あなたにはわたさない


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 ドンキホーテ・ドフラミンゴが白い小さな悪魔と出会ったのは、ある裏切り者を殺すために港に降りた時のこと。
 その日は、心地の良い潮風が吹き、火薬の匂いが辺りに充満していた。

 「こんばんわ、皆さん…今日はとってもいい月夜ね」

 真っ黒なワンピースに、首から指先、脚先までも包帯だらけ身体。陶器の様に純白の長い豊かな髪を揺らし、人形と思わせる肌をした少女は、音もなく、突然物陰からドンキホーテファミリーの目の前に現れた。
 十字架を首に提げて誰もが見惚れる微笑みを浮かべる姿は、愛らしい天使のようでもあり、死者をむかえにきた存在のかのようにも見える。

 「お前は……白い悪魔ッ!?」

 驚く彼らに警戒され、武器を向けられながらも、メアリーは微笑みを崩さず、おどける様にして肩をくすめた。そして、可笑しいなぁと言うとでも言うように、口元に手を持っていき、クスクスと笑うと両手を広げる。さも、何も私は持ってないのに、何をそんなに怯えるの?と、問うように。

 「あら、一人の女の子にとっても物騒ね」
 「お前を警戒しない人間が今この世に何人いると思う」
 「それを言われたら少し困ってしまうわ。でも、戦闘の意志のない相手にそうして武器を向けて、“糸”を出す準備までするだなんて、不粋だと私は思うわ。何より、こんなお土産を持ってきたのに、無駄になってしまうかしら」
 「土産?」
 「そう、お土産」

 こてん、と小首を傾げるメアリーに、眉間に皺を寄せたドフラミンゴ。くるりと手品のように手のひらに出したのはひとつの鍵。月光に照らされ、生々しく滴る血も、なにか内臓のようなものが付着しているようにも見える。それは、今回彼らが襲い、奪おうとした金庫の鍵と一致した。

 「あまりにも遅いから、少しお遊びをしたあとがあるけどそれは目を瞑って欲しいわ。
 それに、安心して!私はただドンキホーテ・ドフラミンゴ、貴方と話をしてみたいと思って来ただけだから!!
 それとも、貴方ともあろう人がこんな小娘相手に二人っきりでお茶をするのが怖いのかしら?」
 「若様、後ろにお下がりください」

 幼い子供のようにくるくると回り、楽しそうに言うメアリー。
 そんな彼女を危険だと判断したグラディウスが前に出ようとするも、それにドフラミンゴは首を振る。そして、いいだろうと口の端を上げ、笑う。多勢に独り。この状況でもしものことがありもしないだろう。それに、幹部総出でしかこの少女の相手が出来ないとなればファミリーの恥とも言える。
 何よりも、ドフラミンゴにとっても一度話してみたいと思っていた相手であったこともある。
 驚くファミリー立ちを背に、1歩前に出たドフラミンゴはかがみつつ、メアリーの白銀のまつ毛に縁取られた瞳を見る。黒い、真っ黒な瞳。闇よりも深いその色に、ぞくりとするものを感じるも、それ以上に自分と同じ、いや、それ以上の狂気を持ちそうな彼女に口の端がある。

 「いいだろう。但し、茶をするのはうちの船で、目的のものがあると確認できたらだ」
 「ええ、構わないわ。どこでしょうとも同じことですもの。
 ああ、確認だけなら数人でいいでしょうし、そこの素敵なマダムと可愛らし女の子と坊やは一緒に船に向かいましょう?」
 「誰が世界一の美女でザマスか!!」
 「坊やじゃねーでやんす!!!!」
 「私は善意で言ってるのよ。若い貴方にはあれははやすぎると思って……ね?」 

 くすくすと笑うメアリーを見て、ファミリーの中で、特にセニョールは嫌な予感がし、舌打ちをする。
 そして、ファミリー内で目を合わせ合図する。結果、子供とジョーラ、ディアマンテをドフラミンゴの護衛として付けることにし、それ以外は血まみれの鍵を受け取り、メアリーが襲っただろう場所に行く。それを見送りつつ、メアリーはファミリーに囲まれると、ドフラミンゴが手を出した。
 ぱちりと瞬きをしたメアリーはドフラミンゴを見上げる。

