the great ace attorney

めのうの窓

「《倫敦万博》は、楽しかっただろうか」
「・・・・バンジークス様。私が楽しかった、と言うと思いますか?」
「・・・・あの極東の留学生ならば。迷わず“イエス”と答えると思ったのだが」
「私は龍ノ介さんじゃありません!」

《倫敦万博》からマヤが帰ってきてからというもの、検事局は万博開始当初よりも一層慌ただしく動いている。とは言っても、検事局に限らず、《倫敦警視庁スコットランドヤード》や司法局までもが目の回るほどの慌ただしい状況であり、その原因は、今朝方にマヤがジーナと気球から目撃した“科学実験”にあるのだった。

「まさか。目の前で事件が起こるとは思いもしませんでした。・・・・しかも、その被疑者が・・・・」
「ベンジャミン・ドビンボー・・・・かつて。そなたに話した私の友人のこと、だな」
「そのうえ。事件で亡くなった被害者が・・・・」
「エライダ・メニンゲン・・・・かつて。私の法廷にて偽りの無実を勝ち取った男、か」
「ううう・・・・巡り合わせ、という言葉がこれほど恐ろしく感じることはありません・・・・」

今回の《倫敦万博》では、まさに“科学”をテーマとした催し物が数々開催されている。その中には、目新しい“実験”や“機械”などもあり、科学に知識のない人々の目さえも楽しませるのだが、今回はその“科学実験”で事件が起きたようだ。しかもマヤの目と鼻の先で。
マヤは未だクラクラとする目眩に思わずこめかみを押さえる。先程の熱を伴った爆風が今でも鮮明に思い出されて、彼女も内心穏やかではなかったのだ。

「《超電気式瞬間移動》・・・・現実になれば、それこそ世界を揺るがす新技術だと言えますが・・・・」
「・・・・私の友人は、少々変わり者なのだ。何せ、大学時代も《超高速式馬車》や《超回転式時計》などの研究をしていたらしい」
「《超》とは、それほどに男性を惹き付けるものなのですね・・・・あの。バンジークス様も《超神の聖杯》などが必要でしたら、」
「いらぬ」
「(ものすごい顔で睨みつけられてしまった・・・・)」

今回起きた事件は、《超電気式瞬間移動装置》の実験が事の発端である。ネーミングという観点からも怪しさ満載だが、“人体を微粒子レベルに分解して別の場所で再構築することにより瞬間移動を行う”といった、技術的な面から見ても怪しさ満載の科学実験である。そして、その科学実験を行う装置が爆発したことにより被験者である男が爆発に巻き込まれて死亡してしまったのだが、何とその被験者の男こそが、あのエライダ・メニンゲンだったのだ。
またもや《死神》の仕業なのか。はたまた単なる事故なのか。マヤは自分が数日前に作り上げたばかりのミニチュアを手持ち無沙汰気にいじくり回す。今回の事件のおかげで、このミニチュアも日の目を見る時がきたのだが、どうにも彼女の心境は複雑なままであった。

「・・・・ところで。バンジークス様は、今回の裁判・・・・・・検事を担当されるのですか?」
「無論だ。・・・・他の者には、任せられぬ」
「ですが、そうなった場合・・・・」
「《死神》に、被告人が殺されるかもしれない・・・・ということか」
「・・・・はい」
「仕方あるまい。・・・・それに、一つ気になっていることがあるのだ」
「気になっていること・・・・?」

そのことについてマヤが尋ねようとしたとき、執務室の扉を不意に誰かが叩く。ちなみに従者は執務室の中で報告書を書いているので、彼でないことは明確だ。
「どうぞ」とマヤが扉の方に答えると、重い扉がゆっくりと開いて隙間から成歩堂とアイリスがちょこんと顔を出した。

「あっ!龍ノ介さん・・・・!」
「マヤさん。こんにちは」
「こんにちは!マヤちゃん!」

マヤの顔を見るなり、成歩堂とアイリスは嬉しそうに笑う。だが、当のマヤの顔は妙に引き攣った笑顔のままだった。彼女がチラと隣を見ると、既に眉間の皺が3割増のバンジークス卿が立っている。

「・・・・何の用だ」
「(バンジークス様。すでに《神の聖杯》を手当り次第投げそうな雰囲気・・・・)」

成歩堂もその“威圧感”を感じているのか、途端に引き攣った笑顔でバンジークス卿に頭を下げる。彼の話によると、今回のドビンボー博士の事件を弁護するのは、またしても成歩堂なのだそうだ。
そして、もう一つ聞きたいことがあると成歩堂は言って、一枚の新聞を取り出した。その新聞には、バンジークス卿らが夜盗に襲撃されたという見出しが大きな写真と共に記事として書いてあった。いつの間に新聞記者に一枚撮られていたのかしれないが、そこには幸いにも従者とバンジークス卿の姿のみが載っている。

