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「…ん、」
『寝てたのか?』
「…ん」
『悪い。今すぐ米花水族館に来てくれ」
「……ん?」
『中で待ってる』


うたた寝をしていたのもあってまだボーッとしていたのだが、降谷からの " 水族館 " という言葉で一気に目が覚めた。どういう事か聞こうにも電話はもう既に切れてしまっている。とりあえず急ぐか。


「着いたけど、今どこ?」
『クラゲ』
「分かった」


入り口で貰ったパンフレットで位置を確認し降谷の元へ向かうと、すれ違う人たちが恋人達が多い事に気付き私が呼ばれた理由が分かる。そして、憐れみの眼差しを向けられ居心地が悪そうにしている降谷を見つけた。


「透。遅くなってごめんね」
「大丈夫だよ」


周りにも聞こえるように少し大きめの声で話しかけると、デートスポットに男一人でいる訳がないと言いたげな声が聞こえてくる。中には一人で来る人もいるだろうが、休日なのもあって今日は男女二人が多いのだ。


「今日は探偵じゃなかったの?」
「尾行中」
「……なるほど」


降谷が目で合図した先にいるのは公共の場だというのにベタベタしている男女で、すぐに浮気調査中だと分かる。色とりどりの照明と暗い館内が相まってとても幻想的な空間で思わず胸が熱くなる。


「綺麗」
「藍もな」
「そういうの要らないから」
「なんで?」
「求めてないの」
「へえ」
「信じてないでしょ」
「ほら、行くぞ」


ごく自然に、本当に自然に繋がれた手に不覚にもドキッとしてしまう。私の手を引き歩く降谷の背中に胸が高鳴るのも全部この暗がりと幻想的な照明の所為に違いない。


「どうした」
「ううん、なんでもない。行こ」


対象者を見失わないよう適度な距離を保ちつつ、私達も本物の恋人同士のように他愛もない話しをしながら楽しんでいた。


「あ、このペン!」
「欲しいのか?」
「前に松田と来たときに記念にってお互いに買ったんだよね。色違いにしようって話してたのに、直前でピンクの方完売して結局お揃いになったんだよね」
「は?松田と?」
「うん」
「二人で?」
「うん」
「何で二人で行ったんだよ」
「覚えてないの?」
「お前ら付き合ってたのか?」
「何でそうなるの」


あれは萩くんが亡くなる少し前、アプローチしていた子とのデートの直前に振られた傷心の松田とたまたま駅で会ったのだ。


『今度の日曜ってさ、空いてたりする?』
『空いてるけど』
『マジ!?ラッキー!俺とさ水族館行かない?』
『なんで?』
『アイツら傷心の俺を誰も慰めてくんねえの。チケット用意しちまってるし。勿体ねえじゃん?だからさ、藍ちゃん、俺を慰めて』


そもそもあの時、彼らが一緒に行っていれば二人で行くことは無かったのだ。


「思い出しました?」
「ああ。確かに、言われたな。水族館に行こうと」
「アイツらは薄情者だって嘆いてたよ」
「それが何の記念に?」
「傷心記念と久しぶりの再会記念」
「じゃあ、今日はデート記念だな」


さっきまではあんなにピリピリした空気を纏っていたのに、今はもう機嫌が良く見える。嬉しそうにしている横顔を見ながらふと、松田に言われた事を思い出した。


『ゼロのこと、頼んだ』
『なんで私?』
『俺はお似合いだと思うからさ、ゼロと藍ちゃん』
『どういう意味?』
『んーー?そのうち分かるんじゃん?』


ごめん、松田。すっかり忘れてたよ。次はみんなで同期会だって言ってたのに、ね。


「藍?」
「ね、ペン買お」
「は?」
「透はこっちで、私はこっち」
「……せめてこっちにしないか?」
「ダメ。デート記念なんでしょう?」


渋々了承して購入してきたのは、可愛いイルカが付いているボールペンだった。