cosmic dust

 どうしようかのえるは考える。対して、ルルカカはあくびを噛み殺す。
「楽にしてほしい」
 そうアズールヴェルが言うと、ケーブル2本が背中から出てきて、その辺にある椅子2脚にくるりと巻きつけて用意した。それに二人ともおずおずと座る。
「まずは、改めて紹介しよう。私は宇宙ステーショングラナダの最高責任者であり、管理をしているアズールヴェルだ」
 手元はそのまま、アズールヴェルは丁寧に頭を下げた。のえるも一緒に頭をぺこりと下げる。
「だから管理官なんですか……?」
「宇宙ステーションの最高責任者は基本的に管理官という役職だ」
 アズールヴェルは頭を上げて、また手元が忙しなく動き出した。
 見ているだけで疲れそうだ。
「……あの、忙しいのでしたらまた今度でも」
「いつもの事なので、気にしないでほしい。さて……どこから話したものか」
 アズールヴェルが困ったように言うと、ルルカカが口を挟んだ。
「根本的なとこからですよ。地球人って無知なんですからー」
 ルルカカが聞いてと言ってのえると向き合った。見つめられる目線は優しい。
「地球よりもっとずっと遠くにはね、様々な惑星があるんだよ。もちろん、知的生命体ね」
「うん……?」
 歩きながら周りを見渡していたら確かにいろんな人がいた。だから、いろんな惑星があるのかな?くらいはのえるにもわかった。
「惑星ごとにさまざまな発展してきたの。そのうちみんな宇宙に進出して、様々惑星の人同士で技術の交換したり、戦争したりでどんどん進化し続けたの。まあ、ざっくりだけど」
「でも、どうやってなの?……そもそもどうして会話できてるの?」
 同じ地球に住んでいても言語が違って、こんなに円滑に会話はできない。惑星を飛び出した宇宙人となるとなおさらではないだろうか。
 そう思うとのえるは首を傾げた。
「えっと、各惑星に共通する目には見えないエネルギー、力があるの。それがね『アルマ』って言うんだよ。でも、地球では発見もされてないの。ほとんどアルマがないから。でも会話できてるのはアルマのお陰」
「アルマの……?」
「そうそう。えっと……簡単にいえば、魔法かな?言語をのえるが分かる言葉にして伝える簡単な魔法をかけてるの」
「魔法?」
 宇宙ステーションとか目の前のロボットとかものすごく科学的なのに、魔法という真逆の単語が出てきてのえるは少し混乱した。
 だけど、それをわかっているかのように、ルルカカは説明していく。
「アルマってね、他の言い方したら魔力なの。魔法の力。そっちの方がわかりやすいかな?」
「うーん?」
「のえるが使っていた氷の技だ」 
「え?のえるは、地球人ですよね?」 
「のえるは覚醒している」
「えっ?」
 のえるとルルカカの間抜けな声が被った。のえるは良くわかっていなくて頭を傾げ、ルルカカは目をぱちくりさせている。
「地球人が覚醒……?」
「厳密に言えば無理やり覚醒させた」
「えっ?どうやって?」
「まず、覚醒がわかりません」
 のえるが素直に尋ねると、ルルカカがまた向き合ってくれた。
「アルマが体に一定以上貯まる様になるとね、体が活性化されて、様々な能力が使えるようになるの。みんながみんなじゃないけど」
「能力……?」
「のえるの場合は、氷の力が能力だ」
「氷使えるの?珍しい。とにかくね、えーと……自分の得意な魔法をひとつだけ簡単に扱えるようになるの」
「身体能力は……?」
「アルマで強化された状態だ。だからのえるの傷も表面は塞ぐ事ができた」
「つまり、私は氷の魔法使いになったって事でいいんですか?」
「そうそう。でもどうやって?」
 確かにルルカカは地球にアルマはほとんどないと言っていた。考えられるとしたら、受け取ったティアドロップの宝石。
 のえるはポケットからスマホを取り出した。
「その中に入ったものはアルマタップと言うものだ。ひとつしかない貴重なものになる」
「アルマタップ?」
「そう。ここからが本題なのだが、大丈夫だろうか」
 アズールヴェルが言うと、空中に投写していた画面を全て閉じてしまった。完全にのえるに向き合う形になった。
 のえるとルルカカも一緒にアズールヴェルと向き合った。
「アルマタップはアルマを持たない人間を覚醒させることが出来る便利な物ではあるのだが……問題があってな」
「なんですか」
「私とアルマタップがないとのえるは死ぬ。どちらか片方でも無くなると死ぬ。力を得た代償は、重い」
