cosmic dust

 それからいつの間にか眠っていたようで、日は昇っていた。
 のえるは目覚まし設定しても、ひとりで起きられないくらい朝は弱かった。いつも幼馴染の誰かにモーニングコールで起こしてもらうのだが、今日は違った。
「おはよう。のえるが端末に設定していたアラームの時間なのだが」
 スマホから聞こえるのは穏やかなノイズ混じりの低い声。
 あと5分……とのえるはスマホに手を伸ばしていつものようにアラームを消そうとして、スマホの画面を連打した。
「余計な事だっただろうか……?」
「うーん……いい、声……なの……」
 むにゃむにゃとのえるは夢現。
「のえる?起きなければいけない時間だ」
 そうアズールヴェルが言うと、スマホがバタバタと動き出した。バイブではない、水から上がった魚のような動きをした。さすがにのえるもびっくりして飛び起きた。
「うわあっ!」
「おはよう。のえる」
「おはよう、ございます……」
 のえるは目を擦りながらスマホを見た。
 画面は通話にはなっておらず、直接声が出ていた。昨日から驚きっぱなしなのに、起きてからも驚かすなんて酷いなぁ、とのえるは思う。
「役に立ちたくてな」
「その気持ちはありがとうございます。忙しいのに申し訳ないですよね……」
「私は問題ないが、迷惑だっただろうか。それと、普通に話してくれないか……」
 しゅん……と寂しそうな声に変わったので、のえるは慌てて否定した。
「あ、ごめんなさい……。負担かからないなら別にいいの。声かけるときは他の人が居ないときにしてほしいで……ほしいな」
「了解した。緊急時は電話かメッセージを送ろう」
「うん、ありがとう」
 お礼を言うと友達からのモーニングコールが鳴ったのでそのまま切ると、のえるは目を擦りながらベッドから降りた。
「のえる、学校終わってからでいいからグラナダに来てくれないか?」
「何するの?」
 学校に行くために制服着たりと準備をしながら、自分のスマホと会話する。とても非日常だが、こんなに楽しい朝はのえるにとって久しぶりだった。
「メディカルチェック等様々だな」
「も、もしかして何か体に埋め込まれたりするの?」
「……普通のメディカルチェックになるよう祈る」
 歯切れの悪い答えにのえるは少し不安になる。アズールヴェルと話しながらココアを作った。朝ごはんは直助のケーキ。
 いつもなら朝ごはん食べる時間なんてないのだが、アズールヴェルのお陰でゆっくりできていた。
「りんごだぁ……!」
 ケーキの箱の中身はりんごの形のケーキで、見た目もかわいい。
「……りんご?」
「えっと……写真取るね」
「いや、カメラを向けてくれるだけでいい」
 言われた通りにスマホを持って、カメラを向けた。
「ふむ……美しいな」
「友達が作ったんだよ!いただきます!」
 早速一口のえるが食べると、中にシロップで煮たりんごが入っていてとっても美味しい。外側さくさく。中身はふわふわしっとり。
「美味しい……」
「のえるは、りんご好きだったな」
「うん!りんご大好き!」
 朝からこんな豪華なごはん食べられるのはうれしい。満面の笑みでのえるがケーキを食べていると、おもむろにアズールヴェルが話し始めた。
「私も地球を調べたのだが、地球の文化は面白いな」
「魔法とか使えないし、あんな宇宙ステーション見せられたらまだまだなーって思うよ。わざわざ調べたの?」
「仕事片手間にな。技術等ではなく映画とかドラマとか」
「映画?」
「特にホラーは理解し難く面白い。何故あんな怖いものを娯楽に出来るのだろうか?」
「アズにも怖いものあるの?」
「いや、怖くはない」
 即答で否定するアズが面白くて、飲んでいたココアを吹き出しそうになった。だけど、次の言葉は想像していなかった言葉だった。
「ただ……幽霊は殴れないから苦手なだけだ」
 のえるはココアを思い切り噎せた。あんな図体が大きい機械が幽霊怖がるのがおかしくて仕方ない。
「幽霊もアズ見たらびっくりして消えちゃうよ」
「そうだといいのだが」
 そんな会話ができるくらいには、アズールヴェルと打ち解けることができていた。
 人間の慣れってすごいなと、のえるは半ば他人事のように感心しケーキを食べた皿を食洗機に入れた。
「学校は何時からだ?」
「8時半だよ。他の惑星にも学校とかあるの?」
「ふむ……。あとそちらの時間で18分25秒時間がある。地球と似たような惑星ならありはするな」
「そうなんだ。あんまり変わらないんだね……ってあと18分?」
「厳密に言えば18分じゅう……」
「ゆっくりしている場合違うの!」
