the great ace attorney

助士の覚悟

ここのところ、警視庁ヤードの人間が慌ただしい。その証拠に、以前の漱石の事件のように、マヤは倫敦警視庁スコットランドヤードから手伝いを頼まれることが多くなっていた。

「・・・・それで。警視庁ヤードの見解としては、あなたを犯人と見ているようなんですが。なにか言いたいことはありますか?」
「・・・・・・・・・・・・」
「(困ったなあ。さっきから、ずっとこの調子・・・・)」

目の前でダンマリを決め込む彼女は、名前をジーナ・レストレードという。イーストエンドの路地裏に住む、スリの少女だ。
実は、マヤが彼女の顔を見るのは今回が初めてではない。今から約二ヶ月ほど前・・・・あのコゼニー・メグンダルの裁判でジーナは法廷に立ち、証言をしているのだ。
今回、事件が起きたのはベーカー街にある質屋である。そこの店主はハッチという男性なのだが、昨夜通報を受けた警官が駆けつけたところ、すでに銃殺されていたらしい。
その被疑者として逮捕されたのが、このジーナという少女だ。逮捕した以上、取り調べを行い調書を取らないといけないのだが、警視庁ヤードは別件の捜査もあって忙しく、いつものことながらグレグソン刑事に「まかせた」と言われてしまってはマヤも断ることができなかった次第だ。

「・・・・・・・・信じない」
「え?」
「アンタみたいな“警察”の言うことなんて。ゼッタイにきいてなんかやらないんだから!」
「(・・・・ううう・・・・敵意がすごい・・・・)」

明らかな拒絶の色を孕んだ目で睨まれてしまっては、マヤも思わず顔がひきつる。どうやら、彼女は大人及び警察関係の人間が大層嫌いなようで、そのどちらにも当てはまるマヤは調書を取ることに手を焼いていた。

「でも。このままだと、ジーナさんは有罪になっちゃうんですよ?」
「・・・・・・う」
「私は、たしかに警視庁ヤードの人間みたいなものですけど。何も取って食うわけじゃないので・・・・」
「ウソだ!そんなこと言いながら・・・・アタシのこと、ムシャムシャ食べるつもりなんでしょ!知ってるんだからね!」
「(私、そんなにおっかないイメージなのかなあ・・・・)」

あのバンジークス卿の傍にいたため分からなかっただけで、自分個人で見るとそんな風に見えてしまうのだろうか。
新たな悩みの種ができたマヤに、ジーナは「ふん」とそっぽを向く。年下と動物に嫌われるというのは、人間なかなかに辛いところがあるものだ。
すると、「おい」と聞き慣れた声が聞こえてくる。マヤが振り返ると、そこにはグレグソン刑事が書類を片手に立っていた。・・・・少しだけ覚えのある紅茶の匂いがしたのは、気のせいだろうか。

「何だ、まだ手こずってるのか」
「グレグソン刑事・・・・私、そんなにおっかないでしょうか・・・・」
「・・・・アンタがおっかないなら。倫敦にはおっかない人間しかいないだろうよ」

突然斜め上から予想だにしない質問をしてくるマヤにも、ここ最近は慣れてきたグレグソン刑事である。これはあの名探偵にも言えることだが、面倒臭い質問には当たり障りのない返事をしてやり過ごすことが一番だ。
そして、グレグソン刑事はその当たり障りのない答え方をしながら持っていた書類をマヤに渡す。「これは?」と尋ねる彼女に「ホームズの診断書だ」と答えた。

「!ホームズ・・・・・・・・」

その言葉を聞いたジーナの顔色が分かりやすく変わる。マヤが診断書に目を通していると、ジーナが「ねえ」と声をかけた。

「・・・・ホームズは、その。無事・・・・なの?」

質屋の店主であるハッチが銃殺された事件。それを通報してくれた人物こそ、あの成歩堂龍ノ介たちだったのだが、事件が起きた際に居合わせていたホームズは、賊から銃撃を食らったらしい。
その銃弾は腹を撃ち抜き、大きな動脈を傷つけてしまったようだ。出血が止まらない危険な状態のまま、今は聖アントルード病院に運ばれて大手術を受けているとのこと。
マヤは顔を伏せるジーナにもう一度向き合うと、こう言った。

「ホームズさんの無事が知りたければ。ちゃんとジーナさんの口で、昨夜あったことを全部話してください」
「・・・・・・・・え」
「それが、銃弾を受けてでも皆を助けてくれたホームズさんに対する恩義だと思います」
「で。でも・・・・アタシ・・・・」
「・・・・大丈夫。悪いようにはしません。それに、私たち悪い大人がジーナさんを騙そうとしても、あなたの周りには頼もしい友人が沢山いるじゃないですか」
「!」

ジーナの目の色が揺らぐ。確かに、スリの少女とあっては昔から警官にいい思い出がないのは至極当然だろう。いくら倫敦警視庁スコットランドヤードと言えども、最終的な決定は個人の裁量に任せられている部分も多く、多少強引な手を使って捜査を進める刑事もいるようだ。

