珍しく誰もいない甲板。
暖かい日差しを独り占め。



揺れない船。
風速0mの無風。
雲は空の10%に満たないので、快晴と呼んでいいだろう。



時刻は午前11:00。
朝ごはんも食べ終わり
少しだけ体を動かし
ゆっくりするには良い時間。



メリーの顔の横から少し身を乗り出して海面を見る。



澄んだきれいな青を通して水底が見える。
ちらほら小さな魚も泳いでいるようだ。



風が無いため、波もゆるやか。
耳を澄ましても船に当たる波の音は
聞き逃してしまいそうなほど小さい。



海の青と船の茶が交わる境目を見て
ゆらゆらする波を見て
なんて平和な港だと思った。
そして今のこの時間はなんて素敵だろうとも。



食糧の確保を目的に寄った小さな港町。
それでも久しぶりの陸地。
船が港に近寄ると、メリーの頭から飛び出して行った船長。



相変わらずどこに行ったのかわからないけれども
ゾロほど迷子の素質は持っていないので
お腹が空けば戻ってくるだろう。



甲板で船を寄せる手伝いをしていた私の頭を
いとも簡単に飛び越えて
嬉しそうに笑って
矢のようなスピードで走って行ってしまった彼を見送ったのは
1時間ほど前。



後に続けといわんばかりに飛び出すゾロを引き止めて
お守りをしてやると言い放っていたのはウソップとチョッパー。
メリーの修繕に必要な何かを買いに行くと言っていたはず。



少し面白そうだったが、迷子のゾロを押さえながら
目的のお店を見つけつつのお買い物は
実はかなり骨が折れるのを、これまでの体験から知っていた。



お前も来るか?とゾロから誘われたが、
今回は首を横に振って辞退させていただいた。



とはいえおそらく、ウソップとチョッパーはゾロを護衛にしたいのだろうし
それを見透かしたゾロが、2人を私に任せたいのも見えていたので
ごちゃごちゃしそうだなと苦笑したのが本音。



「あらナマエナマエナマエ、ここにいたのね」



近づいてくる足音と、ナミの声。
私が女部屋にもラウンジにもいなかったので
探しに来てくれたのかもしれない。



デッキから海を覗き込むのをやめて
後ろを振り返った。



白のショートパンツと、
淡いエメラルドグリーンのトップスを着こなしたナミが
ポニーテールを揺らしながら笑顔を向けてくれる。



「買い物行かない?バッグ欲しいって言ってなかったっけ」



ぽつりと2日前の夕飯に話した内容をナミは聞いていたのか。
私のなんでもない話を聞き逃さず
しっかり覚えていてくれたなんて。



ナミは優しいな、と思わず顔がほころんだ。



5日ほど前に別の港に寄港した時、
ひとりでふらりと街に出かけた。



私はあいにくバッグというものを持っておらず
お財布や電伝虫を手に持って出かけるのも紛失してしまいそうで
何も持たずに船を降りた。



メリーに乗船してから数週間。
エースの帰りを待っているだけの居候なので、
買い物をするといっても自分のものを増やすのは気が引けるうえ
たいしたお金の持ち合わせもない。
せっかくなので船を降りてぶらぶらしよう、という気持ちで
小一時間程度散歩をするくらいの軽い考えだった。



それが少しうまくいかず。
気づけば周囲はほんのり暗く
メリーへの道もいまいちわからず。



小さい港町だったので、歩き回っていればいつかメリーに着くだろうと
たいして気にも留めていなかったのだが、
夜まで連絡がつかなかったことがよくなかったようで。



夜遅くにやっとたどり着いたメリー。
優しいみんなが甲板から身を乗り出して出迎えてくれた時
心配をかけてしまっていたと気づいて、申し訳なさが募った。



特に。



なぜか少し乱れた髪、
焦って口にしたように短くなっていない新品の煙草、
少し悲しそうな顔、
でも淡々とした口調で「おかえり」と言ってくれた
あのときのサンジくんが今でも忘れられない。



