わたしをゆるさないで


 出会いというものは、とても想像のつかないところで起きるものである。

 私、ことメアリーは、殺したいものを殺し尽くし、海賊やなにやらに賄賂を受けとる腐りきった海軍などを殺したり、殺戮と強盗などをする海賊たちを皆殺しにし、それ以外は、腐ったものを殺す、いわゆる殺し屋そして、両親から教わった薬の調合の技術を元にし、薬師としても生活を送っていた。
 珀鉛病の後遺症か、髪の毛が何度染めても翌日には真っ白に戻ってしまうので染めるのは諦め、賞金稼ぎをいい人間だったら生きたまま帰し、悪い人間だったら殺す。
 人間の区別の善し悪しなんてそんなもので、私はそうやって生きてきた。


 人間とは疲れるもので、もう随分長い時がたったために、私は飽きてきてしまっていた。生きることに。
 ずっとずっと、フレバンスのことを思い殺してきた。その時は充実した日々だった。国家間の争いもわざと起こさせ、自分で手を下さずに共倒れさせた時もあった。醜く争い合う両国。最後には私がどちらの国の王様も殺すのだけど、それでもやらなくては行けない。許せない。その気持ちが私を働かせていた。
 でも、それが早くも終わってしまった。フレバンスの時と比べれば長い長い時間がかかった。けれど、完全なる復讐を果たすことが出来た。
 その時私は歓喜した。やっと終わったのだと。やっと、私は、メアリーはやり遂げたのだと。
 けれど、その途端困ってしまったのだ。私はこれからどうすべきなのかな、と。
 つまりは完全燃焼状態に入り、めんどうくさくなったのだ。そして私は、そうだ!ローに会おう!!とふと思いついた。
 今まで広い海のせいで出会えなかったけど、出会える可能性がある場所がある。そう、それはパンクハザード。ローが世界の歯車を壊す場所。
 きっと、私のことも同じように壊してくれる!
 同じように殺してくれる!
 そう考えて、思いついた時、私は喜んだ。だって、どんなに長い間合わなくとも、私にとっては愛おしい、大切な人であり、幼馴染であり、家族であり、唯一私の断罪ができる人なんだから。
 そんな私のでんでん虫に、運命と言うべきなのか、それとも偶然か、狙ってきたようにピンク色のフラミンゴから依頼を受けた。

 『トラファルガー・ローを生きたままドレスローザに連れてきて欲しい』

 その依頼に私は快く同意した。
 きっと私はドフラミンゴに会った瞬間、彼を殺そうとするけれど、それとは別で、私はローに会いたかったのだから。つまりは利害の一致。
 新世界まではヴェルゴというドフラミンゴが海軍へ隠密行動させていたコマが一緒に言ってくれるらしい。それだけ聞いただけでヴェルゴという男を殺したくなるが、私はそれを我慢した。
 だって、それで私がローに会えなくなるなんて、とっても困るから。

  ☩❉☩❉

 「初めましてヴェルゴ!私はメアリーです!!ローのところまで一緒にお願いしますね」

 元気よく挨拶をすれば、ヴェルゴは眉間に皺を寄せた。けれど、頬に着いたスプーンの方が気になって、背の高い彼にあのー?と、また声をかければ、「ヴェルゴさんだ」と、なぜかさん付けを強要された。

 「一時的に仕事をするからと言って、目上の人間にさんも付けないやつは好かんのでな。自分の立場を考えろ」
 「んー、確かに、私の場合はあなた方は依頼人で、私はそれを請け負った人間。さんをつけるのは癪に触りますが、そういうことでしたらつけましょうヴェルゴさん」

 それに、この人は堅物そうなので、絶対に無視して呼び捨てしたらまた面倒くさいことになる気がする。そう思い、嫌々ながらもというのを前面に出し、満面の笑みでさん付けで呼べば、それでいいのか、頷かれた。少しは顔色をかえてもいいだろうに。腐れ海賊が。
 そんなことを心の中で思いつつ、私は彼について行く。
 パンクハザード。青雉と赤犬が戦ったとされる場所。シーザークラウンの実験により滅びた島。
 そして、今はそのいかれ科学者の研究所。
 無機質な、紫色のソファが3つ並び、机がひとつ。それに奥にはバーのような所と、数は少ないが専門書の揃った本棚。
 暇な私はぼうっと十字架をいじりながら、シーザークラウンという糞下水野郎に研究の自慢をされ、わー、凄い(頭がいかれておかしくなってる傑作)ですね〜!と会話を合わせていた。おだてられると付け上がるらしいこいつには、ある程度話を合わせて下手に間違えて殺さないように気をつけなけなければ。そう思って過ごしていれば、ローを連れてくるといったヴェルゴさんとモネという女が戻ってきた。
 血みどろの彼を連れて。
 反射的に酸性の成分を付与した銃弾を放てば、片手で弾かれ、研究室の壁に弾ける。ジュワッと音を出しながら、溶けだしたそれを見て、機嫌よくしていたシーザーが慌てて悲鳴をあげるが、そんなことよりもだ。