 さらっと重要な事を言われた。ルルカカは絶句するし、のえるは理解できずにいた。
「どうして……?」
「地球の物で例えると、私は電力、アルマタップはコンセント、のえるは電球……といったところか」
「つまり管理官はのえるにアルマを供給しないといけないわけですか?」
「そういう事になる」
「えっと……アルマが無くなるとどうなるんですか」
「衰弱死」
 だからアルマタップだと言う。
 それはアズールヴェルから助けられたと同時に、命を掌握されたということを理解するのに時間はかからなかった。
「え?管理官そんな危険なもの渡したんですか」
「それしか助けることが出来なかったからな。それと、約束」
「約束ですか……?」
「……いや、気にしないでほしい」
 少しだけアズールヴェルの顔が寂しそうな顔になったが、すぐに真面目な顔に戻った。
「死なせはしない。私がのえるを全力で守ることは約束しよう」
 アズールヴェルのその目に嘘はない。それにのえるはアズールヴェルを信じることができた。助けてもらったのは事実。それだけで十分だ。
 そういえば、助けてもらったお礼をしていない事に気がついて、のえるは頭を下げた。
「助けてくださり、ありがとうございます」
「礼を言われるような事はしていない。それに、君はもう巻き込まれた」
「巻き込まれた……?」
「私がいないと死ぬということは、のえるはエヴァンウィルに入隊せざるを得ない事になる」
 どうしようかのえるは迷う。
 グラナダもだが、エヴァンウィルというものが何なのかいまいちわからないのに、突然入隊せざるを得ないなんて言われてもピンと来ない。
 命がかかっているから迷えないけれど、ひとつ心配があった。
「あの、学校は」
 学校には心配性の幼馴染4人がいる。だから突然いなくなったら、ものすごく心配するだろうし、のえるも突然の別れは悲しい。
 そう思っていると、アズールヴェルが首を横に振った。
「心配いらない。のえるにしかできない任務がある」
「私にですか?」
「アンブルジュエルの回収だ」
「あっ!あの宝石!」
 やはりアンブルジュエルと言う名前であっていた。スマホに入っていった不思議な宝石。
「地球に散らばった分を回収してほしい」
「管理官が外に出たのは本当だったんだ……!」
 ルルカカが上品に口に手を当てて上品に驚いていると、アズールヴェルがやれやれといいたげに目を伏せた。
「ルルカカが驚くところはそこなのか……」
「だって、絶対に表舞台に出ないから幽霊管理官とか、幽霊アルマロイドとか、名前だけの人とか呼ばれてたんですけど」
「面白い呼び名だな……。とにかく、のえるはしばらく地球で活動させるので学校には行ってもいい」
「あの……アンブルジュエルって何ですか?」
 どういうものなのかわからないので、素直にのえるは尋ねた。あの機械の怪物の持ち物かな……と予想くらいしかできない。
「あれは地球ではただの危険物だ。アルマタップに引き寄せられ、アンブルジュエルはアルマタップに吸収されるのを嫌いアルマを貯める」
「アルマをですか?」 
「そのときに人間には見えない亜空間を作る。地球にはアルマが少なすぎるからエネミーを生んで、人間を食べてアルマを補給するんだ。そしてアルマタップを破壊しようとしてくる」
「それ私、死んじゃうんですけど……?」
 その辺の住宅より大きかったあの機械仕掛けの蜘蛛を思い出してのえるの背筋が震えた。アズールヴェルが助けに来てくれたからのえるは無事だった訳で、ひとりとなると不安でいっぱいになった。
「だが、アルマタップはのえるしか持っていない。安全に回収するにはのえるのアルマタップが必要なんだ」
「えっ……」
「アルマタップはアンブルジュエルを無力化して吸収する性質がある」
「だからスマホに……」
「地球に落ちた分だけお願いしたい。のえるだけじゃない、他の人も巻き込まれるかもしれない」
「あの、放置してたらどうでしょう?」
 アルマタップに引き寄せられるのであれば、のえるが宇宙にいたら、亜空間を発生させずに済むのでは?と考えるが、アズールヴェルから首を横に振られた。
「放置してたら地球と人間はアンブルジュエルに食い尽くされてしまい、滅んでしまう」
 それから、アズールヴェルは心底申し訳無さそうに言った。
「だから後戻りはできないと、私は言ったはずなのだが……」