 「俺直々にエスコートをしてやろう。手の取り方はわかるよなぁ?」
 「ふぅん、紳士的なのね、ミスター。でも、本当に宜しくて?
 貴方の手に触れても、貴方の部下はよく思わないと思うわ」
 「構わねぇさ」
 「……それじゃあ、ありがたくエスコートをお願いしようかしら?
 人の手にこうして触れるのが久々だから、少し手を乗せるだけになるけど」
 「俺がその手を包めば済む話だ」
 「そこまでされるなんて、こんな小娘には勿体ない振る舞いね」

 大きな褐色色の手に包帯だらけの小さな手が乗る。あまりの大きさの違いにふふふと笑うメアリーは、意外と硬いてなのね、もっと柔らかいものだと思ったわ!と、そう言えば、笑い声を上げたドフラミンゴはその手包み込むように握る。逃げないように、決して、隙を見せないように。
 お前こそ、柔らかすぎるんじゃねぇか?と、返すドフラミンゴは、ゆっくりと歩き出す。そうして、メアリーはドフラミンゴの船に足を運ぶことになった。

 通された客間の一室。窓を開ければ月が見えた。空に浮かぶ月は口の端を上げ嘲笑うようにこちらを見下ろして、光を室内に届けてくれる。テーブルにはアフタヌーンティーのように湯気をたてる熱い紅茶にスコーンにケーキ、マカロン、サンドウィッチ。ミルクと角砂糖が置かれている。向き合うように椅子に座れば、丁度タイミングを見計らったかのように電伝虫が鳴る。

 「俺だ。随分はやかったな」
 『ご丁寧にそこの“悪魔”が血の跡で印をつけてくれたお陰で直ぐに倉庫に付けただけだ……ただ……』
 「どうした」
 『いや、問題ない……ただ、悲惨な光景を見て久々に吐き気がしただけだ。グラディウスが吐いちまってるが……ひとまず物は問題ない』

 気分を悪くしたように、吐き気を催す表情をする電伝虫を見て、ドフラミンゴは目の前の悪魔に視線を向ければ、にっこりと笑われた。
 人が見て吐くほどの遊び。先程見た臓物の着いた鍵を見た時にもドフラミンゴは思った。この少女の残虐性は常軌を逸している。その上、何も無いように笑顔で自分たちをただ賭博で遊んだ後に出迎えに来たかのような態度。普通でない。目を見ただけでも十分だが、この女の中にどれだけの狂気が眠っているのか、ドフラミンゴは興味が湧く。
 それを察したかのようにメアリーは黄色いドフラミンゴの髪の色をしたマカロンを1つ手に取り彼と見比べるように目に被せる。そして、あら、同じ色!と、楽しそうに笑い、シトラス味のそれに口をつける。

 「言ったじゃない。少し遊んだって。ねぇ、それより荷物の確認も出来たんだしお話しをしましょうよミスター!
 このマカロンおいしいし、折角の紅茶だって冷めちゃうわよ?」
 「……そうだな、お前たち戻ってこい」

 それだけ言うと、ガチャっと音を立て通信を終了し、ドフラミンゴは目の前の白い悪魔に視線を向ける。足を組み、上から下まで見れば見るほどに、白が際立つその容姿。日常では目立つはずのその色をして、なぜ今まで捕まらなかったのか、不思議でならなかった。

 「改めましてミスター。私はメアリー、白い悪魔のメアリーよ」
 「今更すぎる自己紹介だが、ドンキホーテ・ドフラミンゴだ。メアリー、要件はローのことか?」
 「話が早い人は好きよ。そう、私の大切な可哀想で可愛いローの話。あの子、一体どこに行ったの?
 貴方の船に乗っていたのは分かってるの。でも、“見た所”あの子の音も何も感じない……もしかして殺した……なんて馬鹿なことないわよね?」

 血で変色した指先の包帯を口元に持ってくると、目を細める。黒い瞳は、もし殺したと言うなら、今すぐにでも喉笛をかき切ってこの包帯にお前の血を染み込ませてやる、そう言っているようだ。
 純粋すぎる殺気は時に覇気に酷似する。ビリビリと肌が痺れる様なそれに、ドフラミンゴは口の端を上げ、にんまりと笑った。

 「俺たちはファミリーだ。可愛い俺のファミリーの一員であるローを殺すことがあるはずねぇ。そんなことぐらいお前にはわかるんじゃないか?」
 「あら、気づかれちゃった?
 まあ、居ないってことはどこか別で行動してるって所かしら」
 「俺の実の弟が病気を治してくると連れていった」
 「病気を治す……?、っ、」

