cosmic dust

 宿題の後にみんなからのメッセージを返しつつ、ベッドの中でうとうとしていたら、いつの間にか夢の中。
 布団の中でばったんばったんと何かが跳ねる。それをのえるが掴むと低くて穏やかな声がする。
「おはよう。そろそろ起きないと学校に遅れるのでは?」
「んんっ……ふにゅ……おはよ……」
 のえるは目を擦りつつ返事をする。ふぁあ……っと背伸びをして、スマホを見ると7時。ゆっくり今日も準備できそうだ。
 ぼんやりしながら洗面所に行って、顔を洗うとさっぱり。それからリビング。
「あーっ!」
「どうした」
「ご飯ないんだった……」
「すまない。お腹すかないだろうか?」
「うん……今日お買い物行けたら行かなきゃだね」
 冷蔵庫も空っぽ。あるのはアップルティーとココアだけ。
 仕方ないのでアップルティーだけ作って飲む。テレビをつけると、空に不思議な閃光が走る!というテロップと、夜空を流れる流れ星のような光。流れ星と違うのは流れている時間が若干長いことらしい。
 樹が好きそうなニュースだなんてのえるはぼんやりと思う。
「グラナダって宇宙にあったけど、地球から見えないの?」
「地球からは見えないな。シールドで宇宙と同化しているのもあるが、どんなものを使っても見えないよう惑星の裏側に隠れる位置にある」
「そうなの?なら大騒ぎとかにはならないね」
 こんな流れ星のような動画に大騒ぎしているくらいだから、グラナダが知られたらお祭り騒ぎになってしまうだろうなーそうのえるは思いながら、アップルティーを飲み干した。
 マグカップを洗って、歯磨きして制服を着る。お腹空いていてちょっと力が入らないが仕方ない。
「そういえば……アズって宇宙にいるんだよね?」
「ああ。そうだが……」
「アルマってそんなに遠くまで届くの?」
「いや、さすがに限界はあるが、地球にいる限りは大丈夫だ」
「そっか。じゃあスマホから私は?」
「端末からのえるだとわからないが……離れすぎると10分もしたら体に異変が起こるのではないだろうか。なるべく持ち歩いてほしい」
「スマホ無くさないように気をつけるね」
 本当に気をつけないと、うっかり死んでしまうかもしれない。大切にポケットに入れる前に、
「アズ、いってきます!」
「いってらっしゃい。車には……」
「えへへ!大丈夫!気をつけるよ」
 姿は見えないけれど、声だけでも『いってらっしゃい』という言葉が聞きたかった。いつものえるはひとりだったのでとても嬉しい。
 スマホをポケットに入れて、鞄を持っていつもより足取り軽く学校に向かった。
 学校に着いて鞄を置くと樹を中心に集まるクラスメイト。
「のん、おはよー」
「あおちゃん、おはよ。あの集まりはどうしたの?」
「ああー……火星人の痕跡がとかなんとか」
「火星人の痕跡???」
「やっぱりたこらしいぞ火星人」
「たこ!?」
 たこなんていただろうか……とのえるはグラナダを思い出す。トカゲみたいなのはいたような。
「おはよう。のえる」
「直助おはよー。火星人はたこなの?」
「らしいな。お前、昨日どこ行ってたんだよ」
「あ……えっと……」
 グラナダの事は言えない。のえるは必死に考えて出た言葉。
「と、友達のところ……」
「友達?」
「うん。とっても元気で美人さんなの」
 咄嗟に出た言葉はルルカカの事だった。間違ってはいないから、嘘はついていない。だけど直助の眉間に思い切りしわが刻み込まれた。
「そんな友達いたか?」
「最近知り合ったの」
「どんな知り合いなんだよ」
「友達は友達なの」
「のんが直助の尋問受けてる」
 葵は笑いながら化粧直ししている。のえるにとっては笑い事ではないので、どう誤魔化すか必死に考えた。
「おっはよー!のんちゃん!」
