the great ace attorney

はじまりの音楽

「これが《超電気式瞬間移動》の機械ですか・・・・」
「オレには、どう見ても“鉄くず”にしかみえないがな」
「“鉄くず”は少し言い過ぎのような気がしますけど・・・・」
「何を言う!訳の分からんカガクなんかクソくらえだ!くたばってしまえばいいに決まってる!」
「(グレグソン刑事、今日は一段と荒れてるなあ)」

ぎゅっと握り締められたことで苦しそうに潰れるアゲモノに、マヤは憐れみの目を向ける。
本日行われたベンジャミン・ドビンボーの裁判は、証拠不足ということで次回に持ち越しになった。審理中は思いがけない展開の連続で、見ているマヤすら肝が冷えた思いなのだが、当の弁護士である成歩堂にとってみれば、いっそのこと肝が“燃える”思いだったのかもしれない。

「・・・・でも。これは明らかにインチキくさいですね・・・・」

今回の審理で重要視されたことは、ドビンボー博士の理論は“真実か否か”だった。
マヤも一通り、ドビンボー博士の論文には目を通していた。論理と事実には多少ズレが生じるものだが、倫敦万博の実験会場に展示してある機械を自分の目で改めて見回したマヤは、ドビンボー博士に同情せずにはいられない。今回の事件は成歩堂が言っていた通り、ドビンボー博士の信じる理論がイーノック・ドレッバーという機械技師によって、良いように利用されてしまったに違いないようだ。

「それだ!その“インチキ”だ!カガクなど所詮はインチキ。フィッシュアンドチップスだと思って食べたら、チキンアンドチップスだったのと同じようなものだろうが!」
「・・・・私は、チキンの方がおトクな気がしますけど」

グレグソン刑事が何をそんなに苛立っているのかイマイチ理解できないマヤは、遠くで別の角度から機械を睨みつけているバンジークス卿の元へと向かう。

「バンジークス様。何か発見はありましたか?」
「ない」
「(きっぱりと言い切った・・・・)」
「しかるに、マヤよ。そなたは何か発見があったのだろうか?」
「ないですね・・・・」
「そういうことだ」
「どういうことですか・・・・」

ドビンボー博士の機械を守っていた《科学技術保護特例》は、今日の裁判で失効になった。よって、昨日は調べられなかった《超電気式瞬間移動》の機械が調べられるようになったのだが、《科学式捜査班》が到着するまではヘタに機械に触れないようにと言われている。そのためマヤもバンジークス卿も、先程からこの機械をじっと睨みつけることしかできない。
強いて言うならば。これは機械ではなく、成歩堂が主張していたように仕組まれた“カラクリ”だということで間違いなさそうではあるのだが。

「従者さんも何か発見とかありませんか?」
「・・・・・・・・」
「ううん。やっぱり今回もムシですか・・・・」
「・・・・この前は、仲睦まじく話をしていたように見えたが?」
「だから。あれは誤解です!
(バンジークス様。この話題になると途端に嫌味っぽくなるなあ・・・・)」

あの日のことは、マヤも忘れようとしていた。もし、仮面の男が“亜双義一真”だったとして、彼は現在記憶を失っているのだ。失った記憶を今すぐ取り戻せ、というのは無理がある。
それに、バンジークス卿の前で“過去の自分”を見せることは、マヤにとって未だはばかられる思いだった。

「・・・・マヤさま、でございますか?」
「あ。寿沙都さん!」

すると、《超電気式瞬間移動》の機械を見学に来たのか、成歩堂と寿沙都がやってきた。寿沙都は、ついこの前まで日本に帰っていたのだが、この《倫敦万博》を期に再び大英帝国に訪れていたのだ。今日の審理で大法廷中に成歩堂の絶叫が響いたことは記憶に新しい。

「今日は審理中にイキナリ姿を現すものだから、びっくりしてしまいました」
「ふふ。申し訳ございません。わたしも、またマヤさまに会えて嬉しゅうございます」

「あの・・・・マヤさん。バンジークス卿に、お話をうかがってもよろしいでしょうか?」成歩堂がおずおずと声をかけた。どうやら、明日の審理に向けて彼らも情報収集が必要なようだ。マヤは快く頷く。

