ある日の昼下がり

「付き合えってもらえるか」
「んごっ」

 茶屋でお団子を食べていたら、突然現れた義勇くんがそんなことを言い出すものだから喉につまるかと思いました。



「蝶屋敷の子達に、贈り物?」

 その言葉に義勇くんは、向かいでハムスターのごとくわらび餅を食べながら、こくりと小さく頷いた。
 なんでも、先日蝶屋敷に運ばれた際結構大きな怪我だったらしく(初耳)、その際に世話をかけたし、ココ最近ずっとお世話になりっぱなしなのでなにか渡したい、ということらしい。ほうほうほう……

「でも、結構、急……どう、したの?」
「…伝えられるとき、伝えろと」

 ええっと、要するに……ちゃんとすぐに感謝は伝えられるのなら伝えよう、有耶無耶になって伝えられなくなる前に!という事ですね!!理解した!!
 えええ、なにそれ凄いそういうの私好きよ!!とってもジーンってなったよ!!ほんといい子だなこの子はっ!
勿論そんなことなら手をかすに決まってるじゃないか。

「わかった、てつ、だ、う」
「助かる」

 少しほっとしたような様子で、義勇くんは息をつき、緑茶をずずっと一口飲んだ。
 まあ、確かに年頃の女の子が好きそうなものを買うのに一人っていうのは彼にとっては不慣れな事で、ちゃんと喜んでもらいたいと思ってのこの申し出なんだろうな。

「それ、で、買うもの、だいたいどんなもの、か、決めてる、の?」
「……」
「うん、決まってない、のね……わかった、なら、街の方で、色んなお店、入って決めよ?」
「ああ」

 少し、目尻を下げながら、こくりと小さく頷く彼はなんだか小さな子供がホッとした様な表情に似ていて、不覚にも庇護欲が湧いてしまいそうになる。
 なんだかんだ、私はなぜだか彼をよく甘やかしてしまう。それはきっと自分が幼い子供を好きということもあるのだろうけれど(とは言ってももう十五を過ぎた青少年に言う言葉ではないが)私が“雅風”になる前に置いてきてしまった弟を思い出すからだろう。
 まあ、あの子は義勇くんとは違って大分やんちゃ坊主だったけれど…

「…どうかしたのか?」
「!、ううん、なんでも、ない」

 つい物思いに耽ってしまった。大変らしくないことをしてしまったものだ。少し声が上ずってしまった気がするけれど、彼はコテリと首を傾げているだけなのできっと気がついていないのだろう。
 そのことにどこか少しホッとしつつ、茶菓子を食べ終えれば勘定をして、二人揃って土産屋の立ち並ぶ街中にくり出したのだった。



 まだ昼が少し過ぎたくらい、ということもあり、街中は人の賑わいで騒がしい。人混みに紛れてはぐれない様にという配慮なのかなんなのか、私の袖の裾を握る義勇くんを横目に、露店や陳列窓を度々覗きながら、まずはどれに行くか、と顔を見合わせる。
 あくまでもこの買い物は義勇くんが最終的には決めないと意味がない。私がするのはアドバイスだけだ。
 時々立ち止まる彼は、やはり女の子なら甘いものというイメージが強いのか、甘味屋の前で少し長く止まる事が多かった。

「いいの、あった?」
「いや」
「中はい、る?」
「…もう少し見る」
「うん、わかった」

 多分、中に入って何も買わなかった時が気まずいんだろうな…たまにあるからね、目的のものがなくてこそっと居心地悪く出て行くこと。
 今日の任務はおそらくもう来ないだろうから、とことん付き合うので安心してほしいな。
 先ほどまでより少し強く握られている袖の裾を見てから、仕方がないな、と、握ってくる彼の手を握られていない方の手で触れる。きょとんとした顔で私を見下ろす彼に、「いこう?」と手を引けば、ぱちぱちと瞬いた後に、一つコクリと小さく頷き、次はちゃんと手を繋いで並んで歩く。
 触れた手はひんやりとして、ちょっとだけ冷たかった。

