cosmic dust

 一番に行ったのは整備室と書かれた部屋だ。普通にルルカカは蹴らずに扉を開いた。中は整備室……というよりも物がごちゃごちゃありすぎてもの置き場のような場所だ。
「いらっしゃいませー!自由と混沌の辺境の整備室にようこそ!お茶でもいかがですかー?」
 ノイズ混じりのかわいい鈴が鳴るような女性の声。
「……アンドロイド……?ロボット……?」
 のえるが困惑するのも無理はない。目の前にはメイドのような形のとてもかわいい精巧な人型のロボットだ。大きさはルルカカより少し大きいくらいの、アルマロイドよりかなり小さいので戸惑ってしまった。ニコッと自然にメイドは笑った。
「はいはーい。どちらも不正解です。わたくしはドルチェ。見た目はアンドロイドですが、これでもアルマロイドです」
「アルマロイド……」
「まあ、ふつうのアルマロイドより小さいのは死にかけているからなのですが……ところでなんの御用ですか?」
「えーっと……あいさつなんだけど?」
「どうぞどうぞー」
 ルルカカが先に中に入ったので、一緒にのえるも入った。中は広いが、パーツやら鉄の塊やコードなど散乱しており、ごちゃごちゃしている。踏まないように気をつけて歩いた。
「こんな辺境の部署になんの用だぁ?まさかこんな時期に新人な訳は……ないか」
 奥から出て来たのは、頭にタオルのようなものを巻いて、健康的に肌が焼けている無精ひげを生やしたまだ若そうな男性。
「情報か金かパーツがないなら出ていけよ?暇じゃないんだ」
 上からノイズ混じりの低い不機嫌な男性の声。いろんなパーツがごちゃごちゃした、大きめの真っ黒いアルマロイド。
「あっ!そういえばそちらの美人さんは、噂の副管理官さんの美人お嫁さんですよ!」
「ああ……あの怖いもの知らずのお嬢ちゃん」
「二人とも……ぶっ飛ばす」
「待って待って。ルルカカ、落ち着こうね」
 今にも剣を構えそうだったので、のえるが全力で止めた。
「嫁じゃないから!」
「そうか。金でも情報でもパーツでもないなら帰れ」
「ちょっとー!まだ勝手に帰さないでください!」
「自由な部署だね……?」
「うん……ここほど自由なとこはないかも」
 ドルチェははしゃいで無精ひげの男性の肩をバシバシ叩いているし、アルマロイドは興味がなさそうだ。
「あの……」
「まあ!可愛らしい!子どもですよー」
「ついに副管理官との子でも出来たか。副管理官の嫁……おっと!あぶね」
 しゅっとルルカカがナイフを投げるが、無精ひげの男性は避けた。
「もう!嫁じゃないから!ルルカカ!アタシはルルカカ」
「知ってますよールルカカさん。王女様でしたね?」
「王女様……?」
「のえる、気にしないで」
「有名ですからー!うふふー。それで?そちらの方は?」
「あの、えっと、宇佐美のえるです」
 ぺこりと頭を下げると、整備室の3人の動きが止まった。恐る恐る頭をあげると3人とも目を丸くして驚愕している。
「地球人……ですか?それより、異例の新人かなんかですか」
「あーそいつ、管理官が入れたらしいな……しかも臨時管理官補佐だ」
「管理官!え?管理官補佐!?お嫁さんですか!?」
「管理官生きてんのか!」
「ひっ!」
 3人とものえるに迫ってきた。ルルカカはのえるを守るように前に出た。
「まずは名乗りなさいよ!のえるびっくりしてるでしょ!」
「おっと……すまん。俺はバルキーノ。整備のリーダーだ。階級は大尉な」
 無精髭の男性が眩しい笑顔で手を振った。
「オレはジョージ。主に情報を取り扱い、ほとんどないアルマロイドの整備している。階級いるのか?オレは少尉だ」
 ジョージは真っ黒いアルマロイド。とても面倒そうに紹介した。
「改めましてードルチェです!わたくしの階級は少佐ですが、バルさんの補助を担当しております!つまりバルさんの部下ですね。ここほどあべこべな階級の部署はありませんよー?」
「えっと、バルキーノさんに、ジョージさんに、ドルチェさん……よろしくお願いします」
 のえるがもう一度ぺこりと頭を下げると、バルキーノが近づいてきた。
「ところでよ、臨時管理官補佐殿」
「なんでしょ……!?」