 「ヴェルゴさーんなんでローってそんなにぼろぼろなの?
 わたし、貴方の上司にローを連れて来いって言われてるんだよ?
 生きた状態で。
 なのに何してくれてるの?
 迎えに行くのって半殺しにしに行くって意味だったのかな?
 ねえ、ねえねえねえねえねえ、答えてくれるかなぁ?」
 「こいつが目上の人間にさんも付けられないやつだったからだ。ドフィーがそんな指示を貴様にしているとは思っていなかった」
 「あーそうなんだ。じゃあローをこっちに渡してよ。治療するから。嫌なら私、無理やりでも構わないけど」

 トーンを下げて、チャキチャキと長い髪が次々に拳銃へと変貌する。無数のそれを見て、ほう、と声をこぼし、サングラスをかけ直す彼に、私は、にっこりと笑みを作った。

 「殺し合い、1回した方がやっぱりいいのかしら」

 ☩☩☩

 凍てつく氷よりも寒々しい、恐ろしいほどの殺気。それを浴び、ヴェルゴは正直この女を侮っていたなと思った。
 シスターのような服装をし、十字架の耳飾りと胸元のネックレスをつけている彼女に、
 殺気に当てられてか、泡を吹きそうなシーザーに、肩を少し震わせると、警戒し、目を伏せるモネ。
 そんなものお構い無しに、殺気とは全く別の表情をうかべる顔に、不気味さが際立つ。
 ローとおなじ白い町出身の子供。そして、大量殺戮をし、白い町周辺の海軍基地は皆、この1人の女…もとい、当時幼かったこの少女に焼かれ、これは一般には伏せられていたが、基地の1番上のものには酷い拷問の跡が残っていたと言う。
 それも、爪を剥ぐ、なんて生易しいものでは無い。内臓を引き出し、それで首つりをさせたり、生きたまま炙り焼きにされたりなど、普通の子供が考えるには異常すぎるそれ、サイコパス的な行動の数々に、その頃の白い町周辺諸国や、ほかの海軍基地は、自分の番は今か今かと震え上がり、毎夜恐れる始末だった。
 それを、目の前の狂った女が単独で殺り、更には今までこうして生き延びている。少女時代から1度も捕まったことの無い賞金首であるメアリーに対して、ヴェルゴは深いため息をつくと、ローを牢屋に放り込んだ。

 「海楼石をつけている。触れないように気をつけるんだな」
 「んー、了解!だけど、今の入れ方気に入らなかったから、ヴェルゴさん今からモネさんの入れた熱々珈琲一気飲みしてよー。口の中全体火傷になっちゃえ!」
 「残念だが珈琲は味わって飲む派だ」
 「あっそ、」

 ぷいっとそっぽを向き、いそいそとメアリーはローの傷を見るべく彼の服をくつろげた。決して鎖に触れないように。そして、自分の鞄から、調合済みの傷薬や包帯を取りだし、せっせと手当をする。そして、ローの帽子を見て、あのころのものを改良したのかな?と、おもいつつ、帽子をお腹の上に置き、頭の傷の治療をする。切れた頭皮から出血がみられるが、それほど酷くはない。ヒビは入ってなさそうだ。そう思い、軟膏をぬり、ガーゼを当て包帯をまく。綺麗に巻けたのを見て嬉しそうに頷くメアリーは、それで?、と、目の瞳孔を開き切り、低い声でシザーの方を見る。

 「ローの心臓、どこにあるの?シーザークラウン」

 傷を見ていてきになったこと。胸元の穴。それは彼が心臓を抜いた後の穴だ。簡単にローがそんなことをするとは思えない。ならばら、考えられるのはなにかの代償に渡したこと。それは、自分たちが来る前のこと。つまり、シーザークラウンが関わっている。
 そんなこと、穴を見た瞬間に理解出来る。

 「い、いやぁ、ヴェルゴへのいい土産だと思ってよぉ?」
 「へー、ヴェルゴさんが今じゃあ持ってるんだ。ローの心臓」
 「ああ、それがどうかしたか?」
 「渡して」
 「それは出来んな。君がローよりも強いという保証がない。保証がない以上、これを君に渡すことは出来ん」
 「ふーん、それなら大切な心臓なんだから丁重に扱ってくれるんですよね?
 もし心臓を痛めつけたりしたら……あなたのせいでドフラミンゴとの契約を破棄せざる負えなくなりますが」
 「……」
 「私の依頼を邪魔するのであれば、ローに手を出すのであれば、わたし……何をするか分かりませんよ」

 こてん、と、首を傾げる。
 シーザーはその眼の恐ろしさに震え上がる。真っ黒なのだ。グルグルと羽根ペンでインクを書き殴ったように、全く何も見えてない色。狂気の色。ヴェルゴも流石にドフラミンゴのメンツを潰すようなことは出来ないか、と、思いつつも、彼女の目に一瞬の怯みを見せた。そう、それは死んでもお前を地獄に突き落としてやる、殺してやる、八つ裂きにしてやる、と、怨霊の様に見えたからだ。

 「あ、ああわかった。こいつにゃ手を出さねぇさ。だから落ち着けって、なぁ?」

 ゆっくりと牢屋からでてきた彼女に後ずさりするシーザーを見て、ヴェルゴが前に出ると、ずっと手を差し出した。それは、四角いゼリー状のものに包まれた心臓──────────ローの心臓だ。

 「……私の見ているところなら君にこの心臓を渡してもいいだろう。だが、決してローに渡そうなどという馬鹿な考えはしないことだ」
 「いいっやったぁ!ローの心臓だ!!ヴェルゴさんありがとー!!」