「普通には戻れないんですね」
 そもそもアズールヴェルに命を握られているので、選択肢はないのはのえるにはわかっていた。
 のえるはぐっとパーカーの裾を握りしめた。あの人気のない暗くて不安になる空間を思い出し、のえるは身震いしたが、でもいまは対抗策もある。だけど、怖い。
 そんなのえるの不安を和らげるようにアズールヴェルは優しく、安心させるように言った。
「戦いに関してはしばらく私も一緒に行動し、サポートしよう」
 どうだろうかと言われたが、のえるは悩んだ。けっこう激しい戦いだったし敵も怖かった。それに学校と両立できるか不安だった。
だけど……だけど、あれに友達や幼馴染が巻き込まれたら当然死ぬのは確実。そんなのは絶対に嫌だった。
あの力があれば私なら対処できる……のかな。
 それから、ほんの少しの好奇心もあった。宇宙という未知の世界。色々見てみたいな。
 そう考えたら、即答していた。
「わかりました」
 この一言にアズールヴェルは頷いてくれた。
 そしてのえるの一言に一番喜んだのは、ずっと隣で話を聞いていたルルカカだ。
「本当に!?嬉しい!よろしくのえる!」
 ルルカカは満面の笑みでのえるの手を握った。これでもかってくらい上下に激しい握手。
「うん。改めてよろしくね」
 ルルカカの手を離すと、のえるはアズールヴェルに手を差し出した。
「あの!よろしくお願いします!」
 アズールヴェルの大きな手が近づいてきたので、のえるはそっと掴んだ。鉄のようなすべすべの感触なのにほんのり温かい。
「うむ。よろしく頼む。話すときルルカカと話すようにもっと力を抜いてほしい」
「えっ……それは」
「のえるとはできれば対等でいたい。お願いだ。それからアズと気軽に呼んでほしい」
 これからここの軍隊に入るのに一番偉い人にタメ口は恐れ多くて断りたかったが、低くてノイズ混じりの声から寂しそうにお願いされたため断りにくい。
 のえるは意を決して普通に話した。
「わかり……わかったの。えっと、アズ?」
「十分だ。のえる、ありがとう」
 笑った。ずっとアズールヴェルは真面目な顔していたので、口元しか動いてなかったが微笑んだ。突然の微笑みにのえるの心臓は高鳴った。
 機械とは思えないほど自然に微笑むのだ。いや、顔だけは人間に近いけれど、皮膚のような鉄のような触らないとなんとも言えない顔。でも恐ろしいほどの美形ではある。
 そっとアズールヴェルが手を離すと、ルルカカの方を向いた。
「ルルカカもエイルと会話するように私に接してほしい」
「え?」
「いつも仲良さそうで羨ましかった」
「副管理官と仲良くはないのですが、お望みならば」
「ありがとう。これからもよろしく頼む」
「管理官、アタシの名前はどこから」
「いつもエイルに聞かされているからな。君にも会ってみたかったから、のえるを案内させてしまった。睡眠時間なのにすまない」
 ぺこりとアズールヴェルが頭を下げると、意を決したルルカカはすぅ……と息を吸って一息で言った。
「管理官が副管理官としゃべるときの口調で話せといったんですからね。怒らないで聞いてくださいよ」
「ふむ。聞こう」
 もう一度ルルカカは息を吸ってから、アズールヴェルに吠えるように叫んだ。
「時間外手当くれなかったら、その立派なパーツをバラバラにして焼却炉に捨ててやるんだから!お肌荒れるし寝不足なのに、もうしばらくしたら出勤なんだけど!?働きすぎて頭オーバーヒートしてんじゃないの!?」
「すまない。だが、時間外手当はきっちり出すよう申請しておこう。あと、休みの手続きしたので休んでいい」
「うわあ……職権乱用……」
「ルルカカ、君は少々働きすぎだ」
「管理官にだけは言われたくないんだけど!この過労死アルマロイドめ!」
 口ではそう言うけれど、喜色満面で喜ぶルルカカ。ルルカカを横目にのえるはアズールヴェルに質問をした。
「アンブルジュエル集めはいつからになるの?」
「また連絡する。今日は疲れただろうから家に帰るといい」
「うん、わかった」
「ルルカカ、送ってやってほしい」
「はいはい。では失礼しますー」
「二人ともご苦労だった」
 部屋から出て、扉をしめる。のえるとルルカカの二人はほっと胸を撫で下ろした。
「管理官初めてしゃべったけどクビにならずに済んだのはよかった……」
「ルルカカがいてくれてよかったよ。わかりやすい説明ありがとう」
