だが、その弁護に使われた証拠は、真っ赤な嘘であると断言できる。
「待ってください。そんな証拠・・・・私たちが現場を調べた際には、発見されなかったはずです!」
自分にもバンジークス卿の助士として仕事をしている誇りがある。事件現場である《
「おやおや・・・・うら若きお嬢さん。間違いは誰にだってあるものです。仕事における見落としの一つや二つ、私も若い頃ならばしてしまうこともよくありましたからねえ。」
「・・・・・・・・!」
「たとえあの《死神》の助士だろうと、ワタシはそんなあなたの未来を憂いて許してあげたい。・・・・そう思うのですよ」
被告人のコゼニー・メグンダルの名を、倫敦の裏社会において知らない者はいない。表向きは多額の金を公共に寄付し、市民から絶対的な信頼を得ているが、裏ではありえないほどの高利で金を貸し付け、債務者から何もかもを奪っていく・・・・コゼニー・メグンダルは、まさしく倫敦の闇そのものだった。
また、高利貸しで得た莫大な財産を担保に裏取引にも精を出しており、今回の事件もその背景として起こったものであると考えられる。
「そんな言い訳・・・・!」マヤは諦めず食い下がろうとする。しかし、それを遮るように、バンジークス卿が強く机を叩いた。その矛先は、コゼニー・メグンダルではなく弁護士に向けられていた。
「・・・・ここで、弁護人に問おう。この証人が言っていることが、正しいかどうか」
「!」
息を呑む極東の弁護士。マヤは先程から目が泳いでばかりいる彼の姿を見て悔しげに目を伏せる。
「(認めるわけがない。例え不正な証拠だったとしても、自分たちに不利な発言なんて)」
当たり前だが、弁護士は依頼人を無罪にすることが仕事である。逆に、例えどんな不正があったとしても、無罪のためならばどんな手も尽くすはずなのだ。それが、マヤの知る弁護士という存在だった。
「・・・・確かに、ぼくの記憶にもこのような血痕は無かったと思います」
「!・・・・え」
「何だと、キサマッ!それでも私の弁護士か!」
「・・・・・・なるほど、弁護人は真実から目を背ける気はないようだ」
だが、その考えが覆された時、マヤは思わず目を見張った。バンジークス卿も、少しだけ考え込むように目を閉じる。
その時マヤは、成歩堂龍ノ介の後ろに、はっきりと懐かしい友の影を見た。
『いいか、マヤ。オマエが倫敦に帰っても、オレは必ずお前に会いに行く。そして、日本の司法をこの手で変えてみせる!』
『・・・・では。私はそんな一真さんを倫敦から応援しています』
『約束だ。必ずまた会おう』
『・・・・・・・・はい!』
マヤは「一真さん、」と小さく呟く。目の前の弁護士は、あの友ではない。なのに、どうしてこんなに胸が騒ぐのだろうか。
マヤはその時、大法廷に広がる謎の熱気に震えずにはいられなかった。倫敦の未来が変わるかもしれない。その予感を手にしながら。
それでも。倫敦に蔓延る闇は、外から差し込んだ一筋の光すらも完全な闇の底へと葬り去ってしまう。
コゼニー・メグンダルの審理は終わった。彼によってねつ造された証拠は、ねつ造という事実が認められないまま、コゼニー・メグンダルは無罪となったのだった。
「バンジークス様っ!」
控え室で目を閉じ、何かを考えていたバンジークス卿は、慌てて走ってきたマヤに「どうした」と尋ねる。
「あの、大変です!とっても大変なのです!緊急事態です!非常事態です!非日常ですっ!」
「・・・・だから何が、と聞いている」
髪が乱れるのも構わず、大法廷の中を指差すマヤとは裏腹に、バンジークス卿は極めて落ち着いた態度だった。
「大法廷が・・・・《
「!・・・・・・・・何だと」
係官たちが「早く!早く法廷の外に避難しろ!」と叫ぶ声が聞こえてくる。バンジークス卿は、逃げるために彼の手を掴もうとしたマヤを余所に、大法廷への扉を開ける。
「・・・・・・・・!」
「!バンジークス様、あれを見てください!」
マヤの指さした先には、轟々と燃える《
係官たちが救出しようとしても、大きく燃え上がった炎に遮られ、馬車の前にたどり着くことすらできない。やがて、馬車の中の人間が扉を叩くことをやめたとき、マヤは思わずゾッとした。無理もない、人間の“死”の瞬間を垣間見たのだ。
「・・・・《死神》だ」
消化作業が始まり、火がやっと鎮火したのはその日の夜だった。真っ黒に燃え焦げ、原型を留めない《
「・・・・・・マヤよ、帰るぞ」
「は。はい」
《死神》の立つ法廷に“いけにえ”として選ばれた被告人は、必ず死ぬ。
倫敦ではバンジークス卿が《死神》として被告人に手を下しているという噂がまことしやかに囁かれていることがある。例え彼にどのようなアリバイがあろうとも、裏ではそのように考えている人間が少なくないのだ。
だが、マヤはこの8年間、バンジークス卿の助士として働くことで気づいていた。決して、バンジークス卿が人を殺めているわけではないのだと。
だが、それにしても、あまりに不可解すぎる。なぜバンジークス卿の立つ法廷の被告人たちは、皆一様に非業の死を遂げてしまうのか。その理由を考えようとしたとき、ある一つの最悪の考えが彼女の中に浮かんだが、それは到底考えてはいけないことだと思い、思考の底に埋めることにした。