 目を輝かせ、メアリーは愛おしそうにその心臓をヴェルゴから受け取る両手で大事そうに包むようにして持つ姿は、先程とは打って代わり大変可愛らしいもので、目の色が金色などであれば、天使と言われてもおかしくない愛らしさがあった。
 天と地ほどに気分の浮き上がりのある彼女を苦手と判断したのか、シーザーはシュロロロロと無理に笑い声を上げ、麦わらたちを連れてくると外へ向かう。
 それを見ずに、ただメアリーはローの心臓の音を聞く。とくんとくん……そうして聞く音は、何年ぶりだろうか。
 その音の愛おしさに、どうしようもなく、メアリーは涙する。
 ローの音、ローの心音、彼の匂い。一時も忘れることは無かった。ずっとずっと覚えていた。牢屋の目の前でへたりこみ、そのまま丸くなる。胸の中には彼の心音。少し寝ててもいいだろう。白い髪の毛をバリケードに、丸い繭が完成した。

 「あらあら、眠り姫ができあがったわね」

 くすくすと、その様子を見ていたモネが笑う。モネも先程の彼女に気圧されていたけれど、いまの彼女の状態で、怖がるものは何も無くなり、ふうと息を吐いた。

 「全くだ。これだから子供は好かん」
 「やあね、ヴェルゴったら。彼女はちゃんとした女性じゃない。囚われの王子様に恋するお姫様ではあるだろうけど」
 「?」
 「まあいいわ。それより、シーザーはロー諸共麦わらの一味を実験台にするつもりらしいけど……それを知ったら彼女、どうなるかしら」
 「……毒を食らう前にローだけを回収すればいいだろう」
 「そんなことできるかしら?
 シーザーってば、大分ローの事嫌っちゃってたから」
 「彼女の殺気にあれほど恐れていたんだ。下手に手を出すほどバカでは無い……と思いたいな」

 そんな会話をされているとは知らず、メアリーは繭の中でねむる、ねむる。深く深く、ローの目が覚めて、大きな心音を立ててくれるまで、彼女は1人、閉じこもった。

 ❉☩❉☩

 大きな心音がした。どくん、どくんと、先程よりも大きく脈打つ心臓に、私は歓喜し、ゆっくりと自分の髪の毛で作った白い繭をぬけ、彼を見る。
 目を見張り、驚くローにいたずらっ子のように笑い、私は言ったのだ。

 「おはよう、ロー。久しぶりだね」

 瞬間、私の持っている心臓が先程よりも大きくなり、ガシャン!!!と鎖がなった。

 「何で!!何でテメェがここにいやがる!!!!メアリーー!!!!」
 「わー!ローったら怪我人なんだからそんなに暴れたらダメだよ〜!!止血もして軟膏とかも塗ったけど痛いものは痛いだろうし、というか心音すごいね!両手で持っててもこぼれそうなくらいに鳴ってるよ!!
 海楼石に繋がれてるんだから無理しない方がいいよ!!」

 あはは!!と笑えば、ギリギリと歯を食いしばる彼は、ゼェハァと息をこぼす。その姿に嗚呼、ほらやっぱりそうなった、と、牢屋のすぐ側で笑えば、ダンっとローは床を蹴った。

 「なんでかって言うと、そろそろローに会いたいなぁって思ってたのと、ローを生かしたままここに連れてきてねって依頼が来たからかなぁ。
 私的には前者の方が気持ち強めだよ!それにしても何年ぶりかなぁ。大人になったねぇロー。声は少し低くなったくらいだけど身体付きが立派な成人男性だね!」
 「ああ、俺もテメェにはずっと会いたいと思ってたよ……あの日からずっとな」
 「えーうれしい!両想いだね!エクセレントだね!それにしても海って広すぎてここに来るまで会えないなんて思わなかったよ〜」

 キャッキャと喜ぶ私を、ローは、刃物のような視線で睨みつけてくる。その様子にさらに嬉しくなって、ニコニコと笑顔を浮かべていれば、なあなあ、と、会話を邪魔するように高い声が混ざってきた。
 誰かと思えば、シマシマ模様のコートを着た麦わらのルフィで、驚いて周りを見れば、海軍ふたりにサイボーグにニコ・ロビンと、人数がいつの間にか増えていた。

 「お前、トラ男と知り合いなのか?」
 「君は麦わらのルフィだね!初めまして!!
 トラ男ってもしかしてローのあだ名なのかな?
 あ、私はメアリーだよ!ローの幼馴染!よろしくね!!」
 「巫山戯るな!!誰が幼馴染だ!!このイカレ女郎が!!」
 「なんだよトラ男!!コイツと喧嘩かなんかしてんのか?」
 「メアリー……たしか、フレバンスの白い悪魔と呼ばれている殺し屋の賞金首……その残虐さゆえに幼い頃からの賞金額が3億という、女性だったはずよ」
 「白い悪魔だあ?シスターの服を着てる癖して似合わねぇ名前だな」
 「うーん、賞金については基本的に私気にしてないから、今いくらなのか知らないんだよねぇ、どうでもいいし。
 でもそれにしてもよく知ってるね、悪魔の子ニコ・ロビン。悪魔仲間で仲良くしちゃう?」
 「ふふふ、遠慮しておくわ。彼、とっても怖い顔してるから」

