年齢不詳


 それは本当に偶然に起きたことだった。
 私はいつものように鬼退治をするために緊急で来て欲しいという連絡を受け急行した現場では、老体化した隊士達の姿があり、直ぐに鬼の血鬼術だと理解する。
 そうして、残り一人だったのか、まだ老体化させられていない隊士が鬼に襲われる瞬間、それを切り刻んだ時、鬼の手が触れた。
「ざまあみろ!!一人だけでも道連れにしてくれる!!貴様を六十歳、歳をとらせた!!それでいきてるものもそういまい!!ざまぁみろ!!ざまぁみろ!!」
 そう叫んで消えていく鬼をみては?と思った時、私は身体の中の変化に気がついた。暑くて、苦しくて、大きく鼓動がなって、崩れ落ちるように座り込むと、大丈夫ですか!?と、隠が声をかけてくるが返事をすることも出来ないビキビキと鳴り響く骨の音にあぁあ!!と声を上げそうになるのを我慢して、急いでガターリングが壊れないようにと、それだけでもと手をつけた。
 丁度それを取り外した瞬間、私は目の前が真っ白になるような痛みと熱に気絶をし、気がつけば蝶屋敷のベッドに眠らされていた。

 ❀✿❀

「陽柱様がお気づきになられた!!」
「早くしのぶ様を呼んでこい!!」

 大きく叫ぶような声に頭がきんきんして痛い。酷い頭痛と倦怠感に、はあ、と深く溜息をつきながら、私は身体を起こそうとして、はたっと気がついた。
 あれ?私の肩なんでこんなに重たいんだろう…?
 恐る恐る下を向けば、そこには豊かに実ったものがあり、手足はスラリと長く伸びている。
 そう、まさにリサリサ先生のようなわがままボディに変貌していたのだ。
「えっえっ、」
 心做しか少しだけ落ち着いた声色にも驚きながら、髪長姫のように伸びてしまったそれを見て、目がぐるぐる回るのを感じる。
 そうしているうちに慌ただしい足おとともに、しのぶが隠を引連れてやってきた。

 しのぶが言うには、あの鬼は自由に年齢を操る鬼だったそうで、私は血鬼術に体制がある分、鬼の言った年数よりも少ない歳を取らされたろうことを告げる。

「見た目は二十代後半辺りに見えますが、あなたの体感ですとどうです?」
「……多分五十年かな」
「は?」
「だから、私七十二歳」

 ブイサインでそう伝えると、頭が痛いとばかりに頬を抓られた。
 私が悪いわけじゃないのに酷い。

 ○○○

 雅風が連れてこられた時、この人誰?が、その場にいた全員の感想だった。
 急成長により気絶した雅風は胸元が膨らみ、ぱんっと音を立てて数個の釦を飛ばし、背も伸び、中華風の隊服でも下着が見えそうな程に手足が伸びた。
 その姿に、六十歳ってなんだっけと困惑する隠達は兎に角彼女を治療せねばという気持ちの一心で担架に乗せ、えっほえっほと蝶屋敷に連れてきたのだ。
 そして、それを見たしのぶは開いた口が塞がらないという事態を身をもってしった。
 なんで六十歳歳をとったはずなのに若々しい姿なのか、色々言いたいこともある。ただ一言確実に言えることは……
「年齢不詳……」
 今が何歳かなんて感覚的に彼女にしか分からないだろうが、何を言われても不詳にしかならないだろうこんなもの。
 そして目が覚めて言われた七十二歳という言葉。自分の呼吸のせいで成長が遅れていると言っていたがあんまりでは?
 年齢詐欺もいい所。
「すいません私もかなり頭痛がしてきました」
「私も急成長で頭痛い」
「鎮痛剤を処方しておきますので適当に飲んでおいてください。あと、あなたと一緒に年齢をとった方たちの治療をお願いします」
「了解。薬を飲んだら直ぐにとりかかる……わっ!」

