だれよりもたいせつだから
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音がする。騒がしい音。潮風の音。鼻をくすぐる甘い柑橘の香り。眠っている時の癖で、私は常に目覚める瞬間に見聞色の覇気を使って状況の把握をしてしまう。
何年もずっと独りで命を狙われ暮らし続けた癖というものは習慣化されていて、敵意が全くないことを理解した時、私は目を開いた。
青い空に白い雲。愛する人が私見下ろす。揺れる視線のその先で、暖かいものに包まれながら、私は聞き覚えのある大好きでたまらない愛おしくて仕方ない音を聞いて、何年ぶりか分からないほど、忘れていた幸せな目の醒め方をした。
「起きたか、メアリー」
「ロー、ここは?」
「麦わら屋の船だ」
「だと思った。私が眠ってる間に出航したのね。ごめんなさいね、眠ってしまって……どのくらい眠って」
「ほんの一時間程度だ。お前の負傷と疲労の具合では仕方ねぇ。それより、熱が出てる。解熱剤を投与したがお前の身体をちゃんと診れてない。船医室を借りて身体を見るつもりだが、いいか」
「これからローが私の主治医になるんだし別にいいけど、でも、正直に言って私の体ってかなり悲惨だからエチケット袋の用意しておいた方がいいと思うよ」
「グロテスクなものなら見なれてる」
「ふーん、まあ、ローがいいなら別にいいわ」
横抱きにされたままだったらしい。私がきっと深く眠れたのも、ローの音を近くで聞くことが出来たからだ。小さい頃から眠りの浅い私は、1人になってからより眠りが浅く、ほぼ寝ているのか起きているのか分からない時もあった。
けれど、こんなに心地よく、安心できる場所がある。音がある。匂いがある。それだけで、私はぐっすりと心地のよい眠りにつけた。目の醒め方さえ今までと違って、ついつい癖になりそうだなと思っていれば、軽々と私を抱えたローは、そのまま船医室に行こうとした…のだけど、
「ちょっと待てぇぇえ!!!お前っ!!ロー!!!医者という立場を利用してメアリーちゃんの体をくまなく見るつもりかァ!!!!」
「黒足屋、検診だと言っただろ」
「モモの助といい己の立場を!!立ち位置を利用するっ!!狡い!!小賢しい!!」
「そうですよ!!私だって少しなら傷見れるので淡ゆくばパンツの色聞いてもよろしいですか?!」
「わー!!ロー凄いねぇ!!変態三銃士みたいなのが揃ったよ!!ちなみに私は基本的に下着の色はーー」
「うるせぇ!!!メアリーはその口閉じねぇと今すぐ縫い付けるぞ!!」
少しうたた寝気分に戻りそうだったそれを覚ます、強烈な涙と鼻水と悔しさを浮かべた変態三銃士に思いっきり目が覚めた。というか、覚めたどころか覚醒した。
血涙も出そうな勢いの3人に、ついつい笑いが込み上げてくる。なので揶揄うつもりで少しだけ服の裾を上げて下着の色を言おうとすれば、瞬時にローに怒られた。酷い。面白いからからかってみようと思っただけなのに。
「別に下着の色なんて知られても困らないからいいんだけどなぁ」
「エッ!?本当ですか!?後で見せてもらっもよろしいですか!?」
「いい加減にしなさいアンタらッ!!!!!」
私に詰め寄った白骨が即座に地に平伏した。というか勢いで落とされた。
ゴンッゴンッゴンッと、見事に3連続で放たれたゲンコツは変態三銃士を撃沈させたのは蜜柑色の髪の航海士さん。涙を流す3人を無視し、彼女が私を見て口をへの字にして、腕を組んだ。
「メアリーだっけ?アンタもこいつらが調子に乗るようなことしないでよね!!