 ニコ・ロビンの指す彼というのはローのことだろう。確かに怖い怒ってる顔をずっとしている。麦わらチームからローの方に視線を戻せば、ギリギリと歯を食いしばったまま、私のことを見ていた。

 「安心していいよロー。私があなたの心臓を粗末に扱ったり握ったりするはずないでしょう?
 だって、何より大切なローの心臓なんだもの」

 ふふふと笑い、ローの心臓を緩く、絞めないように抱き締めれば、眉間のシワをさらに増やして、私のすぐ近くまで何とか這いずり、寄ってくる。

 「俺はテメェを許さねぇ。何があろうと、テメェの首は俺がとる」

 地を這うような声にドキドキして、背筋がゾクゾクっとする。頬が赤くなるのを感じて、そうそう、こういう殺気を、彼から浴びて、それで死にたかったんだよなぁと想い、思わず笑いがこぼれた。

 「何がおかしい!!」
 「んふふ、いや、おかしくなんてないよ。ただ、そういう台詞は牢屋の外に出てから言うのをおすすめするなーって思っただけよ。
 あーそれとね、麦わらのルフィ!彼がこんなに私を嫌ってる理由はねぇ
 
 私が彼の両親を目の前で赤い華を咲かすみたいに殺して、彼に関わりのある人立ちをみーんな皆殺しにしたからなんだよ!」
 「……は、」

 訳が分からなかったのか、ルフィは低い声をこぼす。

 「お前、今、何ていった?」
 「だから、ローの両親と彼の関わりのある人を皆殺しにしたの!
 両親はたまたまローの目の前でやっちゃったんだー。ローとっても驚いてたの覚えてるよ。それとねぇ、学友のほうは泣きながら死んだよ。
 あ!そうそう、安心してね!痛くないように一瞬でみんな殺してるから泣いてた子も怖かったのは私が撃つのを待つまでの時間。今でも思い出せるよ。優しい優しいシスターの血飛沫……、とっても生暖かったなぁ」
 「お前……人の命を、なんだと思ってやがるっ!!」
 「ちょっと、突然怒らないでよ!!びっくりしたなぁもう!」

 私に生きてと言ったシスターの血、それは抱擁のようなあたたかさ。高揚してくる心地良さ、想いに、ほうっと私はゆっくりと味わうみたいに目を閉じて思い出し、ルフィに笑いかける。
 すると、睨みつけてくるルフィに、うーん、と、私は子首を傾げる。私、なにかおかしなこと言っただろうか?でも、真実を伝えただけだしなぁ。
 そう考えても、同じようにニコ・ロビンや、フランキー、海軍の人たちも私に警戒しているようだ。
 人の命、命なぁ……

 「うーん、人の命ねぇ……そんなの無価値なものに決まってるじゃない」
 「シュロロロッ!!なんだ、メアリーお前以外に話がわかるやつじゃねぇか。自分以外の人間の価値?そんなものなくて当然だ!!俺にとってはどの生命もモルモット!!俺の科学の礎になる為にあるものなんだからなぁ」

 不思議そうに答えれば、シーザーは笑いが堪えられないとばかりに大声を出し、私に気体状の身体で円を書くように巻きついた。それを鬱陶しく思いつつ、手に持っている心臓を大切にしまうように、シーザーが触れないよう手に包む。

 「ちょっと、シーザークラウン。話に割り込まないでよ。この子は私の考える命の価値について聞いてるんだから」
 「そりゃあ悪ぃことをしたなぁ。ついつい、俺の友人になれたかもしれないローが、まさか、お前みたいな奴に大切な親類を殺されてるなんて聞いちまったらよぉ?ついつい、話に混ざりたくなっちまうもんじゃねぇか」
 「混ざらなくていいよ別に。他人の君には関係の無い話じゃない。
 それに私は彼が問いかけてきたから答えてるだけだもの。問いかけも何も無い貴方と話すつもりはないわ。」
 「チッ……随分とまあ、冷たい対応だなぁ」
 「あら、優しい対応を心がけた方がいいの?
 でも、私がきっとそれをしたら……ねぇ」

 優しい対応。シーザーにとっての優しさとはどんなものか。まずはツノが邪魔そうだから頭の無駄なツノを折ってやろう。ロギア系能力者の身体の一部、たくさんの毒が染み込んでそうなそれは、大変いい弾薬の種になりそうだ。
 うるさい声帯は耳障りだから小さくして、小声で話せるようにしてやろう。それと無駄に高い身長で椅子に座るのも大変そうだ。両脚を削ぎ落として、ずっと椅子に座れるようにしてあげよう。きっと大丈夫。なぜなら、彼は脚を失ったって身体をガスにして浮遊できるんだもの。脚をなくしたくらい、どうとでもなる。

 じっと、彼を見上げ、口の端を上げる。そうすれば、怯えたように、シーザーは逃げるように私から離れていった。
 バケモノ、バケモノだ。そう、心の中で言ってるのが丸聞こえよ。シーザークラウン。貴方のこと、きっといつか暇な時に殺してあげようかしら。
 だって、ローに酷いことをしたんだもの。酷い契約をして、自分だけ難を逃れようとする意地汚く無作法でどうしようも無いガス野郎は、可燃材としてよく燃えてくれることだろう。

