the great ace attorney

警部と警部補

ヴォルテックス卿から“話”があった数日後、いよいよ倫敦万博の開催日当日となった。倫敦の街中は笑顔に包まれる人々で溢れかえり、綺麗な洋装に身を包んだ人々が色とりどりの展示物に賑わいを見せている。
その人混みのなかで一人歩いていたマヤは、見知った一人と一匹に出会う。

「あっ!マヤじゃん!こんなところで何してんの?」
「ジーナ・・・・」

前もってバンジークス卿から休日を与えられていたマヤは、すっかり元気を失った様子で万博会場をアテもなく歩いていた。
あれだけ楽しみにしていた《倫敦万博》も、今では見るもの全てがつまらなく感じる。それは、彼女がヴォルテックス卿から言い渡された異動要請のせいであることは間違いない。

「見てよ!マヤのおかげで、アタシもやっと警視庁ヤードに入れたの。これからは、レストレード警部って呼んでよね!」
「・・・・う、うん。おめでとう、ジーナ・・・・あと、トビー。本当に良かったね」

トビーとは、ジーナが前に路地裏で捨てられていたところを拾ってきた、黒い子犬のことである。元々イーストエンドの路地裏で孤児として生きてきたジーナには、同じく捨て犬だったトビーに何かシンパシーを感じるところがあったらしい。捨てられているところを放っておけずに今も面倒を見ているらしいが、度々マヤのところにやってきてはミルクをもらって帰っていくこともしばしばあった。そのおかげで、痩せこけていた当初と比べると、今は毛並みも体格も健康的な子犬そのものだ。
ジーナは喜び勇んで警察章をマヤに見せるが、思ったよりもずっと反応の薄い彼女に思わず気まずそうに目を伏せた。足元にいたトビーも悲しそうに項垂れる。

「・・・・・・アタシが警察官になるのって・・・・やっぱり、おかしい?」
「!そ。そんなことないよ!私は、ジーナが《倫敦警視庁スコットランドヤード》に入って活躍するの・・・・ずっと楽しみにしてたんだから!」

今から数ヶ月前。ジーナ・レストレードの例の裁判が終わって、彼女のスリや偽証の件を諸々整理させた後、ジーナが突然検事局に押しかけてきたことがあった。

『マヤ!アタシ、警察官になるんだから!』
『と。突然どうしたの?そんなに意気込んで・・・・』
『もー!分からないかなあ。スリの子が、頑張って歩きだそうとしてるんだよ?マヤなら、警視庁ヤードの一つや二つ、簡単に説得できるでしょ!何せ《死神》の手下なんだから』
『手下は、そんなに偉いものじゃないよ。ジーナ・・・・』
『・・・・マヤよ。面倒事を持ち込むな、と前にも言ったはずだが』
『誰が面倒事よ!』
『あ!も、申し訳ありませんバンジークス様!ほら、ジーナ。ちょっと向こうで話そう・・・・!』

ジーナに一体どんな心境の変化があったのか。それはマヤにも分からない。しかし、スリをやめて警察官になりたいと願うジーナを、マヤは純粋に応援したいと思った。
だから、ホームズに相談することにしたのだ。

『ホームズさん。ちょっと相談が・・・・』
『このボクに?生憎だが、月末の相談料は少し高くなる。それでもいいなら、』
『ごちゃごちゃ言ってると、マヤの代わりにアタシがこの事務所をバラバラにするけど』
『やれやれ。今のはモチロン、冗談に決まってるだろう』
『(ホームズさん。心なしか目が泳いでるけど・・・・)』

事の顛末をホームズに話すと、後はとても単純だった。ホームズとマヤは、共にグレグソン刑事の元に向かい、ジーナをどうにか警察官として《倫敦警視庁スコットランドヤード》に置けないか頼んだ。グレグソン刑事は最初こそ嫌がっていたものの、ホームズの『アイリスが聞いたら、さぞ悲しむだろうね』という言葉を聞くなり、首を素早い動きで縦に何回も振ってくれたのだった。

『ありがとうございます、グレグソン刑事。実は・・・・ジーナのことは、ずっと心配していました』
『《死神》か・・・・・・・・』
『はい。ジーナは、今まで《死神》の裁判にかけられてきた極悪人たちとは全く違います。スリの子だけど・・・・彼女は私に、私の知らない世界を色々と教えてくれた、真っ直ぐでとても良い子です。・・・・でも。いつ《死神》の鎌がジーナにかけられてしまうのかは分かりません。だから、グレグソン刑事なら。きっとジーナを守ってくれると信じています』
『・・・・友人を守るのは、友人の役目だとオレは思うがね』
『・・・・・・私には、無理です。一度《死神》を頼った人間にだって、いつか報いがある。ジーナを、それに巻き込みたくはないから』
『・・・・やれやれ、分かったよ。マヤ、お前も良い友人に巡り会えたな』
『はい、本当に。ジーナはかけがえのない友人の一人ですから』