「・・・・わかったわよ。話せばいいんでしょ」

その言葉に、マヤはやっと安堵の息を吐く。
それにしても、仲間想いのいい子だ。事件当時は賊も入っていたと聞くし、おそらく真実はまたもっと別の方角にあるのかもしれない。
だが、そんな彼女の個人的な感情と仕事は全くの別である。ジーナから事のあらましを聞き、調書を取り終えたマヤは努めて冷静に「ジーナさん」と声をかけた。

「正直に言うと。今の話・・・・おそらく、警察側には信じてもらえないかと思います」
「!・・・・・・え」
「“被疑者”として扱われてしまった以上、少なくともジーナさんには犯行を立証できてしまう証拠がある。・・・・その状況では、被疑者の言うことはデタラメだと思われてしまうのも、無理はありません」
「・・・・・・じゃあ。アタシが今話したことは・・・・全部ムダだったの?」
「ムダかどうかは。明日の裁判で、きっと明らかになるでしょう」
「・・・・オトナって、皆そう。そうやって、曖昧なことばかり言って・・・・アタシたちを騙すんだ」
「・・・・・・そう、かもしれませんね」

マヤが視線を逸らすと、留置所の警官がやってきてジーナに「立て!」と促す。これから、彼女は狭く暗い独房で一夜を過ごすことになる。深く帽子を被り直し、感情に蓋をするように目元を隠したジーナの姿に、マヤは少し前の自分と重ねてしまう部分があった。

「・・・・でも。だからこそ、強く生きてくださいね」

その声がジーナに届いていたかは定かではない。
それに、マヤも今から検事局に戻り、明日の裁判の準備をしなければならなかった。ジーナのことが気がかりではあったが、マヤはグレグソン刑事にあとのことを任せると、急ぎ足で検事局へと向かう。その途中で、偶然にも成歩堂たちと出くわした。

「あ。マヤさん、こんにちは」
「こんにちは、皆さん。・・・・もしかして。今から面会ですか?」
「はい。明日のジーナさんの裁判、ぼくが弁護をしようかと思っています」

思った通りの言葉に、マヤはまたも少し安心した様子で「そうですか」と息を吐く。何せ、明日の裁判を担当する予定だった国選弁護士はジーナに物の見事に突っぱねられてしまったらしい。そのため、他に弁護を担当してくれる者が不在で困っていたのだが、成歩堂なら安心して任せられることだろう。

「・・・・それと。マヤさまに、お話がございます」

すると、寿沙都が不意にそんなことを言い出した。マヤが面食らいながらも「どうしたんですか?」と問うと、寿沙都は真剣な表情で「少し席を外しますね」と成歩堂たちに振り返って伝える。一体何のことだかサッパリだが、成歩堂もアイリスも表情はどこか暗いところを見るに、何かよほどのことがあるのだろう。
そして、留置所の入り口までやってきた寿沙都の言葉に、マヤは驚いた。

「突然でございますが・・・・寿沙都はあした。日本へと帰国しなければいけません」
「!え・・・・・・。そうなのですか?また、一体どうして・・・・」
「・・・・父が、倒れたらしいのです」
「そ。そう、ですか・・・・それは、寂しいですね・・・・・・・・すごく寂しい・・・・」

マヤにとって成歩堂と寿沙都は、いつの間にか良きライバルであり良き友人のような存在となっていた。今でも偶に懐かしく思う日本の風景を、二人に会うと自然と思い出すことができたのだ。そして、この前の亜双義の一件でようやくお互いに少し心を開くことができたと思っていたマヤは、思わずしどろもどろになる。どうやら、成歩堂はまだ倫敦に滞在するようだが、寿沙都が次にいつ倫敦にやってくるかは分からない、とのこと。

「マヤさまと出会えたこと・・・・寿沙都は、一生忘れません」
「そんな!私だって、同じ気持ちです!」
「ふふ。ありがとうございます。・・・・あと、マヤさまに一つ。頼みたいことがございます。・・・・成歩堂さまのこと、どうか気にかけていただけないでしょうか。ああ見えて、成歩堂さまは・・・・きっと。今でもエンリョしているでしょうから」
「・・・・・・モチロンです。寿沙都さんの頼みを断る理由なんて、どこにもありませんもの」

おそらく、寿沙都がわざわざマヤを連れ出して二人きりになった理由は、この“お願い”のためなのだろう。寿沙都はマヤが頷くのを見ると、どこか力なく笑った。寿沙都の少しだけ寂しさに揺れている吐息に、マヤの目頭まで熱くなる。

「(いつだって、そう。どうして別れは、こうも突然にやってくるんだろう・・・・)」
「・・・・では。わたしどもは、このあとジーナさまとの面会がございますので」
「・・・・はい。わかりました。あの、寿沙都さん」
「なんでございましょう?」
「・・・・・・また、会いましょうね」
「・・・・ええ。モチロンでございますとも!」