 そう考えつつ、視線をふと牢屋の方に戻す。警戒した彼らの姿を見て、ああ、つい考え込みすぎちゃった、となんでもないように、先程の会話を続けた。

 「ごめんなさいね。邪魔が入って。話の続きをしましょう!
 私が思うに、人の命なんてその人の価値基準で決まるものよ?
 そんなものに最初から価値なんてつかない。着くとすれば、それはいずれ死んだ時。その時に人は本当の価値を見出すものじゃないの?
 だから私は死んでない人に価値をつけない。つけるとするなら死んだあと。
 まあ、でも私にとって価値のある生を生きている人は別枠になるけどね」

 なんとなしに話して、私はヴェルゴさんが、視界に入る椅子に座った。命の価値基準。改めてその話をした時、シーザーは訝しげに、そして、モネとヴェルゴは、言った意味がわかるようで、納得しているようだった。
 ルフィたちも、なにか思うことがあるのか黙り、私ははあ、とため息をついた。

 「あーー、つまんねぇなぁ。話がわかると思ったが、ここまでにして、今回の一大イベントを開催しようじゃねぇか!!」
 「イベントー?」
 「俺の可愛いペットを使った大実験!とは言っても、もう既にほぼ出来上がってるんだがな。お前が眠っている間に……シュロロロロロ!」
 「ふーん、それってあの紫色のガス?シーザークラウンはガス人間だからガスが好きだねぇ」
 「あのシノクニには誰一人かなわねぇ!!たとえお前でもなぁ!悪魔のメアリー」
 「ふふふ、それはそれは、試してみたいものだね。薬師として、あの毒ガスがどんなものか……どんなやつに吸わせたら楽しいか……ふふ、想像しただけで楽しいかも!」
 「流石、フレバンスの近隣国全てを地獄に変えた女だけある。火の海に毒の水、ああ、揮発性の高い毒ガスを使ったって話も聞いたなぁ」
 「よく知ってるねぇ。あの頃に出会ってたら、あの毒ガス兵器を……いや、それ以上のものを君に作ってもらって使ってたところだよ」

 クスクスと笑い、映る映像を見る。

 「そうだろうそうだろう!!それでこそ白い悪魔と呼ばれることはある!
 そうだ、これからの実験でアイツらも使うつもりなんだ」
 「あいつら?」
 「シュロロロ!もちろんあ、の、檻の中にいる奴らさ。億超の賞金首に、海軍中将、七武海!これ以上のシノクニの威力を見せるのに最高のメンツはいねぇ!!」

 張り切ってそう言い切るシーザーに反射的に覇気を込めた弾丸をノーモーションであてに行けば、ヴェルゴさんに弾かれた。とはいっても、軌道修正されただけで、少し掠ってしまったらしい。先程のように毒を使ったものでない弾であるのが幸いしてか、かすり傷だけで住んでいる。
 それでもぎゃーーー!!だのわー!!!!!だの甲高く叫ぶ彼に苛立ち、私はゆっくりと彼を見た。
 彼はよほど私の地雷をふむのが大好きみたいだ。

 「ねえ、私、さっきも言ったよね……ローに手を出すなら、殺すよ?」

 ジャキッと音を立て、髪の毛が銃へ変わる。武装色の覇気を込めているために、本物の拳銃のように変色した髪の毛に、シーザーはひいいいい!!とまた声を上げた。

 「おおお俺の事を殺すだァ?!巫山戯んじゃねぇぞこのアマ!!」
 「メアリー、シーザーに手を出すなら俺が相手をすることになるが?」
 「ねぇ、貴方ってじーふぁいぶっていう海軍基地に潜んでた海賊の一味なんでしょ?
 そんな人を殺すの、私大好きなの…
 腐ったものを根こそぎ切り落とせるからね。だから、別に貴方と戦ってもいいのよ、私は。だって、貴方がいるとローの邪魔になりそうなんだもの」

 目を細めて笑えば、ビリビリとした殺気が私を包む。それは、ヴェルゴの殺気。
 本気でなくとも、感じ取れる深い深い気配、それに、にいっと自然と笑みが浮かぶ。

 「貴方の本気、大体掴めた。武装色の覇気を随分高めているのね。全身を包んで肉弾戦スタイルかしら。
 それと、確か竹を使うって聞いたことがあるし、ローの傷跡を見れば、主に撲殺を想定した方がいいかな……加えて、竹に空洞があることを考えれば、吹き矢なんかの武器も想像もできるわ。それに加えて海軍での地位を考えれば六式も使えるのね」
 「!……」
 「当たってる?
 ああ、それとあなたの胸元に潜ませてるそれ、ずっと聞き耳を立ててるの分かってるのよ。ずっと出さないからいい加減指摘させてもらうけど、盗み聞きって趣味が悪いと思うわよ、ドンキホーテ・ドフラミンゴ」

 目を細めて、彼の胸元を見れば、でんでん虫が出てくる。それは私ににんまりと笑いかけ、フッフッフ、と笑う低い男の声がした。
 同時に、ガシャンっと音がし、背後にある檻が下に落ちる。視線をシーザーに向ければ、伸ばした腕で牢屋を下に下ろすスイッチを押したようだ。
 そして、隙の無いヴェルゴがいる手前、動けない。

