the great ace attorney

Faith will move mountains.

翌日の審理にて、グレグソン刑事を殺した真犯人は、無事成歩堂と亜双義たちの追求によって明らかになった。だが、マヤは未だにどこか晴れない気持ちで法廷を眺めてるばかりだ。
その理由は、亜双義が改めて《死神》の黒幕としてバロック・バンジークス卿を告発したことにあるのではない。厳密に言えば、この法廷を取り巻く異様な熱気にある。
これから先、一体どのような展開が繰り広げられるのか。幾重にも重なった倫敦の闇を払うことは、そう容易でないことだけは確かだ。
思えば、マヤの父親は、ある意味この倫敦を取り巻く闇に殺されたと言っても過言ではない。父が拭えなかった闇を、果たして自分が拭うことができるのか・・・・マヤはそこまで考えて、やめた。

「(いや。できるかできないかじゃない。・・・・ここで、必ず。終わらせないといけないんだ)」

今現在、大英帝国の司法はかつてない分かれ道に立たされているといっても良い。
《死神》の黒幕・・・・つまり、10年前に亜双義玄真が葬られることになった真相を追求する上で、とうとうハート・ヴォルテックス卿の名前が法廷に浮上した。それは、亜双義玄真とクリムト・バンジークスによる文字通り命懸けの告発だったのだ。事実、亜双義玄真を死に追いやったのは彼と共にいた慈獄政士郎なのだが、ヴォルテックス卿は《死神》の黒幕は自分だと認めた上で、自分は殺人に手を染めていないことから、このことは“極秘”にしてほしいと傍聴席に言い聞かせた。これは、倫敦の秩序を守るための必要悪であると。大悪人に立ち向かうためには、少なからず闇が必要であると。それが、ハート・ヴォルテックス卿の言い分だったのだ。
マヤとて、その闇に身を落としそうになったことは何度かあった。大悪人を裁くためには、今の司法はあまりにも不完全であると、そう思ったことがあるのも事実。そのせいか、傍聴席にいる司法関係者たちもヴォルテックス卿の言葉に黙って首を縦に振る者たちばかりだ。
だが、彼女は知っている。その闇に身を投じることで・・・・あまりにも沢山の人々の情熱が犠牲になってきたことを。大英帝国の未来を信じ、意志を受け継ぐ者たちの未来を信じ、自らの手を汚してきた者たちは・・・・結局、最後は黒幕によって利用されるだけ利用されて捨てられるのだろう。
マヤは閉じていた目をしっかりと開くと・・・・ヴォルテックス卿に沸く傍聴席を静まらせるように「待った!」と鶴の一声を発した。

「一つ、よろしいでしょうか・・・・ヴォルテックス閣下」
「・・・・なんだろうか。ミス・マヤ。法務助士であるそなたに、発言など許した覚えはないが?」

そう睨むヴォルテックス卿だが、マヤは臆することなく「そういうワケにはいきません」と首を横に振る。

「自分は殺人の件とは何も関係がない・・・・あなたは、そう言いましたね」
「無論だ。私は、亜双義玄真の件とも・・・・そして、トバイアス・グレグソンとの件も何ら関係はない!」

彼女の隣に立つ亜双義が「マヤ、オマエ・・・・」と心配そうに見やるが、マヤは亜双義に向かってニコリと微笑むと、ヴォルテックス卿に真っ直ぐ人差し指をつきつけ、証拠品を叩きつけた。

「ですが。その主張は・・・・この証拠品とムジュンしています!」
「ムジュン、だと・・・・?」

それは、彼女が先日《線条痕》を調べた拳銃と一発の弾丸だった。
「マヤさん!それは・・・・?」弁護席で驚く成歩堂と寿沙都に、マヤは今しがた彼女が取り出した拳銃と弾丸について説明する。

「これは、ヴォルテックス卿・・・・あなたの拳銃と、9年前に《死神》によって殺されたオトコ・・・・その体内から嫡出された弾丸です。弾丸は、グレグソン刑事から・・・・とある女性に渡されたモノです」
「私の、拳銃だと?キサマ・・・・法務助士のくせに司法長官の私物を勝手に盗むなど、司法に対する侮辱である!」
「盗んだなどと、人聞きの悪い。私は・・・・ただ、この事件にて行われた司法関係者の“支給品調査”を手伝っただけです」
「な。なんだと・・・・!」

グレグソン刑事殺害の事件で、現場に転がっていた拳銃は司法関係者のみに支給されたものだということが判明した。被告人であるバンジークス卿が拳銃を『なくした』と事前に証言していたことも含めて、《倫敦警視庁スコットランドヤード》では今一度、司法関係者に支給された拳銃の現物を各自持っているかどうか調査することが命じられたのだ。その過程で一時的に預かっていたヴォルテックス卿の拳銃を拝借しただけだと、マヤは述べる。これには成歩堂も「マヤさん・・・・案外ダイタンですね」と驚くばかり。