「おはよう!ふうちゃん」
「火星人はたこってよ!!いま樹が大騒ぎしてる」
「海で泳いでるたこは火星人なの??」
「違う違う!もっと大きいたこだよ!」
「んん?たこ焼きパーティーしたら何人前くらい?」
「のんちゃん火星人食べるの?」
「たこなんだよね??」
「たこだけど……たこだけども」
「のんは宇宙のロマンより食い気。笑いすぎてアイラインしくじった」
 え?え?っと混乱する楓子に、笑いながらお化粧直しして失敗する葵。それから呆れる直助。
「火星人食いたいと思うか普通……」
「たこたこ言うからたこ焼き食べたいな」
「そういえばお昼の購買部のパン屋さん!今日はたこ焼きパンの日だよ!のんちゃん良かったね!」
「たこ焼きパン!!食べるの!朝何も食べてないからアップルパイも」
 ついでにきゅううとのえるのお腹がなると、直助と葵と楓子は顔を見合わせた。
「ええー!のんちゃん食べてないの!?もう!ちょっと待ってて」
「お前なぁ、食わねぇとちびのまんまだぞ……待ってろ」
 直助と楓子は席に戻ってしまった。ごそごそと鞄を漁るのは葵。
「あー……あった!ほら」
 葵に差し出されたのは小袋に入ったチョコチップクッキー。
「いいの?」
「こんな時の非常食だろ?」
「うう……ごめんね、ありがとう」
 ついでに葵によしよしと撫でられるとのえるは笑顔だ。
 先に戻ってきたのは楓子。袋ごと差し出してきたのはカラフルなグミ。
「ほら、のんちゃん、こんなんしかなかったけど」
「わあ!グミだ!ありがとう」
 フルーティーなグミをひとつふたつもらって食べるとちょっと満たされる。
 直助も戻ってきた。差し出してきたのは、ラップに包まれたたまごふりかけのおにぎり。
「ほら。食っとけ」
「これ直助のお昼……」
「俺もパン買う」
「でも……むぐっ」
 のえるが受け取るのを迷っていると、直助はラップを開けてのえるの口におにぎりを突っ込んだ。
「痩せ我慢は似合わねぇよ。食っとけ」
「ありがとう」
 素直に受け取ってもぐもぐ食べる。食べていると、やっと火星人の話しが終わったのか樹も来た。相変わらず金髪で派手な出で立ちだ。
「おはよう!のえるちゃん!」
「おはよー樹」
「あ!朝抜いてきたんだねーほら」
 樹に差し出されたのは紙パックのりんごジュース。
「りんごジュース!でも樹のじゃ……」
「いいのいいのー。火星人はたこらしいしー?俺ご機嫌だから!」
「樹ー私もジュース!」
「楓子ちゃんには飴ちゃん」
 樹のポケットから飴ひとつを楓子に渡す。楓子はほくほく笑顔だ。
「ウチにはー?」
「葵ちゃんも飴ちゃん」
 葵にも飴をひとつ手渡すと、葵は少し不満げ。
「俺には?」
「直助には雑誌!オーパーツ!」
「要らねえ!」
 直助には樹が手に持っていたオカルト雑誌オーパーツ。表紙は例の火星人。
 このやりとりにのえるは笑う。
「とにかくのえるちゃん、受け取って」
「ありがとう!」
 のえるがりんごジュースを受け取るとそのままストロー刺して飲む。
「相変わらずこどもだなお前」
「りんごジュース美味しいの」
 えへへと笑いながらのえるはりんごジュースを飲んでいると、朝礼のチャイムが鳴り直助と楓子と樹はそれぞれの席に戻ってしまった。
 ――それからお昼休み。激戦区の購買部に行くとりんごデニッシュとたこ焼きパンをギリギリでゲットして、ついでにいちごみるくも買うといつものように葵とお昼。今日は教室。
「ほら、あーん」
「むぐ」
 今日葵からのえるの口の中に突っ込まれたおかずはちくわ。ほんのり醤油が香ばしい。
「のんー今日は手伝えるか?」
「んー?」
「漫画」
「うーん……今日は買い物しないと家に何もないの。その後でよかったら……あ、用事もなければいいの」