 その言葉を聞いた瞬間、我慢ならないとばかりにお腹を押えてメアリーは、あっははは!!と、笑い声を上げ、その後にだんだんと音を小さくしていく。

 「ごめんなさいミスター。あまりにも無謀で無価値なことをしに行くものだから、笑いが抑えられなかったわ。珀鉛病を見られること、それ自体がリスキーでありモンスターと呼ばれて銃を向けられるだけだと言うのに、貴方の弟さん、少し考え無しなのね」
 「……ロシーは俺のただひとりの弟だ。俺の弟を侮辱する気か?」
 「いいえ。ただ、死ぬ時を待っているだけの病を治してあげようとしているなんて、とても優しい人だと思っただけ。でも、奇跡でも起きない限り、珀鉛病を治すのは無理よ。
 行動を起こそうと、何をしようとね」
 「そんなことを言って、メアリー、てめぇは何故生きてる?
 その肌、その髪は間違いなく珀鉛病の末期症状にでてくる特徴だろう」
 「ああこれ?」

 長い髪をいじり、肌を晒す。元の黒色が残っているのは瞳だけ。それ以外は色素がない。白い町そのものが人の形をとった様な、そんな姿。

 「簡単なことよ。貴方も食べているでしょう?この世の奇跡の食べ物であり、海に嫌われ、海に呼ばれる食べ物。薬にもなり、毒にもなり得る」
 「悪魔の実、か」
 「ローから聞いているでしょう?私が一体、何をしたのか」
 「ああ、事細かに聞いたさ。俺たちはファミリーだ。それにフレバンスの事件は新聞にも本にもなっている。お前の起こしたこと全てとまではいかないが、ローのされたことは全て知っている」
 「本も新聞も当てにならないものよ。真実というのは見たものだけが知る。それがこの世界の理だと思わない?
 都合の悪いことは全て私に被せて助長する。まあ、あることないこと書かれようが、私が沢山の人を殺したのは事実だけどね」
 「ローは世界の全てを壊すといい、お前のことを必ず殺すととそりゃぁ恐ろしい顔をして言っていたなぁ」
 「あっははは!嬉しいなぁ……ローったら、そんな可愛いこと言ってくれるんだぁ……でも、残念だけど“今”のあの子に私は殺せない……絶対にね。
 何度サイコロをふっても思うめが出ないのと一緒で、“今のあの子”に私を殺すような力は無い。白と黒のルーレットを回してもあの子の運が巡ってくるのは奇跡的に回復できた時だけよ。
 それに、今更だから言うけど……
 私がここに来たのは、そろそろ余命が少なくなってきただろうあの子を殺すためだったんだもの」
 「フッハッハッハ!!……ファミリーに手を出せばどうなるかなんて分かってるだろうに堂々と言うとはメアリー。お前こそ考え無しの馬鹿なんじゃないか?」

 笑うドフラミンゴはサングラス越しに彼女を見る。だが、恐怖の感情の揺れは見られない。逆にあるとすれば喜びの感情だけだ。

 「いやだわ、そんなの分かってるから言ってるに決まってるじゃない。珀鉛病の最後を知らないから悠長にしていられるだけ。計算されて出された寿命の長さは身体を動かす度に狂っていく。ゆっくりゆっくり、毒は体を侵食して、脈打つ事に珀鉛は血液を巡って死を早める」
 「だから、アイツの家族を殺したように、苦しみの無い内に殺そうと思い立ったというわけか」
 「そういうこと」

 白い町を滅ぼした悪魔は、最後まで白い町にいたものを殺そうとしているのだ。執念深く、念入りに。きっと今ローがいたのなら、即刻殺されていたことだろう。そう、ドフラミンゴは思う。
 本当のメアリーの心中も知らず、ドフラミンゴは、そんなことをさせるものかと。なんのために手塩にかけてあの餓鬼を育てていると思っているのかとにぃっと笑う。