こんなことがあったので、バッグがあれば電伝虫を持ち歩けるし
迷惑をかけずに済むと思い、2日前の夕飯にふとそのような話をしたのだった。



女性に優しい彼には、いつも特に心配をかけているような気がする。
大好きなあの優しい笑顔を曇らせているのは自分自身だと気づき
自嘲気味に苦笑した。



一番笑っていて欲しいのに。
一番困らせたくなんてないのに。



バッグなら雑貨屋さんのほうが可愛いものがあるかもねーと
私のことを考えてくれているナミの声。



今日も変わらずに優しいなと思いつつ
首を横に振った。



「ごめんなさい。今日は、ちょっと」



眉を寄せて手を合わせた。



少し頭をひねったナミは
突然納得したようにそっか、とだけ言うと
船を降りるために来た道を戻り始める。



ひらひらと手を振って。



「私たちがお腹空いちゃうから、ちゃんと夜ごはんまでには戻りなさいよ」



夜ごはん。
そんなに遅くなるつもりはないのだけど。
前回の寄港地の話なのか。



少し頭をひねってから、
あ、と気づいた。



誰を待っているのか気づいていたから、あんなことを。



ナミの言葉に少しだけ顔が赤くなる。
見られなくてよかった。
むしろ、見ないようにしてくれたのかもしれない。



「そういうつもりじゃ・・・!」



思わず口から出た否定の言葉を
誰もいない甲板に投げる。



とっくにナミはいないのに、恥ずかしさが募った。



勝手に盛り上がってしまった自分自身が恥ずかしくて
手で顔を覆う。



確かに熱を持っていて、
何を考えているんだとびっくりする。



どうにかして顔を戻さなきゃとぱたぱたと仰いでいると
遠くでドアが開閉する音がした。



小さな小さな音でも聞き逃さない自分の耳。
彼の音だけはなぜかしっかり聞こえてくるのだ。



きっと朝ごはんの片付けが終わったのだろう。
もしかしたら夜ごはんの仕込みも。



手際よく片付けた彼が煙草をふかしながら
ゆっくり歩いてくるだろう姿を想像する。



私の居場所は知らないはずだ。
もしかしたらまずは女部屋を見に行ってしまうかもしれない。



ラウンジから女部屋に行くルートを考えると、
私がここから走って行けば、
メインマストまでたどり着くほうが早いので
彼に無駄足を踏ませることはないのでは。



アフトデッキの構造を考えながら
先回りしようと足を踏み出した。



同時に、聞こえてくる革靴の音。



この音だけで、嬉しくなってしまう自分がいたが
そんなことよりも、近くに聞こえた靴音が
自身で考えていた彼の居場所と時間とはまったく合わず
首をひねる。



「ナマエナマエナマエちゃん!」



ほんの5歩早歩きしたところで
靴音だけでなく声まで聞こえた。



私の名前を呼んでいる。



名前を呼ばれただけで
なぜか跳ねてしまう私の心。



さらに数歩踏み出して階段の下を見下ろすと
まぶしい笑顔がそこにあった。



こちらを見上げて、お待たせ、と。



彼がここまで来るにはルートから考えると早すぎやしないかしら。
そんなことを考えながら心を落ち着かせようと一呼吸置く。



いつまでたっても慣れないのだ。
この優しい空気と、そこにいる彼の存在に。



なるべく平静を装って
早歩きの足を止めて
いつもの歩調で階段を降りる。



階段を降りている一歩一歩の歩調を
すべて見られているような気がして
なぜか足が震えた。



同じデッキに立つ。
彼まであと数歩。



そんなに待っていないと答えようと
口を開こうとしたとき。



突然突風が吹いた。



「ぅわ・・・っ」



ぶわっという音とともに甲板を駆け抜けた突風が
背面から私を襲う。



スカートが翻りそうになったのを慌てて手で押さえると
体のバランスが崩れる。



後からの風に対して負けじと
無意識に後ろ寄りに重心を持っていってしまったことで
スカートを押さえようとした上半身と、
重心の持っていきかたのバランスが崩れ
そのまま体が後ろに持っていかれた。