「どういたしまして。まあ、道すがらおしゃべりしよう」
 元来た道を一緒に歩く。ルルカカはのえるの歩くスピードに合わせて隣を歩いてくれる。
「アズって友達欲しかったのかな……?」
「あー……副管理官とは仲いいらしいよ?でも普段は管理官が忙しすぎるのと、管理官室は立ち入り禁止だし、表舞台に出ないのとで最近は本当に誰も見たことなかったの。まあ……アタシは見ちゃったけど」
「確かに忙しそうにしてたよね……。何だか申し訳ないなぁ……」
「そうそう。さっきしゃべってるときも仕事片付けてたしね」
「手元が忙しそうにしてたもんね」
「手元もだけど、あのケーブルもだよ。大きな機械沢山あったでしょ?あれでデータの送受信とか、書類チェックとか同時にしてたはず」
「かなり繋がれてたけど……」
「うん、管理官ってマルチタスクの鬼とか言われてるから。そのうち過労死しそう」
 話している間に他の仕事も処理していたらしい。オーバーヒートとかしないのかなとのえるは少し心配になった。
「体、大丈夫かな。それに私にアルマ供給って負担じゃないかな?」
「大丈夫大丈夫。アルマロイドって恐ろしくタフだし、アルマが原動力だから、貯蔵している量も桁外れだし」
「アルマロイド……?人工知能とかじゃないの?」
「違う違う。あれ、機械の体を持った生き物だから。あの体を持つ種族をアルマロイドっていうの。人工的なものはアンドロイドだね」
「えっ……!?生き物なの!?」
「生き物、生命体だよ。ちなみに、アルマロイドはグラナダにあと3人……4人いるからね?あーアタシもあの体ほしい」
 あの早さで仕事できるようになりたいと、ルルカカは笑顔で言った。のえるにはその笑顔があまりにも綺麗で視線が吸い寄せられた。
「どうしたの?」
「あっ、えっとね、ルルカカって本当に美人だなって……ルルカカの惑星の人はみんな綺麗なの?」
「ありがとう!褒められるって最高!うーん……顔はどうだろー」
 この満面の笑みはやはり同性から見てもかわいいとのえるは思う。雑誌から飛び出してきたかのような綺麗な顔がのえるには羨ましかった。
「地球では確実にモテモテなの」
「口悪いし喧嘩は買うし売るしでモテないんだよ……別にいいけどさ」
「アズの事ポンコツって言ってたときとか、捨ててやるって叫んでた時は口悪かったけど、今はそんなに悪くないと思うよ?」
「そりゃあのえるは同性だし、仲良くしたいし、文句ないからね」
 照れてる顔も絵画のように綺麗。さっきからずっとのえるはルルカカを見ているが、表情がころころ変わるお人形さんを見ているようだった。
「でもアタシから見たらのえるの方がかわいい」
「そ、そうかな?」
「小さいから守らなきゃ!的な。年齢はいくつなの?」
「ううーん?よく小さいは言われるけど……私は15歳だよ」
「え?本当に?地球の年齢に換算するとアタシの年齢14歳とかそこら辺なんだけど」
「えっ、まさかの年下なの!?」
 のえるより頭1つ、2つ分は背が高くモデル体型をしたルルカカが年下ということに、本日最後の驚きになりそうだとのえるは思う。
 そんな他愛もない会話をしながら進むと、最初に来た受付フロアに着いてしまった。
「帰り方わかる?多分来たときと同じことしたら帰れるはずだけど」
「扉があれば多分?」
「だったらこっちだよ」
 受付の中に入れてくれた。スマホに入ったグラナダのアプリを開き、ワープのアイコンをタップした。
「あーなるほど。その端末でアルマの力を発揮させる事ができるんだね。アルマの管理はできるし、アルマの力は簡単に使えるようになると……便利だね」
「でもワープしかできないよ?ワープは魔法?」
「ううん、魔術と科学の混合かな?でも簡単な魔術だから端末で管理できてるんだと思うよ」
「そっか!他にもできること増えるといいなぁ」
 のえるはスマホを見ながら、魔法とか魔術とかに思いを馳せる。すると隣でルルカカはふふっと笑った。
「そうだね。管理官を説得して色々とできるようになるといいね。また来てね」
「うん!今日はいろいろありがとうルルカカ!」
 ばいばいとお別れをして、扉を開くといつもの自分の部屋だ。そのままベッドにダイブした。
 宇宙人の友達が2人できたのは嬉しいが、これからどうなるのか不安が渦巻いた。

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