ジーナはその後も、順調に警察官の道を歩めているようだった。目の前で嬉しそうにグレグソン刑事のことを“ボス”と呼ぶジーナの姿が、少し前までのマヤに重なる。

「・・・・・・・・」
「マヤ、どうしたの?今日・・・・やっぱり、様子がおかしいよ」
「・・・・ジーナ、私・・・・」

話してしまおうか、とても悩んだ。話したところで何も変わらないのは分かっている。それに、話してしまえば、関係のないことにまでジーナを巻き込んでしまいそうでマヤは怖かった。

「・・・・分かった」
「え」
「アレ、乗ろ」
「え。え?」

すると、何かを察したジーナはマヤの手を引っ張っていく。《水晶塔クリスタルタワー》の横にある気球乗り場まで引っ張ってくると、突然警察章を翳して「レストレード警部よ。上空から万博の安全を見守るから、気球に乗らせて」と、あろうことか職権乱用を始めたのだった。

「じ、ジーナ!あまり他の人を困らせるのは・・・・!」
「いいから!乗るよ、マヤ!」

背中を押されてマヤは気球の籠に乗る。《倫敦万博》では青と赤のだんだら模様の気球がいくつも真っ青な空を飾りあげるように飛んでいる。
マヤたちの乗る気球も、瓦斯ガスを注入して、球皮エンヴェロープが膨らんでいくと少しずつ足元に浮遊感を覚え始めた。

「う。浮いてるッ!ジーナ!私、高いところはちょっと・・・・!」
「あはは!たかーい!」

空高く気球が上がると、ジーナは楽しそうに天を仰ぐ。マヤも最初こそ怯えていたものの、そっと下を覗いてみると様々な万博の飾り物が絢爛豪華に地面を彩っているのが見えた。あんなにも人の姿がちっぽけに見えるのは、彼女にとっても初めてのことだったのだ。

「うわあ、綺麗・・・・」
「・・・・空を飛べるなんてさ。アタシもこの前まで、考えてもみなかったな」
「うん。高いところは怖いけど・・・・こうやって見ると、初めて見る景色で感動するね」
「・・・・マヤにはさ。こう見えても感謝してるんだ」
「え・・・・?」
「ナルホドーもスサトもホームズもアイリスも・・・・皆、いいヤツらだよね。アタシが警察官になろうと思ったのも、いつもアイリスが楽しそうに話してくれるからなんだ。今は、マヤのおかげで警視庁ヤードにいられて・・・・ボスも、思ったより悪いオトナじゃないし。ケッコー、楽しかったりもしてさ」
「う、うん」
「だから。アタシ一人じゃ・・・・この景色は、きっと知らなかったなって思うんだよね」

ジーナの言葉を聞いて、マヤはもう一度真正面を眺めてみる。倫敦にしては珍しく晴れ渡った空の下で、彩色豊かな飾り付けや人々がいて、とても心躍る眺めだ。
この延々と続く、とてつもなく大きな青空の下にいると自分は何てちっぽけな存在なんだろう、と思うほど。

「マヤに何があったのか、アタシには分からないけど。・・・・でも、あまり悩まなくていいと思うよ」
「ジーナ・・・・」
「ほら。何かあったら、このレストレード警部が《死神》にだってガツンと言ってやるんだから!」
「・・・・ありがとう・・・・」

思わず、涙が出そうだった。ここ暫く、色んなことが重なったせいでマヤの心は追い詰められていた。その心が、ジーナの言葉でやんわりとほぐれていくような心地だった。
マヤは少しだけ熱くなった目尻を拭いながら、にっこりと笑う。ジーナもその顔を見て、嬉しそうに笑った。

「にしてもさ。上空からこうやって人を見てると、本当に人間ってちっぽけなモノなんだなーって思うね」
「そうだね。でも皆、一生懸命生きてるんだよね」
「そう?アタシには、一生懸命生きてるというより、スられそうなヤツらばかりだなあって思うけど」
「・・・・一旦、スリは置いておこうよ。レストレード“警部”・・・・」