cosmic dust

 ワープを起動してそっと扉を開けると、昨日と同じ受付についた。
 やはり、顔がトカゲのような人間だの、猫のような犬のような動物が二足歩行で歩いていたり、ぬいぐるみが歩いていたりと個性豊かな宇宙人達だ。
 昨日よりも大混雑で、受付の人も忙しそうに対応していた。邪魔しないように慎重に横に長い受付の回りを見渡すと、真っ黒のポニーテールが見えた。
「ルルカカー!」
「のえるー!」
 お互いに手を振ってのえるはルルカカに近づいた。ルルカカの格好は昨日とは少し違い、フリルブラウスの上に黒いベストを着ていて、名札もついており、昨日よりもきちんとした印象だ。
「今回ものえる専用の案内するからよろしく!」
「よろしくね!ここの受付賑わうんだね……」
「今日は定期活動報告の日で、他の基地とかに派遣されてた隊員たちが戻ってきてるのよね」
「お疲れ様だね。抜けて大丈夫なの?」
「ありがとう!管理官直々のご命令なので大丈夫だよ」
 ささ、行こーと昨日と同じエレベーターに乗る。やっぱり見渡すかぎり宇宙だ。
 それから、近未来的で壁には投写された掲示板があったり、道行く人は耳に人差し指をあてて通話のようなものをしていたりするのに、本を読んで歩いている人がいたりして面白い。魔法陣の上で何かしている人とか見ると、不思議な気分になってくる。非現実なのに、現実。
 きょろきょろとのえるが観察していると、ルルカカが穏やかに話し始めた。
「今日は管理官のところと副管理官のとこ、それからメディカルチェックだったね。メディカルチェックはお疲れ様だし、副管理官のところは怪我しないようにね」
「えええ……どういうことなの?」
「軍医は会えばわかるよ。副管理官のところは昨日言ってた不発弾とかねいろいろ。いや、本人がおっかないかも」
「ええ……怖いなぁ」
「アタシがついてるよー。いざとなれば軍医も副管理官も解体してあげるから」
「ルルカカも十分おっかないよ……」
 やる気満々のルルカカと会話をしていると、昨日より早く目的地について少々のえるはがっかりした。のえるが周りを見渡す時間が減ったからだ。
 昨日と同じ大きな扉を開いた。
「失礼しまーす。管理官、連れてきましたー」
「失礼します」
「待っていた。お疲れ様」
 天井が高く広いスペースに昨日より沢山ある訳のわからない機械に囲まれ、昨日より多いケーブルを繋ぎ中心に座って作業しているのは、紺色と黒色で構成された美しいボディと、人目を引く端正な顔立ち。
 昨日と違うのは、アズールヴェルの目の前にいくつか投写された画面が昨日の倍くらいあり、忙しなく手元も動いていた。
「うわあ……見てるだけでも過労死しそう」
ドン引きのルルカカを見て、アズールヴェルは苦笑する。
「いつもより少ないのだが多く見えるのか。それよりのえる、体に異変はないか?とメッセージを入れたのだが……」
「*ごめんなさい。体はなんともないよ」
 のえるはすっかり忘れていた。葵と一緒だったので、スマホをチェックし忘れていた。
「やはり声をかけたほうがいいだろうか?」
「絶対やめてください」
 アズールヴェルはあからさまにがっかりするが、絶対だめだとのえるは思う。
 想像しただけで幽霊騒ぎになってしまうし、スマホがしゃべるとなると宇宙からのハッキングとか言い出しそうな人物もいる。
 のえるはものすごい勢いでで否定した。
「緊急なら電話でお願いします」
「了解した。今日はグラナダに長く滞在してもらうが大丈夫だろうか」
「大丈夫だよ」
「では先にメディカルチェックを受けてもらう。軍医には連絡しているからすぐに受けられるとは思うが……気を付けてほしい」
「なにを?」
「解体されないように」
 お昼聞いた人が消えるより遥かに怖い案件だった。ルルカカも真っ青になっている。
「案内したくないんだけど」
