the great ace attorney

ジャスミンの夢

「・・・・それで。『赤毛連盟』とは、つまり嘘の情報で参加者からお金を巻き上げるための文言だったと。そういうことですか?」近頃、ここぞとばかりに留置所にて被疑者から調書をとる仕事を押し付けられていることに、マヤは半ばため息を吐きながらペンを紙の上に走らせる。自分は警察官ではなく助士なのだが、今更その抗議に耳を貸す者は警視庁ヤードの中にはいないそうだ。全くもって嘆かわしいことである。

「・・・・まあ。要するに、そういうことになりますかね」
「うわわああああああんっ!暗いところはやだよおおおおんっ!」
「そして。『赤毛連盟』にホイホイ釣られてやってきたシャーロック・ホームズ氏によって詐欺が暴かれ、レストレード警部に逮捕されたと。そういうことですね?」
「そこはワタクシも思わぬ盲点でしたが」
「うわわわわああああんっ!アニキぃ、オイラたち、もう終わりだあああああんっ!!ローヤで一生マズイ水だけ飲まされて死んでいくんだあああああんっ!」
「こ。こら、ド・ジッコ!さきほどから、そのように泣き叫んでは・・・・ワタクシの格好がつかないではありませんか!」

留置所の石壁を殴るような大音声の泣き声に、思わずマヤも困った表情を見せる。
マヤが調書を取っている凸凹コンビの赤毛二人組は、背丈の小さい男から名前をマルコ・ド・ジッコ、そして大きい男がモーリス・デ・キルコというらしい。何やら、ジーナの話によると『赤毛連盟』なるもので新聞を騒がせ、詐欺罪でホームズによって捕らえられたそうである。確かに、マヤも毎日新聞はチェックしているのだが、そこに『赤毛連盟』などという明らかに胡散臭い広告が載っていたことは記憶していた。
それはそれとして、先程から冷静なデ・キルコの隣でド・ジッコが子供のように泣きぐずっている状況は流石のマヤもどうしていいか分からない。余談だが、ド・ジッコは御歳25の立派な青年である。

「・・・・あの。そもそも、どうして詐欺をしようと思ったのですか?」

警視庁ヤードの情報によると、この赤毛二人組は仏蘭西フランス伊太利亜イタリアのそこそこ有名な貴族の末裔だそうだ。二人が出会ったきっかけも貴族の寄宿学校だそうで、とてもじゃないが金に困っているようには見えない。すると、その質問を待っていましたと言わんばかりにデ・キルコが眼鏡をクイッとあげ、その丸いガラスの縁を鋭く光らせる。

「ずばァり!それこそは、ワタクシたちが天地神明から授けられた悪党の“才能”を世に知らしめるべく・・・・」
「えええええええんっ!赤毛をバカにしてきた奴らを見返したいって、アニキも泣きながら言ってたじゃないかよおおおおおんっ!」
「・・・・というワケなのです」
「(強引に押し切ったなあ・・・・)」

ド・ジッコの声に聞こえないフリをしたデ・キルコは、あくまで自分たちは悪党のカリスマに則った行動をしたと言う。しかし、どちらかといえば真実はド・ジッコの号泣提言の方にあるだろう。なるほど、悲しいことにこの二人は寄宿学校にて赤毛という理由だけで散々な扱いを受けたようだ。その見返し方が詐欺というのがイマイチマヤには分からないが、彼らには彼らなりの考え方があったのだろう。これがいわゆる“As many heads, as many wits.(人の頭の数だけ知恵がある)”ということなのだ。要するに、マヤとて面倒くさいことにただ首を突っ込みたくないだけであり、そのため無理やり納得したに過ぎないのだが。

「はい、わかりました。この件についての裁判は、また後日行われるかと思います」
「・・・・・・・・あの」
「何でしょうか?デ・キルコさん」
「さきほどからウスウス思っていたのですが・・・・アナタ。まさか、《死神》の助士ではありませんか?」
「はい。そうですけど」