❀✿❀✿

 雅風は冨岡にとって奇妙な友人だ。
 まるで、時が止まったかの様に、会った時と変わらない容姿の彼女。姿だけ言えば冨岡の方が間違いなく歳上に見えるだろうが、彼女が見せる仕草や発言は歳上のそれである。
 日の日差しを思わせる様な不思議な呼吸を使う雅風は、それこそ鬼殺隊にとっては未知のものだった。どこの派生でもない独自の技術。太陽以外で鬼を刀なしでも屠れる数少ない方法。
 何より冨岡が驚いたのは身体に負った深い傷を治すことができる、という点だった。常人では決してなし得ない領域のそれは、常軌を逸している。
 だからこそ、それをありがたいと思うものもいれば逆に、気色が悪いと思ってしまう人間も出てくるわけだ。

 元来、人は異端であるものを排除しようとする性質がある。受け入れるものもいれば受け入れられないものいる、それは何よりも当たり前のことなのだ。見たく無いものや異常なものに蓋をして見ない様にすることと同じで。
 数度合同任務が被った時、とは言っても、合同任務での最後、救護として寄越された隠れと一緒に合流した際、大怪我を負った隊員が雅風に対して罵倒を浴びせた時があった。
 『こっちは死ぬ思いをしたのになんでお前は鬼狩りに参加しないんだ!!そもそもなんなんだその呼吸気持ち悪い!!お前人間じゃないんだろッ!!』
流石の言葉に、冨岡も傷を治してもらった隊員も、怒りを覚えたが、それを制してその隊員に対し、雅風は一言、『君にとっては、そうかもしれないね、』と、いったのだ。
 雅風はまるで、その通りだとでもいう様にいったけれど、冨岡の眼に映る小さな背は寂寥感を漂わせている様に見えた。それと同時に、他人から大きく線を引こうとしているようにも。

 だから、思わず冨岡は『俺はこいつの友人だ』と、言ったのだ。こいつは人だし、力を他人のために使っている。遅れたのは他の場所にも同じように救助に向かっていたからだ、と、心の中で続けながら。
 彼女は不器用だ。手紙は自分よりも口が少ないが、その代わり勤務地で摘んだらしい花をよく挟んでくれた。口下手な彼女なりの精一杯のそれ。手紙に添えられる言葉は、体を気遣うものが多かった。

 そんな優しい友人が散々言われてしまえば言い返したくもなってしまう。
 冨岡の言葉にもちろん雅風はきょとんとした顔で驚いた。そんなこと言われるとは思っていなかったから。
 『それがなんだっていうんだ』と、その問題の隊士が去って言った後、雅風は冨岡に近づき、『気にしなくて、も、良かったの、に』と、困ったように眉を下げる。
『友人だと不服か』と、気にするに決まっている、という意味を込めて彼女に言葉をぶつける。その深海の様な青い双眸は静かな怒りを孕んでいた。なんで自分を無下にする様なこと言うんだ、と…
 なんとなく彼の心情を察することのできる雅風は、気恥ずかしい気分になりながら、『ごめんね、ありがとう、』とお礼を言い、『う、ん、君は、私の友人、だもん、ね、』と、慈愛のこもった微笑みを浮かべる。
 それは初めて見た彼女の心からの笑顔だったんだと、彼にはそう思えて仕方がなかった。


 きっと、それが決定的な二人にとっての“切っ掛け”だったのだ。

❀✿❀✿

「義勇くん、いいの、みつかっ、た?」
「金魚の水菓子は…どうだろうか」
「向こうにあった、寒天の?」
「ああ、それだ」
「うん、可愛かったし、きっと、みんなよろこぶ、と、おもう、」
「……そうか」
「うん」