「案内頼む。いざとなれば軍医を解体しても構わない」
「それなら行く」
「頼んだ。終わったらまた戻ってきてほしい」
 昨日から不穏な単語が出てきて大丈夫なのかと不安になるが、行くしかないようなので、ルルカカのあとをついていく。心なしか足取りも重たい。
「軍医さんってそんなに怖いの?」
「会えばわかるよ会えば」
 軍医に会いに行くハードルがどんどん高くなっていっている。メディカルチェックなのに死ぬかもしれないが、のえるは実感湧かずにいた。
 アズールヴェルの部屋から少し歩いた先にその部屋はあった。大きな扉には赤い注射のようなマークがついている。ルルカカは気合いを入れて扉を開いた。
「ニトラゼットさんいるー?」
「ひえっ」
 中はとても薄暗い。だけど、近くにはチェーンソーの刃だったりノコギリだったり、ナイフだったり物騒な物が散乱していた。それからベッドのシーツとかも破けてたり、血がついてたりほぼお化け屋敷と言っても過言ではない。
「ああ、今日の患者だね。受付けの君はリストにないが、解剖用かな?」
 姿は見えないが上から聞こえてくるゆっくりとしたノイズ混じりの低めで初老の声。
「違うから!アタシは案内!患者はこっちの地球人!」
「そうか。なら健常者はその辺で待つといいよ」
「解体はやめてね!」
「それは約束できないが、患者はこれかな?」
「うわあああっ!」
 薄暗い部屋からぬっ……と出てきたのは、真っ白だけど所々黒く汚れたアルマロイド。白衣を思わせるパーツがある。
 のえるは大きい手に捕まると、何かの台に横にさせられた。
「地球人は初めて診るねぇ……。どれ」
 ニトラゼットと呼ばれた真っ白のアルマロイド。頭は包帯を思わせるパーツ。見下ろすカメラのような瞳は、片方は望遠鏡のように飛び出していたが、黄色に輝き星のようだった。
 その背中からでているのは、細い銀色の腕。 沢山伸びておりその先には、ハンマー、メス、ハサミ、チェーンソー、注射器、バールのようなもの、ノコギリ、釘バット、肉切り包丁……その他諸々と穏やかではない。その恐ろしさにのえるは震えが止まらないが、体は大きな手で軽く押さえつけられているため身動き取れなかった。
「なるほど」
 その押さえつけられていた手をどけ、大きな指で体に触れられる。くすぐったくてのえるは身動ぎするが、その動きも楽しんでいるようだった。
「……んっ」
「アルマタップはすごいね?」
「え?」
「君の中にアルマを受け止める器はできてるよ」
「器?」
「うん。でも君自身はアルマを作れないから、管理官のアルマが流れているのか……なるほど」
 体の中に器が出来ているとアルマを受け止める事ができ多少は貯める事ができるのだが、自分でアルマは作れないので、アズールヴェルの力が必要だそうだ。
 ただ、のえるはアルマを保有してても普段の生活はまだ変わらないので、あまり実感はわかなかった。
「さて傷を完全に治そうか。アルマで塞いでいるだけでは根本的な治療にならないからね」
「手術……ですか?」
「手術してみたいね!あれ人間の開きとかできるのだろう?」
「人間の開き……?」
 アジの開きみたいにさらっと言われたが、発言が怖すぎて、のえるは意味を考えるのをやめた。
「手術は二度手間だし、時間かかるみたいだからそんな事はしないけど」
「よかった……」
「それとも手術させてくれるのかい?」
「遠慮しておきます……」
「ならば仕方ない。痛むがこのくらいのことは我慢してほしい」
 突然制服をめくりあげられ、巨大な蜘蛛に刺された所をニトラゼットの人差し指がピンポイントで触れる。突然制服を捲られたことにのえるは抗議しようとしたが、それもできなかった。
「ああっ……!ぐっ……!!」
 心臓が高鳴る。ニトラゼットの人差し指は、軽くのえるの傷口だった部分を軽く押しただけだが、それとは別の圧迫感があり苦しい。だがそれもすぐに終わり、体の奥は灼熱の炎に焼かれるように熱くなった。
