あの日からおれたちの毎日に変化が起きた。
ルフィの兄貴がおれたちに預けた知らない女の子が、ある日突然
船に増えた。
おれは慌てそうになる心を抑えて仲間に指示をしたんだ。
突然のことにびっくりしたけれど、
船医として的確な対応はできたはずだ。
それがあの子を診た1日目。
まず外傷を確認していると、
簡易ベッドを置いた倉庫にそっと入ってきたナミとロビンに請われ、
内臓の損傷などを診るために内傷の検査もした。
お腹を入念に診てほしいと言われたが、
内臓も含めて幸い大きなケガは無いように見えた。
結果を伝えると、手当てを手伝ってくれていた2人が
明らかに安堵する様子を見て、
ふたりは優しいんだなと思う。
おれは医者だから、男女老人子供問わず、
それこそおれみたいな動物だろうが人間だろうが平等に診るけれど
この船は男が多いから
もしかしたらふたりは同性であるという共通点で
特別に気にかけているのかもしれない。
ただ、ここは船の上で、ゴーイングメリー号には医務室がない。
おれは自分の知識の範囲で、できる限り診ることはできるし
元気になってもらうよう対応はするけれど
大きな装置や細かい器具がない以上
正しい精密な検査はできないんだ。
だから少しだけ不安だった。
医者が不安がっていてはみんなは倍以上気にかけるかもしれないから
なるべく何も言わないようにしたけれど。
ただ、今すぐ命に関わるような大きな傷が無いことは確かだ。
一番大事なのはここを見誤らないこと。
おれが内診や触診、状態の確認をしてカルテをつくっている間も
ロビンはぬるま湯につけたタオルで優しく彼女の体を拭いていて
ナミはおれが動きやすいように必要な機材の受け渡しや、
時にはおれの体を持ち上げて診やすい位置まで運んでくれた。
全身くまなく検査しつつ
傷口の手当てをしていく。
皮膚がめくれ上がり膿んでいる箇所や
度重なるうち身で痣が大きく縦横に広がっている箇所など
命に別状はなくとも女の子の体に残してはいけない傷ばかりだった。
骨こそ折れてはいないものの
手当てだけで痛さに飛び上がりそうな傷口ばかり。
でも彼女は気を失ったまま、
一度も
ぴくりとも
動かなかった。
冷たく冷え切っている
どこを見ても傷だらけのからだ。
顔面は青白く
乱れた髪と、投げ出された四肢。
拘束されていた痕の残る
細いほそい手首。
鎖の痕が残る
細いほそい足首。
よく見ると強い力で握られた痕や
引っかき傷のような爪あとまで見えた。
細かい傷も見逃さないように
注意深くケアをする。
傷の状態を診るにつれ
彼女がこれまでどのような状態であったのか
どのような扱いを受けてきたのか
なんとなく
推察ができた。
彼女の全身が包帯だらけになり
部屋中が薬のにおいで満ちたころには
もうとっくに太陽が水平線に落ちていた。
点滴の状態を確認して
栄養剤パックから
ぽたぽたと落ちる薬剤の量を調節したら
おれは額の汗をぬぐって、よし、と声を漏らした。
「ナミ、ロビン、ありがとな。手当ては終わったから」
長時間付きっきりで助手をつとめてくれた2人にお礼を述べると
2人ともにこりと笑って、
すぐに心配そうな顔つきで彼女を見た。
ロビンが彼女の顔にかかっている髪の毛を手櫛で直し
そっと横に避ける。
わざとなのか、
偶然なのかはわからないが
一番外傷が少なかったのが顔だった。
頭にも大きなケガはなく、それは医者としてはとても幸いなことでもあった。
頭のケガは命に関わる可能性が高い。
「ゆっくり、休めるといいわね」
使い終わった大量のタオルを抱えたナミがぽつりとこぼす。
持ち込んだ薬剤のボトルをひとつずつ手に取り
中身を確認しながらケースに戻す。
ここに彼女の敵になる人物は乗っていない。
それが彼女にとってどれくらい久しぶりのことなのかはわからないが、
しっかり栄養を摂って、良質な睡眠を得る。
彼女のからだが回復するのに最も重要なこの2つは
少なくともこの船上であれば約束できる。
一応海賊船である以上、常に平和とは限らないが。
「チョッパー、彼女には私たちが交代で付き添うわ」
ロビンの申し出はありがたかった。
医者としてできることはするが、
相手が女性であり、かつ病気ではなくケガ人であることから
自分だけでは難しいことも多い。
そして何よりも。
彼女の心が心配だ。
おれは大きく頷いた。
「ありがとな。医者には治せるものと、治せないものがあるから」
医者は。
ケガが治るための手伝いはできる。
過去のできごとを消すことはできない。
おれは検査の結果として、おそらくという意味で気づいたけど、
ナミとロビンはこの部屋に入ってきたときから
なんとなくわかっていたのかもしれない。
そんな表情をして、おれを見たんだ。
残酷なその事実を口に出して伝えるなんてことはおれにはできなかったし
1%でもある「違う」という可能性を否定することもしたくなかった。
だからこれ以上のことは言えない。
おれはここでできることを精いっぱいやる。
「次の島には病院はあるのかしら」
「そうね、ログポースの溜まり方と周辺の島の状況を調べてみる」
顔を見あって頷いた後、
ナミは調べものをするために部屋を出て行った。
残ったのはロビン。
「船医さん、少し休憩してきたら?私がここにいるから」
何かあったら呼ぶわ、と言って
ロビンはおれの背中を押してくれた。
「ありがとう。じゃあおれ、ちょっと休むな」
座っていた椅子から飛び降りて
ロビンを見上げると
彼女は本を開きながら笑顔で手を振っていた。
「いってらっしゃい。ごゆっくり」
Prologue -4
update---20191217
Prologue -4 船医から見た彼女
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