いい大人が尻もちは恥ずかしいな、
しかも彼の前で。
なんてのんきに考えたのも一瞬。



地面に近づくよりも早く、
彼のスーツに納まっていた。



しっかり後ろからまわされた腕が
私のお腹にまきついている。



黒いスーツに包まれて
太陽が遮られた。



温かい手のひらに気づき
彼に抱きしめられていることを認識する。



頬に血がのぼるのを感じた。
スカートを押さえた手は、行き場のないまま裾を握っている。



転ぶのなんて瞬間の出来事に対して
どんな速度で移動したのだろう。



どうでもいいことを考えながら
そっと見上げると
今までの人生で一番、彼の顔が近くにあった。



くらくら目眩がしそう。



金髪の髪が少しだけ顔に当たる。



「大丈夫?」



だいじょうぶ・・・
彼の言葉があまり理解できない。



声は聞こえるのに
頭で解読できない。



それでも何か答えなくてはと口を開いても
何を話せばいいのかわからなくて。



必死に息を吸い込み
ぱくぱくと動かしてしまった口を閉じる。



冷静を装うと思わず視界から彼を除外すると
まわされた腕の力が少しだけ強くなった。



「転ぶのはおれの前だけにしてね」



じゃないと助けられないからなあ、と言って笑う。



笑った彼の息が顔にかかって
少しくすぐったい。



金色の前髪が少しだけ揺れた。



なぜ彼の腕の中に収まっているのか
もうよくわからないけれど。



離してもわわないと困るのだけれど。



でも。



彼を見ないようにした私の頭は少しだけ冷静さを取り戻した。
そして言葉にはできない願いを浮かべる。



誰よりも近い距離で
一緒にいたい。



ほんの少しだけでいいから。



「出かけるの、今度でいい?今日はこのままでいたいんだけど」



え・・・?



驚いて顔を上げると
ほんの数センチ先にある優しい笑顔と目があった。



一番大好きな
優しい笑顔。



やっと目が合った、と嬉しそうに声を上げて笑う。



自分の欲望が口から出て
サンジくんに伝わってしまったのかと思った。



それはどうやら違っていて。



むしろ今一番欲しい言葉を聞けたような。



ずっと握っていたスカートの裾を離して
しわを伸ばすように軽くはたいた。



たとえそれが冗談だとしても
いつもの女性への優しさだとしても。



「ありがとう」



もう一度目を合わせてお礼を言うと
彼は意外そうな顔をした。



私の欲しい言葉をくれて
ありがとう。



お腹にある彼の腕に触れて
離してと促した。



「バッグが欲しいの。一緒に見にってくれる約束でしょ」



爆発しそうだった心臓は
いつのまにか少しだけ冷静さを取り戻していた。



あともう少しだけ、そう考える心を落ち着かせて
お昼になろうとする空を見上げた。



彼には夕飯をつくるという仕事がある。
食糧の買出しも考えると
あまり時間はない。



彼の邪魔をしたくはないし、
ほんの少し一緒に出かけることができるだけでも
十分幸せだ。


もう一度ぽんぽんと腕をはたく。



「だから・「バッグを買うのは無し」



離して欲しい、その訴えもむなしく
なぜかさらにぐっと締まる。



ちょっとさすがに苦しい。



それよりも約束が違うのでは。



「おれがナマエナマエナマエちゃんのバッグってことで」



あーでもこれだと顔が見えにくいなあ・・・
とのん気につぶやく声が肩越しに聞こえる。



顔が見える見えないはともかく。
荷物を持つよ、という意味だろうが
それは困る。



万一の際にまた迷惑をかけてしまうのは自分だし
優しいみんなの顔を曇らせるのは本意ではない。



そもそも財布を入れるバッグさえ持っていないのだ。
今もポケットに無理やり詰め込んでいるので
スカートが少し変形している。



バッグを買うお金くらいはナミがお小遣いとして渡してくれているので
そこも問題はない。



大困惑して首を横に振った。



「自分で買うから。一緒に見に行って欲しいだけ」



こちら都合の買い物なので、
あまり興味はないかもしれない。
そこは少し申し訳ないが、
その後の食糧の買出しはしっかりお手伝いする気でいる。



サンジくんの言いたいことがよくわからなかったが、
彼は大きく笑った。



「バッグ買ったら、ひとりでどっか行っちまうだろ」



ちゃんと掴まえとかないとなあ、と言って
また笑う。



5日前の件で心配をかけているのか。
確かにあれは私が悪い。



もう一度きちんと謝れば解決するだろうか。
そう考えて口を開こうとすると、
彼は話を続けた。



「だからどこに行くときもおれを連れて行って」






いつでも君の隣にいたい








(サンジくん、サイクロン=テンポ代は10万ベリーでいいから)
(ナミさん、それはいくらなんでも)
(あら、ナマエナマエナマエのこと後ろから抱きしめておいて、タダというのはいかがなものかしら)
(どこまで聞いてたんだよ、ナミさん、ロビンちゃん!)





update---20190205





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