別れの言葉は言いたくなかった。言ってしまえば、それが本当の最後になってしまうような気がしたのだ。
マヤは寿沙都に笑顔で手を振ると、彼女に背中を向けて歩き出す。兎にも角にも、今は検事局に一刻も早く向かわねばならないだろう。明日の裁判に寿沙都は出られないようだが、だからこそ、しっかりと準備をして臨むべきだ。
今朝、バンジークス卿が質屋射殺事件の審理を担当することが決定してから、マヤの胸の中には、一つだけどうしても迷っていることがあった。その迷いをどうしていいのか、未だ彼女にも分からない。

そんな黒い澱みのような感情を抱えながら検事局へと着いたマヤは、自分の迷いを打ち消すように明日の裁判の準備に追われていた。
明日行われる裁判は、正直に言うとそこまで手間取るようなものではない。証言と証拠品共に充分であり、場合によってはすぐに審理が終わってしまうかもしれない。
だが、一つだけ気になることをマヤはグレグソン刑事から聞いていた。それがコゼニー・メグンダルの遺品である。どうやら、彼の遺品が、今回の事件に多少なりとも関わっているようだ。
昨日、ヴォルテックス卿からは『今後いかなる事件であろうとも、コゼニー・メグンダルに関する証拠品は提出してはならない』と言われていた。その言葉を守るのならば、バンジークス卿にあの“円盤ディスク”のことを触れさせてはならないだろう。
だが、マヤはどうしても先日から喉に引っかかった魚の小骨を取れずにいた。そして、その小さな引っかかりが、先程寿沙都と言葉を交わしたことで一層大きくなってしまっていた。

「(私がやっていることは、果たして正しいのかな・・・・)」
「・・・・マヤよ」
「!は。はいっ!何でしょうか、バンジークス様!」
「・・・・リストに書かれている証拠品が、私の知るものよりも少ないようだが?」
「!」

マヤは思わず固唾を呑んだ。先ほどバンジークス卿に渡した証拠品リストは、コゼニー・メグンダルに関するものは全て省略していたのだが、どうやらそれに気づかれたようである。

「・・・・それは、上からの要請で『明日の裁判には提出しないように』と。そう言われています」
「・・・・・・そうか」
「は。はい」
「・・・・では。このリスト、私の分だけでも元に戻してもらいたい」
「え。で、でも・・・・!そんなことをしたら、上から何て言われるか・・・・!」
「・・・・そなたは、まだ理解しておらぬのか。検事は警察の手先などでは、ない」

マヤは目を見開いた。バンジークス卿は、彼女が何を隠そうとしているのか全て見抜いているようだ。

「《倫敦警視庁スコットランドヤード》に身を置いていたことのあるそなたは、少し勘違いしてまうのだろう。・・・・だが、ワレワレは常に真実と向き合わなければならない。それがどんなに狭く厳しい道だとしても・・・・だ」
「・・・・それは。存じております。でも、バンジークス様の立場さえ危うくなってしまったら・・・・私は・・・・」
「・・・・・・・・そのときは。覚悟を決めるしかなかろう」
「!バンジークス様・・・・」
「8年・・・・私はそなたと共に、この執務室で同じ時間を過ごしてきた。こんなことを言うのは、そなたにも酷かもしれぬ。だが・・・・もしも。そなたが私と共に歩みたいと言ってくれるのならば。どうか、私と共に“覚悟”を決めてほしい・・・・ミス・マヤ」

覚悟。その言葉に、マヤはやっと喉につかえた骨が取れていくのを感じていた。
自分に足らなかったもの、そして寿沙都と言葉を交わしてずっと気になっていたもの・・・・それこそが、覚悟である。
バンジークス卿も、そして寿沙都も覚悟を決めているのだ。彼らの期待に応えたいのなら、自分も覚悟を決めないといけないだろう。

「・・・・・・わかりました。私も、バンジークス様と共に歩む“覚悟”をいたします」
「・・・・そうか。感謝する」

その言葉に安堵したのはバンジークス卿も同じだった。もしも、彼女が自分とは別の道を歩みたいと言い出したら・・・・我ながら、そのことを考えると目眩がしそうだったのだ。
マヤは自分のデスクから書き換える前の証拠品リストを取り出して渡す。そして、腹の据わった目でこんなことを言い出した。

「バンジークス様、ご存知ですか?この前、龍ノ介さんから聞いた話なのですが・・・・日本には、ジャパニーズ・ドゲザなるものがあるらしいのです」
「・・・・・・・・なんだ、それは」
「覚悟ある者にしかできない最上級の謝罪・・・・私は、そう聞いております。もし!ヴォルテックス卿から“お叱り”を受けた時は!この私!きっと、ジャパニーズ・ドゲザで謝ってごらんにいれます!」
「・・・・そ、そうか。それは、期待していよう」

正直、バンジークス卿にとっては“ジャパニーズ・ドゲザ”なるものがどういうものかは分からない。そもそも、そのドゲザをヴォルテックス卿にしたところで、彼がそれを“謝罪”と取るのかも分からない。だが、今更それを言ってしまえば、折角意気込んでいるマヤの気力を削いでしまうだろうと思い、バンジークス卿は何も言うことができなかった。