「傷口がかなり深いからね。しばらく熱いだろう」
「うう……っ」
「悪いが指は退けられないからね」
 指を退けようとのえるは両手でつかみ抵抗するが、体内を燃え盛る炎で熱せられる感覚が苦しくて力が入らない。
「っあっ……!」
「ちなみに私の指が熱い訳じゃないからね?あと1分このままだから」
 1分という短いが長い地獄の時間をのえるは呻きながらも耐えた。
 指が離れると、体は急速に冷えていくのを感じた。熱さでのえるの体力は消耗し、肩で呼吸をしている状態だった。
「飲むといいよ。大丈夫。毒は入れてないから。毒や脱水で死なれたら治療の意味がないだろう?」
 そっとのえるは起こしてもらい、銀の腕に付いているボトルに口をつける。甘いスポーツドリンクのような味で、ほんのりりんご味。喉がカラカラだったのえるは無我夢中で飲んだ。
「治療もメディカルチェックもこれで終わりだ。君、名前は?」
 のえるはボトルから口を離して、口の周りを制服の袖で拭った。
「のえる……宇佐美のえるです」
「のえるか。これで治療も終わったし管理官にデータ送ったから、落ち着いたら管理官のところへ戻るといい」
「ニトラゼットさん……?ありがとうございます」
「軍医の冥理に尽きるね。私はニトラゼット。のえる、君の苦しむ顔は素敵だったよ」
 物騒な事を言われ、のえるは大きな手に掴まれると、そっとルルカカの近くに降ろしてもらった。
「おかえり」
「ただいま……」
「のえる、何かあったら頼ってくれると嬉しいな」
「はい。ありがとうございます」
「まあ……好奇心で開くかもしれないが」
「やめてください」
 半ば冗談のようなセリフだが、ニトラゼット本人は大真面目だった。のえるは制服を整えながら、軍医の部屋から出た。
「あー……怖かったー……」
「……解体されなかったよね?」
 ぺたぺたのえるの体をさわり、異常がないかを確認するルルカカ。
「特に何もされてないよ……熱かったくらい」
「何してたの?途中すごい声出てたんだけど」
「お腹にニトラゼットさんの手が触れてただけだよ」
「あー……なるほどね」
 のえるに触るのをやめ、納得の顔をした。
 アズールヴェルの部屋に戻りながら詳しくのえるは聞いた。
「アルマの貯蔵が少ないから回復速度がアタシらと比べて遅いんだ」
「そうなの?」
「そうそう。それでニトラゼットさんの能力は死んでなければ、触れたらどんな傷でも癒やす事ができるんだ」
「何それ便利だね」
「治療の方法が患者の体内のアルマを傷口に集めて、自己再生力を高めたところに、ニトラゼットさんのアルマを浸透させてさらに急速に回復させるの」
「私のアルマが足りなかったから、時間がかかったってこと?」
「せいかーい!アルマで応急処置はできるけど、根本的な治療となれば地球人のように医者じゃないと治せないんだ」
 そうじゃないと医者は儲からないしねと、ルルカカは笑った。そんな会話をしているとすぐにアズールヴェルの部屋について、ルルカカがただいまーなんて言いながら扉を開いた。
「ほう……貴様管理官まで喧嘩を売るようになったか微生物め」
 落ち着きと威厳のある低いノイズ混じりの声が落ちてきてのえるが固まった。
 そこには艶のある紫色がメインの刺々しいボディパーツ。体もがっしりしていて、のえるが見上げた感じアズールヴェルより大きいと思った。
「アタシが微生物なら副管理官はしゃべる不燃ゴミだよねー?」
「ほう……貴様決着をつけたいようだな」
 バチバチとルルカカと、紫色の貫禄あるアルマロイドの目線に火花が飛び散っている。
 この重苦しい空気に耐えられそうもないのがのえるだ。だけどすぐに粛清を切ったのはアズールヴェルだった。
「ふたりともさすがにそれはやめてくれないか?」
「ふん」
「ふんじゃないし!ふんじゃ!ねーのえる、ムカつくでしょ!?副管理官!」