「用事?またかよー……」
「確定はしてないんだけどねぇ」
 たこ焼きパンをもぐもぐ食べるのえるは口の周りがソースまみれに。
「おい、今日はなんの用事だよ」
「のえるちゃん、用事ー?珍しいね」
「んっ!直助、樹……」
 いつもは不特定の多数の男子と食べる樹と直助。わざわざこちらに来るのは珍しい。
 直助は慣れた手つきでティッシュを取り出し、のえるの口の周りを拭く。
「で?用事は?」
「……えと、お買い物??」
「の後だよ」
「その、と、友達と会うの!」
「ねえねえ、そのお友達は俺らに紹介してくれないのー??」
「秘密のお友達なの」
 えへへーと笑いながら答える。宇宙のお友達で間違いはない。のえるはチョコチップクッキーを開けてもぐもぐ。
「でも変な友達とかじゃないー?俺、のえるちゃん心配」
「お友達はお友達!」
「そっかそっか」
 太陽のような笑顔で樹はのえるの頭をぽんぽんっと撫でた。
「あ、樹、直助アンタ達が手伝ってよ」
「えー?葵ちゃんの漫画?」
「もちろん!報酬は出世払い!」
「俺は店の手伝い」
「え?じゃあ俺はーオカルト取材!人が消える噂調査!」
「じゃあって今決めたろ?」
 じろりと葵は伊月を睨むと、大げさに樹は両手見せて慌てた様子を見せた。
「はははーまっさかー!じゃ、のえるちゃん、くれぐれも変な人についてっちゃ駄目だからね!友達も悪い人じゃないって信じてるよ!」
 ぽんぽんっと樹がのえるの頭を撫でると風のように教室から去っていった。
「悪い人じゃないんだけどなぁ……」
 ルルカカの顔とアズールヴェルの顔を浮かべた。どちらも美人で素敵なふたり。ぼんやりとふたりの顔を浮かべていると、スマホがけたたましく鳴った。見てみるとアズールヴェルからでとっさに隠した。
「ちょっと電話行ってくるね!」
「おうー。めずらし」
「えへへ。ちょっとね」
 廊下に出て誰もいなさそうな教室に入り、電話に出た。
「もっ、もしもし」
「すまない。アンブルジュエルだ」
 ごくり、とのえるの喉が鳴った。初めて自分からあの歪んだ空間に行くのだ。そして大きな敵もいる。なんとなくお腹がちくりとして、無意識にお腹を擦った。
「そうなの?えっと……」
「最初だから私が案内をしよう。大丈夫だ」
 のえるを安心させるようにアズールヴェルは声をかける。優しく穏やかにゆっくりとした口調なのでなんとなくのえるも落ち着いてきた。
「うん……」
「まずは端末の画面を見てほしい」
 そのままスマホの画面を見るといつの間にか地図アプリのような物が開いていた。地図の上には赤い点滅。
「ここに?」
「そう。そこが亜空間の場所だ。今から行けるだろうか?」
「あ、うん。大丈夫」
 一応授業は抜けても問題はない。だから、のえるは玄関まで行って靴を履き替える。幼馴染達に合わないように願いつつ、地図の場所まで走った。
 到着したのは住宅街から少し離れたビル街の裏側。昼でも薄暗くて、ゴミとかおいてある少し怖い雰囲気の場所だ。
「アズ」
「ついたらグラナダのアプリの雷マークをタップしてほしい」
 言われた通りにタップすると、スマホの裏側から魔法陣が浮き出した。くるくると青白い魔法陣は回っている。
「その魔法陣を亜空間がありそうな場所に向けてほしい」
 そのまま真っすぐ腕を伸ばすと、空間にヒビのようなものがはいり、そのまま縦に裂けた。中はこの前見た紫色の歪んだ世界。
「その裂け目はのえるにしか見えていない。だから入るといい。周りに人がいないかだけ確認を」
 きょろきょろ確認してそっと入ると、紫色の世界に一歩踏み出した。

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