 『でんでん虫では二度目ましてだなぁ……白い悪魔、海軍殺しのメアリー』
 「そうね、でも、私海軍殺しっていうのは気に入ってないのよね。私はただ腐ったものに蓋をせず、掃除をしてあげてるだけなのに」
 『それにしちゃあひでえ殺し方をするそうじゃねぇか。もし俺が同じ目にあったらと思うと夜も寝れねぇなあ』
 「あら、冗談がお上手ね。貴方ほどの人が私みたいな小娘にそんな脅える姿、想像できないわ」
 『フッハッハッハ!!威勢のいいやつは嫌いじゃねぇ。どうだ?お前、ファミリーに入らないか?』
 「……ドンキホーテ・ドフラミンゴ、天夜叉と呼ばれるあなたにそう言われるのはとても光栄なことだろうけど、残念ながら辞退させてもらうわ。
 あなたの本当の目的、ローを連れていくのでなく、私の勧誘だったのね。今目の前でローはシーザークラウン特性の毒ガスを浴びようとしてる。それを助けるには私が貴方のファミリーに入る必要がある。私にローの心臓を持たせたのは、彼の息の根が止まる瞬間を感じさせるため。
 そして戦闘になれば私は彼の心臓を優先する。私より強いであろうヴェルゴを当てるのにちょうどいい足枷をつけれることが出来る……ちがう?」
 『聞いちゃいたが素晴らしい想像力だなぁ。モネがローに対するお前の対応を見れば、ローのことを命懸けで守ろうとするだろう、そう予想した。
 女の勘ってのは恐ろしいもんだ。メアリー、お前は、ローに恋をしてるんだろう?』
 「いやだなぁ、恋だなんてそんな生易しい物と同じにしないで欲しいなぁ……
 私は彼のことを愛してるの!!とっても、とってもよ!
 私を殺すのはあの人がいい……あの人なら殺されてもいい……
 あの人を殺そうとする人がいるなら、私がその人たちを殺すわ。
 どんな手を使っても。たとえ、手が使えなくなっても足で、足が使えなかったら髪で、髪が使えなかったら口で、息の根を止めてあげる」

 大切に大切に、身体を武装色の覇気で固め、決して離さないように、私はローの心臓を守る姿勢をとる。どくどくと動く鼓動が、彼が生きていることを教えてくれる。私の大切な人が生きてることを教えてくれる。

 『そんなに大事に想っておきながら、なんで一緒にいたいと思わない。俺の元へ2人で来れば、ずっと一緒にいられる。お前が望むなら盛大な結婚式も何もかもを用意してやる』
 「ふっふふふ、結婚式、一緒に、ねぇ……
 貴方、勘違いしてるわ。
 私の“愛”は、私の“モノ”で、彼に伝わらなくていいの。
 彼に憎まれて殺されて、それで私は彼の中で一生を生きることを選ぶ。
 一緒に生きる?今更そんなことが出来るはずない!
 あの日、あの夜、みんなを“安楽死”させてローだけを逃がすと決めたあの時から、私はローに憎まれて殺される人間の1番を手にすると決めたの。
 それに、ローだって私への愛情なんてものはもうとうの昔に捨ててる。
 だからこそ、私は、私のために、あの人に殺されるために生きている」
 『フッハッハッハ!!!』

 一際大きく、ドフラミンゴの笑い声が響く。楽しい、愉快、面白い、そんな感情が籠った声。暫くしてやっと笑い終えたらしい彼は、笑いの余韻にひたりつつ、口を開く。

 『こりゃあ、俺の手に負えねぇ愛情だなぁ。いや、そんなもので収まるものでもねぇ。狂った愛、狂愛といえばいいか。まさか、これほどに面白い者がいたとは、俺は知らなかったなぁ……
 それが俺に向けば最高のコマになったのになあ』
 「決裂ね、ドンキホーテ・ドフラミンゴ。あなたの依頼、残念ながら今から破棄させてもらうわ」
 『ヴェルゴ、殺さねぇ程度に痛めつけてローが生きてたら一緒に連れてこい。矯正のしがいがありそうだ』
 「それは、死んでもお断りしたい案件ね」
 「同感だドフィ。この女は危険すぎる」
 『だからこそいい手駒にできる。ローに首輪をつければな』 

 まるで玩具を扱うように言う彼に、私ははあ、と息を吐き、じっとでんでん虫を見、宣言する。

 「ドンキホーテ・ドフラミンゴ、只今より貴方方ファミリーを敵と認定させていただきます。なお、これは虐殺ではありません。貴方方相手にするにあたって、拷問の暇など与えられないと理解しているからです。
 最終通告をします。
 ドンキホーテ・ドフラミンゴ、並びにこの空間にいるファミリーと断定されてるヴェルゴ、モネ、シーザークラウンを殺害対象と認定、他、シーザーを庇う部下諸共……殺します」
 「年上には“さん”をつけろと言ったはずだが?」
 「残念ながら、殺害対処に敬意を払う……特に、貴方方のように子供をおもちゃのように実験台に扱う腐った生き物に払うものはありません」

