the great ace attorney

ガーネットの時計

ヴォルテックス卿の待つ高等法院へと馬車を走らせたマヤは、彼の待つ執務室に入った途端目を丸くした。
「か。一真さん・・・・!」その声に、二人で何やら話し込んでいた亜双義とヴォルテックス卿は、揃ってマヤへと視線を向ける。マヤは亜双義に駆け寄ると、開口一番に「どこに行っていたんですか!」と心配そうに声をかけた。

「先日から、突然『用があるので少し留守にする』だなんて書き置きだけを残して・・・・!連絡もつかないし、トツゼンいなくなるなんて、また一真さんの身に何かあったのではないかと心配したんですよ!」
「・・・・そのことについては、すまなかった。だが、安心しろ。今しがた戻ってきたところだ」
「それよりも。大変なんです、一真さん!実はさきほど・・・・バンジークス様が・・・・!」
「・・・・話は聞いた。《死神》がタイホされたようだな」
「!」

マヤはその言葉に思わず戸惑う。亜双義の記憶が戻ってからというもの、どこかよそよそしい彼の態度にマヤは小さな違和感をずっと抱えていたのだが、今もまた胸のどこかに引っかかりを覚える。まるで、これから何が起きるのか亜双義一真は全て知っているような口振りだ。
そして、そんな二人の様子を見ていたヴォルテックス卿が「ちょうどいいところにきた。ミス・マヤ」と口を挟む。

「そなたにも、伝えておかねばならないだろう。明日・・・・《死神》の罪を問う裁判にて、このアソーギが検事を担当することになった」
「・・・・え。ええええええええっ!か。一真さんが・・・・検事を・・・・!?」

近々、倫敦ではヴォルテックス卿が満を持して《国際科学捜査大討論会シンポジウム》を開くことになっている。各国から司法界の重鎮が集まり、これから倫敦が歩む輝かしき科学の未来を、ヴォルテックス卿は全世界に知らしめようと考えているのだ。
しかし、そんな矢先に《死神》が殺人の容疑で捕まってしまうという事態が起きた。《死神》の名は大英帝国の外にも知れ渡っているため、流石のヴォルテックス卿も《国際科学捜査大討論会シンポジウム》を前にして下手な手は打てないのが現状である。身内が身内を裁くという絵は、科学捜査の最先端を謳う大英帝国にて、決して印象の良いものではない。そのため、検事を日本人である亜双義一真に任せようというのが今回のヴォルテックス卿の判断のようだ。

「で。でも・・・・一真さんは、検事ではなく従者で!弁護士で!私の幼馴染で・・・・!」
「・・・・最後の“幼馴染”は関係ないようだが」
「とにかく!明日の裁判で一真さんに白羽の矢を立てようなどと・・・・大英帝国の公平な精神に背くものではないかと!」

つまり、今回の亜双義一真を検事に仕立て上げるという計画は、完全な“責任転嫁”以外の何ものでもない。大英帝国の掲げる公平かつ寛容な精神に則り、見苦しくとも身内は身内で裁くことが正しいというのがマヤの主張である。
しかし、ヴォルテックス卿は「分かっていないのはそなたのようだ・・・・ミス・マヤ」と首を横に振る。

「身内が身内を裁く、か。それが本当に公平なことだと、そなたは思うかね?」
「え・・・・」
「科学や論理とは、常に客観性が重要視される。少しでも情に絆された裁判は、その時点で公平性を失うのだ。ましてや、《死神》の呪いに怯えるような軟弱者は・・・・もってのほかである」
「!」
「それに。これは私一人の判断ではない・・・・そこにいるミスター・アソーギも望んだことだ」
「か。一真さんが・・・・?」