それと、診察については同盟を組んだことだし、もしもの時のためにってチョッパーも診るみたいだから」
「そうなんだ。あ、航海士さんあなたの体もう大丈夫なの?」
「ナミでいいわ。問題ない、というか、なんか釈然としないけど貴方の薬を打たれてから結構調子が良くて不安なくらい」
「それならいいや。貴方、とっても美人なんだから傷とか後遺症が残る神経の怪我なんてしたら勿体ないもの」
「美人だなんてそんなっ!当たり前じゃない!!」
やだわもう!と、言いつつも胸をはる航海士さん改めてナミは私とローを船医室まで案内してくれた。ナミの影に隠れるようにしてこちらを覗き見る少年が気になったけど、まあ、それは後ででもいい。
自分で動けるが、折角ローが運んでくれると言うのだから、そのまま運んでもらおう事にし、素直に首に腕を回せば、ほのかに香るローの匂い。とっても好きでたまらなくて、心臓が少しづつ早鳴りになるのを感じる。
よくよく見れていなかったことを、改めて思い出し、自分の手でローの身体に触れると、あの少年だったローが男性になったんだ、ということを改めて再認識する。嬉しくて、愛おしくて、存在自体が全てだった彼は、私を傍に置く事を選んでくれた。
私の罪を、憎しみをその身に刻みながら、私に手を差し伸べてくれた。
「ねぇ、ローって本当にお人好しだね」
「いきなりなんだ」
「貴方の事がどうしようもないくらいに更に愛しくちゃうなって思ってつい」
「メアリー、お前なあ…」
「だって、あんな事言われたら口に出しちゃうじゃない。我慢していた分、口からぽろぽろっと!
まあこれが私への罰でもあるんだろうけど、貴方が私のことを愛憎していてくれたことと一緒で、私はずっと心の底からローのことを愛しているし、大好きで仕方ないし、今こうしているだけで幸せだと思ってしまう。
ローってば、いつからこんな罪な男になっちゃったのかしら」
高身長でかっこよくて素敵でお人好しで愛情深くて、それでいてどこか抜けてるところもあって可愛いところもあるローだ。こんなにとてつもなく素敵な男を見逃す女がいるはずが無い。
ローのことを“海賊”としてみているなら怖がってしまうかもしれないが、内面を知ってしまえばもう誰だってメロメロになってしまうのは目に見えている。
こんなに素敵な男はどこを探してもそうそう見つからないし、愛情深いが故にきっと恋愛をしたら一途にお互いを思い合うことだろう。
ローの恋人になる人がとてつもない幸せを掴むのは間違いない。
そうひとり納得していれば、呆れた顔をしたローが、コツンと私を小突いてきた。
「おい、何考えてる。それに、そんなこと言うのはお前くらいだ」
「えー、そんなことないでしょ。こんなに男前にイケメンに育って強くなって色っぽい声も出せるようになっちゃったんだから、引く手数多じゃないの?」
「俺がそんな女に飢えるような人間に見えるのか」
「んー、それは無いかなぁ。でも、周りが狙ってて、困ってなさそうな感じかなぁとは思うよ!!ローだからね!!」
「………」
「ちょっと!なんで今叩いたの!?」
「うるせえからほんとにお前は黙れ」
「もー!そうやって手が出ちゃうの良くないんだからね!っわっ!?」
もう面倒くさいとばかりに、船医室に入ったローは私をポイッとベッドの上に放り投げた。少しバウンドしつつも、落とさない加減でやってくれるのだから、そこがローの優しい所。
笑いが出そうになるのを堪えつつ、ローに着せられたままだったコートを脱ごうと身体を起こそうとすれば、待て、と、止められた。
「まずスキャンをするからそのままでいろ」
「了解」
「トニー屋、居るか」
「お、おお!いるぞ!」
「こいつの服はもう血の跡で上手く脱げなくなってる。服を切るハサミと湯の張った桶とタオルを用意しろ」
「ああ!ハサミならそこにある。お湯については少し待っててくれ。すぐにくんでくるからな!」
ぴょこぴょこと動く船医くんは、そう言い残すと桶を持って船医室から出ていった。そのうちに、“ルーム”を展開したローは、私のことを調べるために“スキャン”を行う。
そして、1秒も経たないうちに眉間に皺を寄せるローは、私のことを睨むようにじっと見つめてきた。
「お前、身体の骨の折れた場所を体の中の鉄分で覆ってるのか」
流石名医だけある。状況判断が早い。
「能力は使い用ってね……外傷でも内蔵の傷でもある程度なら鉄分とかを使って、膜を作って補強ができるの。一部のそういう応用の効く超人系能力者の特権、みたいなやつかな。これならドレスローザに着くまでに栄養を取れば完治するし、完治しなくても身体をいつも通り動かすことぐらいできる」
「てめぇはただのピストル人間のはずだ。そんなことが有り得るのか」
「有り得たからこうなんだよ。何より、私のピスピスの実、つまりピストルの根元はなんなのかって言うのが問題なんだ。
銃火器は鉄、鉛、火薬とか色んなものでできてるでしょ?