 「だが、お前の言う奇跡はすぐにやってくる」
 「と、いうと?」
 「あいつを助ける実があると言ったらお前はどうする」
 「オペオペの実ね」
 「!?……なぜそれを知っている」
 「ごめんなさいね。私、少し人の心が読めるの。ちょっと引っ掛けるようなことをして申し訳ないわ」
 「それはそれは、予想外な能力だ。で、だ。オペオペの実を使って助けると言ったら、お前はどうする」
 「あら、そんなの…喜ぶに決まってるじゃない!
 あの子と殺し合えるなら、私にそれ以上の喜びはないわ!!
 どんなふうに殺そうとしてくれるのか、悲鳴をあげるか、怒号をあげるのか、残忍に、残酷に、無惨に私を死に至らしめようとするのか……考えただけで愛おしい……」
 「狂ってるな」
 「ふふふ、あんな目にあって狂ってない人間がいたなら、それはただの廃人か、それとも感情のない木偶の坊かなにかでしょう?
 私はね、ローの殺意で繋がれてるの。ローの殺意が愛おしい。可愛い可愛いローは、どうやって憎くて仕方の無い私を殺すのか……ドフラミンゴ、貴方なら、“憎い人”を殺した事のある人なら分かるんじゃないかしら」
 「……どうもお前は口がすぎる女みてぇだな。俺の事をどこまで知ってる。どこでそう思った」
 「貴方と対面して、こうして話してる時からよ。さっきも言ったじゃない。私は人の心が読める。貴方の過去だって、その気になれば覗けるの」

 瞬間、メアリーの頬に赤い線が走る。それは、ドフラミンゴの糸によってできた傷。垂れてきた血を気にせずに、クスクスと笑うメアリーは、お巫山戯が過ぎたわ。ごめんなさいね。と、なんともないように謝ると、また、マカロンに手を伸ばす。
 ドフラミンゴのサングラスの色に似たフランボワーズのマカロンを手に取り、あなたの目の色ってこんな色かしら?と、先程のことを忘れたかのようになんともないようにメアリーは話を続けた。

 「さあな。自分の目で確かめてみればいいだろう?」
 「それはあなたの素顔を見ていいって言う事かしら?
 まあ、見ることはできるけど、予想するのも楽しいから、あなたの目の色がこれ、ということにしておこうかな。
 ああ、それよりローの話だったわよね?」
 「近々船に戻る予定だ。お前を殺せるようにしっかりと育てるさ。じっくりと、俺の将来の右腕に相応しいようになぁ」
 「それも今更ね。右腕のため、そのために貴方はローを育てているんじゃない。“医療の知識の豊富な自分に身を捧げる右腕”にするための間違いじゃないかな」
 「……」

 いい当てられた事に、ドフラミンゴを横目に、妖艶な笑みをうかべたメアリーの指先が動く。ゆっくりと角砂糖を1つつまみ、ぽとんと紅茶の中に落とす。解けていく四角い塊に、小さく息を吐く。 

 「幼い子供は教育されていく中で洗脳されていく。それは強い意志を持つ人間ほど強くなる。ローはまさに貴方の理想。洗脳するのに丁度いい子供であり、世界を壊そうとする思想そのものを貴方は良しとするし、貴方自身の信念でもあるんでしょう」
 「……洗脳なんて、人聞きの悪ぃ。俺ァただ飯を与え、居場所を与え、技術を与え、ファミリーに迎えただけだ」
 「将来の自分の大切な駒の為にでしょ」
 「……」

 ぽとん、またひとつ、角砂糖が落ちる。

 「そうねぇ、ローはきっと病が治ったらきっともっと強くなるわ。あの子には才能がある。スポンジのように次々と色んなものを吸い込み、手にする。そして、あなたに感謝するでしょうね……とってもとってもね」
 「何が言いたい」

 苛立つドフラミンゴを見て、ねっとりとした口調で言ったメアリーはチェシャ猫のように笑い、ゆっくりと席を立つ。そして、足音を立てずにドフラミンゴの傍によれば、彼の紅茶にゆっくりとミルクを入れる。紅い色は姿を変え、ミルクティー色、肌色に変色する。

 「貴方はローにオペオペの実を食べさせ、珀鉛病を治させる。
 そして、私を殺せる位に育て上げ、私と一騎打ちをさせる。私を殺したローはその時初めて貴方の前に膝をつき、本当の意味で“自分の右腕”にすることに成功する。そこで、貴方はローを大切にするでしょうね。世界を壊して、沢山のものを破壊して、ローはきっと喜び、貴方を海賊王にしようとする」