マヤが頷くと、デ・キルコもド・ジッコも途端に固まってしまった。そして、デ・キルコは僅かに震えた指先でズリ下がった眼鏡を押し戻す。

「もしかして。ワタクシたちの裁判は・・・・《死神》が担当するのですか?」
「それは、何とも言えませんが・・・・可能性はゼロではないかと」

ついに、驚きのあまりデ・キルコの眼鏡が地面に落ちる。それと同時にド・ジッコがまたもや大声で泣き始め、デ・キルコにしがみついた。すると、今度はデ・キルコさえも唇の端がふるふると震え始める。

「あ。アニキ・・・・・・・・!オレっち、もう終わりだああああああんっ!《死神》に殺されちゃうよおおおおおおっ!」
「な。泣かないでください、ド・ジッコ!泣きたいのは・・・・ワタクシだって同じなのです!うううう・・・・うええ・・・・」
「(それなら、最初から詐欺なんてしなければいいのに・・・・)」

二人で抱き合いながらめそめそと泣き始めた赤毛二人組に、マヤは言葉も出ない。それどころか、泣き出す二人につられてなぜか自分まで涙が出てしまいそうだ。一先ずここは、二人を連れてきたジーナに自分も含めビシッと一言何か言ってもらわないと、精神的に大変よろしくない。そう思って取調室を後にしようとすると、扉が物凄い勢いで開け放たれ、マヤはビクリと肩を揺らした。

「マヤっ!!」
「うわっ!じ、ジーナ!ちょうどよかった。ちょっと困ってて・・・・」
「それどころじゃないって!大変なの!」
「・・・・何かあったの?」

珍しく息を乱したジーナの姿は尋常でなく、ふとマヤの胸に嫌な予感がよぎる。こういうときの予感だけは当たるのだから、本能とは嫌なものだ。ジーナは被っていた帽子を外すと、肩を震わせながら絞り出すようにこう言った。

「ぼ。ボスが・・・・ボスが、《死神》に殺されたって・・・・!」
「え・・・・?」

あまりの衝撃的な一言に、マヤの頭は真っ白になる。ジーナの言うボスとはグレグソン刑事のことで間違いないはずだ。だが、その一方で《死神》とは・・・・そこまで考えて、マヤは咄嗟にジーナに詰め寄った。

「ジーナ!《死神》って、まさか・・・・!」
「バロック・バンジークス卿よ!アイツが・・・・ボスを殺したって、さっき警視庁ヤードに通報が入ったの!お願い、マヤも来てよ!」

動揺したマヤは、思わず机の上に置いてあったインク壺に手が当たって床に落としてしまう。鋭い音と共に粉々に砕け散ったインク壺から、黒い染みが徐々に広がっていくように、マヤの心にもまた暗雲が立ち込め始めた。

「(バンジークス様が、グレグソン刑事を・・・・?まさか。そんなはずはない!そんなはずは・・・・!)」

昔からの知人の訃報に重ねて恩人の逮捕まで聞かされては、流石のマヤも思わず気が遠くなる。だが、すんでのところで何とか堪えると、今すぐにでも砕け散りそうな冷静さを押しとどめながらジーナに尋ねた。

「ジーナ・・・・!事件現場がどこか教えて!」
「フレスノ街にある空き家だよ。そこで、《死神》が入っていくのを見た人がいるって・・・・!」

まさか、目撃者までいるとは。考えうる限りの最悪の事態だ。
とにもかくにも、マヤはいても立ってもいられず、壁にかけていたコートを掴むと急いで外に走った。どうやら、ジーナがすでに馬車を呼んでくれていたようである。
馬車に乗り込むと、御者もタダごとではない雰囲気に物々しい声色で「どちらまで」と尋ねる。金を渡し、事件現場のあるフレスノ街までと伝えると、馬が空を劈くように嘶き急スピードで走り始めた。この日に限って、どうしてバンジークス卿の傍にいてやることができなかったのか。マヤは車内でただ後悔するばかりだ。