それを深く理解して研究して実践さえすれば、できることの幅は大きくなる。ローだってそうだったでしょ?」
「……確かに、能力の使い始めは感覚だけで何とかしてたが、根源……治療の役に立つことについては確かに全て応用が効く。
だが、前見た時、不思議に思ったが、お前の身体のどこに銃弾の貯蔵があるんだ?」
「うーん、私の体に溶け込んでるとか、そんなふうに考えるしかないかなぁ。あとは髪の毛とか?
私自身、今ローが取り除こうとしてる珀鉛についてもだけど、身体のどこに詳しくは、貯蔵して貯めてる器官がなんなのか分からないのよね」
「お前は珀鉛病を自由自在に再発させて封じることもできると言ってたな」
考え込むローを見つつ、私は起き上がるとローの着させてくれた上着を脱いで、丁寧に畳んでから枕元に置く。剥き出しのままの腕をローの前に持ってきて、意識して珀鉛の白銀の弾丸を手のひらの上に数個出せば、それをひとつローは手に取り、考え込む。
「本当のことだよ。珀鉛を使った銃弾があるのもね。でも、何処にあるのかはしらないわ。
けど、私にとってみんなから取った珀鉛はフレバンスのあった証拠でもある。
ローが心配してくれるのは嬉しいけど、私からそれを奪うようなことはしないで欲しい」
「海楼石を使われた時、どうなるか分からねぇ。最悪の場合死ぬリスクもある」
手のひらに戻された弾丸をみて、身体の中に吸収する。
「うーん、まあその時はそのときで」
「俺はお前が勝手にそんな事での垂れ死ぬのも犬死するのも許さねぇ。お前は一生この先は俺の傍にいるんだ」
「でも、これだけはダメだよ。フレバンスがあった証なんだから」
いくらローの頼みでも、珀鉛を体外に全て出す訳にはいかない。珀鉛はフレバンスの証。白い町があったという証明なのだから。
何よりも、私の体に溜まってる珀鉛は殺した、殺された人達から奪ったもの。彼らの生きた証そのものなのだ。
まあ、酷いことに使うのに後ろめたい気持ちはあるにはあるが、それ以上に、みんなが私の中で生きている、そう思えるからそこ尚更離したくない。
「ほら、骨とかもう問題なら次だよね?ひとまず服を脱いじゃうからハサミちょうだい…あと、確認するけど、本当に見るの?」
「何をだ」
「私の身体。ローが思ってる以上に醜いし、悲惨だよ」
「……お前がどうしても嫌ってんなら仕方ねぇが、そうじゃないならお前が受けた傷を、内側からは見えねぇが、外側の傷だけでもちゃんと理解しおきたい」
「そっか……わかった」
私は首にかけていた十字架を外して、血で固まって脱ぎずらくなってしまったシスター服にハサミをいれる。ジョキッジョキット音を立てて切り、ペリペリと剥がすように脱いでいけば、血の跡を残したまま、素肌をローに晒す。
口元を覆って、目を見開くローを見て、ああ、やっぱりな、と、そんなことを思って、目を瞑った。
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血の跡がついたまま、素肌を晒す彼女を見て、思わずローは息を飲んだ。
それは、彼女の身体が想像の上をいく傷の数々が残っていたからだ。
昔から治験として腕を使って実験していた時はあった。けれど、それとは全く別だ。切り傷、銃痕、火傷跡、化膿したままの状態を放置したのか、するしか無かったのか大きなケロイドの跡。それが手、足、顔以外に全て、体キャンパスにするように存在するのだ。