 慌てて鞄をとり玄関に向かう。これでは結局寝坊したのと変わらないよとのえるは悪態ついた。
「端末を忘れないことだ」
「うう……大丈夫」
「それから車に気を付けてほしい」
「うん」
「あと不審者にも警戒してほしい」
「お母さん?」
「いってらっしゃい」
「……うん!いってきます」
 まるで保護者の様な言い方に笑いながら、スマホをポケットに入れ、急いで外に飛び出した。久々のいってらっしゃいに内心喜んだのは内緒だ。
 全力で走った結果、ギリギリ学校には着いた。
 ――私立風見学園。のえるが住む風見町にある、自由な校風以外は普通の学校。
 友達と話して授業とか受けているとやっぱりいつもの日常に戻ってきた。
 昨日の怒濤の1日がまるでなかったかのような穏やかなお昼だ。
「のんーごはん行こうぜ」
「うん!」
 そういつも声をかけてくれるのは、のえると同じクラスの藤野葵だ。少々口調はきついが、のえるの幼馴染のひとりだ。
 見た目は派手で金髪ロングの髪を緩く結い、顔は綺麗に化粧をしている、いわゆるギャルっぽい女の子。
 私立風見学園の校則はかなり緩いので、咎められることもない。
「あっ……ごはん忘れちゃった」
「おう、購買部行くかー」
 朝からバタバタしていたのですっかり忘れていた。購買部に行きのえるの大好物であるアップルパイといちごミルクを買い、広々とした中庭で食べる。
 朝からりんご尽くしで、のえるはご機嫌だった。
「ほら、のん、あーん」
「むっ」
 葵のお弁当から、卵焼きを貰う。フォークに刺さった卵焼きをぱくりと食べると、お菓子のような甘さの卵焼き。
「ありがとうーおいしー」
「今日の卵焼きは砂糖大量らしくてな。それより、昨日メッセ返してくれなかっただろー?心配したんだぞ」
「ごめんね。えっと、き、昨日あのあと寝落ちしたの」
 メッセージアプリの途中で宇宙に行ってましたなんて言えるわけもなく、寝落ちで誤魔化すしかない。
「そんなことだろうとは思ってたけどさ」
「ほんとにごめんね」
「なら今日漫画のアシスタント頼んでもいいか?」
「今日?」
「今日」
 葵の夢は漫画家で、今時珍しいアナログの漫画を描いている。ベタとトーンと背景をなぞるくらいならできるのえるは、よく漫画を描く手伝いをしているので頼まれても不思議はない。
 でもタイミング悪いなぁ。
「今日はごめんね……ちょっと用事があって」
「マジか!?なんとかなってくれ!」
「いやーなんとかならないかなー」
 葵から思い切り目線を反らしていると、葵はニヤリと笑った。
「ははあ、デートか?」
「そんなのじゃないよ?」
「ええー……?じゃあ徹夜確定〜」
 ぐったりとする葵の背中をのえるは撫でて慰める。
 アンブルジュエルを回収しないといけなくなるので、これから手伝いも減ってしまうなぁなんて考えて。
「葵〜!のんちゃん〜!」
 手を振ってふたりに走って近づいてくるのは、ツインテールが特徴的なのえるの四人の幼馴染のひとりである黒川楓子。
 のえるの隣に座ると、お弁当を広げた。
「のんちゃん、あーん」
「むぐ」
 楓子は、唐揚げをのえるの口に突っ込んだ。少ししっとりの醤油味。
「ありがとう、ふうちゃん」
「どういたしましてー!それで大きくなぁれー」
 楓子の眩しい笑顔。にこにこしながら、一緒にごはん。 
「ねね、聞いた?聞いた?」
「なんだい?楓子」
「にゃほにゃほニュース!」
 楓子は両手を上にいっぱいに広げウインクした。これものえるにとってはいつもの光景だ。
「我らが誇る学園の女子にモテモテのアイドル2年A組桐谷優太先輩!ななななんと!彼女募集中だって!」
 ワンチャンあるかもーなんて騒いでいる楓子を冷めたように見るふたり。
 桐谷の名前とモテるということしか知らないので、のえるは反応に困った。
「そうなんだね」
「あのイケメンいいモデルではあるけどなー……興味なし!」
「ええー?二人とも彼氏いらないのー?なら次のニュース!次は結構おもしろいよー?なんてったって新聞部とオカルト部から調達してきた極秘ニュースだし」
「ふうちゃんってバトン部だったよね?」
「そうだよー?かわいくてモテるから入っただけだもん!」
 のえるの冷静な質問もこのテンションで返される。まさに嵐のような人物である。
「最近ね、全世界で妙な事件が発生してるんだって」
「突然の世界規模ニュースかよ」
「そう褒められましてもー」
 葵ったらやーだーと楓子が肩を叩いた。けっこう痛かったようで葵は叩かれたところを擦る。
「妙な事件って?」
「最近ね、歩いてたらふっ……て突然人が消えるらしいよ?」
