籠の中の鳥
八敷の部屋に通された茂上は、手頃な場所にあるソファに座ると、早速「実は頼みたいことがあって」と二人に本題を切り出す。
「私の妹が、この前から行方不明なんです」
茂上が言うにはこうだ。
茂上が警察官になってから、彼女は一人暮らしを始めた。そんな中、大学に進学しようとしていた彼女の妹が、大学から近いということもあり、茂上の家に居候することになったそうだ。
茂上は仕事で夜出ることも少なくない。家の中でさえ、あまり妹と顔を合わせることは少なかったが……、
「ある日から、妹が全く帰ってこなくなったんです」
「親に連絡は取らなかったのか?」
「もちろん取りました。でも、親も知らないようで……もともと、少し反抗的なところのある妹でしたから。最初は、友達の家にでも渡り歩いているんだろうと思っていたんですが……」
「確認してみたら友人の家にも来ている様子はなかった、と」
「……はい」
鋭い真下の指摘に、茂上は両手を合わせて俯く。
警察官の同僚や上司にも相談して捜索願は出しているようだが、それでも一向に見つかる気配は無い様子。それどころか、日が経つうちに半ば捜索を諦めるようになった警察署内に嫌気が差し、今は休職して妹の捜索を一人で行っているらしい。
「……先輩の真下さんなら、こんなときどうするかって、ずっと考えてました。それだけが心の頼りで……」
「……意外と慕われていたんだな」
意外そうな八敷の言葉に、真下はフンと鼻を鳴らす。そんなことは俺の預り知るところではない、といった様子だ。
「こう見えて、真下さんはそこそこ腕の立つ刑事だったんですよ。セクハラでクビになった、って聞いた時はビックリしましたけど」
「こう見えて、とはなんだ。それに、貴様は俺よりも人望があったはずだろう」
「……人望なんて、都合のいいときに利用できる存在ってだけですよ。現に、私が真下さんのことを上に問い詰めたら、私はすぐに異動を命じられましたから。厄介払いもいいところです」
その言葉には、真下も驚いたようだ。それから不機嫌そうな声で「余計なことを」と呟くが、それが茂上に向けてなのか、はたまた警察の上層部に向けてなのかは、八敷にも分からない。
それよりも、八敷は話を聞きながらふと疑問に思い、「それからどうしてここに?」と尋ねる。少し前に、真下が『警察をクビになった事情が事情だから、あまり大っぴらに探偵業をやるつもりはない』と言っていたことを思い出したのだ。
そもそも、知り合いに『探偵始めました』なんて触れ回るような男でもないだろう。先程の茂上の態度を見るに、彼女もここを訪れたのは『噂』がきっかけだったようだ。
茂上は「ああ、それなら」と一枚の名刺を取り出す。
「妹を捜していると言っても、ほとんど手がかりはなくて……ダメもとで訪れた占い師の先生から、腕の立つ探偵がいるからそこを尋ねてみなさいって勧めてもらったんです」
「……安岡都和子か」
案の定、といった感じだ。八敷が安岡に真下の探偵業のことを仄めかしてから、彼女の元からやってくる客が後を絶たない。それは嬉しい悲鳴でもあるのだが、真下にとっては、安岡から舞い込んでくる依頼は面倒くさいものばかりといった印象しかなかった。
「探偵なんて最初は信じてなかったんです。でも、占い師の先生の話を聞いていたら……とある人の顔がピンと思い浮かんできて」
「それが俺だった、というわけか。随分なご明察だな」
「だって……ぶっきらぼうで高圧的で、なのに依頼人のことを放っておけない人なんて、私はこの世界に一人しか知りませんからね」
どうやら安岡は、真下のことをそのように評していたらしい。真下はジッと名刺を睨みつけたまま黙り込んでしまったが、茂上は明るく笑うと「真下さん、相変わらずこうなんですか?」と八敷に尋ねる。八敷もこの半年で、真下がどんな男であるかは分かっていたつもりなので、こくりと頷いた。
「でも、私のタイミングが悪いのか、事務所に行ってみても本人が不在ばかりだったんですよね。それを占い師の先生に話してみたら、この九条館を教えてもらって」
「それでここにやってきた、というわけか」
「妹の捜索のこともありますし、私は真下さんがクビになったことに納得もしていなかったので……真相を確かめてやろう、という気持ちもありました」
なるほど、真下の後輩というだけあって、なかなかサッパリしたところのある女性だ、というのが八敷の抱く茂上への感想だった。
茂上はそこまで話すと、おもむろに自分の鞄を漁り出す。取り出したのは、一枚の茶封筒だった。
「依頼料は、ここにあります」
「…………」
「これは、真下探偵事務所に対するれっきとした依頼です。お金も払います。なんだってします。だからどうか……私の妹を捜してくれませんか」
深々と頭を下げた茂上に八敷は思わず「顔を上げてくれ」と言うが、そもそもこれは真下に対する依頼なのであって、自分がどうこう言えることではないのかもしれない。それでも、震えた彼女の声と、強く握りしめた拳からは悲痛な感情が手に取るようにわかる。悪いのは彼女ではないのに、まるで世の中の罪を一身に背負ったような面持ちだった。
対して、真下はコートのポケットから煙草を一本取り出す。八敷が「あまり屋敷のなかで吸わないでくれ」と言っても、真下はあれこれ適当な理由をつけては煙草を吸うことが多かった。
ライターで煙草に火をつけると、ゆっくりと息を吸って、ゆっくりと息を吐く。口から吐き出された煙が天井に昇っていくのを見て、真下はおもむろに立ち上がった。
「金はいらん」
「……え」
「その代わり、貴様も手伝え」
真下はそう言うと、また煙草を口に咥えて黙り込む。茂上が「でも……お金、」と言いかけると、「何度も言わせるな」と一蹴する。
「……ありがとうございます」
どこか涙ぐんだ声で礼を述べる茂上に、八敷はホッと安堵する。そんな八敷に真下が「八敷……貴様ももちろん付き合ってもらうからな」と横槍を入れるが、八敷は「わかっている」と間髪入れずに答えると、真下から煙草を一本もらうのだった。
今日ぐらいは、屋敷のなかで煙草を吸うのも悪くないかもしれない。