 ベッドから起き上がり、降りようとした瞬間、身体のバランスを大きく崩してしのぶを押し倒すように雅風は倒れ込む。瞬時に身体の向きを変えてしのぶが下敷きにならないようにしたためか、豊かな胸にしのぶが埋まり、ゴチンといい音を出して雅風は頭を打つ。
「いったーーー……!しのぶごめん!!平気!?」
「……」
 慌てて起き上がった雅風は彼女の肩に手を置き尋ねれば、カチンっと固まった彼女は「いえ、別に」と、単調にいい、ばっと立ち上がった。
 戸惑いの声を出す雅風を尻目に、身体の大きさを考えてくださいとムッとした表情で言ったしのぶは、スタスタとその場を後にしたのだった。
 その後、直ぐに他の患者を治療する為にと廊下を歩こうにも、脚の長さが違いすぎるために壁に手を付きながらゆっくりと歩幅の感覚を掴むようにしてノロノロと産まれたての子鹿のように歩いていた。
 その時、ふと廊下の向こうを見た時、ピキっと固まった冨岡の姿が見えた。
「義勇くん」
「??」
 疑問符を浮かべながら、ゆっくりと近づき目線を合わせると、その山藍摺色に、ハッとした顔をする。
「雅風……なのか?」
「うん」
「その姿は……?」
「血鬼術、で、七十二歳になった」
「ななじゅうに……????」
「耐性なかったら、八十二」
「????」
 困惑する冨岡、不覚をとった……と落ち込む雅風。
 冨岡から改めて見ても今の雅風は見た目二十代後半に見えるか見えないか位で、たわわに実ったそれは宇隨の嫁たちにも匹敵する大きさだ。いや、それ以上の可能性もある。
 スラリと伸びた手足は白魚の様な肌をして、まさに熟れかけの少女が、熟れた女性に瞬きのまもなく変貌した。
 本来の肉体年齢よりも歳をとっているが、まさか普通に生活をしていたらあの雅風が今の雅風になることなど誰も想像しえないだろう。
 それほどのビフォーアフターに、脳内処理が追いつかない冨岡は頭がショート寸前だ。
「義勇くん?」
視線が近いせいか、いつもの上目遣いと違いすぐそこにある瞳に慣れず、カチコチに固まる彼は、何とか「なんだ」と返すのが手一杯。
 そんな反応に、彼女はこてんといつもの癖のように小首を傾げる。
「義勇くん、変……大丈夫?」
「……問題ない。それより、平気か」
「えっと、脚、上手く動かなくて困ってる」
 しょんぼりとしながらも長い髪を揺らす彼女に、普段の面影を見て、やっと落ち着き始めた冨岡は、そうか。と言うとひょいっと軽々と彼女を横抱きに抱えあげた。
 わっと声を上げる雅風にお構い無しに向かうところは何処だ?と、何事も無かったように問いながら、雅風の垂れ流しにされた長い藍天鵞絨色の髪も引き摺らないようにさらさらとして柔らかい髪の束を持ち上げる。
「いつもみたいに、治療する、のに、お風呂場」
「了解した」
 てちてちと足音を立てながら、そのまま移動する。
「義勇くん」
「なんだ」
「ありがとう」
「……」
 無言でムフッと笑顔になる冨岡に、雅風も笑顔を返す。
 彼女を治療場に送り届けると冨岡は本来の目的のためにしのぶに会いに行く。
 連れてきてもらった雅風は、「それでは、これから治療を開始します」と、癒しの波紋を湯船に浸かった老人になってしまった隊士立ちに流すのだった。
 そして、暫く成長の巻き戻しのように雅風は大人の姿から元の少女の姿にだんだんと戻っていった。途中、面白がっての宇隨家の訪問もあり「こんなに立派になって!」と泣かれたり、冨岡から話を聞いた錆兎が顔を真っ赤にしたりなどあったがそれはまた別の話……

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