マヤが亜双義に視線を向けると、亜双義は自分の腰に下げた名刀《狩魔》を取り出し、マヤに真っ直ぐ突きつけた。

「マヤ。これはオレの《覚悟》でもある。オレは、この10年間・・・・明日の裁判に立つためだけに、生きてきたのだ!」

亜双義の目に揺らぎは微塵も感じられない。どうやら、その言葉は一ミリも違わない彼自身の本心のようだ。マヤは亜双義のその言葉を聞くと、暫く考え込んでから「・・・・わかりました」と頷いた。

「では。私からも、ヴォルテックス卿に一つ提案させていただきたいことがあります」
「・・・・ほう。なんだね?」
「明日の裁判・・・・一真さんの助士として、私も法廷に立たせてください!」

その言葉に、今度は亜双義が驚く。ヴォルテックス卿は「ついに・・・・《死神》を見限ったか」と自身の手に持つ黄金の杖を持て余すように手の平で叩いた。

「いいえ、違います。私は、バンジークス様を信じているからこそ・・・・明日の裁判で法廷に立ちたいと存じます」
「ふむ。何やらそなたには考えがあるようだ。だが・・・・それは、難しいだろう」
「え」
「そなたも知っての通り。先週の“ごたつき”のせいで、《倫敦警視庁スコットランドヤード》は始末に追われている。・・・・おもに、監察医のあたりが」
「(先週・・・・コートニーさんが逮捕されたことかな・・・・)」
「そなたは、かつて我が右腕から監察医として育てられていた貴重な人物だ。よって、明日は《国際科学捜査大討論会シンポジウム》の準備と、監察医局の方を任せたい」
「で。でも!それでは・・・・バンジークス様の裁判は・・・・!」
「・・・・そなたは、ただの法務助士だ。《死神》の行方を気にする必要は、ない」
「!」

ヴォルテックス卿の威圧感のある目が、黄金の杖と共にマヤを睨む。マヤが思わず言葉に詰まっていると、それを見ていた亜双義が彼女に横から声をかけた。

「マヤ・・・・自分が何を言っているのか、分かっているのか。オレは、バンジークス卿に《有罪》の引導を渡す男だぞ」
「も。モチロン、わかっております。でも、バンジークス様はいつも私のことを信じて検察席に立ってくれました。だから、今度は私が・・・・バンジークス様のことを信じて、検察席に立ちたいだけなのです」
「・・・・・・ナットクがいかないな。それならば、なおさら。オレに検察席に立ってほしくないはずだが」
「私は、バンジークス様を信じています。でも、それと同じように・・・・一真さんのことも、信じているのです」
「!」
「一真さんは、決して真実から目を背ける人ではありません。だから、私は一真さんと一緒に・・・・あの大法廷の検察席で、全ての真相を見届けたいのです」

亜双義は目を見開く。幼い頃よりも幾分も大きくなったマヤだが、その目に映る燃えるような光はやはり、亜双義から見てもあの頃から変わらないままだ。
そんな彼女の瞳を見た亜双義は、自分の胸が思わず高揚すると共に高らかに笑う。

「・・・・・・・・ふ。あっはっはっはっ!変わらないな、マヤ!」

そのとき、マヤは初めて久しぶりに再開した亜双義が気持ち良く笑う姿を見た。そんな彼の表情に、マヤも少しだけ心が晴れやかになる。
そして、亜双義は笑い終えると、すぐさま真剣な表情でヴォルテックス卿に向き直った。

「閣下。これは、オレからの願いでもあります。明日の裁判で・・・・ミス・マヤをオレの法務助士として検察席に立たせてください」
「なんだと・・・・?」
「オレは知っています。明日の裁判・・・・弁護席に立つのは、成歩堂龍ノ介だと」

「え!龍ノ介さんが・・・・?」マヤは目を丸くする。今まで検事と弁護士として対立してきた成歩堂が、バンジークス卿の弁護を受け持つとは。・・・・だが、亜双義に言われてみると、確かにその可能性は大いに有り得るだろう。
そもそも、倫敦の司法関係者は《死神》の存在を極端に恐れている。さらには、明日の裁判では、今回の事件だけでなく“余罪”として《死神》の件が色々と問題になることもあるに違いない。そのような《死神》の弁護を受け持ちたい物好きな弁護人といえば、マヤにとっても思い当たる人物はただ一人だ。