 買うものの検討をつけ、来た道をまっすぐもる。店につけは色とりどりの水菓子が硝子越しに並んでいた。
 先ほど目に飛び込んで来た、金魚が泳いでいるような水菓子を見つけ、それを指差して蝶屋敷の看護婦たちの分を買い込む。若い女性に人気なんだと笑う店員は手際よく品物を包んでいく。
 その工程を眺めながら、黙って待っている冨岡の横で、他の商品がきになるらしい雅風はそわそわしつつ店内を見回している。

「みてくるか?」

 その問いかけにいいの?と、小首を傾げた雅風に彼か小さくうなずいた。いつも眠たげな瞳を輝かせて品物を見にいく。
 様子を見ていたらしい店員は、「可愛らしい妹さんですね」とニコニコと笑う。
 妹ではなく友人なのだが…そう思うも言葉に出さず、富岡は品物をキラキラとした目で眺めているであろう雅風に目を移す。ひょこひょこと団子カバーからはみ出した髪を揺らす姿は確かに幼い少女に見えて仕方ない。
 確かに愛らしい、何も知らない人ならば庇護欲が唆られる姿だろう。
 無言の冨岡に、妹が褒められててれているのだろうなと勘違いしている店員は、「そうだ、お兄さん!これ、良かったらどうだい?」と、小さな包みを指差した。

「なんだ?」
「りんご飴…つっても、りんご味の飴ってだけなんだがな」
「りんご飴」

 ビー玉のような見た目のそれは三つほど可愛らしく包み紙に梱包されているようだった。

「名前の通りの品でね、これもうちの人気商品の一つ!妹さんのおやつに買ってあげたらどうだい?」
「……」

 だから妹ではないのだが…と思いつつ、まあ確かに、買い物に付き合わせてしまったのも事実。今回のお礼として彼女に渡すのもありだろうか…
 そう考えに至った冨岡は、一つ買おう、と頷いたのだった。

 彼の買い物が終わり、店を出ようとすれば、雅風は、少しだけ冨岡に外で待ってて、といいちょっと遅れて暖簾をくぐった。

「ごめ、ん、すこし、またせた」
「いや、いい、」
「それじゃあ、いく?」
「ああ」

 小さく頷いた冨岡とともに、先ほどと同じように並びながら歩き始める。
───────いつこういったものは渡すべきなのだろうか?
 蝶屋敷用とはまた別に包んでもらった薄桃色の包みを懐に確認しながら、ちらりと彼女を盗み見れば、パチリ、と二人の瞳がかち合った。

「……」
「……」
「……」
「!」

 じっと見つめ合うこと数秒、先に動いたのは雅風だった。いつも不思議なほどに物を収納している袖の中に手を入れると、淡い水色の包みをはい、と冨岡に渡した。

「いつも、あり、がと、」

 ぱちぱちと目を瞬かせる彼にくいくいと包みを押し付ける。小さな手からそれを受け取れば、かさりと音を立てた。なんだろうか、という目線に気がついたらしい雅風は、飴玉だよ、と笑みをこぼす。

「よかったらって、」
「…雅風」
「わ、」

 笑うその顔に桃色の包みを乗せてやれば次には彼女がキョトンとした顔でそれを受け取り、じいっと山藍摺色が冨岡を射抜いた。どこかそれが居心地悪く、視線を外す。

「俺からも、だ…」
「…同じこと、考えてたん、だね…ありがとう、うれしい、」
「ああ…ありがとう」

 お互い包みを大切にしまうと、止めていた足を動かしだした。ふふふ、と少女のように笑みを零しつつ口元を隠す雅風。その横で、無表情ながらもやわらかな雰囲気を漂わせる冨岡。
 ほっとするようなひと時を過ごし、二人は目的地の方へ他愛もない話をときどきしつつ、食べるのには勿体無いそれに目を落とす。
 淡い色の包みから、甘い優しい香りがした。

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