 淡々と、私はただ話す。聞こえていた。遠くから子供たちの声が。ローに会うためと後回しにしていたが、それもおしまいだ。
 子供という単語を聞いた瞬間に目を見開くモネを見て、私は銃弾を撃ち込んだ。
 覇気を纏ったそれは彼女の方と羽根を掠め、苦痛で顔が歪んでいた。
 それを見て、私は、さらに後ろにいるシーザークラウンに向かい、花火のように飛び散る散弾を放つ。悲鳴をあげるシーザーは、逃げようとしたが、その前に、竹を武装色の覇気で固めた彼が私の弾を辺りにはじき飛ばした。爆発音が鳴り響き、周囲のモニターを破壊し、残念ながら、与えられたダメージはないようだ。
 両手をクロスして、ローの心臓を自分の手のひらにかくしたまま、形状を歪んだ銃の形に変え、檻を作る。これでたとえ私の胸元が殴られようが、何をされようが、彼の心臓は守れるはずだ。

 祈るように膝をつき、目を瞑る。集中して見聞色の覇気で気配を察知し、高威力の弾丸を殺気がかすかにでも放たれる場所に、寸分の狂いもなく当て続ける。銃弾はヴェルゴを捉えるも、硬い彼の武装色を破るにはまだ足りないらしい。それならばと溶ける弾薬に替えれば、じゅううという音を立ててヴェルゴの竹の四分の一を溶かし落とすことに成功する。
 驚く彼に向けて、さらに弾丸を追加しよう、そう思った時だった。

 大きな音を立て、シーザーの部下が扉を開け放ち、麦わらの一味、並びにG5達が施設内に侵入し、シノクニから逃げ伸びたそうだ。
 驚くシーザー達の声を聞き、笑いそうになる。私は、全くもって、彼らが逃げ延びる事への心配はしていなかった。きっとローは無事、施設の中に入ったのだろうと確信していたからだ。
 実はこっそりと、私はヴェルゴに用心しつつ、傷の手当をする時に彼の鎖に一瞬触れていた。もしもの時のために、南京錠の鍵を開けておこうと思ったからだ。
 でも、倦怠感もなく、何も感じない鎖に、それがただのなんでもない鉄の塊なんだと早々に理解した。
 きっと、これはローが仕組んだことだ。長期滞在していたらしい彼は捕まったことを想定して海楼石を普通の鎖に変えていたのだろう。手を抜かない几帳面な彼らしい行動だ。
 そして、蛆虫のような彼らの愚鈍さに感謝する。我が身可愛さにきっと海楼石なんてものを触れたこともない能力者に、そして、その能力者でないがためになんにも気が付かなかったものに。
 けれど、この場でもしローの鎖が海楼石じゃないとばれれば何かあった時不利になる。ならば、気が付かないふりをしないといけない。
 私は演技が下手で、きっと目覚めるのを待って話をしていたらボロが出てしまう。そんな時差し出されたローの心臓に、これが好機と考えた。
 私は、態と繭状になって、タイミングを見計らっていた。彼が怒るのを待っていたのだ。話だって全て聞いていた。
 この生ゴミ以下の連中を殺すのに、私は躊躇する理由は無い。

 未だにブローカーが、なぜどうやってなどと騒ぐシーザーに、この場から離れようと、きっと、ローを捕まえようとしているのだろうヴェルゴに向け、私は複数の銃を向け、覇気をさらに強く纏う。

 「祈りの時間です。終わりなさい、死になさい。無様に畜生のように死になさい」

 シーザーが部下に指示を出す前に激しい銃撃がヴェルゴ達を襲う。せめて、時間稼ぎをして、私は私のできることをしなければ。
 私の中にある鉛玉はほぼ無尽蔵と言っていいほどだ。それほど過去に鉛を取り込み蓄積したから、白い髪は元の黒い色には戻らない。
 性質を変えさえすれば、毒性の高い銃弾だって撃てるし、髪の長さを生かしライフルだって作ることも出来る。ピスピスの能力の研究、実験、可能性を広げ、伸ばす事についてはずっとしてきた。だからこそ、超人系の能力であるこの力を無理に使い、創り出すことが出来る。

 終わらない弾幕に、弾く音が聞こえる。高い金属音が響き続け、きっとヴェルゴがシーザーを守っているんだと察しがつく。
 せめて、一番厄介であるヴェルゴだけでも殺さなければ。大きなライフルをイメージし、一部の弾幕が薄くなる。煙で向こうは目では見えないけれど、気配で感じ取ることが出来る。
 私の髪から生成されたライフルは、この研究所の壁だってその気になれば破壊できるだろう。狙いを定め、呼吸を落ち着かせる。狙え、狙え、あの鬼畜生に地獄を見せろ。毒をお見舞してやれ。
 そう心が叫ぶ。
 許すな、腐敗した政府の根本を。潜んでいた海賊を。子供たちをさらって実験していた畜生共を。

 「“FIRE”」

 一言、そういえば、重たい音を立ててライフルから弾が発射される。ぐっと言う声を聞き、また、私は再び「“FIRE”」と装填した弾を撃ち込む。
 一撃、はおそらくヒット。気配を消されているが血の匂いがする。狙っていたのは指なので、それが弾け飛んでいれば万々歳だ。けれど、竹を落とす様な音はしなかったということは、別の場所に当たったか、逸らしてよけ、なんとか掠ったかだ。
 体制を崩した状態で射撃を受けようとも中将ともなればそんなとの慣れたものだろう。