 いきなり、のえるの顎をバルキーノが荒々しく掴み顔を上げた。突然だったので避けられず胸が高鳴る。
「いい目をしているが、ちびちゃんだな」
「えっと……?」
「うん、ちびちゃんだ。ちびちゃん」
「はぁ……」
 バルキーノは満足したようで、手を離した。意外と人のいい笑顔だ。
「おい、ちび、管理官の情報を寄越せ」
「情報ですか?」
「そうだ。管理官の情報だ。管理官だけは謎なんだよ。その情報は高値で売れる」
「私もわかりません」
「会話したんだろう?つーか何でちびお前、死んでないんだよ!」
「アタシも会ってきたよ」
「やーだー!ルルカカさん、鋼の心臓ぅー!」
「いたたたた!」
 ルルカカがドルチェに肩を叩かれている。慌ててバルキーノが止めた。
「心臓は鋼でも、腕は生身だからやめてやれ」
「あら、いつもの癖で申し訳ありませんねぇ」
「謝る気ないでしょ!あと心臓は普通だから!」
「それで?管理官どうだった」
「穏やかな人ですけど……」
 のえるがおずおずと答えると、バルキーノとドルチェとジョージの動きが止まった。
「は?穏やか?」
「ないですよー。グラナダで一番物騒で危険人物ですよ?」
「危険人物……ですか?」
「ええ……マジかよ。知らないのかよ。ちびちゃんお前何者だよ……」
「のえるです」
「名前じゃなくてだな」
 のえるが首を傾げていると、ルルカカに腕を掴まれた。  
「とにかく、他の部署にもあいさつしないとだから今度ね!いくよー」
「これからよろしくおねがいしますー!」
 この場はまとまりそうにないので、ルルカカはのえるを引っ張り整備室を後にした。
「ルルカカ、アズって……」
「グラナダに長くいる人達はまだ管理官が表舞台に出ていたときの事知ってるから、みんな怖がってるんだよね……もう管理官なんて伝説の域だから」
「伝説」
「管理官室に呼ばれたら呼吸すらできないくらい威圧感すごいとか、管理官の殺気で人が倒れたとか」
 聞く話と、実際会った人物像が全然違ってのえるは戸惑う。でも、整備室の人達が怖がっていたから、その伝説もあながち嘘ではなさそうだ。
「実際は優しい人だけどなぁ……」
「うん、実際はなんてことなかったよね。でも信じてもらえないだろうなぁ」
「どうして?」
「だって、証人はアタシとのえるだけだし、副管理官は何も言わないからね」
「そういえば、副管理官さんとアズって仲良かったよね」
「確かに仲良かったよね。多分友達でしょ!次着いたよー」
 道すがらしゃべりながら歩いているとついたようだ。壁には事務長室と書かれている。
 ルルカカが控えめにノックすると、どうぞと穏やかでゆったりとした声。声だけでは男性か、女性かわからない。
「失礼しまーす」
「失礼、します」
「やあ?どうぞ座って。紅茶でいいかな?」
 そこにはルルカカとはまた違う美人が入ってきた。つやつやの長髪に、横髪を宝石でくくり、シャツとスラックスだけのシンプルな服装の見た目は普通の人間。
「あの、お構いなく。私は宇佐美のえるです」
「のえる?あ!今日から臨時管理官補佐の?そっか、会えて嬉しい。ぼくは、シャルロ。グラナダの事務長だよ。階級は中佐。でも戦うことはあまりないかな?」
 よろしくねと、わざわざ屈んで爽やかな笑みを浮かべながらのえるに手を差し出して来たので、のえるは握り返した。
 華奢で、とても綺麗な手。ちらりとシャルロはルルカカを見た。
「おや?君は……王女様でありながら、副管理官のお嫁さん」
「事務長もぶっ飛ばす」
 ルルカカがナイフを投げると、シャルロはそのまま手でキャッチした。
「危ない危ない。君も会えて嬉しい。ルルカカ・フォルジュさん、だったね?」
「そうだけど!副管理官の嫁じゃないから!」
「おや?そうなの?副管理官とは誰よりも仲良しって聞いたけど」
「ないから!ほんと、ムカつく!後で副管理官ぶっ飛ばしてやる」
「やっぱり君、面白いや。さて、のえる臨時管理官補佐殿は、何者なんだい?」
「えっと……のえるです」
「うん、名前じゃなくてね、管理官とどういう関係なんだい?」
 シャルロの突然の質問にのえるは戸惑いながら考えた。