そして事件現場に到着したマヤとジーナは、眼前に広がる光景に思わず立ち尽くす。

「ボスっ!ボス!やだよ、どうしてこんなことに・・・・!」
「・・・・グレグソン刑事・・・・」

マヤとジーナが顔を出す頃、真っ白な布がかけられた遺体が丁度搬出されるところだった。ジーナが駆け寄る一方で、マヤは布をチラと捲る。そこには、間違いなく見知ったグレグソン刑事の顔があった。ただ、その顔色は彼女の知るものよりもずっと青白く変色しており、改めてグレグソン刑事の死を実感する。
思えば、グレグソン刑事にはいつも世話になっていた。9年前の事件が起きて、ヴォルテックス卿にバンジークス卿の助士を勧められてからというもの、グレグソン刑事はマヤの教育係として《倫敦警視庁スコットランドヤード》の仕事を余すことなく彼女に叩き込んだものだ。
まだグレグソン刑事に伝えきれていない言葉が沢山あった。彼の教えてくれたフィッシュアンドチップスの店のこと、あの時ベーカー街で泣いていたマヤを慰めてくれたこと、そして《倫敦警視庁スコットランドヤード》でいつもバンジークス卿とマヤを信じ、職務を全うしてくれたこと。それらに対して感謝の言葉を伝えるには、あまりにも遅すぎた。先程から後悔ばかりが彼女の胸に押し寄せる。

「・・・・許さない・・・・」

ふと、泣きながら呟くジーナの声には覚えがあった。憎しみに染まった者の声は、9年前の大雨の中、ずぶ濡れでへたりこんだ彼女と全く同じ色を孕んでいる。

「許さない!《死神》がボスを殺すなんて・・・・あんまりだよ!ボスは、《死神》のことを尊敬していたのに・・・・!」
「ちがうよ、ジーナ・・・・!バンジークス様は、犯人じゃない!」
「だって、目撃者もいたんだよ!?《死神》以外に誰がいるのよ!」

さきほど警視庁ヤードの人間から受けた報告によると、バンジークス卿は一発の銃声と共に、ここの空き家に入っていく姿を目撃されているそうだ。さらには、事件現場に残っていた拳銃は検事局及び警視庁ヤードの人間に支給されていたもので、マヤはバンジークス卿がその拳銃を『なくした』と言っていたことも覚えていた。つまり、端から見ればバンジークス卿は極めて怪しい立場に立たされているのだろう。
マヤの立つ傍で、他の警官たちも「やはり《死神》が・・・・」「身内に手をかけるとは・・・・」と落胆した声で噂している。だが、その一方でマヤは一種の悔しさすら覚える。

「(誰もバンジークス様を信じていない・・・・?バンジークス様が今までどれだけの重荷を背負ってきたか、警視庁ヤードの人なら分かっているはずなのに・・・・)」

生憎馬車で入れ違いになってしまったのか、バンジークス卿の姿は今この場には見当たらない。おそらく今頃、留置所へと護送されている途中なのだろう。彼が馬車に乗りながら何を考えているのか、マヤには大方の想像がつく。
それは、8年間助士としてバンジークス卿の傍にいたから分かるのではない。自分も、過去に“孤独”を味わったから分かるのだ。
今の状況で、確かにバンジークス卿の無実を信じる者はほとんどいないだろう。しかしだからこそ、彼女がすることはただ一つしかなかった。

「・・・・ジーナ、ごめん。この事件現場の捜査は、ジーナに任せるよ」
「!え・・・・」
「私、もう一度留置所に行ってこようと思う。バンジークス様に何があったのか・・・・自分で確かめなきゃ」

そう言って事件現場を後にしようとするマヤを、ジーナは「待って!」と止めた。

「マヤは、《死神》がやってないって・・・・本当に信じてるの?」
「うん。だって、バンジークス様は・・・・私を信じてくださったんだから。グレグソン刑事が、ジーナを信じていたように」
「!」

ジーナは目元を隠すように帽子を深く被る。それは、彼女が決まって何かの感情を押し殺すときの仕草だった。「・・・・わかった。アタシにまかせて」とジーナが小さく呟くのを聞いたマヤは、薄く微笑むと急いでその場を去る。外に出ると、少し冷え込んだ空気が胸いっぱいに広がり、マヤは深く息を吸ってからゆっくりと吐いた。
不思議と頭は冷静だった。ただ、マヤの胸には一つの確固とした覚悟が、波紋一つない穏やかな水面のように澄み渡っているばかりである。