四季の花園孤児院
【
その名の通り、四季折々の花を孤児達が育て、加工した花々や苗を売り、生計を立てつつ学業を学ぶ孤児院である。
その創設者の名は“
本来の名は“撃雅風”───────鬼殺隊の陽柱にして隊の生命線を司る1人の女に過ぎない。
これはそんな彼女と、たまたま時間の空いていた錆兎を巻き込んだ話である。
『今日時間があれば───── に来て欲しい』
そうサブレに持たされた手紙に書かれていた場所は、鬼の伝承が根深く残り、今でも藤の花の香の香りが夜になれば充満する地区の名前だった。
こんなところになんの用か。だが、彼女が自分を呼び出すのならそれほどの理由があるのだろう。
手紙の返事に了承したと書くと、サブレは手紙を持ち錆兎よりも早く飛んでいく。
それを追いかけるように、彼もまた、走り出すのだった。
錆兎が予定の時間、約束の場に着くと1人の年端も行かないだろう可愛らしい少女が佇んでいた。薄桃色の着物に花弁を浮かべ、蒼い鮮やかな帯が映える。そして、彼女の髪飾りを見た瞬間、はたっと錆兎は目を瞬かせた。
それは、彼が雅風に送ったはずのオーダーメイドの簪だったからだ。
青い花に白い花弁、ちりんと可愛らしい音のなる鈴の着いたそれは、2度見をしようが自分が送ったものに違いはない。
「が、ふうか??」
「ん?」
ふりかえり、顔が見えればもう確定だった。可愛らしい少女、基女性は雅風であり、休日らしく着物を着込んだ彼女は、控えめに言っても可憐な存在だ。
「錆兎、隊服……?、ごめん、普段着って、書いてなかった」
「いや、いいんだ。それより、その……似合ってる」
「えっと、ありがとう」
「ああ」
こてんと小首を傾げ、己を見上げてくる姿はなんとも愛くるしいものか。
普段と違う着物姿も相まって、彼女がさらに幼く見えることもあり、錆兎はひとり心の中で拳を握りつつ、それで、なんの用だったんだ?と動揺を悟らせまいと早口に言う。
それに、ええっとね、と、雅風は少し分厚めの封筒を取りだした。
「今から、郵便局……荷物取りに行って、贈る、ので、手が欲しくて……おもたいから」
「荷物持ちか。まあ、多少の鍛錬にもなるし構わないが、贈るというのはどういうことなんだ」
「ついてくればわかる。君に、近々話そうと、思ってた」
柔らかく笑う雅風は、そう言うと、此方っと歩き出す。揺れる簪を見、錆兎は隠しきれなかった笑みを浮かべつつ、小さな足跡を追う。
郵便局に着けば、雅風は封筒を渡し、二人一緒に荷物を待った。
代済みな分スムーズに荷物は運ばれてきて、六つの大きな段ボールにパンパンに入った本。ぬいぐるみに手毬、ガーデニング用の器具など、荷台に乗せたとしても4つに分けなければいけないだろう量に、錆兎は驚き、目を見張った。
「これは……教材書か? それに外国の絵巻物?」
「みんな、孤児院の子供たちの、ためのもの」
「孤児院?」
「そう……孤児院をいくつか持ってて、そのうちの一つに、今日、行く」
「子供好きだと聞いてたが、孤児院というと、まさか…」
「……自分勝手とわかってる。でも、そのままにすることも、どこかに預けるのも、違うと思った。私達が体験して、見た物は、見たことない人には理解できないもの……だから、同じ子達なら、理解し合えるんじゃないかって」
鬼とは常人には理解できないものである。人は異物を嫌う。異物というのは考えが違う人間でもあり、特異な体験をした者のことも指す。
今の時代、子供たちが孤児になればどうなるか。いい場所であればいいだろうが、劣悪な環境も勿論あるし、元々、自分の屋敷を持つこともあるが、それ以外の金子については有り余っていた。