「はい、どうぞ。ああ見えて、バンジークス様は話しかけられるのを心待ちにしているのです」
「それはない」
「・・・・あの。きっぱりと言い切られましたけど・・・・」
「大丈夫です。これはバンジークス様の照れ隠しなので」
「それもない」
「・・・・ちなみに。二度断られると“本気”なので気をつけてください」
「それを早く言ってください!」

顔を引きつらせる成歩堂と、益々表情が険しくなっていくバンジークス卿に挟まれてもなお笑うマヤに、寿沙都はある意味で感心せずにはいられなかった。やはり助士というものは、どこか豪胆でなければ務まらない仕事なのだろう。
そして、成歩堂と寿沙都がバンジークス卿から話を聞きだし始めると、その様子を横目にマヤはこっそりとその場を後にする。その際、従者にだけ「明日の法廷、よろしくお願いします」と頼んだ。何を言うでもなくコクリと頷く従者を確認して、マヤは自分の手帳から一枚の古びたメモ書きを取り出した。走り書きで書かれた“聖アントルード病院”は、倫敦万博の会場から少し離れた場所に位置している。今から向かうのならば、御者に幾分か多めの金を渡して急がせなければならない。

そうして馬車に乗り込んだマヤは、聖アントルード病院に着くと病院長に久しぶりの顔を見せてから地下へと向かう階段を静かに降りていく。この先にあるのは、彼女の“過去”とも“根底”ともいえる場所だ。コートニー・シスの研究室とも言える法医学研究室への扉をゆっくり開けると、懐かしい匂いが鼻を刺す。

「相変わらず、薬品のニオイがキツいですね。ここは」
「そうかしら。もう、慣れてしまったわ」

ドクター・シスは、突然の来訪者に驚く様子も見せずにそう答えた。まるで、マヤが最初からここに訪れることを分かっていたようである。ドクター・シスは何やら睨みつけていた帳簿を閉じるなり、マヤに一着の服を差し出した。

「・・・・・・・・これは」
「貴女が、かつて着ていた“白衣”です」
「ずっと、取っていたのですか」
「マヤが。いつかここに戻ってくるからって。ママが」
「わっ!ま、マリア・・・・!」

突然背後に気配を感じたマヤが咄嗟に振り返ると、そこにはペストマスクを付けた白衣の少女が立っていた。

「・・・・マヤ。久しぶりに見た。少し、骨量が増えたね」
「ま、まあ。5年前と比べたら、背も少し伸びたし・・・・」
「どのくらい伸びたのか気になる。マリアに“みせて”」
「マリア。マヤを切ったら、一生彼女と“お喋り”できなくて困るのは貴女のほうですよ」
「・・・・・・・・それは困る」

そう言いながらも、中華包丁と《手術刀ランセット》をチラつかせる少女こそ、この前マヤとドクター・シスが話していたマリア・グーロイネ本人だ。つけていたペストマスクを外したマリアの顔は、当然ながらマヤの記憶の中にいる彼女よりも随分と垢抜けて見えた。
それにしても、相変わらずこの研究室は血と薬品の匂いで鼻がもげてしまいそうだ。それは、マヤが暫くここから離れていたせいで彼女にそう思わせるのか、はたまた今まで解剖してきた遺体の死臭が全て詰まって一層色濃くなっているからなのかは定かでない。だが、久しぶりの白衣に袖を通したマヤは、確かにある種の安堵感さえ覚えていた。
すると、白衣を着たマヤの様子を眺めていたドクター・シスの視線が彼女の胸元に止まる。

「・・・・そのブローチ。10年前から変わらないのね」
「はい。この10年間・・・・そして父上が死んでからも、ずっと肌身離さず付けていますから」

マヤが身につけている金細工のブローチ。それは、彼女が10年前に父親からもらったものだった。元来、忙しい親でプレゼントをくれることなど滅多になかった人物のため、マヤにとってこの金細工のブローチは父からの唯一の贈り物である。

「ある意味。貴女の父親の形見ということですね。私も、彼のことはよく覚えているわ」
「父上はコートニーさんと同じ倫敦大学の先輩、でしたね」
「とても優秀な人でした。私が監察医になってからも・・・・度々この部屋に押しかけては、私の興味のない異国の話を好き放題して帰っていくような人だったわ」
「(父上、それはありがた迷惑だと思います・・・・)」