背中や胸元が特に酷く、何度も刺傷を作らされたことを理解出来るほどの傷跡。雑に処理するしか無かったのか、抜糸の跡が残ったいくつもの斜めから切られただろう傷。
首元の傷は、様子から見れば自傷痕のあとの可能性が高いが、それにしても異常すぎる。
殆ど本来のメアリーのあるべき素肌の部位よりも、傷跡の方がその大半をしめている。傷跡だからけと言うより、傷跡でできた肌で生まれたと言われてもおかしくない程に、それ程までに、彼女の身体は見るだけでも苦痛を想像させる。
彼女が普通の人間なら吐くと言った言葉は間違いではない。常人なら、この傷跡を一目見れば、瞬きの間に逃げ出すが、悲鳴をあげるかして嘔吐するだろう。
「ごめんね、見苦しいよね、こんな姿…あ、あと一応隠してたけど額にもあるんだ」
「なんだと?」
「ほら、フレバンスで火炎放射器持ってた人たくさんいたでしょ?
建物が崩れた時にドジしちゃったりしてね」
そう言って、メアリーは額を見せるように髪をあげれば、くっきりと酷い火傷跡が残っていた。
えへへーと、笑うメアリーは、ベッドから立ち上がり、足先まであろう長さの豊かな白い髪を前へ持っていき、背中も見せる。背中は火傷が大半だが、傷跡がほとんどなのには変わりない。くるりと回り、こんな感じだよ!と、なんでもないように正面に向き直り、ベッドに腰かける。
「お前は、自分で薬を調合できたはずだ。なのに、なんでこんなに傷を残してる」
「確かにこの跡を薬で消す事は出来たかもしれない。でもね、それをしちゃいけないと思ったの」
メアリーは、ローに手を伸ばして、彼の手に触れる。タトゥーの文字をなぞる様に指先でふれて、はなすと、俯き、目を瞑る。
己を抱きしめるように両腕で自分を包み込むようにして、望郷を思い出すように、声を発する。
「言ったよね。私、フレバンスのたくさんの人も殺したの。火傷の跡は、その罰。このたくさんの傷跡だって、私がフレバンスの敵を討つためにたくさんの人を殺した時にできた傷。
周りの人達が許せない、そんな気持ちは沢山あって、溢れて止まらなくて、でも、そんな私の理性の中で、一つだけあったの。“これを忘れてはいけない”って気持ちが……
どんな国を滅ぼしても、どんな人を殺しても、“傷跡は絶対に消してはいけない”……自己満足でしかないとは分かってる。それでも、私は、私のしたことをちゃんと自分に刻み込むべきだと思ったの」
「お前の犯した罪自体を自身に刻みつけて、忘れねぇようにしてたのか。
確かに、お前のしたことは自己満足かもしれねぇ。だが、優しいお前らしい選択だ」
「優しい、か……そんなこと言ってくれるの、きっとローくらいだよ」
顔を上げ、へにゃりと笑うメアリーは、身体を抱きしめたままだった手を自分の前に持ってくる。この手だけは傷がつかなかった。この指先だけは、何者にもならなかった。銃にしていたから。でも、目に見えない血で汚れて、メアリーの目では時折真っ白い傷の無い手は黒く移る。たくさんの悲鳴を上げさせ、たくさんの人々を葬った罪そのもの。
きっと、ローといればそれすら段々と見えなくなってしまうだろう。罪を、罰を、それを受け入れ、包み込んでくれるのが彼だから。
「ねぇ、ローってさ、タトゥー入れられる?」
「出来るが……まさか、入れるつもりなのか」
「罪と罰。それを意味するものを私の手に入れて欲しいの。ここだけ何も無いなんて、寂しいじゃない」
「…………分かった。今すぐは無理だが、必ず入れてやる。だが、何を入れるのかは俺が決める。それでいいな?」