「私が独自に調査した結果・・・・9年前にとあるオトコを殺害した弾丸は、あなたの拳銃から発砲されたということが分かりました。ヴォルテックス卿」

「な。なんだと・・・・!それは、本当か!マヤ!」手に持っていたグラスを思わず背後に放り投げたバンジークス卿に、マヤは「はい。弾丸と拳銃の《線条痕》が、ピッタリと一致しました」と頷く。すると、それを聞いていたヴォルテックス卿がこめかみから冷や汗を一筋流しながら、「《線条痕》だと・・・・?」と眉根をつり上げる。

「・・・・世迷言もタイガイにしてもらおうか、ミス・マヤ。《線条痕》など・・・・何の証拠能力もない!」

「そ。そうなんですか!マヤさん!」寿沙都から《線条痕》についての説明を受けた成歩堂も、ヴォルテックス卿を捕まえるチャンスと見たのか必死に食いつく。亜双義とバンジークス卿も、神妙な面持ちで成り行きを眺めていた。

「はい。たしかに・・・・閣下の言う通り、これだけで告発はできません。また、大英帝国では《線条痕》は正式な鑑識技術として認められていないので・・・・証拠にならないことは、事実です」
「苦し紛れになにを投げつけてくるかと思えば・・・・そなたも、よほど頭に血がのぼっているようだ。独自に調査した《線条痕》だと・・・・?そのようなもの。誰が信じるというのだ!」
「たしかに、その通りです。・・・・ですが。それも、“今だけ”のハナシです」
「!」
「ドクター・シス・・・・彼女は、監察医局長として大英帝国に新たな鑑識技術をもたらすため。いくつかの技術革新を行う予定だったと聞いています。その一つが“指紋”・・・・そして、もう一つが“線条痕”です」

マヤは両手で机を叩くと、曇りなき眼でヴォルテックス卿を睨みつけた。

「今は、あなたを訴えることはできません。ですが、いずれ・・・・これらの証拠が科学的に認められるときがきます。それが、あなたのタイムリミットです・・・・ヴォルテックス首席判事!」
「ぐ、ぬぬぬぬぬう・・・・!」
「あなたは、自身の地位を築くべく利用してきた“科学”に真実を暴かれるのです。あなたの“駒”として・・・・それでも、倫敦の未来を信じて情熱を注ぎ続けた、一人の“監察医”と“刑事”の努力によって!」

その言葉に、証言台に立っていたマリア・グーロイネがハッとしたように顔を上げた。その一方で、ヴォルテックス卿は思わず拳で机を殴りつけると、吐き捨てるように言う。

「そのような“科学”・・・・認められぬッ!」
「・・・・なんですって・・・・」
「そもそも。私の拳銃から発砲した証拠があったとして、それを私が撃ったかどうかは分からぬ!まさか、たったそれだけの立証もできない法務助士ごときが・・・・この私にサツジンの罪をなすりつけようとはな」
「!う。ううう・・・・・・・・
(ダメだ!このままじゃ、ヴォルテックス卿に逃げられてしまう・・・・!)」

ヴォルテックス卿の言うことは最もだ。だが、自分が《死神》の黒幕だと発言したヴォルテックス卿が、昨夜の賊たちをけしかけてきたとあれば、彼がマヤの持つ証拠品を何としても奪いたいのも事実のはず。9年前に《死神》によって殺されたオトコは・・・・十中八九ヴォルテックス卿によって殺害されたに違いない。
だが、今の時点でこれ以上の追求はできない。亜双義と成歩堂が、マヤの代わりにいくつか異議を唱えるものの、全て却下された挙句封じられてしまうのが関の山だった。

「(ど。どうすれば・・・・あと少し、時間さえあったら・・・・!)」

実は、マヤにとって最後の頼みの綱が無いわけではない。だが、この法廷の様子を見るに・・・・その“頼みの綱”も間に合うことがなく、審理が終了しそうな様子だ。
そして、諦めかけた瞬間。マヤの背後から、ふと聞きなれた声が降ってきた。

『助士クン、キミらしくないじゃないか。こんなときは・・・・イッパツ、渾身のビンタでもお見舞いしてやるがいいさ!』
「ほ。ホームズさんっ!」

振り返ると、そこにはあのシャーロック・ホームズが立っている。いや、本人がその場にいるわけではない。まるで幻影のようなホームズの映像と音声だけが、マヤの背後に立っているかのように投影されている。これには、法廷の誰もが目を剥くばかりである。ホームズは証言台や弁護席で瞬時に消えたり現れたりと、まるで普段の彼のような神出鬼没ぶりを披露すると、マヤにこんなことを言い出した。