 そこまで言うと、自分の席へ戻り、自分の紅茶にまた角砂糖を入れる。クルクルと自分のカップに入っているそれをティースプーンでかき混ぜると、ザリザリと音を立てた。
 
 「でも、そんな中、貴方に勝てないものが出てくる。そう、それは四皇の存在。そして、面倒な海軍、世界政府、天竜人。それらに勝つには、自分よりも強いものを倒すのにどうするのか。何をしても倒れないだろう相手に勝つ最も簡単な方法。それは至ってシンプル。
────────相手が寿命で死ぬのを待てばいい」

 スコーンを手に取り、綺麗に半分に割る。たっぷりと内臓のように真っ赤なコンフィチュールをのせ、さらにクロテッドクリームを塗りつける。丁寧に、ゆっくりとした手つきでそれをし、うっすらと笑いをうかべた。

 「だから、貴方は年齢的に先に必ずローよりも早く死んでしまうという事実を目の当たりにさせる。他の何をしても治せない病でも、怪我でもいいわ。それを目の前にしたローは悲しみ、打ちひしがれ、そして、オペオペの実の最高の価値である“不老不死手術”に手を出す」

 段々と、ぐちゃぐちゃと雑にコンフィチュールとクロテッドクリームを混ぜ合わせ、桃色になったそれに、次は丁寧にドフラミンゴの旗印をナイフの先で描き、彼の前に置く。そして、自分の紅茶にもミルクを落とすと、やっと紅茶を1口飲み、同じように桃色に塗ったクリームにハートを描くとドフラミンゴに見せた。
 
 「ローはとっても優しい。綿菓子みたいに甘くて、柔らかくて、脆い人……だからこそ今の彼は洗脳されやすく、騙されやすく、純粋な存在であり続けられる」

 口付けるようにスコーンを唇に運ぶ。サクサクしっとりしたスコーンに、甘酸っぱい木苺と、クロテッドクリームの混ざった味が口の中に広がり、メアリーはその美味しさに口元を緩めると、あら、と怪訝な、不機嫌な顔をして、出されたスコーンに手をつけないドフラミンゴを指さす。

 「どうしたのミスター。食べないの?」
 「……お前は、一体どこまで見えている」
 「見えてるわけじゃないわ。貴方のことを見て、知って、そして予想しただけ。
 でも、ローが助かるかどうかははっきりいって可能性はほぼゼロよ。私の手で殺してあげたいけど、貴方の状態を見るに、彼の居場所、分からないんでしょ?」
 「……」
 「私の手で死なないこと、それが今できるローの復讐。愛した人の珀鉛が最後に手に入らないことは、とても辛くて悲しい。私の中でせめて珀鉛だけでも残して私が死ぬまでずっといてくれればと思ったけど、無理そうね」

 飲み終わったティーカップには角砂糖の跡が残っていた。半分だけ食べたハートのかけたスコーンを皿に置き、メアリーは靴を履いていない、包帯だけ巻かれた足で窓に近づく。
 そしてくるりと回って、ドフラミンゴに向き直ると、優雅にスカートを摘み、お辞儀をした。

 「お茶の時間をありがとうミスター。私はこれでお暇するわ。貴方のことが大切で大好きな信者が帰ってきたみたいだから、きっと今の貴方を見たら、私、殺されちゃいそうだもの」
 「待て!!お前は……」
 「それと黙っててごめんなさいね。私がここに来たのは、本当はローを見ていてくれたことへのお礼でもあるの。
 だから、貴方の部下が持ってくるものの中にもうひとつプレゼントを入れておいたの。きっと素敵で気にいると思う」

 顔を上げたメアリーは、ドフラミンゴに微笑み、そして、窓の外へと身を投げた。ドフラミンゴは大股に窓に向かい走り、瞬時に糸を使い、メアリーを捉えようとするが、空気を絡めとるように、彼女を捕まえることが出来なかった。月夜に照らされた髪が風で舞い、まるで羽が生えたように、軽やかにメアリーは笑顔のまま甲板に着地すると、夜闇の街の中に姿を消す。
 それを見送り、ドフラミンゴは、ゆっくりと自分の座っていた椅子に腰かける。そして、冷めきったミルクティーの入ったティーカップを乱雑に床にたたき落とした。
 パキンッと音を立てて粉々になった陶器。苛立ちの残るまま、テーブルに肘を着くと、先程彼女が自分に差し出した、コンフィチュールとクロテッドクリームが混ざり合い、桃色になったキャンパスに描かれた自分の旗印をみて、腹が立った。