「ええ、構わないわ。ありがとう、ロー」
深く考え込み、沈黙のうちに頷いてくれた彼に、メアリーは申し訳なさそうにしつつ、祈るように両手を握る。そう、落ち着いたところで、タイミングを見計らったかのように、控えめなノックオンが響く。
「入っても大丈夫か?」
「ああ、問題ない」
大きな湯の入った桶を器用に持ちつつ、船医室に戻ってきたチョッパーは、ゆっくりと二人に近づく。聴くつもりはなかったが、耳のいい彼には聞こえてしまっていた。
感受性の高い彼は、話を聞いて、少し泣いて、そしてそれを隠すように服で涙を拭った。1番泣きたいのはきっと、我慢し続けていた彼女だと、ローだとわかっていたから。
黒い瞳はメアリーをうつす。沢山の痛かっただろう傷跡。医者であるチョッパーでも察することは出来る。どれだけ幼い頃から、こんなに酷い傷を作ってきたのか。どれだけ、苦しい思いをしたのか。
桶を持つ力が強くなると、メアリーは困った笑みを浮かべ、ごめんね、と、チョッパーに謝った。一瞬なんのことだか分からなかったチョッパーは、メアリーを見て、瞳を揺らす。
「船医くん、ごめんね。見苦しい身体で……君はやっぱり見ない方がいいと思うから、あとのことは自分たちでするよ。お湯ありがとう」
優しい声色で言うメアリーに、キッと、チョッパーは目を釣りあげた。
「そんな事言うなよ!」
「へっ、?」
「おまえ、こんな傷っ、ずっと痛かったんじゃないのか!?
トラ男だって分かってる!!こんなの、こんなのッ辛いに決まってるじゃんか!!」
乱暴に置かれた桶から少し湯が溢れる。叫ぶチョッパーは、目に涙を浮かべて、メアリーを指さす。
「船医くん、」
「もうそんな傷跡なんて絶対作っちゃダメだ!!そんなの辛いだけだ!!痛いだけだ!!オレだって、見てるだけでこんなに痛いって、辛いって思うんだ!!メアリーはそれ以上なんだろ!?なら!ならっ、もうじゅうぶんじゃが!!」
決壊した涙腺は止めることができなかった。涙をながすチョッパーは鼻水をすすりながら、ゆっくりとメアリーの元に行くとその手を取った。ぎゅううっとその白い手で抱きしめて、もう、痛くないからな!もう、辛くないからな!!と、涙声で言う。
そんな姿に、メアリーはただ驚いた。そんな風に、言ってくれるなんて思いもしなかったから。
じんわりと滲む視界。ズキズキと痛むのは、傷ではなくて、心臓。息をする度に、それは酷くなって、触れているせいでメアリーの心に直接チョッパーの心が触れてくる。
それは、とても優しいもので、綿菓子のような甘さのあるもの。
「あは、どうしよ。もー、ロー達にあってから、私の涙腺おかしくなっちゃったじゃん」
「ここのやつはみんなお人好しだからな」
「それをローが言うの?ブーメランって知ってる?」
「お前には言われたくねぇよ……おい、トニー屋。こいつの身体を拭く」
「おれもや゛る」
「トニー屋はこのバカの手を握っとけ。心の治療にもなる」
「ちょっと、ローってばひどい」
「わがっだ!」
「もー、船医くん素直に従わなくても……」
「せん゛いでもいいげど、チョッパーって、よんでくれ゛!」
「うっ、わ、わかったよチョッパー……」
押しに押され、観念したように涙を流してチョッパーの名を呼び、包んでくれる手のぬくもりから伝わる優しさがダイレクトにメアリーの心を揺さぶる。
ローがいるからか、こんな状況だからか、メアリーの見聞色の覇気は元の強力さもあり、触れるだけで伝わってしまう。