ならば、孤児たちを集めて学をつけさせ、未来ある子供をつくろう。そう思いつき、作り出したのが【四季の花園孤児院】だ。
なにより、彼女の方針としてはただ学ばせるだけでなく、商い────────花を加工し、花を売る。そして自分の小遣いに当てさせるのもまたひとつの慈善活動のひとつだった。
夜に必ず藤の花の香を焚くのは変わらないが、それよりも変わらないのは人々が花を愛し、慈しむこと。
「人の笑顔を作れる、そんな子達になって欲しいの」
薄く頬を染め、微笑む雅風は、そう、錆兎にいうと、案内するね、と、自分の分の荷台に力を込める。
それに見惚れつつも、本類の入ったダンボールを纏めてひとつに括り付けた荷台を押す。
そうして、雅風の案内で待っていたのは、丁度この季節によく咲く花々と、ドライフラワーに充満する心地の良い花の香り。
子供たちは身な小綺麗にして、雅風を見ると手を振り、早足に駆け寄ってくる。中ほどまで入れば庭園で、傍には池があり、錦鯉が泳いでいた。
「みやびせんせー!!!」
「せんせー!」
「せんせいきょうはどうしたの!?」
「ねえねえこの人誰?」
「すごーいにもつ!!何が入ってるの?!」
「うお!?」
女児から男児まで、わらわらと集まってきた子供たちに囲まれ、ふふふと笑いながら、ええっとね、と先ずはと錆兎に視線を送る。
「みんな久しぶりね。元気そうでなによりです。このお兄さんは先生の友人で、今日、みんなへの贈り物を運ぶのを手伝ってくれたの。御礼をちゃんと言いましょうね」
「「「「ありがとうごじいますおにーさん!!」」」」
「あ、ああ、どういたしまして」
子供たちのありがとうの大合唱に戸惑いつつ、それよりも困惑したのは雅風の饒舌の良さだった。普段は途切れ途切だと言うのに、キレッキレに話をし、慈愛のこもった瞳で子供たちを見つめている。
それは、本当に己の子を見ているようで、なんとも言えない気持ちになりながら、錆兎は荷台の荷物を降ろし、早速1人の少女に捕まった。
「わたしこのごほんよんでみたい!!ねえねえよんでよんで!!!」
「いや、それは後で読んでやろう。それよりも他のものを運んで……」
「よんでくれないとやーーだーーー!!!」
「わたしもーー!!」
「わたしもよんでほしい!!」
「おひめさまのやつだ!!わたしもよんでほしい!!」
「わたしがさきだよ!!」
「わたしだよ!!」
「こら、お兄さんが困ってるからやめなさい。ご本なら先生が読むから安心なさいな。それに、お兄さんを困らせる子にはこのぬいぐるみを渡せませんね」
「先生ごめんなさい!!」
次にはごめんなさいの大合唱。素直でよろしいと微笑む雅風は一人一人の頭を一撫でして、さあ、荷物を運びますからみんな手伝ってね、と本当の母親のように振舞った。
孤児院といっても、洋風の屋敷のようなそこは、多くの子供たちが住んでいるのがすぐに錆兎にはわかった。
そして、その使用人たちの手足の欠損。欠損してはいないが、どこかしらに支障のあるもの。
ここは、鬼狩りを引退せざる負えなくなった者も住んでいる、帰って来れる家なのだ。
「それじゃあこの本は本棚の新しい場所置き場に置いてきて、おもちゃもそうね。
お菓子は後でみんなで分けましょう。
さっきの読んで欲しい絵本についてはここに置いていきなさいな」
「「「はーい!」」」
元気良いへん時に頷けば、直ぐに子どたちはテキパキと動き出す。
いちばん大きな一室───────食堂に錆兎と雅風は残り、ふう、と、雅風が一息をつけば、すごいでしょ、あの子たちとクスクスと笑いながら言う。
「ああ、元気がありあまってるようだが…それより、みやび先生とやらはなんだ?