『さて。ミス・マヤ・・・・ここで、キミには改めて礼を言う必要があるだろう』
「な。なんですか?」
『いやあ。なぜ、貴族の人々が紋章にこだわるのか・・・・ボクは、改めて気付かされたよ。これほどにベンリな“身分証明”は、なかなかないからね』
『ホームズくん!お待たせなの!』
「あ。アイリスちゃん・・・・!」

大探偵の名は伊達ではない。ホームズたちの話によると、彼らは今とある“庭”にお邪魔しているそうだ。その“庭”とは、まさしくこの大英帝国を治める女王陛下の“庭”のことであり、これには法廷にいる誰もが声も枯らさんばかりに驚きの声をあげることしかできない。
そんななか、マヤはアイリスの胸元に、あの金細工のブローチがキラリと光っているのを見た。あのブローチの裏に刻まれた王冠クラウンとBの紋章。それこそは、まさしくクリムト・バンジークスの奥方の家系・・・・由緒正しき《バスカビル》の紋章だった。
どうやら、ホームズには全てお見通しだったらしい。マヤにブローチを貸してくれるよう頼み込んだのも、前もって女王陛下に謁見を願う際、門前払いされないように“身分証明”を用意しておく必要があったというわけだ。
だが、あまりの展開に、マヤはもはや理解が追いつかない。すると、今度は法廷の扉が突然開け放たれた。

「マヤ!間に合ったよ!」
「ジーナ!」
「ど。どいつもこいつも・・・・!これは、《極秘裁判》なのだ!くだらぬ探偵も、くだらぬスリも・・・・倫敦の司法を愚弄している!」

慌てて飛び入りしてきたのはジーナだった。
彼女は「バカにしているのは、どっちよ!」と憤慨した様子で叫ぶと、自分を見つめるマヤに向かって心強い笑みを浮かべる。それから、グレグソン刑事の手帳を片手に力強く敬礼した。

「ジーナ・レストレード!《倫敦警視庁スコットランドヤード》の警部として・・・・ここに、報告します!昨夜、マヤ・ポーロックを襲撃した賊たちが・・・・《死神》の黒幕であるヴォルテックス卿の命令で動いていたこと。そして・・・・9年前の事件でも、ヴォルテックス卿の命令で遺体をテムズ川に捨てたこと。これら二つを、先ほど認めました!」
「な。なんだとおおおおおお・・・・っ!」

昨夜、ホームズたちと共に捕らえた賊をイースト・エンドに連れていったマヤたちは、そこでジーナとスリの少年少女たちに一つの“お願い”をしていた。それこそが、賊たちの中に9年前の《死神》に関わった者がいないかどうか取り調べしてほしい、という内容だ。
どうやら、彼らは実に上手くコトを運んでくれた様子。マヤが思わず「ジーナ・・・・ありがとう・・・・!」と声を震わせると、ジーナは「へへ。このぐらい、楽勝だよね。なんたって・・・・ボスの魂を受け継いだ、レストレード警部とトビー警部補なのよ!」と自慢げに胸を張った。

『うん。どうやら・・・・完全に逃げ場はなくなったみたいだね、ハート・ヴォルテックス首席判事』
『じゃあ!最後に・・・・これが大英帝国王室からの、ありがたーい“お言葉”なの!』

そう言って一つの文書を取り出したホームズとアイリスによって、ヴォルテックス卿には彼の持つ全権限の剥奪と抹消が大英帝国王室から命じられることとなる。
倫敦に闇は必要ない。大英帝国の女王陛下がそう認めてくれたことに、マヤは湧き上がる想いを抑えずにはいられなかった。

「(やはり・・・・“信義誠実”は正しかったんですね。父上、玄真様・・・・!)」

何度も迷いそうになることはあったが、この10年間ずっと忘れずに信じてきた父とその友の想い。彼らがこの場にいたら、一体全体マヤに何て言葉をかけるだろうか。
すると、そんなマヤの肩を亜双義が力強く叩く。

「・・・・一真さん・・・・」
「・・・・オレの父上も、オマエの父上も。きっと今頃、オレたちと同じ思いでいてくれるハズだ」
「・・・・はい!」

その日。大英帝国の司法はかつてない分かれ道に立たされた。だが、彼らの選択した道はきっと・・・・光ある未来をもたらすものになるだろう。その予感を手にしながら、マヤは大法廷に打ち上がる7つの花火をいつまでも眺めているのだった。