青白く、色味のない外見に反して、ドクター・シスはかつての鮮やかな思い出を懐かしむように目を細める。

「貴女は産まれてから、その“血”で色々と苦労したようだけど・・・・時折、貴女の父親の面影を感じます。・・・・よく似ているわ」
「・・・・そう、でしょうか」
「ええ。例えば・・・・今日みたいに突然押しかけてやってくるところ、とか」
「(それは、あまり似たくない部分だけど・・・・)」

マヤがドクター・シスのことを昔から知っているのも、そして監察医見習いとして世話になったのも、全ては父親のよしみというわけだ。呆れたようにため息を吐く一方で、ドクター・シスの声から滲む冷淡さはいつもより少しだけ和らいでいる。まるで、手のかかる子供のことを話す母親のような口ぶりに、マヤは自分の知らない若い頃の父親を思い浮かべた。厳密には、子供ではなく先輩なのだが。

「実は。今日やってきたのは、コートニーさんにお願いがあるからなんです」
「・・・・何でしょう」
「私を、今日行われる《科学式捜査班》の調査に加えてもらえませんか」
「・・・・・・・・気が変わったのかしら。この前は、あれほど思い悩んでいたのに」
「その代わり。この裁判が終わったら・・・・一つだけ教えてほしいことがあります」
「・・・・・・・・」

ドクター・シスは少しだけ考え込むと、「いいでしょう」と条件をのんだ。

「10年前・・・・あの《プロフェッサー》事件のことです」
「!」

ドクター・シスの真っ白な顔色が少しだけ変わる。「どうして今さら《プロフェッサー》のことなんて・・・・」そう呟く彼女の様子に、マヤはむしろ確信めいたものを得る。
マヤとて、今まで何も調べてこなかったわけではない。バンジークス卿のこと、そしてマヤの父親のこと。父親が死んだ事件から9年もの月日が経ったが、あの事件の謎は未だ謎のままであった。

「あの事件で・・・・最後の被害者だけは、遺体解剖を行ったと聞きました」
「・・・・・・そう。そして、そこから見つかった証拠こそが・・・・《プロフェッサー》を捕まえる決定的な証拠になった」
「・・・・その被害者は、確かクリムト・バンジークス様、でしたね」
「・・・・貴女の考えていることが、何となく分かった気がするわ。あなたは、どこまでいってもバンジークス卿のために動くのね」
「それは正直なところ、どうでしょうか。バンジークス様のためと言いながら、自分のためのような気がします」

マヤの指先は金細工のブローチをなぞる。10年前から、無意識の内にすっかり癖になってしまっている行動だった。

「何にせよ。あの事件を今さら掘り返して、一体何をするつもりなの?」
「・・・・いえ。少し、思い出したものですから」
「思い出した?」
「・・・・9年前の、父上が殺された日のことです」

マヤの記憶に刻まれた忌まわしい記憶。それは、今から9年前・・・・彼女が証言台に立つことになる少し前のこと。父親の書斎で見かけた、激しい男たちの口論の記憶だ。

『この、裏切り者!お前には・・・・友を想う悔しさはないのか!』
『何を言う!裏切ったのは、お前の方ではないか!』

恐怖すら抱くほどの、まくし立てるような怒声だった。蓄音機から流れる、父親の好きだった《トッカータとフーガ ニ短調BWV565》が耳にこびりついていつまでも離れない。

『(やめて・・・・お願い、二人とも・・・・やめて!)』

幼い頃のマヤは、ただ震えて縮こまるしかなかった。揉み合いになる二人の男を、まるで夜の獣のようだと感じながら、マヤの記憶は一発の銃声をきっかけにそれきり途切れてしまっている。
あの日のことは思い出すだけでどこか意識が遠くなる。まだ幼かったマヤにとって余程ショックだったせいもあるのだろうが、つい先日、彼女は記憶のぬかるみからようやく少しだけ失った記憶を取り上げることができた。

『・・・・・・・・《プロフェッサー》・・・・・・・・』

たった一単語。だが、その一単語が、あの倫敦の闇に葬られてしまった事件を解き明かす手がかりになるかもしれない。そしてそれは、何の因果かバンジークス卿の過去を探る手がかりでもある。
地下という薄暗い部屋の中でも、マヤの胸元にある金細工のブローチは変わらず凛とした輝きを放っている。その輝きに目を細めたドクター・シスは、思わず手に持っていたクリップボードに目を落とした。古びた写真のなかで、迷惑そうな若かりしコートニー・サイモンの隣で笑う男・・・・マヤの父親の顔を、どこか恨めしげに見つめながら。