 メアリーという少女は、今この場で捕まえておくべきだ。手元に置いて鳥籠の中に入れるべきだった。
 あの狂気を自分のモノにするべきものであり、世界を壊す為にも、自分の目的のためにも、そして、己の内にある狂気と同調し、それ以上の残虐性を持ち合わせ、トレーボル以上の見聞色の天賦の才を持つ小さな少女を、支配するべきだと、そう、自分の直感が言っていたのに出来なかった。窓から出た時点で捕まえることが出来ないと分かってしまった。
 その苛立ちで、子供のような癇癪を起こしたのだ。

 「まあいい……これから機会はいくらでもある」

 そう、低い声で言うと自分の旗印の書かれたそれでなく、彼女の食べ残したスコーンに手を伸ばす。

 「俺は全てを手に入れる」

 甘酸っぱくまろやかで、そしてほのかに残る甘い唾液の味。指に着いたクリームを舐めとり、もうひとつの旗印のそれも食べ、ドフラミンゴは口元を歪める。

 「お前が育つのを待ってやろう。望み通り、ローと殺し合いもさせてやろう。だが、死にはさせねぇさ。つかえる駒はいくつあっても困らねぇ」

 たとえそれが“悪魔”であっても。
 ドフラミンゴは蜘蛛の糸に絡み取られ、羽をもぎとられた彼女を思い浮かべ、笑い声を上げ、将来が楽しみだ、と、今回の戦利品を見るために甲板に向かった。

 「若!!大丈夫でしたか!?」
 「問題ない。それより、戦利品の中に変わったものはあるか?」
 「変わったもの……ああ、一つだけ妙な箱がありましたね」

 そう言って差し出されたものは四角い箱。ご丁寧にリポンでラッピングされたそれを受けとり、なんの躊躇もなく、ドフラミンゴはそれを開ける。
 中には小さな黒い電伝虫が入っていた。それは、どの海賊も政府だって喉から手が出るほど欲しがる貴重なもので、盗聴に優れた黒く、小さな電伝虫だった。
 箱の中にはその電伝虫が眠っており、他に1枚だけ血で綴られたメッセージカードが入っていた。

 《さようならミスター。私が次貴方にあったら、きっと貴方を殺すでしょう。貴方は私の嫌いな部類の人間。だからどうか背中にはお気をつけて。》

 「あのクソガキ……巫山戯やがって!!!」
 「ドフィ、んねぇねぇ、やっぱり殺した方が良かったんじゃね」
 「殺すッ!!」

 そう、口々に言う彼らをの声を聞きながら、ドフラミンゴは1人笑う。
 思い返せば、メアリーは1度しか自分の名前を呼ばなかった。その理由が今わかった気がしたからだ。真っ白な睫毛に縁取られた黒い瞳の中にあった混沌。それの真意。壊れた女を想い、ドフラミンゴは考える。
 その後、ドフラミンゴはメアリーを探すが、姿を見つけることも、足取りを掴むことも出来なかった。柔らかいシャボン玉が風で手から逃れてしまうように、雲をに糸をひっかけて飛ぶことが出来ても、彼女を捕まえることが出来ない。
 だが、そんな中、ひとつのチャンスが生まれた。それは、彼女の電伝虫の番号を手に入れることに成功したからだ。
 なぜこんなに時間を食ったのかは、彼女が自分の情報を持っているものをほぼ全員手にかけてしまっていたこともあったが、パンクハザードにローがいることが起こした運命というべきことか、手首だけになった情報提供者の手の中に小さく折りたたまれたメアリーの“All Dead”の手配書に書かれた番号。それを、無意識に彼女へ声を届けるためのものだと思った。
 メアリーのものだと思ったのは、殆どは感でしかないが、ドフラミンゴにとっては最高の出来事。
 壊れて、全てのものを憎んで、殺して、血で汚れきった悪魔をこの手で縛り付けたい。操りたい。その衝動がドフラミンゴを動かした。

 ローに向けるメアリーの愛が狂愛と言うならば、自分がメアリーに向けるものはなんなのか。そんなの決まっている。同族への愛。ただその一言に尽きる。
 ドレスローザで連絡を入れた時、敵認定された時でさえ、ドフラミンゴは思う。彼女をどう屈服させ、自分のモノにするのか。自分への忠誠を誓わせ、傍に置くにはどうすればいいか。

 「殺されるのはお前だメアリー」

 ただ一言、ドレスローザの青い空を見てドフラミンゴは狂気の笑みを浮かべ、呟いた。
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