筵山麓付近から衝撃音が聞こえてきたのは突然の出来事だった。

「!」
「すっごい音」
「筵山麓の方だな」
「……襲撃されてる…」
「ナニ!?」
「二人が危ない」
「分かった。俺は上に報告してくる。お前らは此処で待機だ、いいな。特に藍!お前は絶対に校内から出るな」

慌ただしく教室を出て行った夜蛾の気配が消えるまで言われた通り大人しく自席に座っていた藍だが、気配が遠ざかった瞬間席を立つ。何をするのか予想も付かない硝子はスタスタと窓に向かって歩く藍の背中を眺めていたのだが、窓から顔を出して何かを確認している様子に血の気が引いていく。

「ねえ、まさかとは思うけどあんた今から何しようとしてる?」
「ん?」
「可愛く首を傾げてもダメ。正気?ここ何階だと思ってんの」
「先生には私は大丈夫だからゴメンナサイって伝えといて!じゃ!」
「ちょ、藍!?」

硝子の制止を振り切った藍は開いていた窓から飛び降りた。藍を護る四神の一人 "琥珀こはく" が落ちてくる主を受け止める。そして、藍を受け止めた青年は手品の様に白虎の姿へ変わり、藍を乗せて襲撃者が居るであろう筵山麓へと走っていった。一部始終を見ていた硝子は自分は何も見ていない、知らないと自身に言い聞かせていた。

校舎を飛び出して数分後、藍は襲撃現場に到着し止まることなく溢れ出している血の海の真ん中にいる五条悟を見つけた。

「……酷い、こんな…っ」
[藍様。既にこの場を離れたようで、周辺には誰も居りません]
「………そう」
[夏油傑は対象者を連れて天元のところに向かったよ。んで、コイツは死んだのか?]
菫蒼きんせい、言葉を慎みなさい]
[この量だものあおちゃんがそう言いたくなるのも分かるわ。けど、彼は死んでないわよ。藍様、彼に正気をほんの少しお与え下さいまし]

ほんの僅かではあるが藍も五条から気の流れを感じていた。透視能力を持つ天狐てんこもこの流れが視えているのであろう。横たわったままの五条の心臓部に手を翳し、深呼吸をする。翳した掌に意識を集中させたまま藍は自分の正気を少しだけ流し込んだ。

「これって」
[恐らく反転術式だと思います。少々…いや、かなり粗っぽいですけど]
「あ、」
「………」
「分かる?」
「……にした」
「?」
「な、にした」
「なにも?視てただけ」
「……んなわけねーよなぁ?あ?」
[黙って聞いてればオマエなァ、なんっつー口の利き方してんだよ!]
[蒼ちゃん、貴方もよ]
「あ"?誰だ?コイツら」
「この子達の事より!追わなくていいの?五条くんをこんな目に遭わせた人」
「…チッ」

五条は盛大に舌打ちをし、気怠そうに立ち上がる。自分を襲った人の気配を探っているのだろう。そして、分かったはずだ。既にこの高専内から撤退している、と。体をボキボキ鳴らしたと思えば、瞬間移動でもしたのかと目を疑いたくなる程の速さで五条は襲撃者が居るであろう場所へと向かったのだった。

「……反転術式って、あそこまで治るの?」
[正の力には肉体を回復させる力もありますので]
「それにしても様子違くなかった?」
[恐らく自身のエネルギーが強すぎるが故、ハイ状態になられているのかと」
「あの状態で行かせて色々と大丈夫なのかな」
[多少の無茶は有るかもしれませんが、問題無いかと。藍様が思ってる以上に御強い方ですから]

その後、薨星宮本殿内で瀕死状態になっていた夏油は家入の反転術式によって回復し、先に盤星教の本部に向かった五条を追った。そして、彼らが戻ったきたのは日が暮れる少し前のことだった。

「……オイ、紫藤」
「なに?」
「ちょっと来い」
「なんで」
「いいから来い」
「ちょっと!本当なに?」

たまたま通った廊下で治療帰りであろう五条に出会した。藍の顔を見るなり、半ば強引に藍の腕を引き目に入った空き教室に押し込まれる。拉致する前に用件を言え!と文句でも言ってやろうと顔を上がると、五条はいつも掛けているサングラスを外し透き通った水のような色の瞳が藍を見つめていた。

「な、に」
「………お前何者?」
「は?」
「呪力が無いのに何で反転術式が使えんだよ」
「自分であの術をやったの覚えてないの?私は何もしてないよ」
「しらを切るつもりかよ」
「だから、アレは君自身がやったの私じゃない」
「あ"?じゃあアイツらは何だったんだよ!」
「アイツらって?」
「お前の周りに居ただろ。人間でも呪霊でもない。式神か?」
「意識が朦朧としてたから見間違えたんじゃないの?私以外居なかったよ」
「あ"ぁ?」
「今、その眼で視えてるんでしょ?私に呪力が無いってこと」
「呪力"は"な」

−まだ、話してはいけない。まだ、その時では無い。

ここ最近頻繁に見る夢の中で誰かが藍に繰り返し言う言葉だ。恐らく藍の潜在意識の中にいる巫女神からのメッセージだろう。だから今、此処で五条にバレるわけにはいかないのだ。どう掻い潜ろうか考えながら受け答えしていると、不意に五条を探す夏油の声が聞こえ、藍は逃げるように空き教室を出たのだった。