それに、普段の言葉遣いと随分違うようだが……」
「孤児院にいる時、花宮雅という名前で通してる。一応柱。万が一に備えて。
言葉遣い……は、こどもは、かわいい……ので……」
そっとそっぽを向きつつ目線をウロウロさせる雅風に、じとーーっという視線を向け続ければ、うううっ!と、唸る。
「こ、子供は緊張しない…………」
「俺と話すのに緊張してるのか」
「ちが、いや、うーん、違う、けど、…………」
もごもごと口を動かし、はあとまたひとつため息をこぼした雅風は顔を小さな両掌で隠し、か細くこぼす。
「君は、そのかっこいいので」
「……」
「初めて会った時から、そう、だから、慣れない」
「……………………」
「………………」
「……………………………………」
「何か言ったらどうかなっ!?」
ばっ!!と赤くなった顔を上げて錆兎の方を見れば、口元を隠し、耳まで顔を真っ赤にした錆兎がいたのでした。
その瞬間、へっ?と雅風は固まった。彼女にしてみれば当たり前のことだ。だって、初めてであって人を鼓舞して鬼を切り、最後まで誇り高くあろうとした存在がかっこ悪いわけないし、なんなら好青年になった今イケメン具合が増してさらにかっこよくなっている。
歳上、同年代ぐらいと話すのが苦手なこともあるが、これでもだいぶマシな方なのだ。
だが、錆兎にとっては違う。かっこいいってなんだ……初めて会った時から慣れないってなんだ!!!!!それは、期待してもいいということなのか!?と、そんな葛藤がありつつ、桜色に頬を染め、少し目をうるませる雅風の上目遣いがクリーンヒット。さらに簪も目に入り、はぁーーーーーと、深く深く溜息を吐きたくて仕方ないきもちになる。
「わかった。わかったからもう、そういうことは誰にも言うな。分かったな?」
「え、」
「分かったな?」
「……」
1つこくんと頷き、それを見た錆兎は外の空気を吸ってくると先程居た庭園に足を向けたのだった。
それからしばらくして、本などをしまい終わった子供たちが戻って来ると、雅風は、それじゃあ本を読もうかと、声をかける食堂のテーブルをどかして、集まる子供たちを前に、ゆっくりと絵本の人ページをめくる。
昔昔、あるところに──────────
ゆっくりと語られる物語は全て王子様と結ばれハッピーエンド。
4冊目を読み終わった時、いつの間にか戻ってきたらしい錆兎は、なにか不満気な顔をしていた。
5冊目を読み終えた時、今回はここまでです。今度また読むからね、と笑いかければ、不満の大合唱後ありながら、先程読み聞かせを聞いていた本をそれぞれ手に取っていた。
ここはこうだ、お姫様素敵!王子様かっこいい!!
そんな声が聞こえる中、肩身狭くしながらゆっくりと錆兎が、雅風に近づき、おい、と声をかける。
「なんなんだ、さっきの西洋の話は……全て接吻で終わってたじゃないか。あれが流行りなのか」
「接吻って……流行り、ってわけじゃない、とおもう……けど、そういう夢、なんだと思う」
「夢?」
「誰より好きな人に、そんなふうにされて、悪夢から覚めて、幸せになるっていう……現実では王子様なんていないけど、だから、求めるんじゃないかな」
「……雅風もなのか?」
「え?」
「夢を求めるのは」
「ふふふ、珍しい、面白い質問……私は現実に生きる……だから、夢を求めない……求めるのは確かにあるもの、それだけ」
眩しそうに、はしゃぐ子ども達を眺めて雅風は言う。確かにあるもの。それは残酷なものばかりかもしれない。それでも彼女は求めるのだ。
いつか来る鬼のいない夜明けのために、この子供たちの未来のために。
夕闇に色づく道を2人歩いていれば、雅風はありがとう、と、小さくこぼす。
「今日はとっても助かった」
「あれくらいなら何時でも呼べばいい。それより、なんだ……意外だった。お前があんなふうに笑って、話すのが」
「そう、かな」
「宇髄がいたらからかっていただろうな」
「その光景、目に浮かぶ……」
「……俺は、お前は少しは夢を見てもいいと思う」
「錆兎……?」
立ち止まった錆兎に、足を止める雅風は俯く彼の顔を覗こうとすれば、顔を逸らされた。
「お前は色んなものを抱えすぎだ。少しでも軽くなるなら、夢を見ても、バチも当たらないだろう」
「バチって、錆兎らしくない……」
「今は置いておけ!」
心配してのことだった。抱え過ぎて、いつかきっと、自分の知らない所でつまづいて、転んで、起き上がれなくなるだろうと思ってのことだった。
優しすぎる人間ほど、力がなければ直ぐに死んでいく。
この世の中はそうできている。
だから、誰よりも優しく儚い彼女が少しでも楽になって欲しくて、つい、言葉が出てしまったのだ。
そんな思いを、言葉に出されなくても、何となく心配で言ってくれてるのだろうと雅風は気付きながら、困ったような笑みをして、少し背伸びをして柔らかい宍色の髪の毛を撫でた。
「錆兎は優しいね」
「……」
「ありがと」
夕闇に馴染むその色は綺麗で、きっと藤色の瞳も同じように美しく輝いてることだろう。今日それをみることはもう出来ないのだけれど。