 考えたら、関係って何だろう。友達とは言ったけれど、ちょっと違うような?うーんとのえるは頭を傾げて答えた。
「関係ですか?うーん……アズが、管理官がいてくれないと私が死んじゃう関係です」
「わあ、恋人みたい」
「ここここ……恋人ではないです!」
 のえるが真っ赤になって慌てて否定すると、シャルロは楽しそうに笑った。
「その説明だと、君が管理官を一方的に好きすぎて死んじゃう的な説明だね。それに管理官をアズ呼ばわりかぁ……副管理官だけだったんだけどなぁ。どうしたんだろうね」
「さあ?頭でも打ったんじゃない?」
「アルマロイドが頭打っても性格は変わらないでしょう?王女様は面白いね」
「王女じゃなくて、ルルカカだから!」
「そうだったね、副管理官のお嫁さん」
 完全にシャルロはルルカカで遊んでいた。ルルカカは顔真っ赤にして否定するから、からかいたくなる気持ちもわからなくはない。
「あーっ!嫁じゃないから!」
「そうなの?まあ、いいや。あいさつは終わり?」
「あと大佐のとこ」
「そうなの?今大佐の機嫌、ものすごく悪いから気をつけてね?」
 シャルロは二人にウインクしながら手を振った。事務室を出ると、ルルカカからため息が。
「ああー……大佐の機嫌悪いの勘弁……」
「大佐さん?」
「ある意味副管理官より面倒くさくて、副管理官が唯一苦手とする人かなー」
「ええっ……!あの副管理官さんの……!?やだなぁ」
 ルルカカがそう言うのだから面倒なのだろう。ただ、エイルすら苦手でエイルより面倒くさいということに引っかかるが、執務室と言うところについて、扉を開いた。
「失礼します」
「し……失礼します……」
「どうぞ」
 重圧な男性の声だ。恐る恐る中に入ると、ものすごく機嫌が悪そうな、長い赤髪をオールバックに灰色の肌をして、眼鏡をかけた見た目は普通の人間。
「何用で、ございましょうか?」
「ほら、のえるあいさつ」
「宇佐美のえる……です」
 ぺこりと頭を下げると、男性は立ち上がり、のえるに近づいてきた。ぴしっとシワひとつなく着こなした黒の軍服。
「臨時管理官補佐殿ォ!」
「は、はいっ!」
 突然声を荒らげられて、のえるはびっくりする。つい、背筋も伸びた。
「上官を叱咤するなど、言語道断でありますが貴官はもっと堂々となされよ!」
「はいっ!」
「補佐と言えど、貴官の言葉は管理官の言葉ァ!そんな事では管理官が軽んじられてしますぞ!」
「はいっ!」
 かなり暑苦しい人だった。今まで会った中で一番軍人らしい人。
「こほん、紹介が遅れてしまいました。わたくしはクラウディオ。階級は大佐で、グラナダ内の小隊をまとめておりますぞ」
 握手を求められたので、おずおずとのえるは手を差し出し握る。クラウディオの体温は熱いし、握る力は強い。
「よろしくお願いします!」
「よろしい!軍人ならば堂々となされよ!」
「はいっ!」
「さて、王女殿、副管理官とのご婚礼はいつになりますかな!」
「ははっ……大佐は気が早いですねー。ぶっ飛ばす!」
 ルルカカはそのままナイフを投げるが、クラウディオは空いているもう片方の手で、ナイフをキャッチしてその辺にナイフを捨てた。のえるはそっとクラウディオの手を離すと、手が赤くなってる。
「いや、早くはないですぞ!しかし、のえる殿はまだ幼子……おああああ!?」
「な、何ですか……!?」
 のえるがびっくりしていると、一気にクラウディオがのえるに近づいて来てのえるの肩を持った。顔が近くて、のえるはごくり、と喉を鳴らした。
「管理官は!こんな幼子を管理官補佐にしておられるのですか!?」
「えっと……」
「いけません!いけませんぞ!王女様ならともかく……いえ、王女様でもまだ幼いのです!」
 クラウディオはのえるの肩を持ち、前後に振っている。がくがく揺さぶられて、酔いそうだった。
「大佐、落ち着いてください!のえるはアタシより年上です!!」
「おあああああっ!?失礼しましたっ!」
「いえっ……!ちびでごめんなさい!」
 クラウディオのあまりの迫力に、謎の謝罪をするのえる。これは、正直疲れる。
「人間は見分けがつきませんな!」
