
「なんか用なの?……ぴゃぁぁぁ!!?」
 振り返るとのえるは腰を抜かした。そこには靴を片手に持ち、ボストンバッグを肩にかけて眩しい笑顔を浮かべるルルカカが居たからだ。

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