「マヤさんは知ってたんですか?このこと・・・・」
「このことも何も。このときは私もいましたから・・・・」
「え。そ、それは!大丈夫だったのですか!」
「ええ。大丈夫でした。何せ・・・・」
「・・・・・・・・?」

突然目を閉じて見た事のある構えを取り出すマヤに、成歩堂は極めて嫌な予感がする。そして彼が逃げようと思った次の瞬間には「とおおおおおおおッ!」という掛け声と共に「ぎゃああああああッ!」と成歩堂の視界が180度目まぐるしく回転したのだった。

「寿沙都さんが教えてくれた“寿沙都投げ”が・・・・大いに活躍しましたから」
「ううううう・・・・相変わらず恐ろしいです・・・・“寿沙都投げ”は・・・・」

懐かしくもある全身への痛みに成歩堂は生理的なのか感動的なのか、もはや分からない涙を流す。それを見ていたアイリスが「うーん。あたしも寿沙都ちゃんに習っておけばよかったなー」と呟いた。どうやら成歩堂の心労は今後も高まっていく一方のようだ。

「バンジークス様もいかがですか?結構楽しいですよ、ジュージュツ」
「・・・・・・・・・・・・たしかに。いい気分転換かもしれぬ」
「《神の聖杯》の代わりにぼくを投げ飛ばそうとするのやめてくれませんか・・・・」

ただでさえ審理中に《神の聖杯》や《神の瓶》を手当り次第に放り、果てにはかかと落としまで決めるバンジークス卿のことだ。その矛先が成歩堂に向かってしまえば、いくら頑丈な成歩堂でもタダではすまないだろう。
バンジークス卿にジッと睨まれながら、成歩堂はこれ以上この話題を続けていては自分の命が危ないと思ったのか、慌てて話題を変える。

「そ。そういえば!あそこで《罰》を受けている人は・・・・?」
「!」

しかし。その話題に触れてほしくない人物もまた一人。今度はマヤが取り繕ったように話題を変えようと奮起する。

「龍ノ介さんッ!そんなことより、喉は乾いていないでしょうか!」
「は。はあ・・・・そう言われたら。少し喉が乾いてきたような気も・・・・」
「それならば!ぜひこれを機に私オススメの葡萄酒でも・・・・!」

「・・・・・・・・バンジークス検事」成歩堂は考え込んだ様子でバンジークス卿に向き直る。彼の隣では、明らかに慌てた様子で変な汗をかく助士の姿があった。

「何だろうか」
「マヤさん・・・・明らかに目が泳いでますけど。ぼくに隠しごとでもあるんでしょうか?」
「・・・・我が助士は従者と大層仲が良いようだからな。おおかた、何かうしろめたいことでもあるのだろう」
「だからッ!誤解なんですってばッ!」

「わわわッ!分かりましたから、“寿沙都投げ”は勘弁してください!」妙に赤い顔で構えるマヤに、成歩堂も変な汗をかきながら咄嗟に後ずさった。「・・・・オトナって、なんだかタイヘンそうなの」と呆れるアイリスの言葉が成歩堂とマヤの胸に非情にも突き刺さる。大人というのは、常に危機回避にいそしむ生き物なのだろう。

「(あ。あぶない・・・・何とか龍ノ介さんには勘づかれなかったみたい・・・・)」

マヤはチラと従者の様子を見た。どうやら成歩堂の姿を見ても記憶が戻ることはないようで、いつもと変わらず書き終えた報告書を提出して次の仕事に取り掛かる従者の姿に、マヤはより一層胸を痛める。

「(・・・・今のままでは。龍ノ介さんには言えない。“彼”が記憶を取り戻してからでないと・・・・)」

だが、記憶を失った人間にどうやって記憶を取り戻させればいいのか、マヤには皆目見当もつかない。それに、彼女はもうすぐバンジークス卿の助士を外れて《科学式捜査班》に異動となるのだ。もしそうなってしまえば、バンジークス卿はおろか、従者と顔を合わせることも極端に少なくなっていくだろう。
掴めそうなものが目の前まで近づいてきているのに、それがどんどん遠ざかっていく歯痒さと虚しさ。自分はどうするべきなのか、マヤはまだ分からずにいた。