 ほっほっほとクラウディオは豪快に笑った。
「さて、のえる殿、管理官との関係はなんですかな?」
「いえ、あの」
「あの異常な殺気にやられておりませんか?何故貴女が管理官補佐なのですか?」
「アルマタップもらいまして……あの」
「いつですか!?どこででございましょうか」
「昨日です!えと、家の近くです!」
「管理官が地球に行ったと仰るのですか?」
「はい!」
 さっとクラウディオの顔が白くなった。
「何かの前触れですかな……?あの引きこもりの管理官がアルマタップ持って地球に行ったというのですね。いえ、確かに最近外出してるなと思ってたのですが、まさか地球に……それもこんな幼子にアルマタップを渡すですと?何を考えておられるのか全くわかりませんな」
「引きこもりなんですか?」
「ええ。ここ100年近く管理官はグラナダから出ておりません。もっと言うならばわたくしが知る限りでは、管理官室から出ておりませんね」
 クラウディオは首を傾げながら続けた。
「何故なのでしょう?謎が多いのが管理官でございますが……。まあ、よろしい。のえる殿、戦いは危険ですが、是非頑張っていただきたい」
「ありがとうございます」
 もう一度ぺこりと頭を下げると、クラウディオはニコニコと笑っていた。 
「あ!のえる、次!次行こう!次!」
「つ、次……うん!すみません!次ありますので!」
 失礼しました!と一礼し、執務室から出た。のえるとルルカカは盛大にため息をついた。
「すごい……副管理官さんよりインパクトあるね」
「だから副管理官も苦手らしいの。あの暑苦しさのままグイグイいくから」
「それより……ルルカカは王女様なの?」
 あいさつの度に王女と言う単語が出てきて、のえるはずっと疑問だった。ルルカカは少し寂しそうに言った。
「ああー隠せないかぁ……アタシは惑星セルアにあるフォルマフォルテ王国の第一王女、ルルカカ・フォルジュって言うの。ねえ、友達辞めないで!」
 ルルカカはのえるの両手を掴んで、懇願するが、のえるはそんなルルカカに微笑んだ。
「そんな事で友達辞めないよ。でも確かに仕草とか、どことなく上品だったからなんとなくしっくりくるかも」
「のえる……」
「むしろ、庶民の私が友達でいいの?」
 そうのえるが聞くと、ぎゅっとルルカカに抱きしめられた。
 ふわりと、もものような甘い香りに包まれる。
「うん……!アタシの初めての友達!」
「ルルカカ……」
「みんなアタシが王女って知ってるから、近づいてくれなくて話すときもよそよそしくて、ずっと友達なんてできなかったの……」
「寂しかったね。もう、大丈夫だよ」
 のえるもルルカカを抱きしめると、ルルカカに笑顔がぱっと咲いた。
「アタシを王女として見なかったのは、のえると副管理官と管理官くらい!まあ、副管理官は腹立つから感謝はしてあげないけどね!」
 楽しそうにルルカカが笑うから、のえるも笑う。抱き合うのはやめて、歩き出した。
「ひとつ、聞いてもいい?」
「なに?なんでも聞いて!」
「もものような甘い香りは香水?」
「そうだよ!アタシ、もも大好きなの!のえるは?」
「私はりんご大好きだよ!」
「そっか!今度アップルパイ焼くから遊び来てね!お茶しようね」
「アップルパイ!えへへ、大好き!楽しみにしてるね!」
 その時は直助のお家のお店で、もものタルトでも買ってから行こうなんてのえるは思う。
 他愛もない会話をしていると、もう受付けまで戻ってしまった。
「じゃあね!たくさんメッセージ交換しようね」
「うん!ルルカカもお仕事頑張ってね!」
「ありがとー!」
 手を振ったあとスマホでワープを起動して、扉を開いて家に帰るともう外は真っ暗だった。
 時間は夜の10時。これから宿題して、お風呂も入らないといけないし、明日の準備もしないといけない。
 急いでお風呂に入って、さっぱりすると次は宿題をする。ぴろりん、とスマホから連絡。
「うわっ」
 メッセージが半端なく来ているのでそれにも返事を返しつつ、宿題を片付けた。

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