 いつまでここに彼を引き止められるか、勝敗は相手の体力か、私の体力が尽きるその瞬間だ。

 息を潜めて、弾幕をはり、再びライフルで狙う。どこだ。どこに現れるつもりだ。呼吸をしていれば、突然、ばたばたばたばたばたばたと大きな、耳が痛くなるほど音が、反響音と共に鳴響く。それは、誰かが必死に走る音。私の耳を狙ってヴェルゴが映像でんでん虫の音を使い撹乱しているのであろう。
 一瞬の隙をつかれ、私は思わず目を開けた。途端、遠くにいたヴェルゴがこちらに月歩を使い、飛んでくる。
 手には竹を持っていない。ならば、ヴェルゴの狙いはなんなのか、そんなの、明白である。
 ローの心臓だ。慌てる私は彼の心臓を庇うように指銃を受ける。内臓にめり込み、吐血する私に、イラつくヴェルゴは腹を蹴りあげた。

 「ローの心臓を渡せ」
 「断る」

 ぐっと、腹に足先がのり、きつくきつく先程怪我した場所を抉るように踏み躙られる。迫り上がる血液を吐き出し、ヴェルゴを睨む。私の髪の武装色はとけたが、両手の武装色の覇気は気合いで持たせている状態だ。
 指をへし折らんばかりに、彼は私の手の中にあるローの心臓を取ろうとするが、それに抵抗するように、武装色の覇気の力を上げる。

 「小娘が……」

 振り上げられた拳は容赦なく私の頭を殴り付ける。何度も何度も殴り付けて、丸まって耐える私はきっと周りに惨めな女として見られるだろう。けれどいいのだ。この痛みに耐えれば、耐えていれば、きっと彼は来る。きっと心臓を取り戻しに来る。気が遠くなっても、どんなに痛くても、耐えてみせるから、だから、早く姿を見せて。

 ガンっと重たい鉄で殴られたみたいな音がして、私は横向きに倒れた。後頭部は血まみれで、きっとヒビが入ってるだろう。手加減されているのはわかってるが、こんなに頭を殴られて、死なずにすんでいるのは奇跡と言っていいのではないだろうか。
 そんな時、大きな警報音とともに、D塔に侵入者という言葉聞こえ、ヴェルゴのさらにイラついた顔が見えた。

 「あのガキ、ことによっては直接始末しなければっ!」

 そんな言葉が聞こえて、そんなことよりもお前を始末してやると思ったが、身体が動くのを拒絶する。
 血だらけの私を、ヴェルゴは小脇に抱え、急いでそのR塔なるものに向かう。何故、私を連れていくのか。それはきっと、ローが関係しているのだろう。馬鹿なヤツだ。心臓は確かに人質になるけれど、私にはそんな価値はない。ただの大きな荷物に振り回されて、大変だな、と嘲り笑ってやりたい。
 SADの大きな文字が見え、ぼやける視界の中、黒いコートが見えた。ドクンと、大きく心臓が跳ねたのを感じ取り、それがローなんだとすぐに分かった。

 「メアリー、……ヴェルゴ、テメェなんのつもりでそいつを連れてきた」
 「貴様の心臓を離さなくてな、面倒で直接連れてきただけだ」

 睨み合う、険悪な空気。今すぐにでも死闘が始まりそうだ。けれど、その前に、私はこれを届けなければいけない。届けなければならない。

 「ろー 、ろぉ、、」

 小さく、小さく、呻くように彼の名前を呼んで、私の武装色の覇気で固まってる腕をみせ、その中に彼の心臓があることを知らせる。

 早く、早く取りに来て、とって、君の心臓を、誰にももう、渡さないで……何よりも大切な君の命を。

 乱雑に、鉄の柵に向かって放り投げられ、背中を大きくうつ。がふっと、また血の味が口からして、垂れる血液が私の髪を赤黒く染める。
 目の前には、ヴェルゴ背中、そして、それより遠くに、私を驚いた顔で見るローの姿。
 ねえ、なんでそんな目をしてるの。やめてよ。驚いた顔なんてしないで。
 ざまあみろって思ってよ。こんなボロ雑巾になってる私を笑って、嘲って、それで心臓をちゃんと奪い返して、意識のはっきりしてる私を、あなたのてでおわらせてよ。

 「“room”」

 独特の音が聞こえ、私はそっと目を閉じた。

 「シャンブルズ」

 その声が耳元で聞こえた。なんで、どうして、と、そんな思いが強くなる。ああ、きっと、私が心臓を持ってたから、それですぐ側に寄せたんだ。そう考えるも、何故かローは、ボロボロの私を見て、悲しそうな顔をして、それは昔見た心配している時の顔と酷似していて、ああ、嫌だと心底思った。
 そんな目を私に向けないで。そんなふうに私を見ないで。私のことを恨んでいるのなら、憎んでいるのなら、殺してやるって叫んだのなら、そんな顔、しないでよ。
 本当に、お人好しの馬鹿なんだから。
 最後の抵抗とばかりに、私は自分の血液で満ちた髪の毛を、使い、固まらせた。これはピスピスの実の応用能力。自分の体の鉄分を好きな形に変化させる力。ヤマアラシのように、私は背後から拳で殴りかかろうとするヴェルゴに向けて当て、手の武装色を解く。

 「ろー、」

 心臓を彼に渡し、それが彼の胸元に埋まるのを見て、目を閉じる。もう体力も何もかもが限界なのだ。

 つぎ、おきた、とき、に、は

───────きっと、私を殺してね

「ーーーー、」
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