the great ace attorney

友の刀

「それで。ちゃんと《死神》クンと仲直りはできたのかな?」
「はい。ホームズさんのおかげです」

ベーカー街の221Bで、かのシャーロック・ホームズは今日も愛機のストラディバリウスを片手に、窓から倫敦の街並みを眺めている。
すっかりホームズの下宿に馴染んでしまったマヤは、アイリスの淹れてくれた《香茶ハーブティー》を飲みながら先日のことを話していた。いつもは迷惑ばかりかけてくる名探偵ではあるが、今回はホームズにきちんと感謝の意を伝えるべきだと思ったのだ。

「そうかい、それはよかった。・・・・だけど。こんなことなら、やはり《死神》クンから何かお礼に貰っておくべきだったかな。たとえば・・・・彼の“黒いマント”とか」
「・・・・念のため聞いておきますけど。いったい何に使うつもりなんですか?」
「そりゃ決まってるだろう。質屋に入れるのさ。あれは相当な値打ちものと見たからね!」
「・・・・たとえバンジークス様が許しても。この私がそんなこと許しません!」
「・・・・・・アイリス。残念ながら、今月も家賃の支払いが厳しくなるそうだよ・・・・お腹を空かせてしまってすまない・・・・」
「とってつけたような演技やめてくださいよ・・・・」

ゲホゲホと途端に態とらしく咳き込むホームズに、マヤはやはりホームズはホームズだと呆れざるを得ない。一方、アイリスはアイリスで「大丈夫なの!いざとなったら、ホームズくんが大切にしてるもの、ゼーンブ売れば当分ひもじい思いはしなくて済むから!」と笑顔でなかなかに酷なことを言っており、流石のホームズも「え」と固まってしまった様子。
すると、共に話を聞いていた成歩堂が申し訳なさそうに頭を下げる。

「あの。マヤさん・・・・本当に、黙っていてすみませんでした。マヤさんが亜双義のことを知っていると分かったとき、アイツの死を伝える勇気が、ぼくには無くて・・・・」
「いえいえ。顔を上げてください、龍ノ介さん。気持ちは痛いほど分かります。私だって・・・・龍ノ介さんの立場だったら伝えられなかったと思いますから」

申し訳なさで胸を痛める成歩堂の隣で、寿沙都も浮かない顔をしている。マヤは二人に元気になってもらいたい一心で「ほら!きっとホームズさんだって同じことを言うと思いますよ!」と話を振るも、当のホームズが「ボクなら正直に言うがね」と馬鹿正直に答えたせいで場が一瞬にして凍りつく。どうやら致命的な人選ミスだったらしい。

だがしかし、改めて亜双義一真という一人の人物が、この場にいる関係者を繋げていると考えるとマヤはとても不思議な気持ちになった。そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、寿沙都が「マヤさま」と真剣な顔で見つめてくる。

「・・・・今だからこそ、わたしは自信を持ってお答えできます。一真さまは・・・・日本の司法の未来のために、とても立派に戦っていらっしゃったと」

マヤは寿沙都の言葉を聞いてそっと目を閉じた。今でもありありと思い出せる、大日本帝国の地。英国では馬鹿にされることも少なくないが、マヤは心の底から日本の風景や、そこで生きる人々が好きだった。そして、その懐かしい光景の中で無邪気に笑う亜双義一真はキラキラした目でマヤに夢を語っていたのだ。

「・・・・あの人らしいです。きっと、龍ノ介さんたちと出会えたのも、一真さんのおかげなのだと思います」
「亜双義の・・・・?」
「バンジークス様はどう思われてるか、私も詳しくは知りませんが・・・・私は、龍ノ介さんと寿沙都さんを初めて見た時。真実に立ち向かう者の覚悟を見たような気がします」
「真実・・・・・・・・」

真実に目を向け続けることは、案外とても難しいものである。人間は誰しも皆弱い心を持っており、時として自分を傷つける真実まで受け入れなければならない。それが成歩堂たちにはできると、マヤは言った。

「そんな、お二人ならば。もしかしたら、バンジークス様を・・・・」
「え?」
「・・・・いえ、なんでもありません」

「このお茶、美味しいですね」とつぶやくマヤに、アイリスはとても機嫌良さげだった。成歩堂は、おもむろに自分の腰に差してある刀を手に取るとマヤの前に差し出す。

「これは、ぼくがアイツから受け継いだ刀なんです」
「・・・・どうりで、どこかで見たことがあると思いました」

名刀《狩魔》。それは亜双義家に伝わる由緒正しき刀であり、成歩堂が亜双義から継いだ意志でもある。
成歩堂が見せた《狩魔》は、例え刀身が鞘におさまっていても、その剛直さをよく表しているとマヤは思った。本当に、あの亜双義一真を思わせるような。

「亜双義は、この倫敦の留学に並々ならぬ思いを抱えていました。ぼくは、その亜双義の意志を継ぎたい。・・・・きっと、アイツのその思いの中には、マヤさんとの約束もあったのだと思います」
「・・・・やはり、龍ノ介さんは思った通りの人ですね」

成歩堂は、その時初めてマヤの困ったように笑う顔を見た。

「・・・・その刀。すこし、触っても?」
「ええ、モチロンです」
「・・・・温かい。日本では、付喪神という概念があると教わりました。いつまでも大切にされた物には、神様が宿るのだとか。・・・・この刀には、まさしく一真さんと龍ノ介さんの想いが篭っているのですね」
「マヤさま・・・・」

「ありがとうございます」と狩魔を返したマヤの目には、今にもこぼれ落ちそうな涙の膜が張られている。それを見た寿沙都も、思わずつられて目をうるませた。だが、二人ともその顔には穏やかな笑みを浮かべている。友の死を痛む悲しみの奥底に、やっと温もりを覚えたのだ。

その後、成歩堂たちは、いくつか他愛もない話を交わした。時間は驚くほどあっという間に過ぎていき、マヤはふと時計に目を向ける。

「・・・・もう、こんな時間ですか。私は、そろそろこの辺りで失礼します」

たとえ、誰かの死が訪れようとも、彼女たちには明日も明後日も未来が続いていることに変わりはない。

「あ、あのっ!マヤさん!」

成歩堂は、思わずマヤを引き止めていた。

「はい。何でしょう?」
「また・・・・!また、機会があれば・・・・日本に遊びに来てください!マヤさんが、もし嫌でなかったら!」
「・・・・ふふ。そうですね。考えておきます」

そう言って、マヤはホームズの事務所を後にする。成歩堂は狩魔を両手で握り込みながら、かつて自分に熱く語りかけてくれた親友の姿を思い浮かべた。

「・・・・亜双義。ぼくは、お前の想いを必ずムダにはしないぞ」

そのとき、成歩堂の肩を懐かしく頼もしい手がポンと叩いた気がした。驚いた成歩堂が振り返ると、そこにはパチパチと燃える暖炉の火が、まるで熱い風に吹かれたようにチラチラと揺れているのだった。