「なっ、怖っ……!ウチ、ホラー苦手なんだけどー!」
 のえるーっ!と葵がのえるに抱きついた。のえるはホラーは基本的に平気なので、詳しく聞いた。
「それどこ情報なの?」
「ネットなんだけど、動画とかも上がってて新聞部とオカルト部が見てたよ。まだ夏前なのに怖いよねー」
「そんなの作りものであってくれよ」
「ちゃっかり私も動画見たんだけど、本当に突然消えちゃって、隣を歩いていた人とかがパニックになっててリアルっちゃリアルだったんだよねー」
「そうなんだ……それは怖いかも?」
「別次元に飛ばされたとか神隠しとか言われてて真相はわからないけど、消えた人はどこいったんだろうね?」
 にやりと楓子は笑った。
 のえるにしがみつく葵はガクガク震えている。昔からホラーが駄目な葵だから仕方ないので、のえるは葵の背中を撫でて安心させた。
「以上にゃほにゃほニュースでしたー!」
 楓子はまた両手を上に広げウインクすると、教室に戻ってしまった。嵐が過ぎたように静かになる。
「突然人が消えたらどうしよう!」
 葵は怖がりすぎて薄っすらと涙が目に溜まっていた。
「大丈夫だよ」
「何だよ!その根拠のない大丈夫!」
「ネット情報だから作りものの可能性もあるよ?」
「そう……そうだよな」
「だから大丈夫なの」
 そんないつもの昼休みも終わりのチャイムが鳴った。
 ――そして放課後。
 教室の掃除をなかよくのえると葵はしていると、声をかけられた。いつもなら楓子もいるが、部活だそうで少し寂しい。
「よっ!ふたりともーこのあと暇ー?」
 長めの金髪にヘアピンをたくさんクロスさせ、制服を上手に着崩している男子はふたりに軽く声をかけてきた。
「私は用事あるの……ごめんね」
「ウチは締切。どうせ新聞部の原稿手伝ってほしいんだろ?」
「ふたりともつれないなー……新作ケーキの試食会も兼ねてたのに」
「そんなものはない」
 がっくりと大げさに肩を落とす男子はのえるの幼馴染の四人の内のひとりである白咲樹。
 その後ろから、樹と対象的な真面目な男子が顔を覗いたのは直助だ。
「ナンパしてんだから、そこは合わせてくれよー」
「俺を使わずにナンパしろよな……」
 そう直助が樹に悪態をつくと、のえるを見る視線が鋭くなった。昨日直助を無理やり帰したから絶対怒っているとのえるは確信して、朝から避け気味だった直助。視線が交わらないように俯いた。
「二人とも原稿手伝ってくれないかなー?」
「うげっ!ホラーだろー?いやだよ!」
「そう!次号のトップニュースだ!ああ……葵ちゃんはオカルト駄目だったっけ……のえるちゃんは?」
「ごめんね。用事があるんだ」
「フラレたー!」
 樹は頭を抱えたが、すぐに樹の矛先は直助に向いて、肩に手をおいた。
「じゃあ直助、俺の原稿頼むぞ」
「自分でやれ。のえる、昨日は何だったんだ」
「き、昨日?お母さんのとこ!すぐ終わったよ!それと、ケーキありがとう!おいしかったの!」
 えへへ、とのえるは誤魔化しながら笑うが、やはり直助は眉を寄せた。
 そんな感じでいつもの騒がしい掃除が終わり、帰宅準備をした。スマホを見ると、アズールヴェルからメッセージが来ていた。内容を読む前に、葵が来て反射的に画面を消した。
「のえる、一緒に帰ろう」
「えっと……ちょっと待ってね」
「あ、うさぎのカバーじゃん」
「そうそう。気分転換に」
 カバーつけて良かったと胸を撫で下ろした。後でメッセージは確認することにして、ポケットに仕舞い、帰路につく。
「そういえば、のえるが用事って珍しい」
「もう本当緊急の用事なの」
 参っちゃうなんていつもの道を歩きながらおしゃべり。いつもの一日すぎて忘れそうになるが、扉を開いてまた宇宙に行かなければならない。
「でもそんな緊急ってなにさ?」
「うーん……宇宙人と交流?」
 冗談混じりだが、嘘ではない事をのえるは言う。
「のえるまでオカルトに染まるなー!戻ってこーい」
「ワレワレハ、ウチュウジンダ!リンゴ、クダサイ!」
「のえる星人だ!」
 そんな冗談とか言い合い、笑い合うのはすごく楽しい。
 本物の宇宙人が見てたら絶対笑われるが、半ばやけくそだった。
「じゃあまた明日!メッセ送れよー」
「うん!またねー」
 いつもの道で葵と別れ、ひとりの道。昨日死にかけた道を恐る恐る通るが何もない。良かったとほっとしながら歩いていると、あっと言う間に家に着いた。鞄を玄関に置きスマホを取り出した。

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