「ごめんね。なんとも言えないかな……」
 こちらに振らないでほしかった。緑に光る鋭いレンズの瞳からのえるは突き刺さるような視線を感じ、体がさらに硬直してしまう。
「貴様がアルマタップの被検体か」
「は……はい!」
「エイル、紹介しよう。のえるだ」
 エイル、とアズールヴェルに呼ばれたアルマロイドは、少しだけ目線が柔らかくなったような気がした。あくまで気がしただけだが。
「……ほう。我名はエイル。グラナダの副管理官をしている」
「のっ……宇佐美のえるです。よ、よろしくお願いします」
 慌ててのえるはぺこりと頭を下げた。
「ちょっと副管理官!睨んでるからのえるが緊張して挙動不審でしょ!」
 これに頭下げなくてもいいから!とルルカカは言い、のえるは半ば無理矢理頭を上げさせられた。
「微生物、被検体を見習え」
「はあ?副管理官に頭下げろって?死んでも嫌」
「微生物としか呼んでいないのだが、貴様自分で微生物と認めるのだな?」
 エイルがニヤリと笑う。
 ものすごく悪そうに笑うので、悪役にぴったりの人物だな、なんて半ば現実逃避気味にのえるは考えた。
「あー!むっかつく!管理官!副管理官殴ってもいいよね!いいでしょ!?」
「すまないがここではやめてほしい。いや、仲いいのだな」
「よくない!!」
 ルルカカとエイルの声が見事に被った。やっぱり仲いいのでは……?なんてのえるは思ったが口には出せなかった。
「ところでなんでここに副管理官がいるわけ?暇なの?」
「そこの被検体のプロテクトドレスをわざわざ持ってきてやっただけだ」
「え!できたの!?ルルカカちゃんプロデュースのプロテクトドレス!」
 かわいいんだぞー!と未だ硬直状態ののえるを前後に振った。
「ルルカカ、プロテクトドレスって」
「アンブルジュエルを回収するときに出てくるエネミーとの戦闘時に、身を守ってくれる装備だよ!」
「受け取るがいい」
 上から何か洋服のようなものが落ちて来た。それを見事に受け取ったのはルルカカだった。のえるは体を前後に振られたため、フラフラする体では、受け取りもできなかっただろうしありがたい。
「アルマタップが入った端末ある?」
「うん……あるよ」
 ポケットからスマホを取り出すと、ルルカカの手に持っている綺麗に畳まれた洋服がスマホの中に入っていった。
「入った……」
「それでいいんだよ!さあ!!着替えて!」
「着替え?」
「アプリの中にある。試してほしい」
 アズールヴェルに言われた通り開くと、洋服のアイコンが使えるようになっていたので思い切ってタップすると、のえるは光に包まれて、瞬時に制服が変わった。
 フリルとリボンがふんだんに使われた、上品なゴスロリテイストなワンピース。ネイビーブルーと黒のアズールヴェルとお揃いの色だ。軍隊らしく肩に黄色い飾緒がつき、タイもついた徹底ぶり。頭にはワンピースと同じ色のベレー帽と、少しだけ魔法少女のよう。
 さらりとした洋服は着心地がものすごく良くて、とても軽い事にのえるは感動した。
 我ながら完璧!とルルカカは喜んでいる。
「プロテクトっていうくらいだからもっと機械っぽいのかと……」
「普段着てるようなやつが動きやすいかなーって思ったの!のえるかわいいー!アタシ天才!」
「作ったのは我だ。勘違いするな」
「えっ」
 この巨大なアルマロイドがこんな可愛らしい洋服を、ミシンを使ってちくちく作っているところを想像するが、なかなか大変だったのではないかとのえるは思う。
「副管理官がみみっちく縫うイメージしてるでしょ?当たってるからね」
 のえるの想像していることがルルカカにはお見通しだったようだ。
「えっ……すっごい……!」
 素直にのえるは賞賛を口にした。

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