なんとかローの時は一瞬だけだったから良かったものの、こんなに強く握られてしまっては、優しい心から逃げることは出来ない。
暖かいタオルで、一つ一つの傷を目に焼きつけるように、ローは丁寧にメアリーの体を拭く。背中の傷も何もかも、後遺症がない外傷なのはスキャンの結果分かっている。
けれど、心は全く別問題だ。
涙を流し続けるチョッパーと、それにつられるメアリーを見て、ローは思う。自分が彼女のように心に触れられる力を持っていたら、どんなことが伝わって来るのだろうか、と。
身体が拭き終われば、メアリーはチョッパーから解放され、腫れた目元を拭われる。
恨めしいという目をしながら、自分の荷物をローにシャンブルズで持ってきてもらうと、晒しを巻き、下着をきれたが問題があった。メアリーは最期だと思って衣類についてはほぼそれしかもちあわせていなかったのだ。特性の包帯をひとまず手だけを出した状態になるよう身体に巻き、ミイラ人間状態になるがどうしたものか。そう考える間に、またシャンブルズの声が聞こえたと思ったら、ローの上に着ている長袖の服と全く同じものが彼の手にあった。
「これでも着ておけ」
「ロー、君さぁ……本当にさぁ……」
自分のことを不整脈で本当は殺す気なのでは?と、思いつつ、メアリーは大きすぎるそれを着る。袖が余ったのでそれは腕まくりをして、首元は少し空いてしまったがずり下がりすぎることは無いので放置。身長差や体格差の問題で少し短いワンピース丈になったが、着れるもの、何よりローの匂いに包めれるのは全く悪い気は一切しないので、メアリーは素直に受け入れた。
そして、首元に十字架をさげ、コートに手をのばしローに渡す。
「服ありがとう……あと、このコートは返すね」
「ああ……ひとまずはそれですごしておけ」
「ナミやロビン達に服借りても良かったんじゃないか?」
「うーん、さすがに同盟相手さんでもさすがに洋服を借りるのはちょっと申し訳ないし、返せるかどうか……」
「船に乗せてもらってるんだ。借りを作るのは最小限にするのがいいだろ」
「うーん、そういうものなのか?なら仕方ないな!」
「チョッパーありがとう。君、本当に優しいねぇ」
「やっやさしーなんて言われてもそんなっ!嬉しくねぇんだからなこのやろ〜!」
くねくねとしながら照れるチョッパー。純粋にメアリーはなんだろうこの可愛い生き物……と、思う。
「トニー屋、桶の片付けはどうすればいい」
「オレがしとくからいいよ!置く場所も処理もすぐ済むし、それに、メアリーは気絶してたから話すことがあるんだろ?」
「確かに言うべきことは沢山あるし、灸を据える事もな」
「うっ」
逃げられると思うなよとばかりに見下ろされ、ムッとした顔をしながらメアリーはそっぽをむく。
「確かに沢山あるだろう……けど、わたしからも沢山ローに言いたいことがあるし、チョッパーに申し訳ないんだけど、この場をちょっと借りてもいい?」
「別に構わないけど……」
「シーザーの監視をその間頼む。やつがなにかできるとも思わねぇがな」
「お、おおう!そこはルフィ達がいるから問題ないけど」
「ありがとうチョッパー。後で沢山お礼をさせてね」
戸惑い、きょろきょろと2人の顔色を伺うチョッパーは、血で汚れた湯の張った桶を清潔にし、片付けるとそっと船医室を後にする。それを見送ると、ベッドに腰掛けるローの手を力の限り引っ張ると、メアリーは、自分のすぐ横に押し倒し、縫い付けるようにその両手首を抑え、その胴体に股がった。