「もしも明日の法廷に立つ人間が日本人のみしか許されないとしたら・・・・・・・・ミス・マヤも立派な日本人です!」

亜双義は自分の胸に拳を当て、ハッキリとそう宣言した。そんな亜双義に背中を押されるように、マヤも「それに!」とヴォルテックス卿に嘆願する。

「《国際科学捜査大討論会シンポジウム》の準備は、今日の捜査と並行して必ず終えておきます!あと、監察医の件は・・・・私よりも適任がいるかと!」
「適任、だと?それは誰のことだ」
「マリア・グーロイネ・・・・ドクター・グーロイネです!彼女は、私よりもずっと長い間ドクター・シスの解剖を眺めてきたはず。彼女なら、監察医局を任せても問題はありません!」

ヴォルテックス卿は静かに目を閉じて考え込む。マヤが「お願いします!」と頭を下げると、暫くしてから「・・・・いいだろう」と静かな執務室に重苦しい声が響いた。

「ミス・マヤよ」
「は。はいっ!」
「・・・・・・そなたの働き、存分に期待している。明日の裁判では、唯一英国の司法に関係するそなたが今後の倫敦の未来を決定づけると言っても過言ではない」
「・・・・は、はい」
「・・・・くれぐれも、目を光らせておくことだ。異国の人間は、少々荒っぽいところもあるようだからな」

そう言い残して、ヴォルテックス卿は次の会議へと向かっていった。マヤが未だドキドキする胸を撫で下ろすと、亜双義がマヤの肩に手を置いた。

「ということだ。明日はよろしく頼む、マヤ」
「あの、一真さん・・・・ありがとうございます。まさか、一真さんが私の肩を持ってくれるなんて・・・・」

亜双義からしてみれば、マヤは彼の仇であるバンジークス卿の法務助士だ。いくら幼馴染と言えども、亜双義からは自分も敵意の対象なのかもしれないと、マヤはここ数日で思うようになっていた。

「“信義誠実”・・・・その言葉を、オマエが今でも大切にしてくれていると、あの馬車の中で知ったとき。オレは、とても嬉しかった」
「!一真さん・・・・」
「時間の流れは、ときに人を変える。・・・・だが、変わらないものも確かにあるのだと、オマエが教えてくれたのだ。マヤ」

亜双義は、もう一度名刀《狩魔》を手に取った。彼の頭の中に思い浮かぶのは、自分の覚悟と信念。そして、大切な友との記憶である。

「・・・・だが。オレは、やはり決定的な証拠でもないかぎり、バンジークス卿が犯人だと信じている。ヤツが全ての元凶であり、《死神》だ。オマエも検察席に立つならば・・・・その覚悟は、しておく必要があるだろう」
「ええ。わかっています。私だって、真実から逃げるつもりはありませんから」

亜双義はフ、と笑う。そして懐かしむように、マヤの頬をおもむろに引っ張ってみた。

「!?な。なにを・・・・!はふははんっ!」
「はは。いや、すまない。少し昔が懐かしくなってな。オマエのマヌケな顔を思い出していた」
「・・・・それって、ものすごくバカにされてるような・・・・」

手を離された自身の頬を擦るマヤは、そのとき確かにどこか寂しげに笑う亜双義の顔を見る。

「(一真さん・・・・やっぱり、私に何か隠しているような・・・・)」

その表情が何を意味するのか、彼女にはまだ分からない。だが、明日の法廷では未だかつてない展開が予想されることは確かだ。たとえ、どんなに苦しい状況になろうとも・・・・自分だけは、亜双義とバンジークス卿を信じてやらねばならないと、マヤは固く胸に誓うのだった。